ユウの書 第2話 ミックスジュース作り ― 1 ―
4時限目。
僕はあの後、調子が悪くなる事なく授業に参加している。
学校はあんな事があったのにも関わらず平常運転だ。壊れた校舎の廊下部分が通行止めになったくらいで、学級閉鎖にならない。
これくらいの出来事が起るなんて、過去に何度もあるから慣れてしまったからだ。
むしろ今、大神が居ない学校の方が平和すぎるので、皆がイキイキとしているくらいだ。
大神が学校を休む日は、そりゃもう皆大喜びだからなぁ。
それに今日の4時限目は、ウィッチポットだ。
これだけは絶対に休みたくない僕が好きな授業だからなぁ。
例え無理してでも授業に出たい。一応言うけど、ホント無理してないからね。
ウィッチポッドは、ミックスジュースの作り方を教わる授業の事だ。
これら自分で造ったミックスジュースは、オリジナルミックスジュースと言われている。
ミックスジュースは市販で売られているのもあるが、アレらは平均的に安定した能力のメタモルフォーゼをする事が出来る大量生産された物だ。
材料を1から集めて自分で造るより手間暇が省けるし、失敗したら今までの努力が水の泡になるのを防げる他、価格が一定である為に人気が高い。
しかしオリジナルミックスジュースの利点は材料の善し悪しや、作る人の技量で、その能力が上下もする物なのだ。
簡単に言えば市販で売られている馬のミックスジュースより、オリジナルミックスジュースの方が、上手く造れば強くなると言う事だ。
僕はこのミックスジュース造りがもう大好きで、この授業は楽しみでしかたない。
それは直美先生とのミックスジュース談義が出来るからでもある。
「はぁ~い。みんなぁ、お待たせ~」
少し間延びした口調で、のんびりとした動きでウィッチポット実習室に入ってきたのは、藤枝 直美先生。
今年で教師歴2年目の23歳。独身。実家暮らしで、僕の家からもさほど遠くない。
ミックスジュース研究オタクで、これまであれだこれだとミックスジュースを熱く語り合って来た仲が良い先生だ。
そして海斗兄ちゃんが惚れている人である。
「あららぁ? いけないっ! 出席簿を机に忘れてきちゃったぁ」
またか。直美先生は、どこか抜けたところがあるんだよなぁ。
「な、直美先生っ! これっ! 忘れ物ですよ!」
そう言って調理実習室のドアを開けて入ってきたのは小林先生。
「わぁ、それだぁ。ありがとう~♪」
「い、いえっ、それじゃっ!」
「あぅ、そうだぁ。お礼に今日のおやつに作ったクッキー食べてくださいよぉ。机の上にありますから、好きなだけ持って行ってください~」
「あ、いえ、あ、あのっ! はいっ! ありがとうございます! 頂きますっ!」
おー、良いポイント稼ぎじゃないか。ここは支援爆撃をばっ!
「ヒューヒューっ! お熱いねっ!」
僕がそう騒ぎ立てると、こう言う事が好きな女子たちもキャーキャーと黄色い声を上げて盛りたててくれた。
まぁ、ただの冷やかしであるなこれ。
「ばっ、ばかっ! ユウくんっ!」
海斗兄ちゃんが僕をキッと睨んだ。
「あらまぁ? 暑いですか? もう春だからねぇ。暖かいけど、なんか蒸しっとするよね。冷房つけちゃおっか」
ガクッ!
ダメだ。なんかいつものパターンでかわされてしまった。
賛同してくれた女子からも、あーあ、っと呆れた声が聞こえてくる。
そうなんだよなぁ。直美先生って、なんか恋愛沙汰に疎いんだよなぁ。
天然だからか、ズレタ思考をしている。
「そ、それじゃ私はこれで……」
「あっ! 小林先生っ! わたしが好きな干しブドウ入りクッキーはぁ、あんまりとっちゃイヤですよぉ」
「わ、わかりました」
海斗兄ちゃん……。がっかりしたような溜息で出て行ったな。
「えーっとぉ。それでは~、今日の出席だよ。休んでいるは人手を上げて~」
そしてこのお決まりのボケだ。
この授業を受けて何回か立つけど、この出だしはいつまでたっても変わらない。
「あらら? 大神君がいないね。ばってんっとぉ」
しかし生徒を一瞬見ただけで誰が居ないかすぐにわかるところがすごいと思う。
直美先生は全生徒の名前と顔を全て覚えていると言う凄い特技を持っている。
なんかぽやぽやっとしてて、凄いところは天才と言う。
父さんが言うには、こう様にどこか間の抜けた人物が、意外なところに才能があるのが多いから、探しやすいとも言っている。
「じゃぁ、今日のミックスジュースはぁ、牛さんでーす」
パチパチパチと拍手し始めるので、皆も空気を読んでか拍手する。
「牛タイプのミックスジュースはぁ、その力強さとスタミナが多いメタモルフォーゼです。土木建築などの力仕事で、このミックスジュースはよく使われています」
そして授業が始まる。
ぽやぽやっとした直美先生なのだが、授業の説明になるとしっかりと説明してくれる。
しかも教科書や何も見ずに、自分が知っている知識を分かりやすく言う。
そう言うところ見てるとやっぱり先生なんだなぁって思う。
「また、牛タイプの中に闘牛のミックスジュースがあり、この闘牛は戦闘時にはパワータイプの中で一番扱いやすい事で、メタモルバトルでの初心者に好まれています。闘牛は人気も高く、シンプルながら熱いバトルが出来る為に、闘牛同士でバトルをする闘牛バトルも、世界各地で愛されています。今年も開かれる闘牛メタモル大会もわたしは楽しみにしてるんだぁ。あの激しく激突し合うスリル、押し合いの戦いは、もう先生興奮しちゃうよぉ」
直美先生は熱くなると自分の感想が時々混ざってくる。
みんなはそんな先生を見て、ははっと乾いた笑いをして、直美先生を見守る。
「今朝の小林先生って牛タイプ使ってたなぁ。アレ、カッコよかったなぁ……」
えっ?
全員がその突然の言葉に呆気にとられる。
「でね。牛タイプのヒューマン型には、今朝の小林先生のようなミノタウロスが一番有名です。大昔のヨーロッパ各地で引き起こった戦争では、ミノタウロスによる歩兵が一番の割合をしめしていました」
さっきの言葉が嘘のように授業が進んでいく。
なんだったんだ一体?
しばらく今回作る牛タイプのミックスジュースの説明が続き、そして次に実習に入る。
「それじゃ皆、ウィッチポットの用意してねぇ」
そして皆がカバンの中から出したそれぞれ個性のある鍋を机の上に披露していく。
僕のは銅鍋の見た目はシンプルで、特徴と言った物が無い基本的な物だ。
ウィッチポットの見た目も人それぞれ自分の好みが分かる物だ。
デザインや質ではミックスジュースの性能は変わらないけれど、銅鍋だったり鉄鍋、中には黄金で出来た鍋や、宝石装飾された鍋とかもある。
一般的には銅鍋や鉄鍋が普及されているが、お金持ちなら黄金の鍋だとかが自分のステータスになるので使っているな。
そんな金鍋を使ってる大神は、事あるごとに自分の金鍋を自慢していたな。
……でも、アイツがそれを使って造ってるところ見た事ないなぁ。
まぁ、アイツの場合はミックスジュースを自分で作るより、自分の家の会社が作った物を使用するからいらないか。
大神はウィッチポッドの時間はサボってどこかへ行ってる。
まぁ、今日は大神は居ない方だけど、この時間は大神が居ないのは確実なので、僕はとても喜んでいる。
大好きなこの授業に大神なんか加わったら、気分悪くなるからなっ!
「それで、今回の材料はこちらでーすっ! じゃじゃーんっ!」
そう自分で効果音を付けて、先生のテーブルに山になっていたカーテンの幕をとると、本日使う食材が並べられていた。
それらは一般的にも買えるし、スーパーや野菜売り場で見かける物ばかりだった。
牛乳、キャベツ、大根の葉っぱ、リンゴ、カエルの卵、紫ムカデの日干しが並べられている。
後半に上げた物は、そんな物が混ざった物を飲むのかと思われるだろうが、混ざってしまえばもう味も見た目もどんなミックスジュースでも一緒なので普通は気にしていない。
まぁ、中にはやはり抵抗ある人はいるにはいる。
しかし、ミックスジュースは日常的に使う物でもあるので、好き嫌いで気にしていたらやっていけない。
ある程度、今からでも慣れておかないといけない。
だからこそ、この授業がある。
生徒は各自、教科書に載っている配合分の量の材料を集めていく。
女子の中にはカエルの卵と紫ムカデの日干しでギャーギャーと騒いでいるな。
「ここで1つ、先生からのワンポイントアドバイスだよぉ。牛乳の量を多くすれば、その分おっぱいが大きくなるよ。試してみてねぇ。男子には効果はでないけどぉ」
その言葉を聞いた女子たちの目の色が変わった。
女子たちは牛乳に我先と群がっていった。
おいおい……、あんなに取っていったらまだ牛乳を取ってない人たちの分がなくなるだろ。
「そんなに慌てなくて大丈夫だよぉ。この為にいつもより沢山用意して上げたからねぇ」
先生はニッコニッコと楽しそうにその光景を見ている。
「うふふっ♪ また成功だぁ」
直美先生の傍に居た僕の耳に、小さくながらその小悪魔的な笑い声が聞こえてきた。
「直美先生……、やってくれたね」
「あらぁ? 木花君はわかっちゃった?」
「どうせ大きくなっても牛のおっぱいでしょ。見た目が牛のメタモルフォーゼなんだから」
「そうだよぉ。こう言う失敗をして、ミックスジュースの配合の楽しみを知るのもいいでしょ」
「そうですね。僕も何度失敗を繰り返した事か」
「木花君は勉強熱心だから、先生感心しちゃうなぁ」
「家が喫茶店をやっていると、こう言う創作系が趣味になるだけですよ」
「今日もまたぁ、自分で考えた配合してみるの?」
「そうしようかと思ってます。すみません。ちゃんと授業内容に沿った勉強をしてなくて」
「ううん、いいのよぉ。木花君は教科書に載ってるミックスジュースをもう全部作っちゃってるもんねぇ。同じものを教えた通り作るのはつまらないのぉ、先生がよくわかってるもの。探究心が抑えきれなくて先生もね、よく授業で教えられた配合量を変えて実験してたんだからぁ。だから木花君は自分なりに考えたミックスジュースを作ってね」
「ありがとうございます。今回作ろうと思っているのは、通常よりも体長を大きく出来る調合方法を試してみようと思っています」
このウィッチポッドの授業では、僕は他の教科書通りに作る生徒と違って、自分の考えた配合をする事を許されている。
僕は小学校に入る前から家で、小学生で教わるミックスジュースは全て自宅で作ってしまったのだ。
直美先生はその事に関して、すごいねって感動していた。
今じゃ僕は、直美先生と一緒にミックスジュース研究の助手的な事をしている。
そんな僕の事を認めてくれた直美先生に感謝している。
「んーっと……、世界記録の大きさはぁ~……」
直美先生はパソコンで調べ物をする。
「男性の牛タイプ最大サイズ新記録は、現在の記録じゃ体長742センチメートル。体重は263キログラムだね。記録に届くかなぁ?」
「デカイなぁ……。そんな記録抜けたら、大ごとですって。とりあえず4メートルは目指してみたいです」
「頑張ってねっ!」
「はいっ!」
っと言う事で僕はその場から立ち去ろうとした時。
「先生、申し訳ありません」
僕たちの話が終わったのを見計らって、直美先生に声を掛けた金髪の女子が居た。