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ユウの書 第1話 咆哮の黄炎竜 ― 3 ―

『しょく――――――ピギィィィィィィィィィンッ!!!!!!』


 突然マイクがハウリングを起こして周りの人たちは一斉に耳を塞いでいた。

 よく聴こうとしていたウサギの耳には堪ったもんじゃないうるささだった。


「ぐあああぁぁぁ、マイク使うなんて聞いてないぞぉぉぉっ!」

「耳が痛いのっ! キーンって痛いのぉーっ!」

「ふざけんじゃないわよ大神っ! だからアイツ嫌いっ!」

「くそぉーっ! 大神のバカ野郎ーっ!」


 キーンと耳鳴りが響く中で、大神たちの会話を聴いて行く。


「ったく! 放送クラブの連中めっ! 今度クラブ予算を減らしてやるっ!」


 あの中心にいてキザな男子が大神だ。

 アイツは本当に色々と問題をやらかす危ないヤツだ。


 大神は再びマイクのスイッチを入れた。

 やばいっ! ウサギの耳を集中力と向きを変えないとっ!


『あー、あー……。んぅっ! 諸君っ! この俺の為に集まってくれてありがとう。今回の戦いは茶の木小学校ナンバー4の森井ではなく、このナンバー1の大神 賢寺が戦う。諸君らはこの俺の戦いを目の前にして見れる事を感謝したまえっ!』


 はぁ……。また始まったよ。自己中心的な目立ちたがりな発言が……。


 パチパチパチパチ……。


 これだけの生徒がいて、一部分だけから拍手と声援が送られる。

 この学校の8割は、大神の事を良く思ってないからな。


『ふぅ……。小さいぞオマエラっ! この大神家こそがこの茶の木小学校を有名にさせたのだぞっ! 言わばオマエラの英雄なのだっ! ちゃんと称えんかっ!』


 ワーワーヤンヤヤンヤーっ! ブーブーッ!


「誰がアンタみたいな傲慢(ごうまん)チキをほめるかってのよぉーっ!」

「そうだそうだっ! 耳が痛いんだよっ! もっと静かにしゃべれっ! 近所迷惑だっ!」

「家に帰れなのーっ!」


 僕たちも外野の声に合わせて文句を言う。

 もし自分たちが言ったら何をされるかわからないが、こうも大勢が罵声(ばせい)を放っていたら全員を制裁しきれない。

 ここぞとばかりに文句を言い放って行く。


 その声を聞いて大神はヤレヤレと頭を抱えた。


『これだから凡人は……。いいだろう。キサマラにこの俺の実力を教える良い機会だ。今年入学してきた新入生にもこの俺の強さを見せ、我が校には素晴らしき力を誇る大神が居る事を見せるデモンストレーションではあったのだが……。君たちに再確認させてあげよう。この俺がナンバー1だとっ! 敬い、慕える、俺が頂点に立つ存在だと言う事を思い出させてやるっ!』


 あんなヤツに慕う気も無いし敬いたくないわー……。


「なんでここまでバカなのかしらねアイツって」

「1年生からやりなおした方が……。いや、もう手遅れか」

「生まれ直した方がいいの」


『さて……。今回、この俺へ果たし状を送ってきたキミの紹介をしたまえ。なるべく詳しく、敗者となるその名を、皆の記憶に刻まれるようにな』


 大神は隣にいた下僕の三宅(みやけ)にマイクを手渡した。

 そして決闘相手であるユカリの元に届けた。


 あっ、そう言えばユカリの事を考えていたんだっけ。

 あんまりの大神のインパクトが強くてすっかり忘れていたな……。


「って、おぉっ!?」


 ユカリがマイクをひったくるように奪うと、それを大神に向かって投げつけた。


「っ!? いたっ!」


 顔面にマイクは当たった。


「ご託はいい。さっさと戦え……」


 ユカリの表情はそりゃもうイライラモードだった。


 そりゃそうだな。

 大神をこちらは1年の時から見慣れているから、大分体勢が付いたけれど……。

 そんな慣れてない人があんな間近であんなの聞かされたらブチ切れたくなる。


 ユカリはミックスジュースを手にとって(ふた)を開けた。


「このっ! 無礼なヤツめ……。良いだろう。キサマの事は後で桜咲小学校へ聞きだして、この無礼も含めた俺への恥を、地域新聞社へ掲載させてやろう。教えてやろう。その校門前にいるのは、その記者たちだぞ。この俺の勇士を語らせるべく手配させたのだ!」


「飲まないのならこっちから始める」


 1回分の変身が出来る小瓶のミックスジュースを飲みほした。

 カラになった小瓶を三宅に向かって投げつける。


「いてっ! 何しやがるっ!」

「片づけておけ……。はぁ……っ!」


 そして白い煙に包まれ、ユカリの変化していく。

 姿を現したユカリは、漆黒の羽織を身にまとい灰色の袴を履いていた。頭には白色の鉢巻き。

 黒髪だった髪が血を浴びたように真っ赤に染まりあがり、長い髪の毛を後ろ束にしてまとめ上げている。

 見た目から推測するに、アレは侍の能力を持ったミックスジュースだな。


 ミックスジュースの中には、僕たちの様に動物の能力を持つ物以外に、見た目が人間のまんまなのもある。

 侍、格闘家、忍者、魔法使い、スピードランナー……。

 それぞれが異なる特殊能力を持っていて、動物系ミックスジュースに引けを取らない実力を持っている。


「誰もが扱いやすい低レベルなミックスジュースだな。俺に挑戦してくるからもっと期待したものを想像していたのだがな。少しは派手に見せ場を作れる舞台にしてくれよ」

「知るか」


 ユカリの目の前がキラリと光ると刀が現れた。それを腰に刺した。


「では、俺もお見せしよう。本当のプロが扱う地上最強にして無敵の生物、竜の姿をっ! この俺のメタモルフォーゼ、黄炎竜(こうえんりゅう)をっ!」


 下僕に持たせていたアタッシュケースを開けると、色々とミックスジュースが並ぶ中で、1本の小瓶を手に取った。それをグイっと飲んで瓶を投げ捨てた。


「フハハハハッ! 恐れよっ! そしてひれ伏せっ! 最強たる竜の前にっ!」


 大神を包んだ煙が瞬く間に大きくなっていく。

 10メートルくらいの大きさまで膨らむと煙の隙間から黄色の鱗が見えた。


「グルアアアァァァァァァッ!!」


 その咆哮(ほうこう)と共に煙が周りへ吹っ飛び、形全体が露わとなった。


 大神がなったのは、4つ足で翼が無い、1番よく見られる竜タイプだ。

 しかし大神がなった黄炎竜(こうえんりゅう)は、製造法が確認されているミックスジュースの中にはない、大神が独占しているオリジナルの竜だ。


 竜タイプはメタモルフォーゼの中でも、攻撃力、防御力が格段に高い能力を持っている。

 例え使用者に実力が無くても、竜ってだけでも苦戦は確実な強力なメタモルフォーゼだ。

 大神の場合はその実力より、ミックスジュースが強いだけなヤツなんだ……。

 それであの態度だもんな。余計にムカつく。


「フハハハハハッ! 見たかっ! この俺の姿をっ! 黄金に輝く鱗。強靭な肉体。大地を響き渡らせる巨大さ。これが強き者の姿と言うものなのだよ」

「ハァーッ!」

「なんだっ!?」


 突然の怒号の叫びで何事かとおもった。


「むっ!?」


 大神がユカリの攻撃を顔面に受けた。


「キサマっ! 試合の合図も無しにフライングとは……」


 ホントだよ。まさかこんな事をするなんて……。

 ユカリ、どうしてしまったんだ?


「正式な勝負をしに来た訳じゃない。私たちはお姉様の(てき)を取りに来た。例え卑怯(ひきょう)な事をしてでもオマエを倒す。そう決めてここにやってきた」


 お姉様の敵打ち……。

 ユカリが言っているお姉様とは僕も李奈たちも昔から付き合いのあるお姉さん、小野寺(おのでら) 花音(かのん)お姉ちゃんの事だな。

 そうか……、ユカリは花音お姉ちゃんの為に大神に挑みにきたのか……。


 今年2月中頃。僕たちはまだ3年生の3学期にあったメタモルチームバトルジュニア級全国大会の出来ごとだ。

 その地区予選でこの茶の木小学校と桜咲小学校のチームは初戦で当たった。

 そこに出場したのが大神。

 そして桜咲小学校からは、花音お姉ちゃん。


 大神は竜の姿となり、味方のチームメイトすら巻き込んだ攻撃を行い、1人で花音お姉ちゃん率いる3人に相手に戦った。

 しかし圧倒的な力で花音お姉ちゃんのチームは対抗できなかった。

 それを大神は弱者が怯えるのを楽しむかのように相手をジリジリと酷い攻撃で痛めつけた。

 体の骨がバラバラになり、動けなくなった選手が降参と言っても、それを許さずに相手がメタモルフォーゼが解けるまで傷めつけた。


 そして花音お姉ちゃんは……。

 体中を爪で引き裂かれ、瀕死の状態で何度も体を手で締めつけて(もてあそ)び、最後は鋭い牙で食い殺した。


 幸いメタモルフォーゼは、致命傷を負う程の傷や、体中が木端微塵(こっぱみじん)になっても、変身が解ければミックスジュースを飲む前の姿に戻れる。

 そのバラバラに食いちぎられた肉体も元の姿になって、外傷は全くない状態には戻った。

 けれど……。

 花音お姉ちゃんは心に傷を負った。


 あの痛みと目の前で起きた記憶は心に残っている。

 そしてその印象が強い程に、その時の光景や痛みが元の姿に戻った後も続く事がある。

 花音お姉ちゃんは心の病に陥ってしまったんだ……。

 今も家から外に出られられなくなるくらいに精神的に怯えて過ごす毎日を過ごしている。


 ユカリは花音お姉ちゃんに1番懐いていて慕っていた子だ。

 (うら)みを持たない訳が無い。

 だからこそ復讐に来たのだろう。

 この決闘は怒りと憎しみに満ちた闘いなんだ。


「卑怯者めが……っ!」

鬼畜(きちく)な事をしたオマエに言われる筋合いはないっ!」


 ユカリ……。

 僕だって大神は許せない。

 けれどこの大神の力は圧倒的だ。

 今度はユカリが酷い目に合わされるぞっ!


「し、試合中止っ! 君っ! 一端離れなさいっ!」


 審判である先生が2人の前に出ていった。


「止められない。私たちの怒りは……」

「私たち?」


 ビュンッ!

 なんだっ!? 何か飛んでいたのが見えたっ!


 ザクッ!


「ぐ、グガアアアアアアァァァァァァっ!?」


 大神が苦痛の声を上げた。


「あ、兄貴っ!? 目、目に矢がっ!」


 矢だったのか。

 しかし今の矢……。

 僕たちの真上から飛んで行ったけど、ここから100メートルは距離があるぞ。

 100メートル離れた場所から、ここから見てもとても小さい大神の目をピンポイントで矢で射るなんて……。ウソだろ?

 風邪の影響、空気抵抗、重力、相手の動きなどを入れてもどう考えたって当たらない。奇跡の一発でしかないぞ。


「目だとっ! そ、それはルール違反だぞっ! それに今の矢は一体どこから……」

「キサマァ……。許……さん……。許さんぞっ! その肉をズタズタに引き裂き、骨まで全てをへし折ってやるっ!」


 マズイ……。

 これは大神の怒りを買ってしまった。

 何か大変な事が起こってしまう。


「や、止めるんだっ! この試合は中止にっ!」

「どけぇっ!」

「うわっ!?」


 大神を制止しようと前に出た先生が、大神の腕に簡単に吹き飛ばされた。


「ちょっと……。また大変な事になったの」

「あぁもう……。大神は本当にどうしようもないヤツだよ」

「小林先生がもう止めに入りそうだけど……。どうしたのかしらね?」


 そう言えばそうだった。

 小林先生とはあの大神を唯一押さえつける事が出来る実力者だ。


 過去にメタモルチームバトルプロ級世界大会に出場し、準優勝まで上り詰めたと言う、日本だけでなく、世界的にも有名なメタモルファイターだ。

 そんなもの凄い先生が、この茶の木小学校のメタモルフォーゼの講師をしていて、大神の抑え役としていつも気苦労している。

 普通だったらもうこの場に出てきて、制止するんだけれど……。どうしたんだ?


「うわーっ!」

「に、逃げろーっ!」


 決闘の周りに居た観客の生徒も事の危険に気がついたのか、右往左往に逃げ出した。


「矢を打ったヤツはドコだっ!」

「あ、兄貴っ! あの校舎の上のヤツだっ!」


 なんか三宅がこっちの方を指さしているけど……。


「ふんっ!」


 また飛んで来た矢を鼻息で軽く吹き飛ばした。


 確かに2度目の矢でわかった。

 この矢は僕たちの上の屋上から放っている。


 そして大神は息を思いっきり吸い始める。


「あっ? 斎藤っ! 避けてっ!」

「ブハアアアアアァァァァァッ!!」


 大神は口から巨大な火の玉(ファイヤーボール)を校舎へと飛ばした。


「はぁっ!?」「えっ?」「えぅっ!?」


 大神が出した火の玉(ファイヤーボール)の方向が、なんでこっちに向かって来てるんだよっ!?

 アレはここへ当たるぞっ!?

 なんで僕たちなんだよっ!!


「ふ、伏せろっ!」


 僕は李奈と杏子を掴んで廊下へと倒した。その上に僕は(おお)いかぶさった。


 バーーーンッ!


 そんな大爆発と共に、窓や壁は粉々に吹き飛び、背後に迫ってきた爆風の炎が背中をジリジリと焼いていくのが分かる。


「ユウっ!?」「お兄ちゃんっ!?」


「アッツーーーッ!!」


 炎の渦はすぐに消し去ったが、僕の服に引火して燃えあがっている。

 その場をゴロゴロと転がり、必死に服を脱ごうとジタバタする。

 李奈たちも火を消そうと僕の背中に付いた火をパンパンと手で払ってくれる。


「ユウっ! お願いだから死なないでっ!」

「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんーーーっ!」

「マジかよっ!? 消火器だっ! 消火器を早くっ! 祐定待ってろよっ!」


 誰かの声で消火器がやってきて火は消えた。


「早く保健室に運ぼうっ!」


 数人の男子生徒に抱えられて、保健室へ運ばれて行く。


 意識がもうろうと……なりながらも、僕は……。

 ユカリ……。

 無事でいて…………くれ…………。

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