ユカリの書 第3話 花音の試練 ― 1 ―
お姉様が誘拐されたその日のお昼。
「ユカリちゃん、入っていい?」
「お姉様? どうぞ」
お姉様が私の部屋に入ってくる。
「寝ていなくて大丈夫?」
「うん、これから寝るよ。その前に……お話していい?」
「構わない」
あんな事があったから、お姉様も疲れているだろうに。
一緒に居たい気持ちはあるけれど、余り長い話をせずにお姉様を寝かせて上げないと。
「ユカリちゃんのお兄さん。初めて会ったけど、すごい人だったね」
「本当にごめんなさい。あんな兄で……」
「うぅん、大丈夫だよ。確かに無茶苦茶なとこがあるけど。小屋に居た時、とても気遣う人で優しい人だったよ」
「兄さんは常識だとかに縛られる事が嫌いで、自分が思った事を押し通すワガママな人……。根は良い人なのに不器用だから……」
「すごい生き方だよね。それで警察にいっぱい追われても、自分の道を行くなんて……」
「バカだ」
「大バカだね。あ、ごめんね。お兄さんをバカにして」
「構わないから。本当に大バカだから仕方ない」
「でも……、なんか憧れちゃうなぁ」
なんかお姉様の顔が赤い。やはり無理してないか?
「あんなのに憧れたらダメ。家族としてかなり大変な目にあってる私の身を考えて」
「あはは、確かに大変だね」
お姉様が笑う。なんか……、前より表情が明るい気がするな。
「……でも、私は思ったよ。あんなにすごい人に私はなりたいなぁって」
「え? えぇっ!? 嫌だっ! お姉様があんな不良なんかになるのはっ!」
「そう言うところになりたいって言うんじゃないんだよ。とても胆が据わってて、勇気のあるすごい人ってことだよ」
「はぁ……そうか……」
お姉様があんなのになったら、私は再びグレてやる。
「ねぇ、ユカリちゃんが昨日見てた大神との戦いの映像。アレ……私に見せてほしいの」
「え? それはダメ。お姉様がまた傷つく」
急にどうしたんだ? 竜が見たいだなんて今まで無かったのに……。
「ダメなの。そんな風に逃げてばかりがダメなんだって、ユカリちゃんのお兄さんに教えられたんだ。だから私はガンバって立ち向かう事を実行しようと思ってるの」
「……恐怖に立ち向かっていけって?」
「それだよ。私は大神からずっと逃げ回っていたのかもしれない。見ない様に、聞かない様に、思いださない様に……。だから私は逃げないで大神と立ち向かいたいの。みんなが大神に立ち向かったのに、私だけ逃げているなんてイヤだよ。そんな私が許せないんだよ」
お姉様の目に強い意志がある。
そうは言われても……、見せていいのだろうか。
「お願い、ユカリちゃん。私はガンバりたいの」
お姉様の強い決意。無下にするわけにはいかないな。
「……わかった。でも体調が悪いと判断したら、その時点で止める」
「うん、ありがとう。ガンバるからねっ!」
私はあの動画の入っているスマートフォンを持ってきて、お姉様の横に座る。
そして動画を再生し始めた。
まずは茶の木小学校の時の映像だ。
「あっ、ユカリちゃんが映ってる。その前に居るのが大神だね……」
大神はまだ変身していない時だ。
『しょく――――――ピギィィィィィィィィィンッ!!!!!!』
大神がしゃべったマイクがハウリングを起こす場面だった。
「何これ?」
「大神の大バカな行動。滑稽な場面なんで、戦いまで飛ばさずに全部見る?」
「うん。大神が大バカなヤツと私の記憶に刻みこんじゃうんだから」
その後は私が大神にマイクを投げつけて顔面にぶつけるなどの光景を見て、お姉様は笑っていた。お姉様が笑ってくれるなら、やっておいて良かったと思う。
しかし大神がミックスジュースを手に取る場面になると、お姉様の表情が険しくなる。
『フハハハハッ! 恐れよっ! そしてひれ伏せっ! 最強たる竜の前にっ!』
そして大神が竜にメタモルフォーゼすると、お姉様は私をギュッと抱きしめてくる。
「止める?」
「だ、ダメっ! まだ……、まだ、大丈夫だから……」
お姉様はガンバっている。私もお姉様の事を応援してあげないと。
「大丈夫。この後のシーンは大神を私たちがボコボコにする。大神にやられてないから。大丈夫だから」
「うん、ガンバってね。ユカリちゃんっ!」
お姉様は画面の向こうの私に声援を送った。
しばらく見ていき、斎藤が大神の目に矢を射るところが流れる。
「すごい! これって嵐がやったヤツだよね。どこから打ったの?」
「校舎の屋上から。100メートルは離れている」
「さすが弓の名手と言われた斎藤家の娘だね」
そして大神が火の玉で校舎を爆発させるシーンがアップで映される。
そのシーンに燃えあがる生徒の姿が映し出される。
「ひ……ひどい……」
お姉様の顔が青ざめる。
「……ここまでにしましょう」
そう言うとお姉様は私のスマートフォンを横取りした。
「ダメっ! まだ大丈夫! 負けちゃダメ……。ガンバらなきゃっ」
そして画面を自分の顔に近づけてしっかりと見る。
小林先生が出てきて止められたところまでをしっかりと見て、茶の木小学校の戦いの記録は終わった。
そこで一息つく事にした。
「大丈夫? あんまり無理しないで」
見た目だけでもうぐったりしているのが分かる。
「うん、大丈夫。まだ……いけるよ。あの大神の火の玉に当たった子ってどうなったの?」
「どうやらメタモルフォーゼをしていたらしくて、変身解除してから傷は1つ無く、元気だって説明された」
「そっか。よかったよぉ」
「次は桜咲小学校の戦い。こっちの方が色々とヤバい。大丈夫か心配になる」
「大丈夫。ガンバるから」
「……無理そう」
「本当に大丈夫だからね」
「無理を言わないで。顔が真っ白になってる」
私はお姉様の顔に手を当てる。
とても冷たくなっていた。恐怖で血の気が引いてるのだろう。
「うぅ……。そ、それでも逃げちゃダメなんだよ! お願いっ! 見せてほしいのっ!」
「お姉様……、本当に無理はしないで……」
「なら、ユカリちゃん後ろからギュッと抱いて見ちゃダメ?」
「わ、私を後ろから抱いて?」
「うん。後ろからこうギュッと抱きしめながら見るの。私が1番落ち着く体勢でなら、きっと耐えられるから」
お姉様は私によく抱きついてくるが、人形か何かと思ってないだろうか。
けれどお姉様に抱きつかれる事は今じゃ嫌とは思ってなく、むしろ私自身も心地よくなってきて安心できる。
「ねぇ、お願い」
お姉様が女の子座りして、その太ももの上をパンパンと叩いている。
「……わかった」
私はお姉様の太ももの上に座り、背中からお腹に腕を廻して抱きつかれる形になる。
私が小柄じゃなきゃ、こんな体勢にはできないだろう。
「じゃぁ、次の再生するから」
「うん」
私の肩から顔を出して、私が操作するスマートフォンを覗きこむ。
そう言えば桜咲小学校の戦いの方の映像はまだ見てなかった。
見ようとした時にお姉様が部屋に来て止めたんだった。
どんな映像が撮れているのかはまだ分からないな。
再生ボタンを押すと始まりは、大神が竜となって空を飛んでいるところから始まっていた。
大神を必死に追って撮っている事が分かる。
徐々に距離が放されているが、撮影者も必死に羽ばたいて浮上し、降下してスピードを上げたりとしている。
そんな追跡劇が2分半も続くと、私たちの学校がある桜ヶ丘街が見えて来た。
そして大神は桜咲小学校の校庭に降り立った。
なんとか追いついた撮影者は桜咲小学校の校庭隅っこに着陸していた。
そんなところに居たんだ。全く気が付かなかった。
『出てこいっ! この俺をコケにした連中らっ! 俺の目を奪ったヤツっ! 猿野郎っ! そして赤毛の女を出せっ! 出さなければ、俺は校舎を焼き尽くしてやるっ!』
「この後、学校の時計が壊され、庭は焼かれて行く」
先にネタバレしておく。
そうした方がお姉様の負担も少なくなるだろう。
別に映画を見ている訳じゃないのだから、ネタバレしても怒られないだろう。
「うん、わかったよ」
お姉様も怒りはせずに私が言った通りの光景を見た。
酷いとつぶやいて、しっかりとその映像を見て行く。
私は女子生徒が捕まり、握りしめられたりすると説明した。
『ダメだっ! 2年生だろうが幼稚園生だろうが――――――でなければ、コイツを潰すっ!』
『ギャアアアアアァァァァァァッ!』
女子生徒が苦痛の悲鳴をあげたシーンを見て、お姉様が目を反らして私を力強く抱きしめた。
私は一端止めて、お姉様の顔を覗き込む。
「もう止めよう」
「はぁ……はぁ……、だ……、大丈夫だから……」
そんな息を荒げて冷や汗をかいている状態が、大丈夫とは全く思えない。
「もうダメです。見せられない」
「お願い……。最後まで見せて……」
なんで? いつもならもう怖い、痛いと私に抱きついて泣きじゃくるのに……。
今のお姉様はそれを必死に耐えている。
「どうしてそこまでガンバる。そんな焦らなくても、時間を掛けてでも大丈夫だから」
「時間なんて今までたくさん掛けてきて、全く治らないんだもん! それは逃げてばかりいたからだよ。だからケジメをつけたいのっ! 今日! この日を境にして! 勇気があるうちに! こんな逃げる生活から! 変えたいのっ!!」
1つ1つの言葉に力強くその意思の表れを強調している。
「今日はお姉様は誘拐までされて、とても疲れてる。そんな無理にガンバらないでゆっくり……」
「ごめんねっ! ユカリちゃんっ!」
どんっ!
「キャァっ!?」
突然お姉様に突き飛ばされた。折りたたまれた布団の上にぽすんと倒れた。
お姉様は私の手から離れたスマートフォンを奪い取り、立ち上がった。
「あっ!? ああらっ!?」
「お姉様っ!?」
しかし足がふらふらとしてぐるっとその場を回ると、そのまま背中から倒れようとしていた。
私はその場所へ転がり、お姉様の下敷きとなって受け止めた。
「むぐぅっ!?」
腰に大ダメージを受けた。
「わぁっ!? ごめんっ! ユカリちゃん、大丈夫!」
「うぅ……。お姉様……。怪我は……?」
「うわーーーんっ! ごめんねっ! ユカリちゃんっ! ごめんねーっ!」
腰を摩りながら四つん這いになる私。その背中を必死に撫でるお姉様。
アレ……。こんなやり取りも、とても久しぶりだ。
今までお姉様は体調が悪くて、こんなフザケタ事もできなかったな。
少し嬉しくなって、私はクスッと笑ってしまった。
「ふえ? くすぐったかった?」
「違う。少しこのやり取り、懐かしくておかしくて……」
「……そうだね。私が元気だった頃は、いっぱいはしゃいでいたね」
私はお姉様が置いたスマートフォンが目の前にあるのを見つけた。私はそれを手に取った。
「あっ……」
お姉様はスマートフォンを取られて、おもちゃを取り上げられた子供の様な顔をする。
「私を突き飛ばしてでも、ガンバりたかったの?」
「……うん、もう逃げちゃダメなんだよ。みんなの為に、私は逃げちゃダメだよ」
「……昔。私が言う事を全く聞かないで、無理やりお姉様は私を振りまわしてた」
「そ、それはぁ……」
「今のお姉様はその昔のお姉様になってる。私が好きになったお姉様。強引で強情。それでも優しくて、みんなの為に何が何でもガンバる努力で真っすぐなお姉様」
「えっ?」
私はお姉様の後ろに回り込むと、お姉様に抱きつく。
「今度は私が支える! だから、お姉様、ガンバってっ!」
どんな困難にも立ち向かい、ガンバろうとするお姉様が大好きだ。
今、お姉様は元のお姉様になろうとしている。ガンバろうとしているのに、私が応援しなくてどうするんだっ!
私はスマートフォンの再生ボタンを押した。
「ユカリちゃん……」
「私が付いてるからっ! ガンバってっ!」
「……うんっ!」
お姉様は私の手からスマートフォンを受け取り、その映像をじっと見る。
私は力いっぱいぎゅっと抱きしめる。
お姉様っ! 私は大好きなお姉様に戻ってほしいっ! お願いっ! ガンバってっ!
「あっ、あぁっ! ユカリちゃんが……あ、危ないっ!」
「大丈夫っ! 私は大神をぶった切るっ!」
私が大神に掴まる瞬間、居合で闘気を放って大神を斬った映像だ。
『あっ、あぎゃあああああーーーーーっ!?』
「何これ? 何をしたの?」
「この日の為に新しく技を開発した。硬い鱗も無視して中の柔らかい肉を斬る」
大神の姿が元に戻る。
「え? えぇっ!? 大神を倒しちゃったの? ユカリちゃんがっ!?」
「うん。お姉様の敵を討ちとった」
「すごぉーいっ! すごいじゃんユカリちゃんっ!」
「でも、この後も懲りずに大神はまだ暴れ出す」
大神との闘い第2ラウンドめの映像が始まった。
「あぁっ! 危ないっ! ユカリちゃん、その技って何か条件でもあるの?」
「錬気を刀に溜めなきゃダメ。その為にかなりの集中力がいるから、こうも動き回りながらだと難しい。もっと練習して、こうして動きまわりながらでも溜めれるようにしないと」
「そうなんだ……。それだとこの状況だと厳しいね」
「大丈夫、今度は兄さんが現れて倒してしまう」
そう言うと大神の後頭部にミサイルが当たり、兄さんが登場した。
「アレ? 顔が……」
「あ、それ。変装しているから」
「そうなんだ。全く別人じゃん」
「私でも声を聴かない限り本人だってわからない。まぁ体付きはどうしようもないから、それで多少は判別は付くけれど」
ヒュンッ! ザクッ!
『あっ……』「あっ……」
『いでえええぇぇぇーーーーっ!!!?』
斎藤の矢が不意打ちで当たった時に、お姉様が私たちと同じ反応した。
やっぱりそうなるな。斎藤……アレはない……。
「わぁ、嵐ナイスショットーっ!」
お姉様的には有りだったか。
そしてシーンは兄さんが大神に危なげなく、一方的な戦いをしていく。
「うわぁ……、すごい……」
その映像にお姉様は、食い入るように見ていた。
グロい映像でもあるのだが、お姉様はそう言うの見て大丈夫そうだな。
バラバラとなる映像があって残酷だし、あの時の自分と繋がる部分もあるから、嫌がるかと思っていたけど……。
大神は粉々に吹き飛ばされ、そして兄さんが大神にブタのミックスジュースを飲ませた。
「ぶふっ! 大神がブタにっ! 何これ面白いっ!」
そうだ。アレをポスターにして、桜咲小学校の掲示板に張り出したいな。
ん? それって本当に良いアイディアじゃないか。
大量にポスター造って街中の至るところに貼りだせば、だいぶ大神のイメージダウンになる。
今度、酒呑にこのアイディアを送っておこう。
全ての映像が終わり、お姉様はスマートフォンを置いた。
「お姉様……大丈夫?」
抱きしめている感じから、ブルブルと震えているのがわかる。
でも最後まで見た。これはとても大きな進歩だと思っている。お姉様はとてもガンバった。
「うん、大丈夫だよ。なんか怖いのはもちろんあるんだけど、大神のブタ顔が面白かったり、ユカリちゃんとお兄さんの強さに興奮したりと、変な武者震いもあったりして、体がもうおかしい感じなんだよ」
「お姉様……?」
「でも、もう大丈夫っ! ありがとう。ユカリちゃんが私を力いっぱい抱きしめててくれたお陰だよ」
「いえ……そんな……」
「すごい心強かった。いつも私がユカリちゃんを守ってた側だったけど、今はユカリちゃんに守られちゃった」
「当たり前。もう私も弱くない。私はお姉様の力になれるから」
「うん、ありがとう。だから守られてばかりじゃいけないね。私も早く元気になって、ユカリちゃんを守れるようにならないと」
「うん、お姉様は私にとって心強い支えになってる。ガンバって元気になってほしい」
「だね。私、ガンバってこの病気を克服するよっ!」
「……お姉様」
私はお姉様の胸に顔を埋めて抱きついた。
「アレ? 急に甘えん坊さんになっちゃったね」
お姉様は私の頭をナデナデとしてくる。
「だって懐かしいから。大好きだった元気なお姉様が今、戻って来てくれてる。今まで待った分、甘えたい」
「えへへっ、もう……。ユカリちゃん……ありがとう」
しばらく心行くまで甘えた後、お姉様は自分の部屋に戻って寝た。
寝るまで添い寝しようかと思ったら、横になるとすぐに寝付いてしまった。
やっぱり疲れがたまっていたんだ。
今のお姉様の幸せそうな寝顔。本当に久しぶりに見る。
いつも隣にあったその寝顔がある。
神を信じる私ではないけれど……。お願い……。お姉様に安眠を与えてください。
この幸せそうな笑顔を絶やさないでください。




