病の治癒
「美桜」
体を揺さぶられ、目を覚ます。私は目を開けたが、頭がぼんやりとしたまま辺りを見渡した。そこにはリリーの姿がある。
「こんなところで眠って風邪をひかなかった? もう朝だよ」
そこは地下の調理場だった。
寝てしまったんだ。薬はどうなったんだろう。
私は焦り、薬を探す。私の手元から少し離れた場所に蓋のされた茶色の瓶が置いてある。そういえば眠気と戦いながら瓶の中に薬を収めた記憶を思い出す。
「良かった。作り終わっていたみたい」
「昨日はごめんね。あのまま動けなくなるなんて思いもしなかった。アラン様に部屋に連れて行かれたのは覚えているんだけど、そのあと熟睡していたみたい」
「いいの。私はアルバン達に対峙した時、全然役に立たなかったもの。だから、自分にできることを頑張ろうと思うんだ。そういえば、今日の夜、ラウールがアデールさんを見てくれると言っていたの。だから、アデールさんの病気ももしかしたら治るかも」
「そういえばぼんやりとそんな話をしていたのは覚えているけど、何で?」
私は城下町でアデールさんの症状を相談した薬屋が、ティエリの症状と似ていると言っていたのを伝えた。
「そっか。病名がはっきりしたら良いね。今はまだ症状が回復していないみたいだもん」
私はリリーの言葉に頷く。
「ローズは?」
「気付いたけど、かなりの魔法をかけられていたみたいで今は城の診療室で治療中。結構体に負担がかかっていたみたい」
「そっか。何かゴメンね。私がエミールの木を取りたいと言わなければこんなことにはならなかったよね」
リリーは目を細め、首を横に振る。
「でも、エリスは今回のことがなかったら助からなかったと思う。まだ薬ができていないのに気が早いけどね。だからありがとう。エリスは私の初めてできた人間の友達なんだ」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべていた。
私はリリーにそう言われて心がほっとしていた。
部屋の中には病気にうなされるアデールさんとアラン、私とローズ、リリー、そしてラウールの姿がある。ラウールはアランから詳しい症状を聞いていた。
夜が更け、約束の時間にラウールは妖精の国までやってきたのだ。私の勝手な口約束だったが、リリーとローズに事情を話すと女王にかけあってくれた。そのため、アランと一緒にラウールを出迎え、そのまま城の診療室まで来てもらうことになったのだ。
「恐らくティエリだと思う。診断方法などはあらかじめ聞いてきたので大丈夫だとは思うが。本当は専門職に判断してもらうのが一番だが、悪いな」
「とりあえず飲ませてみるね」
私はアランの許可を得て、作ったばかりの薬をスプーンに載せてアデールさんの口元に運ぶ。三杯分を飲ませたが、彼女は未だうなされている。即効性がないのか、それとも診断が間違っているかは時間が経過しないと分からないようだ。
私は半分に小分けした薬をラウールに託した。この薬は半分を妖精の国に残し、もう半分を人間の国に渡すことになった。
私はメモに書かれていた飲み方をラウールに伝える。
「じゃあ、帰るよ」
「入口まで送ります」
歩き出したアランとラウールをリリーが呼び止めた。
彼女はためらいがちにラウールを見る。
「エリスが良くなれば教えてほしいけど、無理ですよね」
「何か手段があればいいがな。俺が来ても良いが、いつと示し合わせるのも難しい」
ラウールは難しい顔をしていた。
人間の国の事情はなかなか妖精の国には届きにくい。もっと条件が頻繁にやり取りできれば誤解も生じなかった可能性もある。
その時、ローズが声をあげる。
「そうだ。あの場所に文を届けてもらえばいいんじゃないかな。昔、良く五人で遊んだ場所」
五人というのはローズとリリー、そしてラウールにエリス。あと一人はニコラだろうか。
だが、ラウールもリリーもすぐにはいいと頷かない。
「他の国の領土に無断で入るなんて不法侵入になると思うんだが」
立場上決まりごとがきになるのか、それがラウールの難しい顔をした理由のようだ。
「大丈夫だよ。別に私達の国には妖精を傷付けない限り、入ってくる人達を拒む風習はないもの。国境も人間との話し合いで設けただけで。気になるなら、私が今からお母様に聞いてくる」
頑なにそう言い張るローズに最初に折れたのはラウールだ。
ローズは慌ただしく室内を出て行く。アランが呼び止めるが、彼女は聞く耳を持たない。いつも落ち着いているローズの意外な一面を見た気がした。
少ししてから、ローズはそれから明るい笑顔で戻ってきた。「無事に女王からの許可ももらえた」と口にする。
「ありがとう。それと、アルバン達からバイヤールの命令で動いたという証言が取れたため、今朝、バイヤールの身柄は確保した。これから裁判を経て、その処遇が決まるだろう。本当にすまなかった」
ローズは首を横に振る。
「魔法を封じられて、眠らされただけだから大丈夫です。こちらこそ助けてくださってありがとうございました。私が引き留めてしまいましたが、早くエリスに薬を飲ませてあげてください」
ラウールはもう一度お礼を言うとアランに送られ帰っていった。
「二人はラウール達と良く遊んでいたの?」
「エリスたちは妖精の国で暮らしていたことがあって、その間は良く遊んだよ」
彼らの子供のころといえば、十四、五年前だろうか。リリーの両親が亡くなった時期の前か後か。
「美桜は行った事ないんだよね。今から連れて行ってあげるよ」
「アランにばれたら怒られるよ」
「平気だって。アルバン達ももういないし、すぐに帰って、部屋に戻ればばれないよ」
リリーはそう提案するとアデールさんの部屋を出た。
門番に散歩をするといい、城の外に出る。そして、リリーとローズと一緒に町の入口まで行く。
リリーの転移魔法に導かれやってきたのは、森の深い場所だ。目の前には澄んだ湖が広がっている。夜という時間のためか、より湖が輝いて見えた。
「ここでエリスとラウールとニコラに出会ったの。それから、良く遊んだんだ」
リリーとローズは優しい笑みを浮かべていた。きっと二人は今、ここに来たかったんだろう。
私は二人の目に映っているであろう過去の幻影に思いを寄せながら、美しい湖を見つめていた。
国を抜け出してばれないわけがなく、私達は城に入った途端アランとはちあわせをして、軽く注意されたのは言うまでもない。ただ、アランがそこまできつく言わなかったのは、リリーとローズの気持ちを汲み取っていたのかもしれない。
アデールさんの症状は翌日の夕方には快方の兆しが見えた。そして、翌日には本人も良くなったと実感したようで、家に帰らせてくれと医者にせがんでいるとか。
そのアデールさんも二日後には医者も大丈夫だと判断したそうで、体調が悪くなればすぐに城に来るという条件付きで家に帰れることになった。
リリーはラウールに薬を渡した翌日から一日二回その湖に通っていた。私も何度か連れて行ってもらった。
エリスの病の治癒の知らせが届いたのは、アデールさんの退院から三日後のことだった。まだ自由に動けるとまではいかないが熱も引き、意識もはっきりしてきたらしい。
その知らせに、ローズやリリーは心から喜んでいるようだった。




