ユウの書 第2話 アクティブシア ― 3 ―
「それじゃ行くよ。息はなるべく浅く呼吸するようにして、体を細くしていくんだよ」
僕はシアを引きながら、人の群れへと入って行った。
「どうもぉ、すみません。すみません。あっ、ありがとうございます」
最初は無理に入って行けばどいてくれるので楽だったが、奥側に付くとちょっと押しても押し返されるようになった。
さて、ここをどうクリアしていくかだな。タイミング良く僕の方へ帰る人がいれば、その隙間に入り込みたいんだけど……。
かなり強引だが、両手を隙間に埋めて広げると言う方法もある。かなり迷惑だけどね。
だけど片方しか使えないからそれも無理か。
僕は1度シアの方へ声を掛けた。
「大丈夫? 無理そうなら戻ろうか?」
まだまだ序の口なくらいだが、この人だかりにやはり慣れてなさそうで、身を縮こませて必死に耐えている。
「だ、大丈夫です! それより進むのが止まりましたが、どうしましたか?」
「こっから先がもう押し合いだよ。下手な事があればひじ打ちされたり、足を踏まれたりするよ。もし変なところを触ってくるバカなヤツがいたら、その手をつねっても構わないからね」
「本当に乱闘ですわね」
「結構無理に行けば行けそうだけど……。行けるか? いやぁ……、シアが離れたらヤバいな」
「…………やはり、こうする方が得策ですわ」
シアを見ると決意したように僕に近づいてきた。そして僕の腰へ腕を絡めた。
「え? シア?」
「こうした方が楽ですわね。遠慮なく行って下さい!」
シアは力強くしっかり抱きしめて来た。
女の子特有な柔らかい感触が背中に伝わって来て、ドキドキしてくる。
「わ、わかった! ガンバっていこう!」
「はいっ!」
僕は両手を人の間に隙間に突っ込んで、そしてぐいぐいと押し入っていく。
後もう少しのところまで来ると、6年生や5年生の上級生が殆どだ。
少し背が小さい僕らはその上級生たちに埋もれ、割り込んでくる仕返しのひじ打ちを顔などに受ける。
シアも僕の背に顔を必死にうずめて押しあいに耐えている。
「ん? えぇっ! 小田桐さんっ!? なんでここにっ!?」
「ん? おぉっ! 平沢っ! 生きていたか!」
戦場の中で出会った友。平沢は横に必死に移動しながら僕たちへと近寄った。
「なんで小田桐さんがいるんだよ!」
「行きたいって言ったから連れて来た!」
「んな無茶なっ!」
「ガンバってますわよっ! あと、どれくらいでつきますのっ!」
「後3メートル程抜ければいけるよ! ガンバれ!」
「わかりましたわ!」
シアは必死に僕にしがみつく。
「……ちきしょーうっ! 祐定っ! 俺が隙間を開けてやるから、入ってこい! 小田桐さんをしっかり連れてこいよっ!」
「わかった! サンキュッ!」
祐定が崩れそうに無かった壁を強引に割って入ってく中を、僕は後ろからついて行く。
割って入ってきた平沢に、何だコイツと言わんばかりにひじ打ちをくらわしていくが、それにめげずに平沢は突き進んで行ってくれる。ホント、健気だなぁ。
「いてっ! いたっ! えぇいっ! どいてくれっ!」
平沢の努力もあってか、やっと購買前にたどり着いた。
僕と平沢はシアを挟んで守るように囲った。
「シアっ! 好きな物取って買うんだ! 早くっ!」
「は、はいっ!」
そう言われてシアが掴んだのは、女子に人気のフルーツクリームパン。
購買の中でも人気が高い3大パンの1つを手にするとは、偶然か?
「僕はチョコドーナツを2つっ! そしてバナナチョコパンをぉーっ!」
3大パンには入ってないが、美味しい事は美味しいので後から買いに来ても売り切れるこのチョコドーナツ。滅多に食べられないから買って行って上げたら喜んでくれるぞー。
バナナチョコパンはまぁ、慌てなくても普通には買えるが来たからには取ってくぞぉ!
「よっしゃラッキーっ!」
そして平沢はその3大パンの1つを手に取っていた。
ソースコロッケ焼きそばDXパンだ。これは本当に最初に早めに来るか、奪いあわないと取れない人気のパンだ。
コロッケと焼きそばがセットになって入ってるボリュームのあるお得なパンだ。しかも値段は両方の値段を足した訳ではなく、定価の280円で激安だ。しかも限定7個しかない。
この7個限定のDXパンは、他のパンの中に埋もれて隠れている事が多い。
だからと言って探そうと他のパンを掴んでどけようとすると、掴んだ物は買わなきゃいけないルールなので、後から来た人でもチャンスがあれば手に入れる事ができる。
「くそっ! そんなところにまだあったのかっ! それをよこせぇーっ!」
「うるせぇーっ! 盗られてたまるかぁっ!」
同時に同じ物を掴んだ、または掴んだのに盗られた場合は、おばちゃんにお金を私た人の勝利だ。手にした物はお金を払うまで必死に守り抜かなければならない。
そしてこっからだ!
「お姉さんっ! DXパンだっ! お姉さん! お姉さんーーーっ!」
「お姉さん! こっち! 頼みますーっ!」
「お、お姉さん?」
必死に腕を伸ばして小銭を渡そうとする僕たちを見て、戸惑うシア。
「とにかく小田桐さん。お金出してっ! お姉さん! 今日はかよわい女の子がいるから、早く頼みますっ! お姉さんーっ!」
かよわい女の子って言葉に反応してか、他の学生たちのお会計をしていたおばちゃんがこちらを見た。
「おや、本当だね。こんな場所に似合わないような女の子がいるねぇ。顔色が悪いけど大丈夫かい?」
「が、ガンバってますわ! お会計ですっ!」
シアがポケットから沢山の小銭を取り出した。おばちゃんが差し出した手に小銭をバラバラと乗せて行く。
見た限りは小銭を計算せずに適当に出したな。
「はい、フルーツクリームパンだね。264円お返しだよ」
おばちゃんはあっという間に手に載っていた小銭を仕分けて、シアの手に戻した。
「こっちはちょうどですよ!」
「僕もですっ!」
僕たちもおばちゃんの手に小銭を落として行く。
「あいよ。毎度あり、ガンバって守ってやんな。ほらそこっ! 1度掴んだ物を戻すなっ! ちゃんと買えっ! 見てたよあたしゃぁっ!」
おばちゃんは次のお会計に向かって行った。
「よし、脱出だっ! また俺が切り込んで行ってやる!」
「そうか! シア、平沢に掴まっていって! 僕はシアの後ろから守るように行くから!」
「え? わ、わかりましたわ!」
「え? えぇっ! いいのか!? いいのですかっ!? 俺ですよっ!」
「平沢の方が慣れているし的確だ! 頼むっ!」
「は、はいっ! よろしくお願いしますわっ!」
「わ、わかったぁーっ! しっかり掴まっていてください! 小田桐さん!」
シアに抱きつかれた平沢が今までにない程、張り切って人を割って突き進んでいく。
僕はシアを包み込むように腕を平沢まで廻して、体をかばいながら行く。
抜ける方は割と簡単な方だ。みんなも中に人が詰まってるより、早く出てって人数減らしてほしいから、出る人には割と隙間を開けてくれやすい。
シアでもどいて下さいと言いながら進めば通してくれるくらいでもあるが、せっかく平沢もガンバったんだ。平沢に良い思いさせてやらないとな。
行きよりあっという間に出られた僕らは、ふぅーっと一息ついて購買の群れから離れてた。
「いやー、疲れたわ。久しぶりに購買に来たけど、相変わらずだな」
「ま、まさにイモ洗いとはこの事を言うのですね……」
「へへっ、まだまだだぜ。雨の日になんかなると、これの6倍は混雑するんだ」
「外に食べに行く人が加わるんだよねぇ。みんな雨に濡れて外に出たくないものなぁ……」
「6、6倍ですか……。お弁当のありがたみが分かりますわね」
「どうだった? 購買初デビューは?」
「えぇ、良い経験になりましたわ。ワタクシもまだまだですわね。もっとガンバらねば、あぁ言う方々に勝てませんわね。世界は広いですわ」
「いやいや、アレに張り合っても何の経験になるんやら」
「そうでもありませんわ。もし大災害が起こった時、民衆は混乱し、食料を求めて争奪戦になりますわ。その時は人に優劣なく、生きる為に食べ物を奪い戦いますわ。今のワタクシではそれを見るだけ手を出せず、飢えて死を待つだけです。なのでこのような事でも勝てるようにガンバって強くならねばいけないです」
「まぁ、そう言う事もあるかもね。でもさぁ、そう言うの嫌だなぁ。僕ならなんとか民衆の争いを沈めて、互いに平等に譲り合い、助け合いながら問題を解決へと導きたいな」
「そう言う考え方も良いと思いますよ。実にユウくんらしくて。でも時には身捨てなければいけない現実もありますわよ。残された食料が豆1粒に対して10人いる。分けられない食料の中、人は助け合いが出来ますか? 生き残る為に周りの9人を犠牲にして、その豆を食べるのに身捨てなければいけませんわよ」
「その10人でどうにか食料確保する為に助け合って、食料の捜索を選択するよ。豆は二の次にする」
「その食料さえ見つからない状況では?」
「だったら、豆1粒ぐらい残してみんなで死のうよ。1人残って少ししか生きられない上に自分も絶対に助からない命だったら、いがみ合わずにみんなで仲良く、涙を流しながら死にたいよ。1人残ってみんなの死を見て悲しんでいる時間をもらうより、一緒に死にたくないか? それに1人寂しく死ねるより、みんなで死ねた方が運が良かったと思って笑って死にたいね」
「……まぁ」
僕の答えにシアが目を丸くした。
「ワタクシは醜い質問しましたわ。申し訳ありません」
「ん? そんなことないよ。大事な質問だったよ。僕の考え方もあるけど、その中には誰の犠牲でも払ってでもいいから、自分だけ生き残りたいって選択をする人もいるさ。誰かの為に豆を譲って、少しの時間でも生きる時間が延びる事に喜びを持つ人もいるし。僕の答えが1番の回答って訳でもないよ」
「ユウくんって、本当に面白い人ですよね」
「変わり者と自覚はしている。周りによく言われるからねぇ……」
「えーっと……」
おいてけぼりにされている平沢が、おずおずと僕たちの間に入ってくる。
「とりあえず行かないか? 李奈たちが待ってるだろうからさ」
「そうだね」
僕たちは李奈たちが待つ、庭園へと向かった。




