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ユカリの書 第1話 ユカリたちの朝が…… ― 2 ―

 山小屋の中で怯えて震える花音がいる。

 春と言ってもまだ朝は肌寒い。

 毛布をいっぱいに用意してやり、花音はそれに包まっている。


 オレは持ってきたガスコンロで温めた鍋の中身をコップに注いでいく。

 中身はミルク。ホットミルクを作ってやり、砂糖を少し入れてほんのり甘めにしてやる。


「ほら、出来たぜ。寒い中すまないな」


 そして花音にコップを差し出した。

 しかし差し出されたコップに手を伸ばす事はおろか、オレの事を見ようともせずに震えて毛布を頭からかぶって怯えているだけだった。


 誘拐する際に叫んで暴れない様に睡眠薬をハンカチにしみこませて吸わせ、ここまで大人しく連れきた。

 けど目を覚ました途端にパニックになっちまった。


 ここはドコ? アナタは誰? なんでここにいるの?

 そんな事を聞かれるかと思ったが、何も言わずに怯え初めて毛布にくるまった。


 こりゃぁ相当に臆病になっていやがるな。これではこれから起るユカリの問題に大きな障害になっちまう。

 こいつには根性と言う物を付けてもらわなきゃな。

 いや、根性は元からあるヤツだ。あのユカリを改心させたヤツなんだからな。

 こいつの病気の原因はトラウマだ。そのトラウマを克服させなきゃならねぇ。


「おい、取り合えず顔は見せたらどうだ? 話するにも話ができねぇよ」


 しかし花音の反応は変わらない。

 進展しない状況に少し苛立(いらだ)ったオレは、その(おお)い隠す毛布を掴んで、無理やり剥いだ。


「い、いやぁっ!?」


 うっ……。


「ひ、ひぃ……。や、やめてっ……。何もし……しない……で……」


 その表情は、目の下をこれでもかってくらい広く真っ黒にして、涙を流し続けて赤く染まっていた。その疲れ切った表情の上に見るに()えない恐怖に満ち(あふ)れた形相(ぎょうそう)をしている。


「……はぁ」


 毛布を元に戻してやった。

 オレが思う以上に酷い。やっぱりやり方が強引過ぎたか?

 しかし近い将来にユカリは大きな難題にぶつかっていく。その時に最も大切にしている人がこんな状態では、動くに動けない。

 時間がないんだ。強引だが、この方法で上手くいってくれ。

 こいつがあのユカリを変えたヤツならば、きっと上手くいくと信じている。


「とりあえず、脱水症状になったら大変だからよ。ホットミルクでも飲みな。寒いから暖まるぜ。ミルクが苦手だったら、他にはココアなんか作れるからよ」


 ポンポンと優しく花音の頭を叩いてやる。

 オレが近くにいると、怯えさせちまうかな。なるべくオレは花音から離れて座った。


「話だけは聞いてくれよ。取り合えずここにオマエを連れて来た理由を教えるぜ。まぁ、その態度からして、誘拐されたんだと分かってるな」


 花音が誘拐の言葉にビクッと反応した。話は聞いているようだな。


「手荒な事をしてすまなかったな。まずオマエの身柄の保証はすると誓う。暴力は一切振わないと約束する。何か欲しい物があれば可能な限り(そろ)えてやるぞ。まだ寒いか? 毛布ならまだあるぜ」


 取り合えず恐怖心を少しでも和らげてやりたい。

 ユカリがお姉様お姉様と言って大事にしてやってるのがわかるぜ。

 こんなの見てて可愛そうだ。オレがこんな事にしちまったんだけど、これから先もこんな風になるのなら、早めに治療して助けてやりてぇ。


 オレは時計を見た。

 花音を誘拐してから3時間が経った。

 今は朝の8時になろうとしている。いつ頃ユカリはくるか……。

 だがその前にこいつに色々と言っておかなきゃな。


「とりあえずオレの自己紹介だ。オレは黒堂 涼だ。ユカリの実の兄だぜ」


 ビクッ!


 花音が恐る恐るだが、毛布から顔を覗かせてオレの事を見た。


「師匠やユカリから話を聞いてるだろ。オレが写ってる写真なんか見せられてないか? こうして会うのは初めてだな」

「……っあ、テレビで見た顔」

「テレビ? あぁ、犯罪者リストで容疑者として貼りだされた顔写真か? まぁ本人だってわかったか」

「あのプロ級大会をユカリちゃんと一緒に見てたから……」


 パニック状態でオレの顔を見てもハッキリとわかってなかったのだろう。今初めてオレの顔を認識して、オレがユカリの兄だと知ってか少し安心したのだろう。


「オレの事はどんな風に言われているか知らねぇけど、オレは犯罪者であるが善良なヤツには手を出さない主義だ。……あっ、今回のはその、特別だけどよ。普段は悪い奴らを法や常識に縛られずに狩るのがオレのやり方だ。その為にした違反は数知れずで、いつの間にかインターポールに追われる国際手配犯にまでなっちまったがよ」


「…………」


 花音はオレの事を見てくれるようになったな。


「って、こんな話しどうでもいいか。それより、そこにホットミルク置いてあるぜ。暖かいうちに飲みな。体が暖まるし、心も落ち着くぜ。沢山泣いてるみたいだから、水分もちゃんと取らないといけないからよ」


 花音は側にある床に置いてあったコップを見た。

 オレの事を1回チラッと見てから、コップに手を伸ばして一口飲んだ。

 ふぅーっと息を吐きだし、表情も先ほどの硬さより、幾分か和らいでくれた。


「だいぶ落ち着いてくれたな。よかったぜ。……こんなことしてすまんかったな」


 自分に次いだミルクの入ったコップを手にとってオレも飲む。


「腹減ってるか? コッペパンぐらいしか旨いもんはないけどよ。ジャムはみかん、いちご、ブルーベリー、マーガリンがある。食べるか?」

「……大丈夫です」

「腹が減ったら遠慮なく言ってくれよ。本当ならちゃんと料理した物を食わせたいところだが、造ってる暇なんてないからな」


 花音はミルクをゴクゴク飲んで行く。


「おかわりならあるからな。遠慮なく言ってくれ。新しく注ぎ足すからよ」


 花音はオレをチラッと見た後、持っているカップに目を落とす。

 一呼吸を入れると、花音からオレに語りかけて来た。


「……どうしてユカリちゃんのお兄さんは、こんな事をしたのですか?」


 顔色もだいぶ赤みを帯びて来たし、体の震えもない。

 もう事情を言っても大丈夫だろう。


「それは……、ユカリの為だ」

「ユカリちゃんの為?」


「ユカリが大神へ喧嘩売っただろ。ユカリはもう後には引けないところまで来ていて、さらに先へ進もうとしている。それは戦いの日々だ。この日本はいずれ、大神国家反逆の大規模な組織が動き出して戦争が始まる」


「戦争が起こる? うそ……そんな……。本当ですか?」


「あぁ、そうだ。それに反逆組織が無くても日本は大神政府の権限によって、世界へ戦争を仕掛けに行く。今の日本は軍備の強化を進めていて、表向きは国家防衛の為と言いつつ、領地拡大をもくろんでいるんだ。第三次世界大戦が起ころうとしている。そんな事を許さないと思っているオレたちは、内乱を起こして政権を奪おうとしている。そして政権を拿捕(だほ)したら世界の国々と平和条約を結んで、戦争が無い世界を実現させたいんだ」


 こんな事を子供に話しても理解できる者なんて、そうそうに居ないだろうな。


「……ニュースとか、そう言った物では、まったっくそんな気配も見受けられなかったです。その内容は本当なのですか?」


「ニュースやネットに流れている情報を信じるか? オマエだって見て来た物が実際に情報が流されていたのかよ。メディアは全て大神の手の中だ。そしてウソを信じる者が大半だ。この日本にいる大抵のヤツラは、大神に洗脳されてんだよ。判断を鈍らせたヤツは助からないぜ」


「……わかりました。まだにわかには信じられないけれど。それでも、アナタの言った事を事実として受け止めておきます」

「それでいい。何が真実でウソかは、自分自身で集めた情報から、己自身で判断することだ。ただ情報を受け取って信じるばかりなヤツらより、十分賢いぜ」


 やっかいなのは、大神の事を信じて動く民衆だ。

 自分たちが信じている者に裏切られている事を知らずに、大神を守ろうと動き出す。大神はそんなヤツらを平気で利用しようともする。その命を盾にしてまでな……。

 そんな民衆を一気に大神への信頼を引き離す為の材料が必要となってくる。


 しかし未だにそれを引き起こす一手が、まだ見つからない。

 あの大神のガキは随分と暴れてくれてはいるが、アレだけじゃ息子の粗相(そそう)だけで終わる。


 問題は大神 賢史郎と、政府の中核に居る賢仂(けんどう)だ。ヤツラは息子のバカと違って、頭のキレるヤツラだ。

 表向きは国民に愛されるように善良ぶってやがる。

 だが裏では色々と何かをやってるのだが、それらが全部隠ぺいされてしまう。

 ヤツラを落とすのに十分な悪事の証拠を掴まなきゃいけない。

 それを見つけ出すまで、機械仕掛け(ギミック)の柱時計(クロック)は動くに動けない状態にある。


「それで話を元に戻そうか。ユカリにとってオマエは大きな支えになってるヤツなんだよ。そんなオマエがこんな状態じゃ、ユカリも動くに動けないんだよ。オマエに気を取られた途端に足をすくわれて、危険な目にあっちまう。オマエはユカリにとって重荷になっちまうんだよ」


 花音の表情が険しくなる。強めな言葉だろうが、この事はしっかり内に刻まなきゃならないから、オレは遠慮なく言い続ける。


「そんな邪魔になっちまうオマエをユカリの側には置いてやれねぇんだ。だから誘拐した」

「私が……ユカリちゃんの邪魔になってしまうんですね……」

「あぁ、そうだ。でも安心しろ。オマエの衣食住はちゃんと保証する。オマエを預かってくれる人たちは優しい人たちだ」

「……もう、会えないんですか? ユカリちゃんにも、家族にも……」

「それはオマエの努力次第だな。病気が治ればすぐにでも返してやる」

「私の努力次第……。どうすれば治せますか? この2ヶ月間、ずっと寝ても起きても、あの怖い……きお……く……」


 花音の表情が強張って行く。そして体が震えだした。

 オレは側によって正面に立ち、花音にしっかり聞こえるように言った。


「勇気を持て。それが病気を治す為に必要な物だぜ」


 MPプレイヤーをサイドバックから取り出してスピーカーから音楽を流してやった。

 それはオレのお気に入りにの曲『勇敢(ゆうかん)に立ち向かう心』と言うタイトルのJ‐POPだ。

 ただこれは未販売品だけどよ。


 日本で売られる音楽にも、色々と大神が規制をかけていやがる。

 大神に取って不利となる内容や、国民を大神から反感に掻き立てるような歌詞の入った曲は、販売禁止にされるし、ネット上で流してもすぐに規制されちまう。


 そんな未販売品なこの曲は、歌詞も曲調もオレはとても気に入っている。くじけそうになった時、この曲を聞いて助けられてきた事もある。

 っつうか、これは海流が高校を卒業する前に作詞作曲したヤツなんだよな。だから流通していないのに持ってるんだ。

 アイツはアイツなりに歌で日本を、大神の恐怖から勇気で立ち上がらせたいと思っている。

 この『勇敢に立ち向かう心』は裏ではかなり人気を浴びている曲だ。


「オレの気にいっている曲だ。花音の力になるのならと思って聞かせるぜ。そいつはオマエにやるよ」


 花音は(わら)をもすがる気持ちなのかそれを掴んで、曲を必死に耳に当てて気分を紛らわそうとしている。


 ガサガサッ! ガサガサッ!


 んっ? 外から風で動く音とは違う一定のリズムで同じ音がする。生き物の動く音がするのを感じ取った。


 窓からなるべく頭を出すことなく外を見ると、3人の子供の姿がある。

 1人はユカリだとすぐわかった。

 後の3人は……。あぁ、こいつの弟の健と……。もう1人は大神の目に不意打ちで矢を射った斎藤か。


 花音に近づいて、必死に耳を覆う手をそっと優しくどかした。


「ユカリたちが助けに来たぜ」

「えっ? ユカリちゃんが助けに……?」

「立てるか? 外に出るぜ」


 花音が立ち上がろうとするが見ていてフラフラしているので、腕を貸してやった。それに花音はしがみつきながら、オレの後に付いて行く。

 ゆっくりとした足取りでドアを開けて外に出た。


「お姉様っ!」「花音っ!」「姉ちゃんっ!」


 花音の姿を見た3人が同時に花音の事を呼んだ。


「大丈夫っ? お姉様っ!」

「花音っ! 体調はっ? 何か変な事されませんでしたかっ!」

「安心しろ。大事に扱ってるぜ。なっ」


 オレが花音に問うと、それに頷く。


「大丈夫だよ。何もされてないよ」


 それを聞いて3人が安堵(あんど)する。

 ユカリはオレの事を(にら)んだ。


「兄さん。なんでこんなことをした」

「その理由は手紙に全部書いてあっただろ。今さら言う必要はないだろ」

「私にとってお姉様が邪魔になんて、なるわけないっ! お願いっ! お姉様を返してっ!」

「書いていただろ。返してほしければ、オレに勝てってさ。交渉の余地はないぜ」

「兄さん……」

「これはオマエの為だ。オレの様な道を行くなら、それなりの覚悟を持ってきやがれ。そしてこれはそのテストだ。覚悟しろよ」


 オレはサイドバックから一口分のミックスジュースを取り出して花音に渡す。


「それを飲んでおけ。大事を取ってな」


 花音は言われたとおりにそれを飲んだ。そして姿を変えて行く。

 その姿は人ではあるがモコモコな毛を体にまとい、頭にぐるっとまがった角を持つ羊へと変わった。


「メェ?」

「これからバトルするのに、流れ弾なんかが生身に当たったらなんてあったら大変だからな。それにそれだと寒くはないだろ。後、これを持っておけ。しっかりとコイツらの戦いを見ておけよ」


 そう言って花音に渡したのは鏡だった。

 これはウィッチミラーと言って、ウィッチフィールド内であればドコも好きな場所を見る事が出来る鏡だ。

 こう言った広い場所で戦ったり、木々が邪魔してる場所だと観戦が難しいからな。

 観戦するにはこの道具はとても便利なアイテムだ。


「高いもんだから、割るんじゃねぇーぞ。まぁ、もらいもんだけどな」


 正確に言えば、悪いヤツから盗んだ代物だ。


 そしてオレは自分が使うミックスジュースを取りだした。


「このミックスジュースが何か分かるか?」

「……? 兄さんの得意な阿修羅(あしゅら)じゃないの?」

「違うぜ。コイツは昨日、大神のマジックリングを奪って、その中に入っていたアタッシュケースに入っていたミックスジュースだ」

「それって……、まさかっ!」


 そのミックスジュースを飲んだ。


「コイツを倒せな限り、オマエを認める事はできないぜ」


 そしてオレの姿はあの巨大な黄炎翼竜(ゴールドファイヤードラゴン)に変わった。


「グルルルルゥ、コイツは……」


 オレも竜タイプのミックスジュースを使った事はあるが、この内に感じるパワーは今まで使ったミックスジュースには無い感じだった。

 なんだこの力は? 自身の力とは違う、何かみなぎる力と最強と言う自信を感じる。

 これが大神家が使っている竜か……。何をしてこんな強いもん造れてんだよ……。


「あっ……、あぁっ……! ……っ!?」

「兄さんっ! なんでそれを使うのっ! しかも、お姉様の目の前でっ!」


 花音の様子を見ると、死をマジかに控えた死人のように生気を失っていた。


「言っただろ。これはオマエにとっての試練だと。そしてコイツへの試練でもあるんだぜ」

「竜なんて使わないで、兄さんの本気の阿修羅で戦えばいいでしょうっ!」

「それじゃ意味がないぜ。さっさとオマエラも支度しろ。それともこの姿のまま、コイツの目の前にずっと居させる気か? この姿のまま、コイツを連れ去っても構わないぜ」

「兄さんの……、兄さんのバカ!!」


 ユカリはミックスジュースを取り出して飲んだ。それに続くように2人も続いた。

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