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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第五章 エルフの国
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土の中で眠る少女

「セリア様、大丈夫かな?」

「大丈夫よ。伊達に長生きはしてないでしょう。それより先を急ぎましょう」


 セリア様のことは気になるが、この奥に魚人がいるならただごとじゃない。

 私たちは足元に気をつけながら、先へ、先へと急ぐ。


 どれくらい歩いただろうか。

 その道が途絶え、さっきの植物が壁に絡みついている。


「あなたが私を憎んでいても仕方ないと思っている。でも、力を貸してくれてありがとう」


 アリアはそういうと、蔦に触れる。その蔦はアリアの腕に巻き付くと、そのまま地面の中に潜っていく。


「この先に魚人がいるのね。水がたまっているの。濡れるかもしれないけど、ごめんね」


 アリアはそういうと呪文を詠唱する。

 そして、土が泥のように溶け、私たちの視界が開けた。


 その先は個室のようになっていた。部屋の半分以上が水で浸っていて、アリアがあけた穴の先にも湖ができていたのだ。中に入れば、ふくらはぎの部分まで水で浸る。その水は右手にある通路からとりどめもなく流れてきている。


 そしてその中央に、透明な棺のような箱の中で眠る少女の姿があったのだ。

 彼女の太ももや足にはうろこがあり、普通の人間と違うのは目に見て取れる。

 背丈は私よりもかなり小さく、顔は青ざめている。

 彼女が言っていた魚人の少女なのだろう。


 そして、ルナン側には石で造られた扉があるが、今はそこが深く閉じられている。


 私は少女に駆け寄ると、透明な棺に触れた。それはぬめりがあるが、とても固い。

 ラウールも遅れて少女のそばに駆け寄ると、棺に触れる。


「かたいな。だが、この程度なら、この短剣でも切れる」

 

 そういったラウールをアリアが制する。


「それはダメよ。その箱は彼女の生命力が作り上げた防御装置。いわば、彼女の命の源。それを壊せば、彼女の寿命にも影響が出てくる」

「このままだと彼女は目を覚まさないんじゃないですか? 壊して回復魔法をかければ。それか外から全力で回復魔法をかければ」

「このまま回復魔法をかけても、彼女には届かない。できるだけ、被害を出さずに、彼女を治療するには、これを壊すと同時に治癒をする必要がある。あなたは斬りながら、均一に回復魔法を剣に乗せられる?」


 ラウールは渋い顔をする。


「一人でこなそうとするのは難しいわよ」


 そう口にしたアリアの視線が私に向く。


「ノエルの短剣を持っている?」

「あるけど、どうするの?」


 私はバッグからノエルさんからもらった剣を取り出し、アリアに見せる。


「目を瞑って、呼び出してほしい植物があるの。グリールという植物よ」

「グリール?」

「心の中でその名前を呼びなさい。グリールはあなたの声が届けば、きっと反応してくれるはずよ」


 言われた通りに目を閉じ、心の中でその植物を呼んだ。

 その直後、ノエルさんの短剣を持つ右手が淡い光に包まれるのが分かった。その右手には白い光を放つ植物が絡みついている。


「それで彼女を覆う、生命力を切るのよ」

「切ったら、彼女の命に影響があるんじゃないの?」

「だから、グリールを呼んだんでしょう? これで傷を治しながら、割くことができるのよ」


 私はアリアの指定した、彼女の右手首の部分に切り込みを入れる。すると、その箱がすっと切れ、白い光を纏う。彼女の手首に触れると、剣の動きを止めた。


 アリアはその箱の真上に来ると、呪文の詠唱を始めた。

 黄金に輝く光が彼女の体を包み込む。そして、彼女の体を囲っていた粘膜のようなものが徐々に薄くなっていく。


 それが完全に消えると、アリアは短くため息を吐いた。

 アリアは私の肩の上に腰をおろす。

 少女は水の上に浮いた状態だ。


「これで彼女が目覚めるのを待ちましょう」


 花の国の民だからだろうか。アリアは植物のことについてあまりに詳しい。


「アリアって知の書を取り込んでいるの?」


 私はふと疑問を口にする。

 それに深い気持ちはなかった。

 だが、アリアが顔をこわばらせる。


「その話はここではしないほうがいい。それより」


 ラウールが私の言葉を遮った。

 彼の視線は奥の、水流の根源に映る。


「あのあたりに妙なエネルギーを感じませんか?」

「エネルギー?」


 よくわからない私とは対照的に、アリアの顔がさっと青ざめる。

 彼女は真っ先に奥へと進む。


 私とラウールは顔を見合わせると、彼女の後を追った。

 アリアは奥に消えていく。

 私とラウールが彼女の追いついたときには、アリアの姿はその奥にある大きな岩盤のの上にあった。その岩盤からは水が噴き出している。

 そこには記号のようなものが二つ描かれていた。一つの記号はアルファベットのMを変形させたような文字で、透明な石が、もう一つには紫の奇妙な宝玉が置いてある。

 奇妙だと感じたのは、緑色と白を混ぜたような光が収束していたためだ。


「これが原因だったのね」


 アリアはそういうと唇を噛んだ。


「透明なのはこのあたりの水を集めるように仕掛けがされている」

「なら、フイユが水不足になったのは」

「あの魔法の影響もあると思う」

「それは彼女を生かすため?」


 その水の行く先はあの魚人の少女のいる湖だ。


「おそらくそうだろうな。もう一つは魔術実験?」

「実験ね。植物のエネルギーを抽出しているのね。そのためにはフイユの特にラニの豊かな自然は最良だった」

「それなら、ラニがああなったのは」

「この結界のせいよ。まさかこんなことまでしているとは思わなかった」


 私は事情がのみこめず、アリアとラウールの会話を聞いていた。 


「要塞を壊すためじゃないかな。この世の植物には少なからず花の国のエネルギーが含まれている。それを抽出したら、あの要塞をあけられるとでも思ったみたいね」


 アリアはそう解説してくれた。

 私は想像してぞっとする。


「こんなこと可能なの?」

「可能だったら、花の国の要塞はすでに開いているわ」


 アリアはラウールを見る。


「壊していい?」

「構いませんよ。こんなこと許していいことじゃない」


 アリアが呪文を唱えると、その紫の宝玉に亀裂が入り砕け散った。

 地面に描かれていた記号も消失する。


「壊したのはいずればれる。魚人の少女が目を覚ましたらすぐに戻りましょう。フイユ側から侵入していて本当によかったわ」


 そのとき、小さなうめき声が木霊する。

 私たちは少女のところまで戻る。

 少女の瞼がゆっくりと開き、私たちの姿を捉えた。


「ここは……?」


 少女の目がまっすぐラウールを捉えた。

 彼女は彼を見て、目を見張る。


「クロエ……?」


 だが、彼女はゆっくりと体を起こし、再びラウールを見た。


「よく似ているけど、違う。もしかしてあなたクロエの息子なの?」


 ラウールは戸惑いを露わに頷く。


「そう。クロエは?」

「しばらく前に亡くなりました」


 彼女の澄んだ視線が私を捉える。


「この子は?」


 ラウールはそこで口を噤んだ。

 少女はそれ以上は何も聞かずに口を噤む。


「人間の娘よね。それくらいなら私もわかる。ただ、どこかで見たことある気がして。クロエの息子がこんなに大きくなっているなんて、もうあれからそんなに時間が流れたのね」


 少女は自らの手を見つめ、こぶしを握る。


「お父様は? 私の国はどうなっているの?」

「魚人の国ですか? さすがに魚人個人のことは分かりませんが、国は存続しています」

「そうなの。よかった。なら、お父様も元気でいるのかしら。長らく国をあけて心配をかけてしまったわね。国に戻ったら、必ずお礼をするわ。助けてくれてありがとう」

「あなたはどうしてここにいたの?」

「人間らしき女に最後に会ったのは覚えている。きっと誘拐されたんでしょうね」

「あなたは一体」

「私は」


 名乗ろうとした少女の言葉の代わりに、水音が響く。

 アリアが私の影に隠れていた。


「まさかここが見つかるとはな」


 そこに立っていたのは体つきのしっかりとした男と、小柄な魔術師。この国に来た時、出会ったアルバンとジャコ。そして、背後には数人の魔術師がいる。

 彼らは私たちのいる水辺を取り囲むようにして立っていたのだ。


「なぜお前たちがここにいるんだ。お前たちはジブリルの牢屋にいるはずだよな」

「そもそもなぜブレソールではなく、辺境の地に俺たちを送ったのかわかるか?」


 その言葉にラウールの顔が引きつる。


「王妃か」

「相変わらず察しがいいな。まあ、こんなところを見つけ出すくらいだ。王妃がお前を恐れるのは分からなくもない。そうさ。取引をしたんだよ。刑期を短くする代わりに、ここに侵入者がいないか見張っておいてくれとね。まさか王子様が引っかかるとは思いもしなかったが、その娘とともにここで殺してやる。禁止区域に入って死んだとなれば、エリス様も理解してくれるだろう」


 ジャコが笑い声を混ぜ、言葉を漏らした。


「お前たちが俺に敵うとでも?」


 ラウールは彼らを見据え、短剣に手を伸ばす。


「普通にやれば無理だろうな。だが、場所が場所だ。お姫様は少々のことでは、死なないらしいからな」


 ジャコは呪文の詠唱を始めた。そして、私たちの日たる湖があっという間に凍り付く。


「こんなもの」


 ラウールが呪文を詠唱しようとしたのもつかの間、辺りで地鳴りが響いた。彼らの後方にいる魔術師が別の魔法を唱えていたのだ。

 私たちのいる部屋に亀裂が走り、崩落が始まる。


「ここでお別れだな。王子様。遺体はあとから回収してブレソールに送ってやる」


 私たちの視界にある岩が一気に崩れ去った。


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