鉱物の中の種子
私は人が何十人も入れそうな居間を見て、思わずため息を吐いた。
「すごい広い家だね」
「無駄にね」
ロロはそういうと、大げさに肩をすくめた。
リリーがフイユに残り、十日ほどが経過したが、彼女から一切連絡が届かない。
セリア様やアリアも状況をつかみかねているところだ。
あのとき、セリア様は私をかばうために帰るという決断を下したのだろうと思うとやるせない。
ローズも私の前ではいつもと変わらない様子で接してくれる。
だが、太陽が消えてしまったかのように、どこか暗い雰囲気が漂っていたのだ。
今日はロロとの約束を果たすために、ラウールにロロの家に連れてきてもらったのだ。
彼は用事があるらしく、一度別の場所に行くと言い残し、立ち去ってた。
「よかったらどうぞ」
その言葉とともに三つのコップをお盆にのせたルイーズが現れたのだ。
「ありがとう」
そのため、ここにはルイーズとロロ、私、あとアリアの四人がいることになる。
ロロは相応の資産を持っているのではないかとは薄々感じていたが、彼の実家は想像以上だ。バイヤール家とまではいかずとも、かなりの広さがある。
どことなくものが少なく、質素な雰囲気も否めないが、無駄に装飾品であふれているよりは納得できる。
「どうしてここに住まないの?」
「俺の父親はあまり国の人間から快く思われていないんだ。だからルイーズの父親に一応譲り渡したということに書類上はなっているんだよ。彼には国民は手出しできないから」
「お父様はロロが住んでもいいと言っているんだけどね」
「でも、おじさんの家に俺が住むのもな」
そうロロは肩をすくめた。
「何だったら私が一緒に住んであげようか」
「そんなことになったら毎日テッサとおじさんがやってきそうだよ」
「言えてる」
ルイーズはそういうと微笑んだ。
最初見たときはルイーズとラウールがお似合いだと思ったけれど、こうしてみると二人はものすごくお似合いのような気がする。
ものすごく仲がいいのは見ていてわかる。
「二人は幼馴染なの?」
「学校で同級生だったんだ」
「同級生って、年が」
そういえば年齢ではなく、学力があれば卒業できるんだっけ。
ロロがあまりに優秀なんだろうか。
「一歳違いだけど、わりとよくあるんだよ」
「一歳?」
私は驚いてルイーズを見た。
ロロは私と同じくらいか年下だと思う。反対にルイーズは私より三才はゆうに離れているように見える。
「ロロって何歳?」
「十五」
ということは。
ルイーズを見ると彼女はにっこりと笑う。
「私はこの前、十六になったの」
この前ということは下手すると私のほうが年上。
全然そうは見えなかった。
「大人っぽいから二十歳くらいだと思ってました」
「そんなに上に見えるかな」
「すごく綺麗だから、勝手にそう思っていて」
「ありがとう。でも、美桜さんもすごく可愛いと思うよ」
そうルイーズは笑顔を浮かべる。
「そんなこと」
すごく綺麗なルイーズにそう言われて動揺していると、ロロがため息を吐いた。
「とりあえず話を進めるか。ラウールが戻ってくるまでに一通り話を終わらせないと」
「そうだね。これをもらったの。あのドワーフの道具屋さんから」
透明な鉱物の中に茶色の粒のようなものが入っている。
鉱物の中の不純物の一種だとは思うが、わずかに膨らみがあるのに気付いた。
「植物の種かな?」
「私もそんな気がするんだけど、一見しただけではよくわからないよね。でも、きれいだね」
わたしが返そうとすると、彼女は首を横に振る。
「この鉱物をくれたんだと思うけど、美桜さんにあげる。きっとここでもらったのも何かの縁だもん。きっと美桜さんが持っていたようが役に立つと思う。いらなかったらそのときに渡してくれればいいから」
「ありがとう」
わたしはそれを受け取ることにした。彼女がそう言ってくれたことが受け取りやすくしてくれたんだろう。
わたしはそれをバッグに収めた。
「ラウールはいつごろ戻ってくるんだろう。私が転移魔法を使えたら、ルーナまで送れるのにね」
「時間があるから大丈夫。でも、ずっと気になっていたんだけど、ラウールが使っているような転移魔法の存在を町の人は嫌がらないの。勝手に侵入したりとか」
「だから使えるのは数人よ。その上、無断でほかの人の家に入ればそれなりの罰則があるし、そういうことをしそうな人はまず使わせてもらえないから。ラウールもわたしとおじさんの家と、テッサの家くらいしか行かないんじゃないかな」
それなりの能力があるからこそ分別も必要なのだろうか。
それなりの分別があるからこそ能力があるのだろうか。
この世界の人を見ていると、どちらかといえば後者のイメージがある。
なんとなく私は疑問に思う。
今まで転移魔法でいろいろ連れて行ってもらっていたが、車や馬車のような乗り物をほとんど見かけない。
魔法が使える妖精が大部分のルーナとは違い、人間は使えない人も多いと聞く。
「あまりこの世界って乗り物が発達していないようだけど、みんな転移魔法で移動しているの?」
「そうだよ。馬車とかもあることはあるけど、誰も使わないもの」
「人間って魔法が使えないんだよね。その場合はどうするの?」
「友人に頼むか、城から魔術師を借りればいいのよ。転移魔法は誰でも使えるから、下級の魔術師が来ることが多いけどね。ただ、有料だけど」
「それなら困らないといえば困らないんだね。国の人なら信頼もありそうだし」
「城から魔術師を借りた場合のトラブルはほとんどないと聞くわ。でもね、転移魔法が使えると友人が増えるの」
ルイーズはそういうと、肩をすくめた。
「便利だもんね」
どこにいってもそういう人は少なからずいるんだろう。
「わたしはお父さまに連れられていろいろ出かけていたから、しまいにはわたしをいじめていた人までわたしの友達面をしだしたときにはびっくりしたけどね」
「いじめってルイーズが?」
「うん。ロロとブノワと同じクラスになるまでは友人はいなかったんだ。ラウールとは幼少期からの付き合いだけど、彼は同じ学校に通うことはなかったしね。お父様が大魔術師になってからは、周りの態度も一変したよ」
権力を持ったから、それにあやかろうとしたのだろうか。
「なんか、どこにいっても人は人だね」
わたしは苦笑いを浮かべる。
その時、ドアがノックされた。
ルイーズとロロが目を合わせる。
「ラウールじゃないよね」
「ラウールなら直接来ると思うよ」
「私が出るよ」
ルイーズは立ち上がると、部屋を出ていく。
「大丈夫かな」
「大丈夫だよ。ロレンス様やラウールを怒らせたがる人もいないからね」
少しして扉があき、ルイーズと一緒に金髪の男性が入ってきた。ニコラさんの弟のクロードだ。
彼は私に頭を下げる。
「ラウールが少し遅くなると言っていたらしいの。それを伝えに来てくれたんだ。クロードは何か飲む」
「いや、いい」
「なら、適当に入れてくるから、ロロの隣にでも座っておいて」
彼は言葉少なにロロの隣に座る。
人見知りなんだっけ。
私もあまり人と話すのは得意ではなく、何を話せばよいのかわからない。
「クロードは大丈夫? どうせルイーズに引き留められたんだろうけど」
「僕はもう用事は終わったよ。ここに来るのは久しぶりだな」
彼はそういうと目を細めた。
「俺も久しぶりだよ。しかし、この家は一人で住むには広すぎるよな」
ロロはそういうと、寂しげに笑った。
彼の父親はなくなり、母親の話は聞いたことはない。おそらくもう亡くなっているのだろう。
「いずれ家庭を持てば一人ではなくなるよ」
そういったクロードさんはロロの心情をくみ取ったのか、思い当たることがあるのかどこか寂しげに微笑んでいた。
結婚か。
いずれ私もするんだろうか。
だが、いまいち実感がなかった。
そのときルイーズが戻ってきて、彼女はクロードさんの前に彼の飲み物を置いた。




