少女の決断
「全員分持って行ったほうがいいのかな」
「私と美桜の分だけでいいと思うよ。まだ、ほかの人たちは食べているもの」
ローズはそういうと肩をすくめた。
「この食事って向こうの国の食事かな」
「そうだと思う。昔、リリーのお母さんが作ってくれたことがあるの」
「ローズは面識あるんだね。どんな妖精だったの?」
「昔で、記憶があいまいなところもあるけれど、すごく綺麗で優しい人だったな。ただ、他者とかかわるのが苦手で、おとなしかったとは聞いたことがある。逆にリリーのお父さんはなんでも意見をはっきり言うけど、他者を傷つけるようなことは決して言わないタイプだったんだ」
「やっぱりリリーに似ているんだね」
「そうかもね。みんなそういうし、私もそんな気がする」
ローズは手元のデザートを見て動きを止める。
「リリーのお父さんは自分の国のことをすごく気にしていたの」
私と目が合うと、彼女は小さく首を縦に振った。
「私はうっかりしているから、リリーに何度も救われたかな。自分の両親が殺されてからも、彼女はずっと誰かの前で泣くことはなかった。陰で泣いていてもそんな様子は全く見せない。周りもそれを感じているからこそ、リリーにああやって親切にしてくれるんだと思うの」
ローズは一息つく。
「きっとローズは私の護衛でいる立場ではないと思うんだ。ずっとこの国にいてほしいとは思っているけれど」
もう戻ると他の国には戻れないと匂わしていたマリオンさんの言葉をローズがそれとなく後づけする。
「戻れば、本来の予定通り、アランがあなたの護衛に就くでしょうね」
振り向くとセリア様が経っていた。彼女は食器を流し台に置く。
「予定って」
「もともとアランがローズの護衛に就く予定だったの。年も近くて、それなりの魔力を持つといえばアランしか候補にいなくてね。ただ、リリーが志願をしたことで、リリーに成り代わっていたけれど」
アランにとってリリーはどんな印象何だろうか。
幼馴染とは違う、別の感情があってもおかしくない気がした。
「そうですね。アランにはまた迷惑をかけてしまいそうです」
ローズはそういうと大げさに肩をすくめる。
「アランなら、命がけであなたを守るわよ。リリーほどではなくても強い能力を持っているのだから」
「そうですね」
ローズはそういうと微笑んだ。
リリーとアランが幼馴染ということは、ローズとアランも同じなのだろう。
「これを運ぶなら手伝うわ。もうリリーたちもあらかた食べ終わったみたい」
「それなら全員分運ぼうか」
そういったローズの肩をセリア様が叩く。
「ついさっき、アランが家に戻ってきてね、マリオンにつかまっているのよ。それでリリーがローズを呼んでいたの」
「どうして私が?」
「マリオンと話をしてきてちょうだい」
ローズは不思議そうな顔をしながら、台所を出ていった。
「ローズがどうかしたんですか?」
「行けばわかるわよ」
私はデザートをプレートに乗せると、居間まで戻る。
すると、そこにはマリオンさんとローズ、そして、少し離れた場所に避難するかのようにリリーとアランが立っている。
なぜこんな状況になったかはわからないが、ローズとマリオンさんは穏やかに会話を交わしていた。
「彼女もローズの前では我を通せないみたいね」
セリア様はそういうとくすりと笑う。
周りを魅入らせる能力。
それが王位につく立場の人間なのだろうか。
女王様もだし、レジスさんやアンヌにも、ユーグさんにもそういう独特の雰囲気がある。王位につかないといっているラウールにも。
私たちは持っていたデザートを机の上に並べた。
そして、セリア様が残った食器を回収する。
数枚の器が残ってしまったが、それは再び運ぶことにして、台所に戻る。
セリア様が流し台に食器を置くと、私を見た。
「昨日、蔵書室であなたを見たとアランから聞いたわ。何か調べものでもしていたの?」
私はふとマリオンさんの言っていたことを思い出した。
その話をセリア様に伝える。
彼女も私と同じ部部に引っ掛かったのか、眉根を寄せ、私を見据えた。
「草が枯れている?」
「そう彼女は言っていました。東のほうでかなり影響が出ていたりするのでしょうか?」
「私も傍観者にすぎないから、実のところはわからないわ。一度確認はしておきたいけれど、あの国に侵入するのはいくら私でもね。できなくもないけど、トラブルは避けたい」
「どうかしたの?」
空のコップをもったリリーが私たちのそばに立っていたのだ。
私とセリア様は顔を見合わせる。
あらかた事情を知っている彼女に隠す必要はないとわかっていたが、どうしていいかわからずにセリア様を見た。
セリア様は短く咳払いをした。
「草がね、枯れているのよ。聖地の。それが花の国と何か関係があるかもしれないと考えているの」
「聖地の?」
リリーは顔を強張らせた。
「でも、あそこは一年中緑が満ちている場所だと聞いていました」
「そのはずよ。マリオンがだからこそここに来たと考えれば、おのずと答えが出るわ」
「私が国に戻ります。そしたら状況を確かめられますか?」
そうリリーが口を開く。
「あなたは向こうの国で王位に就く気はあるの?」
リリーはセリア様を凝視する。
「その気がないなら、それはやめたほうがいい。あなた、帰ってこられない可能性もあるのよ」
「わかっていますよ。でも、それしかないような気もします。マリオンをこのままこの国に住まわせておくわけにもいきません。彼女のおばあさんの体調が悪いんですよね」
「誰からそのことを」
「サリムさんが言っていました」
サリムさんは、今日マリオンさんと一緒に畑を刈っていた妖精だ。
彼女の長い睫毛の影が落ちる。
リリーはマリオンさんのことを気遣っているのだろう。
「戻って、話をして、もう一度この国に戻ってこようと思います。美桜も一緒に国に入れてくれるように頼んでみます。もちろん、美桜の立場は伏せて」
「でも、あの国が人間を受け入れるかしら。姿を変えるか」
「まずは話をしてみましょう。危害を加えないとわかれば、監視付かもしれませんが入れてくれるかもしれません」
「そうね。わかった。あなたが決めたのなら何も言わないわ」
「あの国に戻るの?」
「私は帰ってくるよ。事情を話してね」
私たちは食後にマリオンさんにリリーの決意を伝えることにした。
リリーにルーナへの帰国の意思があることを含めて。
「本当ですか? ありがとうございます」
「ただ、美桜も一緒に国に連れていきたいの」
「私も行くわ」
そう横から口をはさんだのはセリア様だ。
「国のほうに確認してみます。それでよければ」
「構いません」
「それではいつ?」
「明日か明後日で構わない。どうせ、すぐに戻ってくる予定だから」
そうリリーは断言する。
マリオンさんは困ったような笑みを浮かべていた。
「そうですね。許可が取れ次第になりますが、明日の朝か明後日の朝、出発しましょう」
私にはこれで本当にいいのかわからなかった。
その話を傍らで聞いていたローズの顔が暗くなっていくのに気づいていた。
私たちがお城の三階までついたとき、ローズに声をかけた。
「明日、マリオンさんと一緒に、一度国に戻るよ」
「気をつけてね」
「美桜とセリア様も行くことになっているから、大丈夫だとは思うよ」
ローズはその理由を尋ねることはしなかった。
花の国に関することだと察したのかもしれない。
「二人が一緒なら大丈夫だよね」
ローズは心配そうにリリーを見つめている。
「ありがとう。一泊はするかもしれないけど、二、三日あれば戻ってくるよ」
ローズは何かを言いたそうだったが、それ以上は口を開かずにうなずいていた。




