地図の完成と再会の誓い
日が傾きかけたとき、扉がノックされる。
セリア様が顔をのぞかせたのだ。
「どう? そろそろ帰る?」
「どうしようか?」
私もロロも残っている分量はそんなに多くはない。
「今日で終わるとは思うから、俺はもう少し残るよ。遅くなっても帰ってこなかったらラウールが来てくれるらしいから、気にしなくて大丈夫だよ」
「なら、私も最後までするよ。せっかくだもん。いいですか?」
セリア様は嫌な顔一つせずに、にっこりとほほ笑む。
「いいわ。気にしないでね。私はマリオンが気になるから、一度ルーナに戻るけど、少しして帰ってくるわ」
「でも、洞窟を抜けていくのは大変じゃないですか?」
彼女が洞窟を抜ける間に残された作業はすべて終了しそうだ。
セリア様はその言葉に苦笑いを浮かべる。
「そうか。あなたは知らないのよね。転移魔法で外まで送ってもらうから大丈夫よ」
彼女は勝気な笑みを浮かべると、部屋を出ていった。
レジスさんがそうした魔法でも使えるのだろうか。
私たちはそれからも作業を進めていき、最後まで確認を終えた。
私は地図やメモをきれいに折りたたむ。
ロロもページをめくっては文字を記している。
その彼の手が止まり、私を見る。
「これで完成だな」
私とロロは目を見合わせ、目を細めた。
「レジスさんを呼んでくるよ」
ロロはそういうと部屋を出ていった。
本当にこれで終わりなのだ、と改めて実感する。
ここに来た時は怖い目にもあったが、そんなに悪い思い出だけではない。
これから自由な時間が増えるのにも関わらず、心の中にぽっかりと穴があいたようだ。
私の日課のようなものになっていたのかもしれない。
私が顔を伏せようとしたとき、扉があき、ロロとレジスさんが、戻ってくる。
私は立ち上がると、その地図を手渡した。
「よくこんなに短時間で。助かりました」
彼はその地図を一瞥して、感嘆のため息を漏らす。
レジスさんはほかのオーガに声をかけ、布の袋を持ってこさせた。
ロロはそれを受け取ると、中身を確認する。
「約束していたものはすべて入っていると思います。またほしいものがあれば行ってくだされば準備します」
「ありがとうございます」
ロロはそういうと会釈する。
扉があき、セリア様が中に入ってきた。
彼女は室内を一瞥する。
「終わったの?」
私がうなずくと、彼女は目を細めた。
「それなら帰りましょうか」
私があいまいな笑みを浮かべると、セリア様が肩をたたく。
「また、いつでも来たらいいじゃない。ね、レジス」
セリア様の言葉にレジスさんも頷いていた。
「そうですね」
私たちが部屋を出ようとしたとき、小柄な少女がかけてきて私の足にしがみつく。サンドラだ。
少し遅れてマテオさんがやってきて、サンドラをいさめる。
「今日で最後だと聞いたの。でも、また、遊びに来てね」
サンドラは大きな目を輝かせ、私に告げる。
「また来るよ」
サンドラが私から離れたのもあり、私は腰を落とすと彼女の頭を撫でた。
その足で洞窟まで行くと再び見送りをしてくれた彼らに頭をさげ、洞窟の中に入る。
「やっと一仕事終わったな」
しばらく歩いた後、ロロがそう告げた。
「そうだね。ロロはこれからどうするの?」
「今までと同じように生活していくだけだよ。お前はいろいろと大変そうだけど」
「そうだよね」
解決したと思えば、次の問題があらわれる。
当面は花の国をどうやって見つけるかだ。
だが、私には現時点で魚人から話を聞く方法しかないのではないかと思わずにはいられなかったのだ。
書物もなく、魚人しかいない場所に花の国があるのなら、魚人たちに聞くのが手っ取り早い気がしたのだ。
だが、彼らを説得できるかといえば、きっとノーだろう。
あの目は私たちとは別世界に住んでいるような気がしたのだ。
視界に隅にわずかな光の塊が現れ、徐々に大きくなっていく。
洞窟の外に出ると一息つく。
もう辺りは日が沈んでいたため、その差はほとんど感じない。
「ブレソールまで送るわ」
「ありがとうございます」
ロロともこうして会う機会が減るとなると、やはり寂しい。
「なにしけた面してんだよ」
「だって、せっかく友達になれたのに」
「またいつでも来たらいいよ。今度は俺の実家にでも」
そういったロロが言葉を切った。
「彼女に見せたいものがあるんですが、ルーナのほうに突然行ってもかまいませんか?」
「基本的には大丈夫だけど、しばらくは家が使えないのよね」
「なら、俺かルイーズの家に連れていくのは?」
「ブレソールの町を歩かないのなら、平気だと思うわ」
「ラウールに頼んでみます」
セリア様は首を縦に振る。
「なに?」
「ルイーズがエペロームで、何かもらったらしいんだ。道具屋の主人から。それをお前に見せたい、と」
あの窃盗未遂が起きたお店のことだろうか。
すっかり忘れていたが、何かお返しをすると言っていたような気がする。
「あと、お礼考えておけよ」
「お礼?」
「ポワドンの件、手伝ってくれたお礼」
「そういえばそんなこと言っていたね。でも、いいよ。私は助けられてばかりだったもの」
「ゆっくり考えてくれればいいよ。一人でするよりは楽しかったし、助かった」
そうロロはあどけない笑みを浮かべていた。
そう言ってくれたのは彼のやさしさだろうか。
私は洞窟の中に視線を送る。
本当にここにきていろいろあった。
オーガに殺されかけたことは今でも怖いし、手足が震える。
だが、あの一件がなければ私は自分の力を自覚できなかったかもしれない。
そういう意味ではここに来たのも必然だったのだろうか。
あのとき、ロロが死ななくて本当によかった。
「私も楽しかった」
私はそう笑顔で言葉を綴る。
ブレゾールに行く日はラウールの都合を聞いてからということで、後日調整することになった。
ブレゾールの前でロロと別れ、ルーナに戻ってくる。
セリア様の転移魔法の直後にたどりついたのはお城にあるセリア様の部屋だ。
「今日はゆっくり休みなさい。また、明日以降考えてみましょう」
私は少し迷い、セリア様に問いかけた。
「ロロが言っていたんです。海の王がいると。その魚人に会うのは難しいですか?」
私はロロの言っていたことも合わせて話をする。
「海王ね。私も考えたんだけど、どこに住んでいるのか、どんな姿をしているのかもわからないのよ。悪い案じゃないけれど、連絡を取る手段が分からない以上難しいわね。魚人に聞けばわかる可能性もあるけれど、素直に教えてくれるかしら」
そうであれば、ああやって人間たちの前に顔を出す魚人から聞くしかないのだろうか。
結局、そこに戻ってくる。
八方塞がりというのは今のような状態をいうのだろうか。
私には何をどうすべきか、その選択肢が全く見えてこなかったのだ。
「ほかの選択肢を探ってみて、方法がなければ直接聞く方法も考えるわ。ただ、もう少し情報をいろいろ集めてからね」
私はセリア様の言葉に頷く。そして、自分の部屋に戻った。
アリアが私のベッドの上に現れる。
「魚人は知らないような気がするんだよね。海王は分からないけれど、つながりがあるとはどうも思えない。ただ、長寿だし、知っている可能性もあるのかな」
アリアは難しい顔をして首を傾げている。
「海王って何歳くらい?」
「数百という噂。正確な年齢を知るものはいないんじゃないかな」
「魚人も長生きなんだ」
「そうでもないよ。魚人でも種族によってばらつきがすごいから、短い種族で数年、長い種族で四百や五百とか」
そういう国を治めている海王はどんな人物なのだろう。
私は海王について、想像を巡らせていた。




