新しい王と跡継ぎ
わたしの目の前に大きな門が佇んでいた。
あらかじめ打ち合わせをしていたこともあり、それがどこかすぐにわかった。
エスポワール。それは三年前とそんなに変わらなかった。
わたしたちは町の中に入った。
辺りは活気に満ちていた。
久しぶりなのに、そんな感じがしない不思議な感覚だ。
「戻ってきたんだね」
「そ。わたしはセリアに声をかけてくるわ。その間、街をながめておいたらいいわ。懐かしいでしょう」
「わたしもセリア様に会いたい」
「でも、もっと会いたい人がいるでしょう」
わたしはその言葉に唇を噛んだ。
あのとき、わたしの気持ちは伝えられなかった。戻ってこれなかったら封印しようとした気持ち。
わたしはそっとこぶしを胸に抱いた。
「すぐに戻ってくるから」
サラはそういうと、わたしの肩を叩き、町を出て行った。
わたしは辺りを見渡した。
この世界に来て、いろいろなことがあった。
もうずいぶん昔のことなのに、ついこの間のことのような気もしてきた。
バイヤール家に行って、ラウールに出会った。
今もこの国は前と変わらないのだろうか。
そう思ったとき、わたしの傍を年配の男性が通りかかった。
「やっと明日、婚姻の儀式か」
「王が病に伏せたと聞いたときにはどうなることかと思ったけど、これでこの国も後継者に恵まれる」
「やっとだね。どれほどこの日を待ち望んだことか。前王の子供が二人いると言っても、その先もこの国が続いてもらわないと困るのだから」
誰が婚姻をするのだろうか。この国の跡継ぎは恐らくラウールだ。彼の挙式が執り行われるのだろうか。
わたしは唇を噛んだ。その相手はルイーズなのだろうか。それとも他の誰かなのだろううか。
サラはそれを知ったうえでわたしをここに連れてきたのだろうか。
帰るのを選んだのはわたしのはずなのに、三年という月日が重く感じてしまっていた。
あの日、なぜわたしは自分の気持ちを告げなかったのだろう。
そうしたら、こんなことにならないはずなのに。
後悔の念を抱きながら、町の外にふらりと出た。
どこに行けばいいのだろう。転移魔法も何も使えない。ただ、前に前にと進み続けた。
そして、気付いたときには、妖精の国に続く森の中にいた。
ここで誰か顔見知りを探し、サラに待っていると伝えてもらおう。サラを待ち、そのまま花の国に連れて行ってもらおう。
わたしの目からどっと涙が溢れ出した。
後悔なんかしても遅いと言い聞かせても、目からあふれる涙の量は増える一方だった。
そのとき、背後から腕を掴まれた。
「やっと見つけた」
その声にわたしの胸が高鳴った。
誰の声かすぐにわかった。
「久しぶり」
わたしは唇を噛むと、振り向いた。
そこには以前より大人びた茶色の髪をした青年が立っていた。
「入り口にいると聞いたのに、何でこんなところにいるんだよ」
サラから聞いたのだろうか。
なぜそんなことをしたんだろう。
「結婚おめでとう」
わたしはそっと唇を噛んだ。
「ああ。ありがとう。そっか。聞いたのか」
ラウールは頬をあかめて髪の毛をかきあげた。
わたしの胸が再び痛んだ。
「サラにわたし、ここにいるから迎えに来てっていってほしい。ごめん」
「いいけど、サラ様たちはエスポワールに来ると言っていたよ。この後、婚姻の儀もあるし、どうせなら」
「ごめん。出ない」
「そっか。無理強いはできないけど、エリスもニコラもお前に会うのを楽しみにしていたから」
わたしは頷いた。
「早く戻ったほうがいいんじゃない? 主役がこんなところにいたら、ダメでしょう。相手の女性もきっと嫌な思いをするよ」
「主役?」
ラウールは首を傾げた。
「だって、婚姻するんでしょう」
「いや、あくまでメインはエリスとニコラだし。俺自身は前準備はそんなにやるべきことはないかな。父親もいるし、ローズとリリーも手伝ってくれているから」
わたしはその言葉に顔をあげた。
確かにエリスも王族で後継者には違いない。
「ラウールが結婚するんじゃないの?」
「誰と?」
聞き返されて、返答に困った。
「挙式をあげるのはエリスとニコラだよ」
「町の人が後継者がどうこう言っていたから、てっきりラウールが挙式をあげるのかと思って」
「泣いていた?」
わたしは頷いてから、言葉を改めて理解し、自分の顔が赤くなるのが分かった。
「まあ、王が未だに独り身だと嫌なんだろうな。だから、妹が挙式を挙げると聞いて、ほっとしたんだろう。そこまで寿命の長い種族でもないし。サラ様もセリア様からよく言われているよ」
ラウールは苦笑いを浮かべていた。
「まだいい人はいないの?」
「ずっとある人を待っているんだ。いや、正確には待っていたかな」
ラウールはわたしの髪に触れた。
彼の真剣な瞳にわたしの胸が高鳴った。
そんなわたしを見て、彼は苦笑いを浮かべた。
「いろいろと片付けないといけない問題があるのは分かっている。それでも、周りを説得できたら結婚してほしい」
「結婚?」
わたしは急な申し出に声を上ずらせた。
「嫌?」
「嫌じゃない」
「よかった」
わたしの頭に触れていた彼の手が背中に回された。そのまま、彼はわたしを抱き寄せていた。そのとき、彼の胸の鼓動がわたしと同じくらいの速さになっているのに気付いた。彼でもこんなに緊張するんだ。
「戻るとき、ラウールに話があるといったよね。わたしもあなたが好きだと言おうとしたの」
わたしの返事の答えのように、彼のわたしを抱きしめる力が強くなった。
「本当はずっとこうしていたいけど、そろそろ戻らないといけないな。どうする?」
「やっぱり行く」
彼の目を見て、微笑んだ。
ラウールの転移魔法でたどり着いた先は、どこかの部屋のようだった。彼は扉を開けると、わたしを導くように歩き出した。そして、隣の部屋の扉を開けた。
そこには白いドレスに身を包んだエリスに加え、リリーやローズ、ルイーズたちがいた。もちろん、サラもだ。
「お帰りなさい」
「ただいま」
わたしは笑顔を浮かべた。
サラはわたしの傍にそっと歩み寄り、ラウールに目くばせした。
彼はエリスのところにいくと、そのそばにいるリリーたちと何か話をしているようだった。
「話はできた?」
わたしは頷いた。
そんなわたしを見て、サラは優しく微笑んだ。
彼女はわたしがさっきの出来事を伝える前にそっと言葉を綴った。
「あなたは好きな人と結婚しなさい。もし、反対する人がいたら、わたしが説得してあげる」
「いいの?」
「いいのよ。あなたが幸せになってくれることがわたしの最大の望みなの。きっとラウールと一緒なら幸せになれるわ」
「ありがとう」
わたしがこの世界に来た意味。それはお母さんのことを知り、彼と一緒になるためだったのだろうか。
「さてと、二人もそろそろ準備しないとね」
水色のドレスを着たルイーズがわたしたちを見てにんまりとほほ笑んだ。
「準備?」
「エリスの挙式には当然出るんでしょう。わたしのドレスを貸してあげる」
「わたしはこのままでいいわ」
おののくサラの腕をルイーズはつかみ、満面の笑みを浮かべた。
「美桜は?」
「着てみたいかな」
「よかった。美桜もサラのドレス姿を見たいでしょう。とてもきれいだと思うわ」
「確かに似合いそうだね。サラは綺麗だし」
なぜかサラはそこで抵抗をするのを辞めた。
そんなわたしたちのやり取りをローズたちはにこやかに見つめていた。
その後、ニコラさんやロロたちとも再会した。
エリスの挙式がおこなわれ、わたしたちはそれに参加することになった。そこで知ったのがサラがこの国でも一目置かれているということだ。彼女が式場に足を踏み入れるだけで、辺りがどよめくのが目で見て取れたのだ。花の国の女王というだけではなく、彼女の持つ並みはずれた魔力の存在があるようだった。
わたしたちはその翌日、花の国に戻ることになった。




