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ユカリの書 第1話 殺戮ショー ― 4 ―

 大神との戦いの悲劇から一夜が明けた病院にて。

 私は学校を休んで、病院のベッドに横たわるお姉様の隣にいる。


 アレからお姉様は、気絶したまま目を覚まさない。

 先生が言うには命には別条はなく、酷い疲労と精神的ストレスから、深い眠りに付いているだけと言う。


 もう27時間は経とうとしている。

 このまま目が覚めないでいるのではないか。そんな不安に駆られていく。


「お姉様……」


 私はお姉様の手をとって、両手で握りしめる。

 起きてください。私たちみんながお姉様の無事を祈っています。

 他の2人は無事でした。

 斎藤はお姉様の隣のベッドで休んでおられます。今から8時間前に目を覚まし、体調がまだすぐれないと言う事で、静かに今寝ております。

 北島は試合が終わった後、気絶や後遺症などはなく、1日休んで元気になりました。

 今は学校で通常通りに生活しています。


 後はお姉様だけです。みんながお姉様のご無事な姿を今か今かとお待ちしています。

 あの明るく、いつも笑顔を絶えまなく見せる元気な天然ボケのお姉様を、みんなが待ち望んでいます。

 そして私にいつものように遠慮なく抱きついて来て下さい。

 髪の毛をくしゃくしゃにしてまで、撫でてもらっても構いません。

 お姉様、どうか起きてください。

 お願いします。どうか、目を覚まして!


「……あ?」


 手を握っていたお姉様の手が、今動いたような気がした。


「お姉様? お姉様!」

「……ん」


 お姉様の顔を見ると、首が横に動いた。


「どうしました? ユカリさん」


 隣で寝ていた斎藤が、こちらのカーテンを広げて入って来た。

 もう立ち歩いてもしっかりしているので、斎藤はもう大丈夫だろう。


「お姉様が今、動いた」

「少し眠りが浅くなってきたってことでしょう。もうじき、起きられますね」

「……う、うぅ……っ」

「あぁ、お姉様。しっかりしてっ!」

「余り無理はさせないで、静かに見守った方がいいでしょう」


 斎藤が私の隣に立ち、肩をたたく。

 少し焦ってしまった。

 今までお姉様を見てきて動きが全くなかったので、つい興奮してしまったようだ。


「……っ! イヤッ! うぅっ! あっ!? イタイッ!」

「お姉様?」

「花音?」


 お姉様の寝言が、先ほどよりしっかりとした口調で、そして表情が苦しそうになっている。


「これは大丈夫なのか?」

「ナースコールを押しておいた方がいいかもしれません」


 そう言うと斎藤はナースコールのボタンを押した。


「しっかりして下さい! お姉様、どうしましたか?」


 私はうなされるお姉様の手をしっかり握った。


「やめてっ! やめてよっ! いたいっ! うっ! ぐあっ!? あぁっ! うぅっ!」


 お姉様の手が力強く私を握ってくる。

 そして腕を振りまわし始めて、私の手からバッと離れる。

 両手が空を切り、両足をばたつかせている。そして体を必死にひねっている。

 お姉様は意識を失っているのに、何かに操られているように動き、暴れまくる。とても不気味な光景だった。


「お姉様っ! しっかりしてっ!」


 お姉様の上に(おお)いかぶさって、暴れるのを止めようとする。

 しかしその力は尋常じゃない力で暴れていた。

 身軽な私はお姉様に突き飛ばされて、床に尻もちをつく。


「ユカリさんっ!? 大丈夫ですか?」


 斎藤も足の方を必死に抑えている。


「大丈夫っ」


 尻の痛みも忘れて、お姉様に再び飛びつく。


「花音っ!? 何これ、どうしたのよっ!?」

「これはっ!? どうしましたか?」


 廊下にいた杏里お母様と看護師が、騒ぎを聞きつけて駆けつけて来た。私たちの状況を見て驚いていた。


「急に暴れ出しまして!」

「ちょっと、誰か先生を呼んできて! 鎮静剤(ちんせいざい)もっ!」


 看護師が廊下の方でそう叫ぶと、お母様と看護師の人も加わってお姉様を抑えつけ始めた。


 先生が駆けつけてくると、鎮静剤を用意してきて、お姉様の点滴に打った。

 しばらくして、お姉様は静かにまた寝息を立て始めた。


「先生、花音はどうしたのですか?」


 お母様が先生にそう問い詰める。


「詳しく検査しないと答えはでませんが……。痛いとハッキリ言葉を発したりしているところからすると、戦いの後遺症と思われます。酷い苦痛を味わうと、それは記憶にハッキリと残ってしまい、フラッシュバックすると、その時の痛みが体に走るようになります」

「私と一緒と言う事ですか?」


 斎藤が先生へ質問する。

 斎藤も起きた時に、酷い寒気と恐怖で落ち着きがなかった。

 睡眠薬を投与してもらい、また一眠りして、今は前より表情が良い。


「そうですね。ただ、気を失ってここまでハッキリとうなされるなると、斎藤さんよりも重症と思われます」

「そんな……。どうにかならないのですか?」

「時間が経てば、記憶から少しずつ消えて自然と治る方もいます。しかし、一生それを引きずる人と、個人の差が激しく出ます。長引けば長引く程、私生活にも影響しかねません」


 嘘っ……。そんな……。お姉様が……。


「薬を使って、症状を抑える事が出来ます。ただし、余りお勧めしません。服用量によっては薬の効果が切れると、酷い倦怠感(けんたいかん)が襲って来て薬に頼りきりになる生活になります。余り薬を多用しすぎると薬の効果も体が対応してしまい、全く効果が出なくなります。そしてもう1つの方法は、自然と治るのを待つ事ですが、ご家族の努力が必要になります。しっかり話しかけ、見守ってあげる事を1日中休まずに行う必要になります。しかしそれでは余りにも負担になりますので、両方を効果的に両立させていく方がいいでしょう」


 それからお姉様が目覚めたのは、5時間後。


「……ここは……どこ?」

「花音っ! 目を覚ましたのね!」

「お姉様ぁ!? あぁっ! お姉様っ! 斎藤っ! お姉様が目を覚ましたっ!」


 退院の支度中だった斎藤のカーテンをばっと開けた。

 どうやら私服に着替えていた最中だった。


「ちょっ!? 着替えてる最中に開けないでくださいっ!」


 シャツの前ボタン全開なところに控えめなブラジャーが覗き込んでおり、ズボンを上げようとお尻を突き出したポーズでいる斎藤がそこには居た。


 斎藤は慌てて着替えて、こちらにやってきた。


「私……、どうしてここにいるの?」


 うつろな目で、私たちを見るお姉様。


「えっと……」


 その質問にみんなが答えを出しかねている。

 言って良いのだろうか。大神にやられて気絶してここにいると。そう言ったら、あの恐怖を思い出してしまうかもしれない。


「私は……確か……、大会に出て……」

「思い出さなくていいのよ。それより、具合はどう? どこか体調が悪いところがあったら言ってちょうだい」

「……竜がっ! 牙が体にっ!」


 お姉様の表情がみるみるのうちに青ざめて、手をガタガタと振わせて顔を覆った。


「イヤッ! イヤァーッ!?」


 お姉様は叫び声をあげてうなされている。


「大丈夫よ。もう終わったのよ。もう安全だからね」


 必死に(なだ)めるお母様。


 私は……。


 歯が折れるんじゃないかってくらい歯噛みし、怒りを必死に抑えている。

 大神……。お姉様をこんな姿にしやがってっ!


 しばらくしてようやく落ち着いたお姉様。

 会社から直接こちらに来たお父様と、健と一緒に来た北島が、お姉様と会う。

 北島の無事を見てよかったと笑顔を見せるが、かつてほどの明るく、魅力的な笑顔が無い。

 顔がやつれ、不安におびえる表情。

 その姿を見て北島も全てを理解したのか、大会の話は一切しなかった。

 学校から持ってきた生徒たちからのお姉様と斎藤への手紙を読み上げたりして、その場の空気を和やかにしてくれた。


 それからお姉様が退院したのは後日。

 病院で診察してもらってから退院許可が下りて帰宅した。

 結果は先生が言った通り、メタモルバトルの酷い後遺症によるものだった。


 その日も平日の学校だったけれど、お姉様は休みをとった。

 目の下にはとても大きく広がったクマができていた。


 薬を飲んでしばらくの間は元気に動き回って、読書や庭を散歩したりしているけれど、効果が切れる時には椅子にずっと座って、ぼぉーっと同じテレビを見ているのか分からない程、ずっとその場にいるだけの無気力状態になる。


 声を掛けても、こちらからハッキリと正面向かわないと、存在すら認知してくれなくなる。

 抜け殻のような状態なお姉様になってしまうので、授業を受けさせる事ができない。


 そして薬の効果が切れた時にやってくる、あの時の事を思い出して、身を縮込ませて恐怖に体を震わせている。

 寝ている時にもそれが突然起こり、私がその場をなんとか看病していたのだが、寝不足に疲労する私の体を心配して、私に別部屋を用意してくれた。

 そんな物、今さらいらないし、お姉様の側で看病したいと言ったのだが、正論を色々と言われて、私は説得に応じてお姉様と別部屋で寝る日々が続いた。


 日が経つにつれてだんだん弱々しくなり、疲れ切ったお姉様は家の中でしか、歩き回ることがなくなった。


 唯一の私たちの救いは、お姉様が私たちを拒絶することなく、むしろ頼ってくれる事だった。

 私がお姉様の側にいくと安心したように表情を和らげてくれて、私をぎゅっと抱き寄せて放さない。

 不安でいるその心に、私が側にいる事で安心を与えられる事ができるのなら、それは私の喜びとなり、お姉様を助けたい力となる。

 家族みんながしっかり支え合ってお姉様の回復を見守っていった。


 私が小野寺家に助けられた時と同じで、この家族の絆は本当に強かった。

 この絆の強さだけは、大神がどんな事をしてこようが、その竜の爪で切り裂く事が出来ない強靭(きょうじん)な絆だと感じた。

 私は小野寺家の一員になっている事を誇りに思った。

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