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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第六章 人間の国
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父を知る人たち

 少年は私の膝の上でそのまま寝入ってしまった。静かな寝息が森の中にとけいっていく。

 ルイーズは彼を見ると優しく微笑んだ。


「よほど疲れていたのね」


 彼女の長い指が少年の頬に触れた。


「でも、どうして倒れてしまったんだろう」


 私は彼の額に手を当てる。

 体への負担が大きいのは分かる。だが、このタイミングで眠り込んでしまうのは、ほかの場所でも植物を幾度となく出したのだろうか。


「あなたと彼では能力の高さも体力も全く違うからよ」


 その言葉とともにアリアはルイーズの鞄から姿顔を覗かせた。


「生まれ持っての能力の質も量も全然違うといったほうがわかりやすいわね。あなたにはたいしたことがなくても、彼には負担がかかってしまうことだったりするのよ。それでも、あの国の一般市民よりは高い能力を持ってはいるみたいよ。魔力の才もあるみたいだし。ただ、ちょっとした外因によって、能力もかなり抑え込まれているのよ」

「そういうのわかるの?」

「何となくだけどね。まだこんなに小さいのにね」


 アリアは悲しそうな目で少年を見ていた。


「彼の両親に会ってみようと思う。それでいい?」


 私の問いかけにルイーズは首を縦に振る。

 だが、アリアは難しい顔をして顔を背けてしまった。


「会わないほうがいい?」

「そういうわけじゃないけど、彼のは話を聞く限り、彼の親は王妃と懇意にしているんじゃないのかな。私たちを売ることも考えられる」

「危険はあるけど、このままじゃ何も動かないと思う。もともとその予定で来ているのだから」

「わかった、よ」


 アリアは歯切れの悪い言葉を綴る。

 私たちは彼が起きるのを待つことにした。



 木々の立ち位置を示す影の角度が変わってきたとき、私の腕の中にいる少年がぴくりと動く。

 彼は目をこすると、体を起こした。


「ごめん。僕、眠っちゃっていた」

「いいのよ。家の人は大丈夫?」

「大丈夫。お姉ちゃんたちはどこに行くの? 僕もついていこうかな」


 少年は愉快そうに私の顔を覗きこんだ。


「あなたの両親に会わせてくれない?」

「僕の親?」


 少年は不思議そうに私を見る。

 拒まれる可能性を視野に入れていたが、彼はあっさりその要求を受け入れた。


「いいよ。少し遠いけどいい?」

「それは構わない」


 彼が起きるのを待ったが、まだ人と会うのに十分な時間は残っていた。


「ついてきて」


 そういうと少年は私たちを先導するように歩き出した。

 静かな森の中には、私たちの足音が木霊する。

 入ってはいけない場所。それを暗示するかのように、ひっそりと静まり返っている。


「シモンって呼んでいい?」


 私の言葉に少年は首を何度も縦に振る。


「ああやって眠ってしまうことはよくあるの?」

「たまにあるよ。お父さんたちからはあの力を使ったらダメだと言われている。僕の体には負担が大きいんだって」


 彼はまだ小さな子供だ。その小さい体への負担は私の想像以上に大きいのかもしれない。


「だったら使わないほうがいいよ。体もきついだろうし、人に見つかると面倒なことになると思う」


 私の少し前を歩いていた少年の足が止まる。

 その少年の手には別の植物が巻き付いていた。


「お姉ちゃんたちは驚かないんだね。これを見ても。普通の人間なら、驚くはずだとお父さんにずっと言われていたから」

「それは」


 自分の身元をはっきりと明かしたほうがいいのだろうか。

 彼の両親にまで会わせてもらうのに、私は身分も立場も偽ったままだ。

 少年の手が私の手に触れる。


「答えなくていいよ。お姉ちゃん、すごく困った顔をしている。僕、お姉ちゃんにあえてよかった。それにお姉ちゃんを守れたのも、この力のお蔭だよね」


 少年は軽快な足取りで先へと進む。


「どうしてそこまでしてくれるの?」


 彼は私の素性に気付いているのではないか。そんな思いで疑問を投げかけた。


「わかるの。お姉ちゃんは悪い人じゃないってね。本当の名前じゃないこともなんとなくわかる。だから、言えるようになったら、僕に本当に名前を教えてね」


 彼はそういうと、明るい笑みを浮かべた。

 私は彼の言葉に首を縦に振る。


 彼はその足で森を出た。向こう側は石の壁が敷き詰められていたが、どうやら町の北のほうでは明確な境界線はないらしい。石壁で行き来ができないことも関係しているのだろうか。


 辺りには植物が植えられ、新しい家々が並ぶが、驚くほど人の気配がない。

 私たちはその奥にある大きな家の前で足を止める。

 少年はドアを開け、私たちを招き入れた。


 ルイーズがドアを閉めたのを確認するかのように、奥から黒髪の女性が現れたのだ。

 彼女は私たちを見ると目を見張る。


「お母さん、友達を連れてきたよ。お父さんとお母さんに会いたいって」


 少年は明るく声をあげるが、彼女は指一本動かさず、私に釘づけになっていた

 奥から背丈の高い男性が現れる。彼は玄関を覗きこんだ目で動きを止めた。


「ティメオ様」


 彼の口からそう私の父親の名前が零れ落ちた。

 だが、すぐに首を横に振る。


「よく似ているけど、人違いよね。もうあの人は」

「ティメオは私の父親の名前だそうです」

「美桜さん?」


 ルイーズが私の名前を漏らす。彼女は慌てて唇を抑えた。


「美桜? それがお姉ちゃんの本当の名前なの?」


 少年は私を澄んだ瞳でのぞき込む。

 私は腰をかがめ、彼の頭を撫でた。


「そう。嘘をついてごめんね」

「うんん。お姉ちゃんにぴったりな名前だね」


 だが、好意的な少年と相対するように、二人の表情は強張っている。

 まるで、生霊でも目の前に現れたかのような、恐怖に満ちたまなざしだ。

 女性は駆け寄ってくると、シモンの腕をつかむ。


「お母さん?」

「今更、私たちに何の用です。もう私たちはあなたたちとは関係ない」


 そのとき、ルイーズが自分の鞄を覗きこむのが見えた。

 だが、私は予想外の反応に戸惑い、シモンの母を凝視することしかできなかった。

 どこかで王の娘である自分を歓迎してくれるという思い込みがあったのだろうか。

 アリアが私を守り続けてくれたように。


「今度は息子さんを犠牲にするつもりですか?」


 そう言ったのはルイーズだ。彼女は落ち着いた目で二人を見据える。


「犠牲って」

「あなたの息子さんには魔術実験の跡がある。それも幾度となく繰り返された」

「あなたに何が分かるの? 私たちにはそれしか生きるすべがなかった。この子だって分かってくれているのよ」

「生きるすべか。だから、あのとき、国をソレンヌに売ったの?」


 その言葉に二人の顔がさっと青ざめる。


「あなたは何者なの? まさかサラなの? その瞳に髪の色。よく似ているわ」

「違います。でも、私は彼女を知っています。そして、彼女から教えてもらいました。あなたたちが過去にしたことを」


 私も彼女の言葉に驚きを隠せないでいた。

 私の知る限り、花の民の国の知り合いは、私とアリアだ。

 そして、私ではない。

 ということは残る答えは一つなのだろうか。

 ただ、彼女もラウールも顔見知りは多い。だから、断定はできない。


 そのとき、シモンが胸を抑え込み、床に手をつける。

 彼の両親は少年にかけよる。

 私も駆け寄ろうとして足を止めた。

 だが、そんな私の背中をルイーズがおす。


「行ってあげて」


 私は状況が飲み込めないながらも、家にあがると、シモンの傍に行く。

 私とシモンの間に女性が立ちふさがるが、少年は私に手を伸ばした。

 私はその手を握る。


「話はあとで。まずは彼を部屋に運びましょう」


 私はそのままシモンを抱き寄せた。

 シモンがほっと息づくのが分かった。

 二人は複雑そうな表情を浮かべながらも、私を少年の部屋まで案内してくれた。


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