土の中で眠る少女
「セリア様、大丈夫かな?」
「大丈夫よ。伊達に長生きはしてないでしょう。それより先を急ぎましょう」
セリア様のことは気になるが、この奥に魚人がいるならただごとじゃない。
私たちは足元に気をつけながら、先へ、先へと急ぐ。
どれくらい歩いただろうか。
その道が途絶え、さっきの植物が壁に絡みついている。
「あなたが私を憎んでいても仕方ないと思っている。でも、力を貸してくれてありがとう」
アリアはそういうと、蔦に触れる。その蔦はアリアの腕に巻き付くと、そのまま地面の中に潜っていく。
「この先に魚人がいるのね。水がたまっているの。濡れるかもしれないけど、ごめんね」
アリアはそういうと呪文を詠唱する。
そして、土が泥のように溶け、私たちの視界が開けた。
その先は個室のようになっていた。部屋の半分以上が水で浸っていて、アリアがあけた穴の先にも湖ができていたのだ。中に入れば、ふくらはぎの部分まで水で浸る。その水は右手にある通路からとりどめもなく流れてきている。
そしてその中央に、透明な棺のような箱の中で眠る少女の姿があったのだ。
彼女の太ももや足にはうろこがあり、普通の人間と違うのは目に見て取れる。
背丈は私よりもかなり小さく、顔は青ざめている。
彼女が言っていた魚人の少女なのだろう。
そして、ルナン側には石で造られた扉があるが、今はそこが深く閉じられている。
私は少女に駆け寄ると、透明な棺に触れた。それはぬめりがあるが、とても固い。
ラウールも遅れて少女のそばに駆け寄ると、棺に触れる。
「かたいな。だが、この程度なら、この短剣でも切れる」
そういったラウールをアリアが制する。
「それはダメよ。その箱は彼女の生命力が作り上げた防御装置。いわば、彼女の命の源。それを壊せば、彼女の寿命にも影響が出てくる」
「このままだと彼女は目を覚まさないんじゃないですか? 壊して回復魔法をかければ。それか外から全力で回復魔法をかければ」
「このまま回復魔法をかけても、彼女には届かない。できるだけ、被害を出さずに、彼女を治療するには、これを壊すと同時に治癒をする必要がある。あなたは斬りながら、均一に回復魔法を剣に乗せられる?」
ラウールは渋い顔をする。
「一人でこなそうとするのは難しいわよ」
そう口にしたアリアの視線が私に向く。
「ノエルの短剣を持っている?」
「あるけど、どうするの?」
私はバッグからノエルさんからもらった剣を取り出し、アリアに見せる。
「目を瞑って、呼び出してほしい植物があるの。グリールという植物よ」
「グリール?」
「心の中でその名前を呼びなさい。グリールはあなたの声が届けば、きっと反応してくれるはずよ」
言われた通りに目を閉じ、心の中でその植物を呼んだ。
その直後、ノエルさんの短剣を持つ右手が淡い光に包まれるのが分かった。その右手には白い光を放つ植物が絡みついている。
「それで彼女を覆う、生命力を切るのよ」
「切ったら、彼女の命に影響があるんじゃないの?」
「だから、グリールを呼んだんでしょう? これで傷を治しながら、割くことができるのよ」
私はアリアの指定した、彼女の右手首の部分に切り込みを入れる。すると、その箱がすっと切れ、白い光を纏う。彼女の手首に触れると、剣の動きを止めた。
アリアはその箱の真上に来ると、呪文の詠唱を始めた。
黄金に輝く光が彼女の体を包み込む。そして、彼女の体を囲っていた粘膜のようなものが徐々に薄くなっていく。
それが完全に消えると、アリアは短くため息を吐いた。
アリアは私の肩の上に腰をおろす。
少女は水の上に浮いた状態だ。
「これで彼女が目覚めるのを待ちましょう」
花の国の民だからだろうか。アリアは植物のことについてあまりに詳しい。
「アリアって知の書を取り込んでいるの?」
私はふと疑問を口にする。
それに深い気持ちはなかった。
だが、アリアが顔をこわばらせる。
「その話はここではしないほうがいい。それより」
ラウールが私の言葉を遮った。
彼の視線は奥の、水流の根源に映る。
「あのあたりに妙なエネルギーを感じませんか?」
「エネルギー?」
よくわからない私とは対照的に、アリアの顔がさっと青ざめる。
彼女は真っ先に奥へと進む。
私とラウールは顔を見合わせると、彼女の後を追った。
アリアは奥に消えていく。
私とラウールが彼女の追いついたときには、アリアの姿はその奥にある大きな岩盤のの上にあった。その岩盤からは水が噴き出している。
そこには記号のようなものが二つ描かれていた。一つの記号はアルファベットのMを変形させたような文字で、透明な石が、もう一つには紫の奇妙な宝玉が置いてある。
奇妙だと感じたのは、緑色と白を混ぜたような光が収束していたためだ。
「これが原因だったのね」
アリアはそういうと唇を噛んだ。
「透明なのはこのあたりの水を集めるように仕掛けがされている」
「なら、フイユが水不足になったのは」
「あの魔法の影響もあると思う」
「それは彼女を生かすため?」
その水の行く先はあの魚人の少女のいる湖だ。
「おそらくそうだろうな。もう一つは魔術実験?」
「実験ね。植物のエネルギーを抽出しているのね。そのためにはフイユの特にラニの豊かな自然は最良だった」
「それなら、ラニがああなったのは」
「この結界のせいよ。まさかこんなことまでしているとは思わなかった」
私は事情がのみこめず、アリアとラウールの会話を聞いていた。
「要塞を壊すためじゃないかな。この世の植物には少なからず花の国のエネルギーが含まれている。それを抽出したら、あの要塞をあけられるとでも思ったみたいね」
アリアはそう解説してくれた。
私は想像してぞっとする。
「こんなこと可能なの?」
「可能だったら、花の国の要塞はすでに開いているわ」
アリアはラウールを見る。
「壊していい?」
「構いませんよ。こんなこと許していいことじゃない」
アリアが呪文を唱えると、その紫の宝玉に亀裂が入り砕け散った。
地面に描かれていた記号も消失する。
「壊したのはいずればれる。魚人の少女が目を覚ましたらすぐに戻りましょう。フイユ側から侵入していて本当によかったわ」
そのとき、小さなうめき声が木霊する。
私たちは少女のところまで戻る。
少女の瞼がゆっくりと開き、私たちの姿を捉えた。
「ここは……?」
少女の目がまっすぐラウールを捉えた。
彼女は彼を見て、目を見張る。
「クロエ……?」
だが、彼女はゆっくりと体を起こし、再びラウールを見た。
「よく似ているけど、違う。もしかしてあなたクロエの息子なの?」
ラウールは戸惑いを露わに頷く。
「そう。クロエは?」
「しばらく前に亡くなりました」
彼女の澄んだ視線が私を捉える。
「この子は?」
ラウールはそこで口を噤んだ。
少女はそれ以上は何も聞かずに口を噤む。
「人間の娘よね。それくらいなら私もわかる。ただ、どこかで見たことある気がして。クロエの息子がこんなに大きくなっているなんて、もうあれからそんなに時間が流れたのね」
少女は自らの手を見つめ、こぶしを握る。
「お父様は? 私の国はどうなっているの?」
「魚人の国ですか? さすがに魚人個人のことは分かりませんが、国は存続しています」
「そうなの。よかった。なら、お父様も元気でいるのかしら。長らく国をあけて心配をかけてしまったわね。国に戻ったら、必ずお礼をするわ。助けてくれてありがとう」
「あなたはどうしてここにいたの?」
「人間らしき女に最後に会ったのは覚えている。きっと誘拐されたんでしょうね」
「あなたは一体」
「私は」
名乗ろうとした少女の言葉の代わりに、水音が響く。
アリアが私の影に隠れていた。
「まさかここが見つかるとはな」
そこに立っていたのは体つきのしっかりとした男と、小柄な魔術師。この国に来た時、出会ったアルバンとジャコ。そして、背後には数人の魔術師がいる。
彼らは私たちのいる水辺を取り囲むようにして立っていたのだ。
「なぜお前たちがここにいるんだ。お前たちはジブリルの牢屋にいるはずだよな」
「そもそもなぜブレソールではなく、辺境の地に俺たちを送ったのかわかるか?」
その言葉にラウールの顔が引きつる。
「王妃か」
「相変わらず察しがいいな。まあ、こんなところを見つけ出すくらいだ。王妃がお前を恐れるのは分からなくもない。そうさ。取引をしたんだよ。刑期を短くする代わりに、ここに侵入者がいないか見張っておいてくれとね。まさか王子様が引っかかるとは思いもしなかったが、その娘とともにここで殺してやる。禁止区域に入って死んだとなれば、エリス様も理解してくれるだろう」
ジャコが笑い声を混ぜ、言葉を漏らした。
「お前たちが俺に敵うとでも?」
ラウールは彼らを見据え、短剣に手を伸ばす。
「普通にやれば無理だろうな。だが、場所が場所だ。お姫様は少々のことでは、死なないらしいからな」
ジャコは呪文の詠唱を始めた。そして、私たちの日たる湖があっという間に凍り付く。
「こんなもの」
ラウールが呪文を詠唱しようとしたのもつかの間、辺りで地鳴りが響いた。彼らの後方にいる魔術師が別の魔法を唱えていたのだ。
私たちのいる部屋に亀裂が走り、崩落が始まる。
「ここでお別れだな。王子様。遺体はあとから回収してブレソールに送ってやる」
私たちの視界にある岩が一気に崩れ去った。




