秘密の告白
私は食堂からもらってきたコップを片手に階段を上がる。途中何人かに声をかけられ、世間話をする。
あれから一週間が過ぎた。私に対する周囲の態度が変わった。言葉や態度の節々から少しだけ彼らとの距離が近付いた気がする。
恐らく女王の居住許可と周りのもりたてもあり、表面的には受け入れられていたんだろう。それでも、フェリクス様とアデールさんの病気を治したのが私だという話が広がったのが大きいようだ。
自分の成果のように捉えるのは気になるけれど、リリーは美桜がいなかったら読めなかったのだから、美桜のおかげだと言ってくれる。
下手に否定すると、さまざまな事情を説明しないといけなくなるため、そうなっている。アランや女王様、そしてフェリクス様も一連の流れを知っている。
その間私が城の外に出たのは数えるほどなので、その変わったという話は周りの人から聞いた話だけれども。
私は何をしていたかというと、リリーがティエリについて調べる手伝いをしていた。
あれだけのことがあったのだから二、三日はゆっくりしたい気もするが、彼女は翌日から早速動き回り、城の書物を漁っていた。私はその書物を運ぶ係。この国の文字はまだ読めないので適材適所というものだろうか。
ローズは三日ほどはお城の診療室に入れられ、今では自分の部屋に戻っている。
たまに勉強に合間を縫って、リリーの調べものを手伝ってくれたりもする。
最もティエリという病名を妖精の国では使っていない。似た症例を探しだし、この国ではその病気がどれくらいの頻度で起きているかを調べ、統計を取ってた。その結果として、かなり昔からこの病気が存在していたのが判明する。
だが、二十年近く前に一度だけ病気の発生者が激減している。その前後に、人間による妖精の国への大規模な侵略があり、妖精の国の人口が減ったため病気の発生数が減ったのか、他に理由があるのかはまだ分かっていない。人口比で考えると、ここ十年の発生率は一定を保ち続けているというのがリリーの出した結論だ。
ティエリの治療薬自体は各々が体に良い成分から作られているので、健康な人間や妖精が飲んでも体に悪影響を及ぼすことはほとんどない。私もほんの少し飲んでみたが、ほうじ茶を甘くしたような感じだ。おいしいが原料の手に入りにくさから、誰でも自由に飲める代物とはならないだろう。
元気になる薬の成分の分析結果も出た。どうやら体の内面を修復してくれる作用がエメとシリルにはあるらしい。だが、同時にこれらの植物には毒性があるため、今まで利用される機会はほとんどなかった。それを可能にしたのがドニ湖の水だ。その毒成分を見事に中和してくれるんだとか。
なぜその方法を思いついたのかとお城の薬師から問われたが、私には首をかしげることしかできなかった。
私が部屋の扉を開けると、テーブルの上に座る妖精と目が合う。
彼女は目を輝かせながら、コップに入った飲み物をじっと見つめる。
二人分もらってくるべきだったかな。
「飲んでいいよ」
私は机の上にコップを置くと、そうアリアに告げた。彼女はふわりと浮きあがると、飲物を飲み始めた。みるみるうちに飲物がなくなっていく。
アリアはいつもそうだ。豪快に飲物を飲む。その小さな体のどこに飲物が運ばれているのか不思議でしょうがない。
アリアはどうやら私がこの部屋に来た時から生息していたようだ。だから、私の部屋にいつづけている。寝ている私の鼻をくすぐったり、私が飲物をもってくるとねだったり、彼女なりに満足な時間を送っているようだ。
友人として彼女と深い話をする機会はないが、彼女には感謝している。
彼女がいなければ、私はティエリの治療薬を作れなかったのかもしれないのだから。
今でもリリーたちに自分のことを話すなというので、アリアのことは秘密だ。普段彼女は私のベッドで寝ているが、最近は自分のベッドがほしいとごねはじめた。
その時、私の部屋のドアがノックされる。アリアはバッグの中に身を隠す。私がドアを開けると、リリーとローズが立ってた。その奥には流れるような茶色の髪をした少女が優しく微笑みかけていた。長いまつ毛の奥から覗く、澄んだ瞳に思わず息をのんだ。彼女が笑うだけであたりの空気が朗らかになる。
「はじめまして。エリスです」
彼女は深々と頭を下げる。
私は我に返り、彼女に見とれていたのに気付いた。動いている彼女は眠っていた時よりも何十倍も魅力的だ。
「始めまして。美桜です」
私も深々と頭を下げる。
でも、そこで我に返る。何でエリスがここにいるんだろう、と。
「ありがとうございました。お兄様から助けていただいたと聞き、お礼を言いたくて」
「元気になったみたいで良かった」
「ありがとうございます」
彼女はそういうと微笑む。
「一人できたの?」
「お兄様は女王に今回のお礼を含めて、お話があるそうです。なので、わがままを言って連れてきてもらいました。お話が長引きそうだったので、その間はリリーとローズと一緒に過ごすことになったんです」
「この奥の庭園でお話でもしようとなっているんだけど、美桜も来ない?」
リリーの誘いに、私は少ししていくと告げる。
三人は賑やかに話をしながら、庭園に消えていく。
「これ、全部飲んでいていいよ」
「分かった」
アリアはバッグから顔を覗かせ、再び飲みものに口をつけた。
アリアが飲みやすいような小さなコップはあったほうが便利かな。
「じゃあ、庭園に行くね」
そう言い残し部屋を出たとき、ラウールとはちあわせをする。
彼に会うのも一週間ぶりだ。
「エリス様ならこの奥の庭園にいるよ。私も行くところ」
「ありがとう」
彼はお礼を言い、ふっと笑う。歩きかけた彼の足が止まる。
「お前は妖精の国にずっと住み続けるのか?」
いきなり現実的な話題をされ、ドキッとする。
「分からない」
アリアにも一週間前に言われた。だが、事情を知らないラウールにはそう返すしかない。
「何かあるなら、力になるよ。妹を助けてくれたお礼だ」
「何かって」
記憶喪失という嘘を思い出す。彼は私のないはずの家を探してくれるとでも言うのだろうか。王子だったらいろいろとツテがあるんだろうから。
彼は私を見るとくすっと笑う。
「俺からの忠告だが、記憶喪失の話は、国の役人には下手なことは言わないほうがいい。この国はシステムがしっかりしていて、出生記録はしっかりとられている。お前の記録はそこに乗っていないんじゃないか?」
「何で分かるの?」
「今まで嘘を吐く人間を多く見てきた。人が嘘をつけばすぐに分かる」
「いつから?」
「嘘だと分かったのは最初から」
彼は私の嘘に付き合い、信じてくれたという事なのだろうか。
だが、一度も顔には出さなかった。それは妹を救うために藁にもすがる思いだったのだろうか。
私は微笑んだ。下手に隠すより、信じてもらえなくても行ってしまったほうがすっきりする。どうせ一部の妖精たちは知っているし、隠す必要もないし、彼は信頼に足る人物だと分かったからだ。
「ラウールさん、ラウール様、ラウール王子様?」
言おうと決めて、最初の名前を呼ぶところで詰まってしまう。
「呼び捨てでいいよ。俺の友人はニコラ以外ほとんど呼び捨てだからな」
友人と言われ、ちょっと気恥ずかしい。男の子の友人なんて今までいなかった。
「ラウール、は口が堅い?」
急に呼び捨てで呼んだためか、変な間が開いてしまった。
「人のことについてぺらぺらと話をする趣味はないし、言ってくれたら力になるよ。さっきも言ったようにエリスを助けてくれたお礼だ」
私は頷く。
「私はこの大陸とは違う世界から来たの。あのメモの言葉も、私の国の母国の言葉なんだ」
「お前の知り合いの記したメモか?」
「違うよ。これは妖精の国で出会ったおじさんにもらったんだ」
私はおじさんが石の下敷きになっていて、それを助けた時にもらったと話をする。
「他の世界から来たか」
彼は反応に困っているようだった。変に思われてもおかしくはないと思う。私が日本にいたときに、突然異世界から着ましたと見知らぬ人がきたらやっぱり変に思うからだ。
「嘘ではないけど、怪しいよね」
「嘘をついていないと分かるよ。それに、信じる。こことは全く違う世界なのか?」
「違うといえば違うね」
「そうか」
一瞬、彼が悲しそうに微笑んだように見えた。彼は短く息を吐いた。
「なら、生活にも困るだろう。何か欲しいものがあれば準備するよ。エリスの病気の治癒と、ティエリの治療法についての褒美も国から出せる」
私は少し考えて、首を横に振る。
「いらないよ。だって、私が見つけた治療法でもないし、他の人がいなければ薬も作れなかった。だから、私が一人でもらうのはやっぱり違う」
「そうか。リリーも同じようなことを言っていた。後から言ってくれても構わない。まあ、困った事があればいつでも言ってくれ」
私はラウールの言葉に頷いた。
「お兄様、こっち」
声のしたほうを見ると、エリスが手を振っている。
「あいつはまだ体力も完全には戻ってないのに、無理しすぎだ」
彼は呆れたように笑い、歩き出す。
「私も行きます」
私は少し先を歩き始めたラウールの後を追った。
第一章・完




