ユウの書 第2話 ミックスジュース作り ― 2 ―
「頑張ってねっ!」
「はいっ!」
っと言う事で僕はその場から立ち去ろうとした時。
「先生、申し訳ありません」
僕たちの話が終わったのを見計らって、直美先生に声を掛けた金髪の女子が居た。
この子は知っている。っていうか、学校内でも大神に続いて有名人だし全生徒が知っている。
名前は小田桐 シンシア。日本人の母とイギリス人の父とのミックスだ。
そのイギリス人の父は貴族の出身らしく、また小田桐家も大昔からの由緒ある武家屋敷の家だ。家はとても広い日本庭園。
なのでお嬢様と言っていいくらい、気品のあるお金持ちの女の子だ。
けれど気取った態度もなく、誰に対しても気兼ねなく会話する、大神とま逆と言っていいほど良い子だ。
そして現在、校内メタモルバトルランキングで全学年の中でナンバー2に居るので、全生徒が彼女の事を知っている理由でもある。
去年ナンバー2と3に居た6年生が卒業した為、自動的にナンバー4のポジションに居た小田桐さんが勤める形となっている。
今年のメタモルチームバトルジュニア級全国大会にも、小田桐さんが出場するのは間違いないと言われている。
なので皆の憧れの的でもあり、その美貌から男子が彼女にしたい女の子ナンバー1である。
あの大神も小田桐さんの前では、態度が弱い。っつうか惚れている。片思いだけれど。
「どうしたのぉ? 小田桐さん?」
「牛乳が無くなってしまいました。ワタクシは、まだ取っていなかったので……」
「あらら? あんなにいっぱい置いておいたのにぃ……。もぉ、みんな欲張りさんなんだから。小田桐さんも頑張って取らないとダメだよぉ。これは女の戦いだったんだからぁ」
「牛の状態で胸が大きくなっても嬉しいとは思いませんでしたから……」
「木花君と同じでバレちゃってたかぁ」
「木花くんも?」
「まぁ、少し考えたら分かるでしょ」
「そうですわよね。後先考えてないで行動すると、後でしっぺ返しがあると言いますのに」
小田桐さんは女子生徒を見まわしてため息を付いた。
「ちょっと待っててね。確か冷蔵庫に1パックあったようなぁ……」
直美先生が冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出して持ってきてくれた。
「これで大丈夫だね」
「はい、ありがとうござっ……」
牛乳を受け取ってお礼をする小田桐さんが、口ごもった。
「あの、先生。これ、消費期限の日付が昨日で終わっています」
「えぇっ! あー、本当だぁ。んー、1日ぐらい経っても普通には飲めるけどぉ、ミックスジュースに使ったら失敗する確立が高いかなぁ……。1日ぐらいなら、まだ普通……だよね?」
「……もし代用品がなければ、ワタクシはそれで構いませんが」
「ダメだよぉ。ちゃんとしたのを生徒に渡さなきゃ、わたし怒られちゃうよ。うーん、多く取っていった女の子たちから少しずつ回収しなきゃいけないかなぁ」
そう考えた直美先生が生徒に呼びかけようとした時、僕はふと思い立った。
「先生、僕の牛乳を小田桐さんに上げます。僕はそれを使いますので」
「え? 木花君がこっちの消費期限切れのを?」
「どういうことでしょうか?」
「えっと……。実験ですよ。いつも新鮮な物しか使ってなかったので、たまには熟しすぎた物を使ってみたら、どんな変化が現れるか試してみたいなって言う考えがあって……」
「なるほどぉ。先生もよく虫食われの野菜だとか、消費期限切れの物を使って試してみた事あるのよぉ。結構失敗したのもあるけどぉ、すごい特殊能力を持つメタモルフォーゼを見つけて、特許を取っちゃったよぉ」
直美先生は幾つものオリジナルミックスジュースの特許を持っている。
その中で有名なのが、『眠りを誘う羊』で、その姿と声を聞いたものはあっという間に眠気に誘われてしまう特殊能力を持っている。
寒いところでも、もこもこの毛で耐えられると言うだけの羊タイプに、新しい能力を目覚めさせた事で、直美先生は名を広めた。
不眠症に悩む人たちの心強いアイテムとして、世界で今でもバカ売れのミックスジュースとなっている。
「あえて劣化品で試し、新しい発見を見い出すのですね。面白そうです。ワタクシもやはり、その牛乳で作ってみてもよろしいですか?」
「んー……。木花君には特別に許可は出して上げられるけど、普通の生徒には許可は出せないよぉ。ちゃんと成績が付けられなくなっちゃうから」
「……そうですか」
残念そうな顔をして、僕の方をじぃーっと見てくる。うぅ、なんかすみません。
僕の場合はミックスジュースの成績は1年の時から免除扱いになっているからなぁ。
「そ、それじゃこれ、もらって行きます。僕の牛乳は最初に取っていったから、席に置いてあるよ」
「はい、上手く出来るといいねぇ」
僕は直美先生から牛乳パックを受け取ると、小田桐さんを連れて自分の席へと戻った。
「なんだ祐定? 小田桐さんを連れて来てどうしたんだ?」
僕の席の隣にいた男子生徒の中で唯一仲良しなクラスメイトの平沢 准が僕と小田桐さんのペアを見て、不思議そうな顔をしている。
まぁ、そりゃそうだ。クラスメイトになったとは言え、小田桐さんとこうして一緒に居るのは、めったに無い事でもあるし。
「材料がなかったから僕のを代わりに上げるだけだよ。あ、これだよ。ただ、教科書のとは違って40ccじゃないよ。量が多めに取ってあるから調整してね」
「わかったわ。ありがとう。木花くん」
小田桐さんが僕から牛乳の入ったビーカーを受け取ると、にっこりと笑顔を浮かべて握手してくれた。
ドキッ! っとすごいした。絶対にビクッとした手が小田桐さんに伝わっただろうな。
いやー、こんな美人な人に不意打ちに握手されたら、そりゃ意識しない方が男じゃないし。
小田桐さんが自分の席へ戻る。その後ろ姿を、僕は茫然と見送っていた。
「小田桐さんに握手してもらえるなんて、ついてるなオマエ」
「えっ!? あ、あぁ、そうだね。うわー、すんごい緊張した」
学校の男子生徒全員のアイドルと握手したんだ。そりゃ僕も嬉しいし。
「今日は大神が居ないから静かでいいぜ。今のところ見られていたら、絶対に『君みたいな汚い手で、美しい小田桐さんを汚すなっ! 下等な一般人めっ!』って言ってくるぞ」
「確かにね……。さぁってと。どのくらいの量で挑戦してみるか」
「なんだ祐定。オマエ、牛乳パック丸ごと貰ってきたのか? どんだけおっぱい大きくしたいんだよ」
「男性は牛タイプになってもおっぱいが大きくはならないよ。それに、この牛乳は消費期限が昨日切れた、劣化品だし」
「げっ? 大丈夫なのかそれ? 絶対に失敗するぜ」
「結果は作って飲んでみてからわかるよ。劣化品でも、成功する事があるのがミックスジュースだし」
そうだなぁ。教科書に載っている一般的な作り方の量でも良いし、それより多くするか、少なくするか自由なんだよな……。
よし、今回は多くしてみるか。そして他の材料の量も少しずつ変えて行こう。
僕はそれぞれの材料の量を調整し終わると、ウィッチポッドへとポイポイ材料を入れ込んでいく。
そして僕は家から持ってきた、アールグレイの紅茶の葉を少々入れる。
本来ならレシピに無い材料なのだが、試しに入れて見たらどうなるか気になったので、家から持ってきたものだ。
こう言う物は大抵失敗作になる事が多い。
普通の人がこんな事をしてミックスジュースを造るとなれば、3億円の宝くじを買って当てるくらいの確率でしか成功はしない。
けれど、ミックスジュース研究者の中には、そんな低い確率を無視して勘によってこれが成功するだろうと言う閃きがたまにある。
僕もその1人らしくて、直美先生が僕を助手として特別に扱ってくれるのもそれが理由だ。
後から始めた作業だが、他の皆より作り慣れているだけあって、1番最初に下準備は整ったようだった。まだ、ウィッチポット独特の音がしていない。
ウィッチポッドは、鍋と言っても火に掛けて作るものじゃない。
なら入れた材料はどうやって混ざっていくのか?
それはウィッチポッドに付けられたドラム部分を叩いて、リズムよく音楽を奏でる事によって、中に入った材料が混ざっていくと言う、特殊な製造法で出来ている。
奏でるドラムのリズムは色んな種類があり、ミックスジュースに色んな影響を与える。
難しいリズムな程に能力は向上していくけれど、少しでも失敗すると中に入れた材料は上手く混ざる事が出来ずに、使い物にならない黒い粉状態になってしまう。
失敗を抑えたいのなら簡単なリズムを選べばいいのだけれど、僕は造り慣れているので難しい方の『天使のまばたき』を選んで叩き始める。
ドンドコドンドコドンドコドコドコドンドコドーンッ♪
景気よくリズムを刻んでいく。
僕のドラムリズムが上手いからか、この時は僕はクラス中から視線を浴びている。
最初はそれに緊張して、リズムを崩して失敗していたが今は慣れた。いつも通りの上手く言ったリズムが取れた。
ドンドコドーンッ♪ ボファッ!
ウィッチポッドから白い煙の輪っかが吹きあがる。完成した合図だ。
失敗していたら黒い煙が噴き上がるからな。
ウィッチポッドを傾けて、殺菌消毒されたビンへ中の液体を入れていく。
使った材料の量によって、1回で出来る量が変わってくる。
今回は640ミリリットル取れた。6回分はこのミックスジュースが使えるな。
出来上がったオリジナルミックスジュースを直美先生の元に持っていく。
「できたねぇ。さぁ、どんな結果が待っているか、ドキドキだね」
直美先生は僕のミックスジュースを210ミリリットル取っていく。資料として僕は作ったオリジナルミックスジュースをいつも提供している。
しばらくしてクラス全員がミックスジュースを作り終わり、そして試飲の時が来た。
試飲は2人パートナーを決めて、どっちか片方が先に飲む。
そしてパートナーは飲んだ方の体長を測定していく。
これが平均より劣る測定結果が出ると、成績が悪くなっていく。
今回も僕はいつも通りに平沢とコンビを組んでいる。先に飲むのは僕の方だった。
「では、みんなの成功を祈ってぇ。カンパーイッ♪」
直美先生の音頭で最初に飲む側の皆一斉に飲み始める。僕もミックスジュースを飲んだ。
そして教室全体が煙に包まれた。
「モォーッ!」「モォー……」「モォ~♪」
そして煙が晴れると、教室中に牛の群れが現れた。
皆は互いの姿を見て、笑い当たり、モォーモォー鳴き合って楽しんでいる。
「あれ? おっぱいが大きくなるっていうけど……。これじゃぁ……」
直美先生のイタズラに気が付いた女子が、複雑そうな表情をしていた。
「みんな成功みたいだねぇ。失敗した子はいないよね? 気分が悪い子はすぐに言ってね。それじゃみんな、身体測定をしてねぇ。誰が今回、1番大きなおっぱいになったかなぁ?」
直美先生はしてやったりな顔をして、ハメられた生徒たちは顔を真っ赤にしていた。
「皆すげーな。……っえ? おっ!? で、でけぇっ! 祐定っ! なんだそれっ? でかすぎっ! って言うか、周りの牛とは違うしよ」
平沢は僕を見ると急に表情が険しくなった。
「ん? どんな風に違うんだ?」
確かになんか頭が重い。首を振ると左右に頭が重みで持ってかれる。
たぶん、角の重さなんだろうなぁ。
「鏡で見てみろよ。俺は先生を呼んでくるぜ」
そう言われて僕は教室にある鏡の前に立った。
「確かに……。なんだこの角の大きさは……。それに周りの皆とやっぱり違うな。牛タイプでも、皆のホルスタイン種じゃない。何になったんだろ?」
周りのみんなは、一般的に見る乳牛のホルスタインの姿をしていたが、僕だけ白黒のまだら模様がなく、さらに角が大きくてまがっている。
そこに直美先生も来て、僕の姿を見て歓喜していた。
「わぁっ! 木花君の大きいねっ! そんな角が大きな牛になれたなんて凄いよっ! ってなんで皆と違って水牛になっちゃったのぉ? でも水牛でもこんな角が大きかったっけ……? もしかして、新記録でちゃったかもぉっ!?」
先生が大興奮している。
「ちゃんと計ろうっ! 平沢君もほら、手伝ってぇ!」
興奮遣りやまない直美先生の勢いに押されて、平沢もたじたじながら一緒に計って行く。
っという事で、直美先生に角の大きさを測ってもらったところ、875.3センチメートルもあった。
おいおい、計ってもらってわかったけど、ヤバいなこの大きさ。
その結果をパソコンで直美先生は調べ上げた。
「や、やったよぉーっ! 木花君っ! 水牛の角の世界記録の大きさは792センチメートル。大幅更新だよっ! ギネス記録達成だよぉーっ!」
その直美先生の言葉を聞いて、注目していた生徒がざわめいた。
「おーっ! すげぇーっ! 祐定っ! やったなっ!」
「ま、マジか……。ギネス記録超えちゃったの?」
信じられない……。
何? なんでこんな結果になった?
消費期限切れの牛乳が原因か? アールグレイの紅茶の葉を入れたのが原因か?
やっぱりミックスジュースってこういう不確定要素が多くて実験のし甲斐があって楽しくなってくるな。
ちなみに水牛となれるミックスジュースはもう発見されている。
それは皆のホルスタインと同じ材料で、牛乳の鮮度具合で変わる物だった。
なので角が大きくなった結果の原因は、アールグレイの紅茶の葉にあるな。
写真や動画も取って、直美先生はギネスワールドレコーズへ、その場で送信した。
「結果が分かるのは、審査員が審議とかするから1週間くらいに分かるよ。ちゃんと世界記録更新結果が出たらすごいねっ! ねっ、どんなことしたの?」
「んー、今回は家から持ってきたアールグレイの紅茶の葉を入れてみたのですが、その影響が大きく出たのでしょうか?」
「アールグレイの紅茶かぁ……。先生も良くわからないよ。だって、法則性が読めないのがミックスジュースだもの」
直美先生は僕の角をナデナデとしている。
「それにしても大きいね。こんなので突進されたらすごく痛そう。水牛は戦闘タイプの牛だから、このミックスジュースはメタモルバトルに使えると思うよぉ」
「ですねぇ。今度使ってみます」
「えへへ~♪ よくやったよぉ。さすがわたしの弟子だよぉ♪ 木花君は教えがいのある生徒だよぉ~♪」
「あ、あの……。恥ずかしいんですけど」
もうさっきからずっとナデナデしっぱなしで、その光景を見ている生徒の間でクスクスと笑われている。
「せ、先生っ! 授業を進めないと、授業が終わっちゃいます。平沢のを計らないと」
僕は変身解除薬を飲もうとしたのだが……。
「待って! せっかくだから、授業が終わるまでそのままで居てよぉ。平沢君は、わたしが変わりに計っておくから」
そう言って直美先生が変わりに平沢を測定する事になってしまった。
先生のイタズラによって、おっぱいがパンパンに大きくなった女子は、恥ずかしそうにパートナーに計られていた。
僕も授業が終わるまでいい見世物になって恥ずかしかった。
でも、僕が世界記録更新かぁ。これが初めてだな。
へへっ、嬉しいからまぁ、いいかな。
これからも色んなミックスジュース造っていこう。