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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第一章 妖精の国
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王子の力

 カーテンレールの惹かれた部屋から、頼りない光が差し込んでいる。


「ここは」


 墓と聞いていたので、森や草原に行くのだと思っていた。だが、私達がたどり着いた先は誰かの部屋だった。


 その部屋の奥にあるベッドでは、栗色の髪の毛をした少女が目を瞑り、横になっている。白く透明感のある肌、艶のある栗色の髪の毛、血色は悪いが厚みのある唇。年頃は私と同じくらいだろうか。目を閉じているが、その整った目鼻立ちを見れば、美しい少女だということはすぐに分かる。


 その少女にリリーが歩み寄った。


 驚き呼び止めようとした私の腕をラウールがつかみ、首を横に振る。

 リリーは彼女の頬に触れ、手をぎゅっと握る。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 今までのやり取りから閃くものはあった。


「もしかして、お城の中?」

「そうだよ。あそこで寝ているのがエリスだ」


 私は辺りを何気なく見渡す。王女の部屋にはもっと煌びやかな高級品がたくさんあるのかと思ったが、彼女の部屋は小奇麗な普通の部屋だ。あまりに普通の部屋で私のイメージする王女の部屋とはかけ離れている。


「エリスはあまり自分を着飾ったりすることに興味ないし、望まない」


 ラウールの言葉に我に返り、部屋を見渡したことを恥じる。


 ローズの部屋にも入った事がある。彼女の部屋も勉強道具がたくさんあるが普通の部屋だった。風呂とトイレがある以外は、私の部屋とそんなに大差はない。この世界ではそうした感覚の人が多いのだろうか。


「今から三か月前に急に倒れたんだ。最初は熱が高くて風邪だと思っていた。でも、熱も引かないし、うわごとも良く言うようになっていった」


 今まで自信に満ちていた瞳に初めて迷いが映る。彼が妹を本気で心配するのが見て取れた。そして、同じ気持ちを抱いているであろうリリーをあえてここに連れてきたのだろう。彼女の言っていた良い人間というのはエリスのことだったのかもしれない。ニコラも何か思うところがあるのか辛辣な表情でエリスを見守っている。


 リリーは私達のところまで戻ってくる。


「連れてきてくれてありがとう。行きましょう。イネスの特徴を教えてほしいのですが、このハサミで採取しても大丈夫ですか?」


 リリーはローブの表面をめくり、剪定ばさみに形状の似ているはさみを取り出した。刃の部分には布のような素材が被せてある。どうやら、腰の部分にくくりつけてあるようだ。


「大丈夫だよ。なら、行くか」


「でも、お墓に妖精をいれたことを、特に女王に知られたら問題になりませんか?」


「お前やここにいないけどローズのこと信用はしているよ。それなりに立場のある奴でなければ余程のバカでない限りは変なことはしないだろう。それに俺たちが黙っていれば、あの人には分からない」


 一瞬、リリーが唇を噛んだように見えた。


 彼が再び詠唱をし、私達は王女の部屋を離れる事になった。




 次にたどり着いたのは、少し静かな森の中だ。人気はほとんどなく、ちょっとした吐息でも音として辺りに響き渡りそうだ。


 歩き出したラウールとニコルの後を私達がついていく。土を踏みしめる音が木々に木霊する。


 ラウールの足が腰ほどの背丈の白い花の前で止まった。辺りがすっかり闇に落ちているからか、その白い花が光り輝いているように見える。


「この植物のどの部分?」


「葉の部分。特に指定はないみたい」


 リリーは植物に歩み寄ると、そっと触れた。彼女は優しく微笑むと、その場に跪く。


 彼女は何か呪文のようなものを唱え始めた。すると、その言葉に呼応するように、白い花が艶やかに光る。リリーは頭を下げるとハサミを取り出し花から離れた場所にある葉を三枚カットして私に渡す。


 リリーは一礼をすると、その葉を私に渡す。


「ザザは城にあったと思うので、エミールの木を取りに行きましょう。ここで魔法を使っても大丈夫ですか? 木の近くまで一度に行きます」


 ラウールが頷くとリリーは詠唱を始め、目の前に光の壁が現れた。



 私たちがたどり着いたのは、エミールの木の少し手前だ。今日の出来事なのに、いろいろありすぎて遠い日の出来事のように思えていた。


「エミールの木の周辺には結界のようなものが張られていて、直接行くことはできません。これ以上は歩いていく必要があります」


 リリーはそういうと歩き出した。その次を私が続こうとすると、ニコラが私の肩をつかんだ。


「美桜様は何かあった時には、誰でも良いので私達の傍から離れないようにしてください」


 理由を聞こうとしたが、彼の真剣な表情は私の問いかけの言葉を飲み込んでしまった。


 彼は私の先を歩き、私の後ろをラウールが歩く。


「極力、草木は傷つけないでくださいね」


 誰も話をぜずにもくもくと歩く。草木を鳴らす音がするたびに、皆が振り返る。

 だが、何かの動物なのか、人の気配が現れることはない。

 道を阻むものもなく、このまま無事に材料を得られると思った時、ニコラがリリーの体をつかんだ。


「待ってください」


 リリーも状況を察したのか身構え、辺りを注意深く見渡す。


「敵は九人か」


 ラウールはそう言うと、私の前に立つ。


 直後、金属の金属のぶつかり合う音が響いた。


 剣を持った体格の良い男が飛び込んできて、切りかかってきたのだ。その男の剣を、いつの間にか抜かれたニコラの剣が受け止める。そして、別の長身の男が剣を構え、ニコラとの距離を詰めてきた。危ないと思った直後、ニコラは目の前の剣を弾き飛ばした。


 剣を取ろうとした男が蔦に絡まれ、動けなくなる。


「卑怯だぞ」

「どっちもどっちよ」


 ニコラはもう一人の男の剣を既に受け止めていた。


 目の前に現れたのは男三人に女二人。男二人は剣を持ち、ニコラに斬りかかっていた。もう一人の男は刀身をこちらに向け、その脇には弓矢を手にした女がいる。そして最奥にローブを深くかぶった女が丸腰で立っている。


 あたりの風がざわめき、私の後方で風の渦が起こる。ものすごい勢いで私に接近してきた。このままここにいたら危険だと分かっていても、体がついていかない。


 ラウールの声が聞こえ、目の前の竜巻が姿を消していた。


「ここから動くなよ」


 ラウールはそう言い残すと、眼前の男たちを冷たい目で見据える。


 リリーは風と蔦をあやつれるようだが、彼の魔法は一際違って見える。魔法の無力化というやつだろうか。そんな魔法があるのか分からないが、彼が詠唱すると特定の魔法が消えている気がする。


「蔦よ」


 リリーの声が響き、近くの茂みから無数の蔦が伸びてきて、男たちに絡みつく。男たちは手足と口を蔦に縛られ、身動きさえできなくなっていた。


「早くいきましょう。できれば魔法を封じてください」


「まて、あと四人人近くにいるはずだ」


 ラウールがそう口にした直後、リリーとラウールの体が銀の霧に包まれた。それはあの時のリリーの呪文を封じ込められたときの状況に良く似ている。


「ジャコもいるのね」


 リリーは表情が険しくなり、辺りに目を走らす。


 リリーの蔦が消え、男たちの手足が自由になる。彼らは身を持ち直し、勝ち誇った目でこちらを見る。


 リリーに最初に蔦で縛られた男が剣を手にリリーに切りかかった。直後、金属の絡み合う音が響く。ラウールが腰の剣を抜き、男の剣を受け止めていたのだ。ニコラや男たちの持つ剣とは違い、まるで剣自体が光を放っているようだ。


 リリーは銀の光に包まれたままだが、ラウールの体を包み込んだ銀い霧は消え去っている。


「お前は邪魔にならないように、あの女のところにでも行ってろ。攻撃されたときには一緒にいてくれたほうが対処しやすい」


 リリーは無言で私のところにやってきたのだ。


 ラウールと剣を構えた男が剣を後方に引いた。それを見てラウールも剣を手元に引き寄せる。その男の背後で、弓矢を持つ女がローズの蔦に囚われたときに落とした弓を拾う。ローブの女も詠唱を始めている。


「悪いが俺たちには時間がない。悪く思うなよ」


 ラウールが呪文を唱えると、ローブの女の体が銀に包まれた。その状況を察した男がラウールに斬りかかろうとする。だが、ラウールは一歩後方に下がると、自らの剣に手を触れた。彼が呪文を詠唱すると、突如、刀身に炎が満ち、空気の焼ける音が届いた。その炎は威力を増し、目の前の森を飲み込もうとさえしている。


「剣に魔法をかけただと?」


 ラウールの正面にいた男が一歩下がり顔を引きつらせた。


「あれってラウールじゃないの?」


 そう言ったのは銀の光に包まれたローブの女性だ。


「何であいつが妖精と一緒にいるんだ」


 彼らに動揺が走る。


「あいつは剣に強力な魔力を宿すことができるの。あの剣に焼かれれば、ただではすまないわ」


 私が唖然としていたからか、リリーはそう教えてくれた。


「一国の王子をあいつとは口が悪いにも程がありますよ」


 いつの間にかニコラが私達の傍に来ていた。そして、ニコラと剣を交えていた男はすでに気絶している。彼は剣を構え、鋭い目つきで辺りを見渡す。私達を守るためにこっちに来たのだろう。


「あなたの国の王子様もかなり口が悪いと思いますよ」


 リリーの言葉にニコラは「確かに」とほほ笑んだ。


「でも、ラウールを一人にして大丈夫なの?」


「心配ありませんよ」


 ラウールは剣にかかった魔法を解いた。輝く刀身が露わになる。その刀身には煤さえもついていない。


「自己紹介も必要ないな。お前たちがまだ続けるというなら容赦はしない。近くに隠れているものものだ。今すぐに決めろ」


 ラウールは凛とした口調でそう言い放った。


「王子ともあろうものが恫喝か。良くやるな」


 茂みの中から聞いたことのある声が聞こえる。現れたのはアルバンとジャコだった。そして、一人の見知らぬ女性と、彼女の腕の中には輝くような金の髪をした、今日連れ去られた少女がいた。

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