木の採取の条件
「リリー?」
何度も名前を呼ぶが、反応はない。もう先に帰ったのだろうか。
私は連れてきた二人を見る。私一人でも妖精の国までは歩いて戻れるが、彼らを連れて帰って良いかは分からない。それに森を歩くとなると、迷わずに案内できる自信はない。妖精の国に戻り、許可を得て連れに戻るだけでも時間がかかってしまう。
ラウールは辺りを見渡している。その彼の視線がここから数メートル離れた木で止まる。
「右手の木の陰にいるな」
辺りの草木がざわめいた。ラウールの見ている木の傍で小さな風の渦巻きが起こる。その風の渦巻きは徐々に大きくなる。地面に落ちていた葉が巻き上げられ、渦巻きの一部となる。
その一団は当たりの草木を巻き込みながら、こちらに向かって迫ってくる。
状況が分からずおろおろする私とは打って変わり、ラウールは呆れたようにつぶやいた。
「全くあいつは性懲りもなく」
ラウールが私達の一歩手前に出る。彼をめがけて風の塊がやってくる。距離が迫り、風にのまれると思った瞬間、土から蔦が数本飛び出し、ラウールに絡みつこうとする。
「静まれ」
ラウールがそう言った直後、風の塊が消え、彼に飛びかかろうとしていた蔦の姿自体が消える。
「リリー、そこにいるのは分かっている。時間がないんだ。早く出てこい」
木の陰からリリーが出てきた。私は彼がリリーを呼び捨てにしたことに驚く。
「お前に頼みたいことがある」
リリーは険しい形相を浮かべたまま、微動だにしなかった。
ラウールがため息を吐くと、振り返り、私を見る。私の右腕をつかむと、自分のところに引き寄せた。
私は何が起こっているのか状況がのみこめず、辺りをきょろきょろと見渡す。
「何しているのよ」
そう言ったのはリリーだ。
「お前の友達なんだろう。早く迎えに来いよ」
そうラウールが口にした直後、首筋にナイフを当てられる。さっと血の気が引く。
「卑怯者」
リリーはそうつぶやいた。
「早く来ないと、お前の大事な友達が傷つくことになるぞ」
彼は私達の敵だったんだろうか。
私が彼の提案に乗ったのを後悔した時、私に充てられたナイフが離れる。
顔だけを動かすと、ニコラがラウールの肩をつかんでいるのに気付いた。彼は呆れた顔でラウールを見る。
「ラウール様、悪ふざけはよしてください。彼女には冗談は通じませんよ」
「あいつがこっちに来ないから、この女を餌におびき寄せようとしただけだ。本気で傷つける気はないよ」
「そんな無茶なことをせずに、この少女に話を取り持ってもらえばいいでしょう。だからあなたは彼女に嫌われるんですよ」
ニコラはため息交じりに呟いた。
「冗談だよ。悪かったな」
彼は私を解放すると、頭を軽くぽんと叩いた。
彼の手が離れ、ほっとするが話が飲み込めない。
私はリリーに駆け寄っていいのか、ここにいたほうがいいのか分からない。
リリーがすぐに私の傍に駆け寄ってくる。そして、私の肩を抱き寄せると、二人を睨む。
「あなたは本当に最低ですね。美桜を丸め込んで何をする気ですか?」
「美桜ってそいつの名前か。そういえば聞いてなかった」
「だいたい、何で美桜とあんた達が一緒にいるの。何を企んでいるの?」
私の気のせいだろうか。やり取りを聞いていると、三人は以前から面識があるとしか思えない。
「ローズを誘拐したのもあなた達なんですか?」
「まさか。俺があんな奴らの力を借りるかよ。だいたい、俺が計画するなら、ニコラに実行させる」
「私は誘拐なんてしませんよ」
ニコラはラウールの言葉に顔を引きつらせた。
リリーは仏頂面で彼らを睨み、ラウールは言ってみただけだとそんなニコラをたしなめる。
状況がより飲み込めなくなる。
「三人は知り合いなんですか?」
私は会話が途切れるのを待ち、思わず敬語で問いかける。
「何度か会ったことはあるよ。今は国交が断絶しているとはいえ、昔は友好国だったらしいからな」
私の問いかけに答えたのはラウールだ。
その言葉を聞いてリリーはラウールを睨む。
「あなた達人間は何の罪もない妖精を殺したくせによくもそんな事が言えますね。ラウール王子」
王子?
人間の国の王子なんだろう。
そう考えると彼の言動にもある種の納得ができる気がした。
「エリス王女のお兄さん?」
ラウールは頷いた。
「ニコラは友達?」
「幼馴染だが、俺の護衛だよ」
ニコラはぺこりと頭を下げる。
ローズとリリーのような関係なんだろう。
「本題に入るが、エミールの木まで案内しろ」
単調直入すぎる。リリーは城の中でのやり取りを知らないのに。
顔を引きつらせるリリーに私は今までの成り行きを説明することにした。
バイヤール家がローズを誘拐したのではないか、王女が病におかされており、その病名がティエリではないかということだ。
「じゃあ、エリスの病気は治るの?」
私はリリーが王女様を呼び捨てにしたことに内心驚きながらも、頷いた。
「その可能性があるということ」
「何で、病気を隠していたんですか? 隠すからそういう憶測が生まれて、私達の責任にされたのよ」
「ティエリには治療法がない。国の跡継ぎが不治の病にかかったなど、そうそう言えない。噂を知ってはいたが、まさか妖精の国に足を踏み入れているものがいるなど考えもしなかった。その件に関しては謝る。お前が俺たちを憎んでいるのは分かっているつもりだ。だが、今回はエリスのために協力をしてくれ。あいつはもってあと一週間だと言われている」
その言葉にリリーの顔から血の気が引く。
「分かりました。でも、エミールよりはイネスという原料が良く分かりません。アシルさんが来るのは来月以降だから、それまでは作るのは無理だと思う」
「イネスは王族の墓地の近くに生えている植物だ。長年、一本だけしか咲かないが決して絶えることはない」
「じゃあ、エミールをとってきたらエリスの病気は治るの?」
「彼女の言うティエリと俺たちのいうティエリが同一のものならな。もう日が暮れたが、時間がない。今から行こう。もちろん、身の安全は保障する」
「人間をエミールの木に近付けるわけにはいきません。私たち二人で行きます」
「だが、お前はジャコとは相性が悪いだろう。彼らがまたやってきたら、どう自分の身を護る?」
リリーは唇を噛む。
「女王様に聞いてきます。それまでこの辺りで待っていてください」
「分かった。許可をもらい次第、行動に移そう」
リリーは私を見る。
「ごめんね。すぐに戻ってくるから待っていて」
私がリリーの言葉に頷くと、彼女は転移魔法を使用した。
ラウールは辺りを見渡す。
「街から出たのは久しぶりだな」
「基本的に町の中で全て事足りますからね」
「お城を留守にしても大丈夫なんですか?」
「平気だ。今は王も女王も休暇で城を空けているからな。フランクがうまくやってくれるだろう」
普通逆だと思うが、そんなものなのだろうか。
この世界は良く分からないことが多すぎる。同時にリリーやローズのこともまだ知らないことがたくさんあるんだろうなという考えが頭を過ぎる。
風の流れが一瞬止まり、リリーが戻ってきた。
「二人にも女王から同行の許可をもらいました。でも、エミールの木を採取できるかは分かりません。現在、妖精の国にいる妖精でエミールの木の皮を採取できるのはローズだけです。もしかすると人間で誰かできるかもしれませんが、そこまでは分からないと女王がおっしゃっていました」
「女王は?」
リリーは首を横に振る。
「何か条件はあるのか?」
「性別、年齢等に制限はないと思います。ただ、エミールの木に気にいられることです。ダメだとは思いますが、あなた達が試してみてください。また、今回限りで今後は勝手に採取しないことです。守れますか?」
「妙薬の木と言われるだけあって、謎が多いな。分かったよ」
あの時もローズがついてくるといったことにも意味があったのだ。
「アルバン達はそのことを知っていてローズをさらったの?」
「それはないと思う」
「まずはイネスから採取をするか」
そのときリリーが何かを言いかけたが、言葉を飲み込む。
ラウールも彼女の変化に築いたのか理由を尋ねるが、彼女ははっきりとは答えない。
「では、行くか」
ラウールが呪文を詠唱すると、私達の足もとが光り、白い壁に四方を包まれる。そして、闇に包まれ始めた情景が姿を消した。




