おばあちゃんからの手紙
わたしは仏壇の鐘を鳴らした。そして、仏壇に新しく飾られた写真に視線を向けた。
短く息を吐いた。
おばあちゃんが亡くなって二か月が過ぎた。
わたしがこの世界に戻って、二年十か月後、おばあちゃんは病院で息を引き取った。
この家に何度か戻ってきて、わたしの持ってきた指輪をちらりとは見ていたが、何も触れることはなかった。
わたしは体調の悪いおばあちゃんを見ていると、何も言い出せなかった。
あの世界に戻りたいということも、逆にここで一生暮らすということも。
だから、普通に生活をして、その間、大学に進学していた。
お母さんが卒業したのと同じ大学だ。
当たり前のように日常を送っていると、もしかするとあの出来事は夢だったのかもしれないという気持ちにとらわれることもある。
だが、それが夢でないという印が仏壇にあった。
そして、アリアとの約束の日も近づいていた。
わたしは本当にあの世界に戻っていいのだろうか……。
隣に人気を感じ、顔をあげた。
おじさんがわたしの隣に腰を下ろした。
わたしがしたように、鐘を鳴らして、そっと手を合わせた。
そして、おじさんは仏壇の隣に置いていた引き出しから何かを取り出し、わたしに渡した。
「これは?」
「母さんの残した手紙だよ。僕も読んでおくようにといって渡された。そして、自分に万が一のことがあったときには、これをわたしてほしい、と」
わたしはそれを受け取り、手紙を取りだした。
そこにはきれいな字で文章が綴られていた。
すべてを読み終わった時、わたしの視界が霞んだ。
「美桜ちゃんはどうしたい?」
「わたしは、あの世界にもう一度行きたい。それがこの世界との別れになるかもしれないけれど」
おじさんがわたしの頭を撫でた。
「分かった。きっと母さんもそれを望んでいたんだと思う」
おばあちゃんからの手紙にはわたしに対する感謝と、謝罪の気持ちが綴られていた。そして、わたしがそのエトワールという世界に戻りたいなら、戻ればいい。わたしがどんな決断を下しても、わたしを見守っているし、幸せを願っている、と。
「それにね、姉さんが言っていたんだ。この子がここを離れたいと言ったなら、それを受け入れてあげてほしいとね。
だから、美桜ちゃんは好きなように生きればいい。君が戻ってきたときには、力になるよ」
「ありがとうございます。でも、おじさんは知っていたの? エトワールのこと」
「姉さんから聞いたよ。半信半疑だったけど、美桜ちゃんのお父さんがその世界の人だと言われたら信じるしかないよ。美桜ちゃんもその世界に行っていたんだよね」
わたしは頷いた。
「ただ姉さんも、なかなか母さんには言い出せなかったんだろうね。でも、きっと美桜ちゃんがその役割を担ってくれたんだろうね」
「そうだったら嬉しいです」
わたしは唇を噛んだ。
起こった事象にはすべて意味がある……。
エトワールにいるとき、何度も耳にした話だ。
わたしがあの世界に行ったのは、あの世界のためだけではない。きっとこの世界にとっても意味があったのだ、と。それに、お母さんが亡くなり、エトワールの痕跡はわたしの命と、持ってきた指輪しかもうないと思っていた。でも、人の命が尽きない限り朽ちない想いはここに残っていた。わたしが命をうけたときからずっと。
「いつくらいに向こうの世界に行く?」
「そろそろ。わたしのおばさんが迎えに来てくれることになっています」
「そのときは教えてくれると嬉しいよ。無理だったら手紙だけでも残しておいてほしい」
「分かりました」
わたしはそっと唇を噛んだ。
それからわたしはおじさんと話し合った。
わたしのことをどうするか。
大学は退学にすることにした。
と言ってもあの世界に行ったことのないおじさんはどうしても半信半疑で、わたしがここを去るときに手続きをしようということになった。それまではわたしは学生のままだ。
おばあちゃんが残した財産はわたしが持っていても仕方ないから、おじさんに全て委ねると伝えたが、おじさんはわたしとの折半を選んだ。このおばあちゃんの家はおじさんが働けるまでは残しておきたいらしい。だから、わたしのお金はこの家を維持するのに使ってほしいと頼んでおいた。




