ユカリの書 第1話 ドリームペンシルに行こう ― 1 ―
土曜日の朝10時頃。
小野寺家に訪問者がやってきた。私とお姉様で、玄関にてお出迎えする。
「おじゃまします」
「いらっしゃい、嵐」
「花音……。本当に治ったのですか?」
斎藤がお姉様の姿を上から下まで見て、そう尋ねる。
電話でお姉様が斎藤に治ったと言ったらすぐにやってきたのだ。
「うん、大丈夫だよ。まだちょっと体中が痛くなる時はあるんだけど、もう怖いなんて思わないんだから! 気合で振りきっちゃえーっ!」
「で、でも目の下がまっくろじゃないですか。無理していませんか?」
「これは夜眠れなかったんだよぉ。お昼に寝たりしちゃってたから、睡眠時間が不規則になっちゃってて、夜に寝ようとしても今日、ぜんっぜんっ! 眠れなかった!」
「そうなのですか? えっと……」
昨日と急な変わりように、斎藤も戸惑っているな。私も正直びっくりしているし。
「大丈夫。精神的にかなり安定している。この通りに、竜の写真を見せても」
そう言って私は体の後ろに隠していたスマートフォンの画面をお姉様に見せる。それは大神の黄炎竜の写真を映していた。
「うわぅっ!? もぉー、やめてよぉー。やっぱり見ると嫌なのは嫌なんだからね」
お姉様は映像を見たとたんに飛び跳ねて慌てて離れて行く。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。前みたいにすごい怖いって思わないよ。でもぉ、やっぱり見ると嫌。ドリアンの匂いを嗅いだ時と一緒だよもう」
なんでドリアン? まぁ細かい事を気にしたらダメだ。気にした数は星の数ほどあるし。
「……本当ですね。昨日でしたら、怯えて引きこもっていたのに……」
「アレは荒治療だったけれど、お姉様を治してくれた。複雑だけど、兄さんに感謝しないと」
「ねっ、こんなところで立ち話もなんだから上がってよぉ。ドリアンじゃないけど、メロンがあるよメロンっ! 今朝、涼さんから届いたんだよぉ。食べようよー」
今朝、宅配便で色んな果物が入ったバスケットが送られてきた。
兄さんも兄さんなりに、反省していると言う誠意を表わしたいのだろう。
「あ、そうですね。おじゃまします」
私たちは斎藤を連れて、居間へと入った。
「おはよう。嵐姉ちゃん」
「おはようございます。健」
居間でテレビを見ていた健も加わって、私たちはテーブルを囲んだ。
私とお姉様で切ったメロンを並べて行く。
「ご両親は?」
「お母さんなら畑の方に行ってるよ。お父さんは休んだ分の出勤だよ」
お父様には本当に申し訳なかった。
木曜日に私が問題を起こして学校へ午前中に出迎える為に仕事を休み。そして昨日はお姉様が誘拐されたとあって休んでと、2日も急に休ませてしまった。
お父様はそれなりの役職にいるので、本当に申し訳ない事をした。
なので明日の遊園地の為に、残している仕事を今日片づけに休日出勤している。今頃大変だろうな……。
「そうですか……。昭次お父さんには私も学校の事で、ご迷惑おかけしましたからね。何かしてあげたいですね」
「あ、なら畑仕事手伝って上げるといいぜ。今さ、ものすごく畑が荒れちゃってるから、人手が欲しいところだって言ってるぞ」
「全然管理していなかったから、かなり荒れている。私も今朝、草むしりしてきた」
「私のせいで時間が取れなかったんだよね。ごめんね」
「そんな気にしなくていい。畑を休ませる良い機会でもあった」
畑でずっと野菜を取って収穫していると、畑の栄養がなくなる。そうすると良い野菜が育たないので、人工的に農薬や天然肥料などを混ぜる事が必要になる。
農薬はすぐに地面に馴染むが、何か色々とありそうなので使いたくない。
天然肥料は、野菜くずだったり、たい肥だったりを土に混ぜて、しばらく土の中の生物たちの力を借りなければいけないから、栄養となるのに時間が掛かる。
うちでは無農薬野菜を造るので、天然肥料を使っている。
なので畑の半分を2年交代で4ヶ月程休ませる時がある。
ただ今回は休ませるどころか、放置状態になっている。
畑全体に雑草が生い茂っていて、これの掃除が大変になっている。
トラクターでそのまま雑草ごと土に混ぜて、肥料すれば楽だと思っている人もいるが、それは素人の考え方だ。
野菜が育つのには土の中に窒素と言う成分が必要となってくる。
雑草をそのまま土に混ぜるとたい肥へと発酵するのに、土の中の窒素を使っていく。すると土の中の窒素が減り、野菜が育ちにくくなってしまう。
それに雑草の中には自分が枯れそうになるとすぐに種を造りだし、土に埋めてもその場で育ち続けて新しいの雑草がすぐ育つ強い雑草もいる。
なので一度全部刈り取って別の場所に置いて干さなければならない。
刈り取った雑草の中にたい肥として利用できる物は、乾燥させてから土に埋めて肥料にする。
野菜作りは単に土に種を植えて肥料を与えていれば育つと言う、簡単な作業ではない。
とても手間のかかる物だ。
そんな詳しく知っている私も、その畑で菜園をしている1人だからだ。
最初の切っ掛けは杏里お母様が、自然と触れ合えば心は穏やかになると言う事で、私に野菜作りを進めて来た。
最初は面倒で辞めたい思いだったのだが、野菜作りの知識を得る毎に、そして立派な野菜が出来る度にこれが面白くなってきてしまった。
美味しい立派な野菜が取れ、そしてみんながそれを食べて喜んでくれると、造った私はその達成感に心が弾む。
なので今では畑の一部を貰って、自分で好きに色々と野菜を育てていたりする。
お姉様が病気になって以降は畑へと手が廻らなかったが、これからまた再会しようと思っている。
「……なるほど――――ですね。でしたら私も遊園地へ行く事にしましょう」
私が物思いにふけっていたらお姉様が明日の遊園地の話をしていたらしい。
どうやら斎藤も一緒に行く事がきまったようだ。
「明日が楽しみだぜ」
「涼さんにちゃんと会えるかなぁ……」
あぁ、お姉様……。あんなのに惚れてしまうなんて……。いや、ただ憧れているだけかもしれない。まだ好きになったとは決まってない。
「それで、どういった移動手段を取るつもりですか?」
「え? 普通に飛んで行くんじゃないの?」
私もお姉様の言った通りだと思っていた。
「花音。アナタはずっと家の中で寝ていたのですよ。そんな長距離を飛ぶほどまでの体力がありますか?」
「うっ、うーん……、そう言われてみれば不安かもしれない」
斎藤の指摘で私も今気が付いた。
「と、飛べなかったら行けないの? そんなの嫌だよぉーっ!」
「最悪、電車で行けばいい。1番近くの駅で降りて、そこから飛んで行く。それなら2人分の運賃でもお金はそんな掛からないから」
「2人? あー、そっか。保護者も居ないとダメだもんねぇ」
私たちの基本移動手段は飛行系のメタモルフォーゼになって飛んで行く事が普通だ。車なんてものは持っていない。
車がやたら高い物でもあるし、それに掛かる維持費もバカにならない。
自動車を動かす為のガソリンの元となる石油がやたら高い事も車を持たない理由でもある。
これは輸入している石油国が日本と敵対関係にあったからだ。
詳しく言えば、日本と敵対している国が石油国と手を結んでいる。
それによって石油の原価をふっ掛けられてしまっている。
その影響もあって海外では普通にある移動手段のバスが日本には無い。
その代わりに電気で動くタクシーや電車、リニアモーターカーの値段は一定なので、日本の交通機関はその3種類が主な活躍をしている。
なので日本は基本的にガソリンで動く乗り物は滅多にない。
まぁ安いと言っても、1番安上がりに済ませられるのは、安く集めた材料で造ったミックスジュースを使って移動する手段が1番安く済む。
相当遠い場所や体の健康がすぐれない人でなければ、移動手段にミックスジュースを使う事は一般的な方法になっている。
私はスマートフォンでユートピア遊園地までの最寄り駅とここから1番近い駅からの運賃を調べて行く。
「片道6120円」
私たちが使うツバメのミックスジュースは材料費に平均3200円。それで15回分が造れるし、ユートピア遊園地までなら片道2回分で済む。
やはり移動手段にはミックスジュースが安上がりになるな。
「うわっ、お金がもったいないよ。それなら、今からちゃんと飛べるか試しに飛んでみようよ」
「大丈夫ですか?」
「いや、そうしよう。お姉様の体力測定をしておきたい」
「どうせどっかに飛ぶんだったら、遠くへ遊びにいこうぜ」
「まだお昼前ですよ?」
「お母さんたちにはどっかで食べてくるって言うよ。それじゃぁドコまで飛んでいこっかなぁ。面白いところだけど、明日の面白さより面白いと明日が残念になるから、ちょっとしたところがいいよねぇ」
「難しいところですねそれは……」
そう言えば私は行こうと思っていた場所があったな。
「……ドリペン」
「え? ユカリちゃん、今何て言った?」
「あっ、その。ドリームペンシルと言う大型ショッピングモールが、ヒドリノ丘街にある。ここからとユートピア遊園地と距離的にほぼ同じ。だからいいかなと」
「ヒドリノ丘街かぁ。いいじゃん、そこまで行ってみようよぉ」
「1回、坂浜港町で休憩を取ってから、ヒドリノ丘街のルートになる。丁度ユートピア遊園地まで飛行する際の最も適した飛び方と同じ」
「なら練習にもいいですね。私もそこに賛成しますよ」
「ショッピングモールかぁ。それって何があるんだ?」
「えっと……。人形……がある」
「人形? あぁ、ドリペンちゃんですか」
「え? 何、そのドリペンちゃんって」
「最近学校で話題になってる可愛いマスコットキャラクターですよ。ドリームペンシル1周年記念で、そのドリペンちゃんって言うペンギンみたいなキャラクターが誕生したのですよ」
「あー、ぼくも見た事あるな。女子がドリペンちゃんのキーホルダーだとか、なんか見せあってた」
「そうなんだぁ。可愛いの? 私も見てみたい~っ!」
お姉様は学校に行かなかったから、実物とかまだ知らないのか。
「ならドリペンに向けて、ガンバって飛ばないとねっ!」
「お姉様、余り無理しないで。疲れたらちゃんと休憩を入れて構わないから」
「そうですよ。休憩回数が増えてもいいですからね。これは明日の花音の具合を確かめる為の練習なのですから、これで何かあったら明日の遊園地にも行けなくなりますよ」
「わかったよぉ」
そうして私たちは、2つ隣の街まで飛んで行く事にした。




