王女の目覚め
リリーがルーナに戻って四日が経過した。数日で目覚めるといわれたラシダさんはいまだ眠ったままだ。
セリア様かリリーが私に付き添う以外は、私の置かれた環境はそんなに変わっていない。
それは目の前で腕組みをしているラウールも同じだ。
「なかなかいい感じにできたでしょう?」
ルイーズは得意げに胸を張る。
私とセリア様は今日、クラージュとの緩衝地帯に建てられた家に来ていたのだ。
その家がつい先日完成したため、私たちはルイーズに招かれたのだ。
別荘的な扱いだが、その家はもともとの敷地の広さも相成り、かなり広い。
彼女が作りたがっていた工房単独でもかなりの広さで、彼女の現在住んでいる家にも匹敵する。
土地自体がかなり広大なため、それでも土地が大幅に余っている状態だ。
「綺麗にできたね」
リリーは感嘆の声をあげながら辺りを見渡している。
「すごいよね。魔法で作るのもいいけれど、こうして手作りで作っていくのもすごくいいよね」
ルイーズも嬉しそうにあたりを見渡している。
この家は当初の予定通り、クラージュの獣人たちに作ってもらっていたようだ。
その木材はあのルーナの神殿と同じもので、かなりの強度を誇るらしい。
「じゃ、土地の契約を済ませましょうか?」
「そうね」
セリア様が首を縦に振る。
転移魔法で好きな場所にどこでもいけるが、町の中では使えない。それは町の中では特殊な魔法をかけているためだ。その魔法と特殊な契約をすることになり、その町でも好きに移動できることになる。その契約をラウールは済ませているが、セリア様やアリアやリリーもしてはどうかとなったのだ。アリアはまだラシダさんに付き添っているのと、リリーは今回見送ったため、セリア様だけが契約をする。
ルイーズが呪文の詠唱をすると、セリア様の足元が白銀に光る。その光がセリア様の足元で収束し、吸い込まれていく。
「これで完了ですね」
ルイーズはその言葉とともに、銀の鍵を渡す。
それはこの家に鍵だ。
ルイーズの家だが、必要な時には使ってくれと言われているのだ。
私はそのカギを受け取ると、ポケットの中に収めた。
この土地を買うために父親に借りた分のお金はいまだに返済中だが、ルイーズのお父さんはいずれルイーズのものになるから、別に返さなくてもいいと言っているらしい。親一人、子一人の二人家族だからだろう。
彼女の母親が亡くなったというのはそれとなく聞いたことがあるが、いつどこでというのは話に上がったことはない。だから、私も触れないようにはしていたのだ。
「でも、ラウールも大変だね。また王妃がいろいろな花嫁候補を探していると聞いたけど」
「全部断っているから問題ないよ。ただ、問題はエリスだよ。あいつは母親から勧められたら、きっと断れない。ジルベールが城に戻ってきてくれて、ずいぶんと助かったけどな。しばらくは護衛の件で忙しいしな」
リリーの言葉に、ラウールは腕組みをして、短く息を吐いた。
エリスが跡取りになれば、その相手は王様候補だろうか。
きっとかなりの制約があるんだろう。
王に相応しい身分や立場、能力。この世界では何を重視するか分からないが、それが彼らの恋愛対象に一致するとは限らない。
だが、同時に私の脳裏によみがえったのは、いつかジルベールさんの聞かせてくれた言葉だ。
彼はラウールに王位についてほしいと切望していたのだ。
「そうね。あのタイミングで戻ってきてくれたのは本当によかったわ。エリスの護衛も、違う人になっていたかもしれない」
私はその言葉にルイーズを見る。
彼女は優しく微笑んだ。
「エリスの護衛は二人体制でつくことになってうまくまとまりそうなの」
「二人? テッサさんじゃないの?」
「それとジルベール様。そうなれば誰も反対できないもの。そうジルベール様が立候補してくれてね。能力でいえば、お父様よりも上だからね」
「ジルベールさんはすごいんだね」
ルイーズは頷いた。
一つずつこうして問題が片付いていくのはほっとする。
そして、他愛ないと思っていたことがこうして一つの未来を形成していくのがなんだか不思議だ。
「護衛かあ。エリスはまだニコラが好きなんだよね。結婚させてあげればいいのに。身分的にも能力的にも問題ないと思うのに」
そうリリーが口にする。
そうなんだ。
確かにエリスの態度を見ていたら、ニコラさんを特別視ししているようにも見えた。
ニコラさんがそれなりにいい家の生まれというのも彼の言動や立ち振る舞いを見ていたらなんとなくわかる。
「エスポワールだとあまり身分は関係ないけどな。身内が重い犯罪を犯しもしない限りは。だからこそ、王妃はそうさせないためにエリスの護衛にしようとしたんだから、簡単には首を縦に振らないだろうな。今はアダン家の息子との縁談を進めようとしてるよ」
「護衛って、ニコラさんはラウールの護衛なんじゃないの?」
私は素朴な疑問を口にした。
今の話だとニコラがエリスの護衛につく話が以前会ったと匂わせていたためだ。
「ニコラ自身を信頼していたのもあると思うけど、ラウールはだからこそニコラを護衛に指名したのよ。エリスの恋の可能性をゼロにしないためにね。王妃はだからこそ、エリスの護衛にしようとしたのよ」
言いにくそうな顔をしているラウールの代わりに、ルイーズが答える。
だからか。確かにそう考えると、いろいろ腑に落ちる。
「でも、ニコラさんは気づいていないよね」
「全くね。そういうことを考えたこともないと思う」
ルイーズは大げさに肩をすくめた。
二十過ぎて、十四歳の子を恋愛対象として見る機会は少ないだろう。
相手が王女であれば尚更な気がする。
「今のままだと近いうちに縁談が正式に決まるだろうな」
「十四で婚約か。人間は大変だね」
「まあ、王妃が拘らなければそうでもないんだけどな」
王族だから好きな人と結婚しようと考えるのがダメなのだろうか。
エリスのニコラを見ていた表情を思い出し、胸の奥が苦しくなってきた。
「エリスも告白なんてできないだろうし、あのニコラじゃ一生気づかないままでしょうね。わたしやラウールが教えるのもどうかと思うしね」
ルイーズはそう困ったように言葉を綴る。
「なるようにしかならないと思うよ。こればっかりはどうしょうもない」
ラウールは大げさに肩をすくめた。
結婚しない選択肢というのは持っていないんだろう。
それは彼らが王の子供だからだ。
私が花の国に戻って王に立ったら、誰かと結婚しないといけないんだろうか。
花の国だから、その国の人となのだろうか。
相手の顔が見えない状態だからか、何ともいえない気分だ。
その相手を好きになれなかったら、どうなるんだろう。
ほんの少しだけエリスの気持ちがわかる気がした。
私たちはそれからしばらくルイーズの家に滞在し、ルーナに戻った。
ルイーズはもうしばらく家に残り、自分でブレソールまで帰るらしい。
リリーは城へ戻り、私とラウールはもう少しセリア様の家によることになったのだ。
わたしはアリアがラシダさんについている間、セリア様の家にいることが増えた。
アリアとラシダさんが目覚めたときはここで落ち合うことになっていたためだ。
「飲み物を入れてくるわね」
セリア様はそう言い残すと家の奥に消えていく。
私はソファに座ると、短く息をつき、さっきのルイーズたちの話を思い出していたのだ。
お父さんはお母さんと結婚をしたわけで、花の国の場合にはそういうのがゆるいかもしれない。お母さんは魔法も使えない普通の人間だったはずだから。
今まで付き合いがある人だとラウールやロロが年齢が近いが、二人はあり得ないだろう。ロロはそういう感じじゃないし、ラウールは王子様だ。私とは住む国どころか世界が違う……と思ったところでぼんやりと窓の外を眺めている目の前のラウールが視界に映り、我に返る。
こんな変なことを考えるのはやめよう。
そもそも向こうに私と結婚をする気なんてあるわけないのだから。
そのとき、私の目の前に香ばしいかおりが届く。セリア様が入れてくれたお茶がテーブルの上に並んだのだ。
彼女の入れてくれたお茶を飲もうとしたとき、目の前に金髪の少女が現れたのだ。
「アリア」
「ラシダが気づいたの」
彼女は私の声にかさねるようにして、そう告げた。




