ユカリの書 第1話 殺戮ショー ― 3 ―
すぅーっと息を吸う大神。そして炎の玉を再び連続で吐きだそうとする。
だが……。
「空裂斬拳!」
「ぐふっ!?」
お姉様が大神の顎に下からアッパーをくらわした。
口が閉じた隙間から、火がぶわっと溢れた。
そして爆発して、大神はその衝撃から後ろ倒れに崩れた。
「花音っ!」
「交渉しても全然聞いてくれないよっ! 外に出られるところを探しても、ドコのドアも全くもって開かないのっ!」
今まで必死に審判やその関係者を説得していたお姉様。
しかし、斎藤の危機を見て、加勢に来たのだろう。
「くっ、ぐぅ……。今のは……、効いたぞ。さすが俺の攻撃だけあるぜ……。頭がクラクラするぞ」
大神はよれよれとしているが、体を起こした。
「最後のメインディッシュに取っておくつもりだったが、アイツが降りてきそうにないからな。まずはオマエから始末してやろうか」
「花音っ! 逃げてくださいっ! 花音だけでも、外に出してもらってください!」
「そんなのできないよっ! 嵐も一緒じゃなきゃ嫌だよ!」
「オイ、キサマ。俺の前にあの木花のオヤジに修行されたヤツだな」
「そうだけど。それがなに?」
「散々あのオヤジには言われたよ。俺の前の弟子であった花音は、他人が傷つく苦しみを知り、それに優しく接する、慈愛あるヤツだとよ。この俺にも他人が傷付く苦しみを知って、優しくしろと言われたぜ」
「だったら、なんでこんな酷い事するの?」
「言われた通りに他人が傷つく苦しみを知ったよ。それはとても愉快な事だとねっ! 自分の非力から傷つき、己の無力を感じて落ちぶれ、強者を羨ましく見るその目をっ! それは滑稽で面白かったね。そいつらを見下す快感。弱者が強者を崇め、トップに立つ快感。これほど素晴らしい欲求を満たせる事は他にはない」
……私は昔の自分を見ているようだった。
自分より弱い物を下僕にして、こき使ってその力の優越感に浸っていた私。
「……アナタも、そうとう酷い目にあってるんだね。酷い家に暮らして育ってるんだ」
「酷い目? この俺が? バカをいえ。大神家に生まれて来た事は、栄誉ある事だぞ。俺は生まれながらにして勝者っ! 君らのような負け組の方が、俺から見れば哀れに見えるね」
「木花師匠は、大神家の息子はどうしようもないと言って諦めたけど、私は大神さんを救ってあげたい」
「はぁ? この俺を救う? 何を言ってるんだコイツは……」
お姉様……。この大神を救えるのですか? お姉様はこんな大神でさえも、救いの手を与えるのですか?
「花音、無理ですよ。ユカリさんはともかく、コイツは正真正銘の根からの悪です」
斎藤はお姉様の横に降りたった。
ずっと飛んでいたのだ。そろそろ飛びつかれてもおかしくはない。
鳥だっていつまでも羽をはばたかせて飛べるスタミナがある訳ではない。ずっと飛ぶにも上昇気流だとか、風の浮力を使って飛んでいる。
だがここは室内だから、飛ぶには翼をひたすら羽ばたかせる必要がある。それは本当に体力がいる事なのだ。
アレだけの長い時間、炎の玉の攻撃を避けつつ飛んだ斎藤は、さすがにもう疲れも溜まっているだろう。
「くっくっくっ、そろそろ飛び疲れたか? それなら、仲良くバーベキューにしてやろうか?」
大神は悪意ある笑みを浮かべると、息を吸い始めた。
「逃げてっ! 嵐っ!」
「うわっ!?」
お姉様は斎藤をその場から突き飛ばした。
「ブフワアァっ!!」
大神が出した炎の玉が、お姉様に向かってくる。
それを必死に避けた。しかし、炎の玉はお姉様の足元に当たった。
ドカーンッ!
大きな爆発音と共に、爆風が近くに居たお姉様に襲いかかる。
「キャアッ!?」
「花音っ!」
「お姉様っ!」
お姉様は爆風に思いっきり吹き飛ばされ、床に体を叩きつけながら転がって行く。
「花音っ! 大丈夫ですかっ!」
斎藤が花音に近寄ろうと駆け出す。
「よそ見している暇はないぞ」
「ナニっ? あっ!?」
斎藤の目の前に大神の竜のしっぽが迫っていた。
「グアァっ!?」
吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた斎藤は、うめき声を上げながら、前のめりで倒れた。
「ハァ……ハァ……、くそっ! 腰が……っ!」
腰を強く打ち、起き上がれないようだった。
「全く、蚊が飛ぶようにうっとおしかったぜ。その羽、もぎ取ってやる」
大神は斎藤に近づくと、腰を足で踏んだ。
「うぐっ!」
そして手で斎藤の翼を捕まえると、ギギギッと引っ張り上げて行った。
「グアアアアアアアァァァァァァァッ!」
「うっ、う……っ? あっ、嵐っ!?」
意識がもうろうとしていたお姉様が正気に戻った。
斎藤の叫び声を聞いて、その姿を見たお姉様は驚愕した。
骨が折れる音や肉が引きちぎられる音と、斎藤の悲痛な叫び声が会場中に響き渡る。
そして斎藤の翼がもぎ取られた。
背中から噴き出る血と、翼からまき散らされる血が闘技場の床を赤く染めて行く。
酷い……。
杏里お母様は健を抱き寄せ、耳をふさぎ、その光景を見させないようにしている。
会場中に悲鳴が上がり、目を反らす人、観客席を離れて行く人で騒いでいる。
その中で茶の木小学校の応援する生徒の中に、やれやれと盛り上がる集団を見つけた。
なんて最低な学校なんだ。こんな学校と初戦に当たるなんて……。
私は席を立った。
「ドコに行くの?」
「係員に試合を止めるように言ってくるっ! 駄目と言うなら、力づくでも止めるっ!」
観客席を後にすると、1階ホールへ向かい、関係者以外立ち入り禁止の前にたどり着く。
その前には私と同じように止めさせようとする人たちが集まっていて、ドアの前に居る係員ともめ合いになっていた。ずっと止めるように言っていたのだろう。
「頼むっ! 通してくれっ! 俺は大神の教師だっ! アイツを止められるのは俺しかないんだっ!」
「こんなの試合じゃないっ! 殺戮ショーだよっ! 早く止めさせてよっ!」
「君たちは大神に買収されたと言うのか? 脅されているのか?」
そこには木花師匠や見た事ある顔がそこに居たが、今はそんな事に構っている暇はない。
彼らが説得をしているのにも関わらず、全く解決できていない。今私がこれに普通に加わったところで、何も変わりはしないか。
私はカバンからミックスジュースを取りだして飲んだ。
格闘家になると、左足首に取り付けたマジックリングから刀を取り出して、係員へ向かって突っ込んで行った。
「どけえええええぇぇぇぇぇっ!!」
「え? うわああああぁぁぁぁぁっ!?」
私の怒りの形相と刀を見て、慌てて逃げる係員。
「なんだっ!? って、君は……涼の妹さんか?」
「えっ? ユカリなのかっ!?」
私は関係者以外立ち入り禁止のドアを蹴破ると、先へ進んだ。
「まっ、待つんだ君っ! くっ! 仕方ないっ、海斗、俺たちも行くぞっ! ユウはこの場所で待ってなさい」
「何もせずにいられないしっ! 僕も行くっ! ユカリ、ちょっと待っ…………」
制止の言葉を聴かずに、私はどんどん奥へと進んで行いく。
強制ワープ装置はドコにある? それでお姉様と斎藤を救わないと。
「き、君っ! ここは関係者以外」
「殺すぞ」
騒ぎに駆け付けて来た係員に刃物を振った。
「ひ、ひぃいいっ!?」
それを見て逃げ出す係員たち。どいつもこいつも腰ぬけばかりか。
あの大神にも脅されてやっているのだろうか?
私は必死に強制ワープ装置がある部屋を探し続けた。
しかし見つからない。
それっぽいドアを全てを蹴破って行くのだが、それらしき部屋にたどり着かない。
部屋はドコかと尋問しようかと思っていたのだが、ここに入って最初に出会って脅した係員を最後に人を全く見かけない。
何故必要な時になって人がいないっ! 誰かいないのかっ!
早くしないと2人が……。
「……待て。こっちの方が早いっ!」
私は思い付いた方にすぐに駆け出した。
何も強制ワープ装置で助け出さなくても、あの闘技場に入って助け出せばいい。
さすがに闘技場から連れ去られたら、外にまで追いかけて暴れる事はしないだろう。
闘技場に向かうには音を頼りにしていく。
ぐるぐると色々な方向へ周っていたが、会場から悲鳴が上がる声を頼りに、その闘技場がある方向が分かる。
そして闘技場へ入るらしい扉を見つけた。警備員が、その扉を守っていたからだ。
「こらっ! ここは関係者以外は」
「今なら人を殺せるかもしれない」
「ひぃ!? た、助けてくれーーーーっ!」
警備員が逃げ出していく。この扉を守らずに逃げ出すとか……。なんの為の警備員なんだ?
私は扉を開けようとした。しかし開かない。
蹴破ろうと思いっきり扉をけり飛ばしたが、ものすごく硬かった。
この刀で切ろうとしても切れないかもしれない。
警備員が簡単に逃げたのは、これがあるからか。
私はその扉の窓を見て、その向こうの状況を見る。
「お姉様っ!」
お姉様の姿を探した。そして見つけた姿は、なんとも居た堪れない姿になっていた。
服はボロボロに引き裂かれ、体中の至るところに傷があり血を流している。それは竜の爪で引き裂かれた後に違いない。
「あ……、ぅう……、う……、ぐっ……」
かろうじてまだ意識がある。いや、むしろもう気絶してメタモルフォーゼ解除して、強制ワープで退場してほしい。
しかし気絶できそうにないのは、それだけお姉様が強い事と、弄ぶ為に生かさず殺さずの絶妙な大神の攻撃のせいだろう。
大神はお姉様を掴み上げると、その握力で締め上げる。
「ぐふあぅッ! げほっ!」
お姉様が血を口から吐き出す。
酷いっ! ここまで酷いダメージを受けているのなら、審判の判断で強制ワープで退場させるくらいなのに……。
「今、助け出すっ! はぁ……。ふぅ……、ハアアアアァァァァーーーーッ!!」
私は気功爆炎波をそのドアに向けて放った。
ドカンッ!
私は思いっきり後ろに吹っ飛んだ。
やはりこの技は本気でやると、その衝撃に耐えようと足を踏ん張っても反動に耐えられた代物じゃない。
すぐ近くの壁に叩きつけられた。
激痛が体中を走るが、そんな事今はどうだっていい。
私は扉を見た。
「えっ……?」
その扉は全くびくともしていなかった。
「嘘……。あの威力で壊れないって……」
それもそうかもしれない。
もし壊れるなら、お姉様だってドアを破壊してあの場から脱出できているはずだ。
このドアは何で出来てやがるんだ?
どうやって助ければいいんだ? また強制ワープ装置を探しにいくか? もしかしてそこのドアも、これと同じような造りだったら……。
「お姉様……」
私は扉の向こうを見た。
お姉様は人形のように、大神に弄ばれている。
「全く、木花のオヤジも花音は優秀だと散々ほめちぎっていたが、この程度とはね。俺の方が優秀で、天才ではないか。木花のオヤジはこの俺の才能を妬み、自分よりも優れた存在となるのを恐れていたのだろう。だから途中で教育を辞めたのだな。木花のオヤジよ。ここに来ているのは知っているぞ。どうだ、これがオマエが自慢していた愛弟子の姿だ。大神家こそ、真の才能ある一家だってことが、これでわかっただろう」
足から掴まれ、宙づりにされるお姉様。
止めて……。もう止めて……っ!
「しかしよく耐えた方だったな。アイツらなんか、簡単に気絶したっていうのに。だがその生半可な強さで耐えていた分、俺が楽しめる時間が延びたただけだったがな。はーっはははっ!」
「うっ……ぐ、うぅっ……」
「っち、何も言わなくなるとつまらないな。最後は……。そうだな。キサマを食ってやろう」
た、食べるだとっ!?
「はははっ、女の体の肉は柔らかくてうまそうだな」
人間を食べるだなんて、大神は人間かっ! 正気を失っていやがる。
いや、もう人間としての理性を失っている。アレはもう竜の意思その物なのか。
お姉様を頭上へ持っていき、大口を開ける。
「い、いや……。い……やっ……」
「か、かの……。や、やめ……」
大神の足元でボロボロな体で必死に這いつくばって止めに入る斎藤。
や、止めてっ! 止めろーーーーーっ!!
大神は手を離すと、その口へお姉様を放り込んだ。
そしてその鋭い牙で肉体をかみ砕いて行く。
肉はバラバラになり、大神の口から血が吹き出ている。
「オオ……ガミ……」
殺す。絶対に殺す。
私はその一部始終を最後まで見た。瞬きせず、その見た光景全てに怒りの感情をぶつけた。
この怒り全て、いつか来る大神への復讐への力になるよう、一部始終を記憶に刻む。
バラバラになったお姉様の体は光だし、そして消えた。
強制ワープしたのだろう。
うぅ、お姉様。メタモルフォーゼ前の姿に戻っていてください。正直、そんな無事でいられているとは思えなくなるほど、バラバラになっていた。
「ぐふぅ、中々に美味だな。さて」
大神は斎藤へ目を向けると、掴み上げた。
「もう一口言ってみるとするか」
「この……バケモノっ!」
「はっはっはっ、まだ口答え出来るくらいに元気か。なら、もう少し遊んでやろう」
その悲劇が終わるのは、斎藤の首がちぎれとぶまで続いた。
こんな非道な戦い、今までの大会の歴史の中で類をのない悲劇として、一生語られる惨劇として記録に残せるくらいだった。
けれど、この事実は全て闇に葬られた。大神はこの事実を隠ぺい工作したのだ。
これだけの規模で行われた物を、隠ぺいできる大神家。
それは大神家が、この日本の政治会の殆どを支配しているからだ。
全ては大神が思うがままに動かし、情報も操作し、大神による絶対的権限がこの国の法律になっているのだ。
この映像を撮っていた観客の人たちのビデオカメラと携帯電話の映像記録も、会場を出る前に強制没収され消されていた。
証拠となる映像は全て末梢されて、この事件の記録は残っていない。
ニュースなどで1回も取り上げられる事もなく、真実を知る者がネットの掲示板に事実を書き込んでも、すぐに政府の管轄で末梢される。
逆にこの戦いは、1対3の状態でも、勇猛果敢に戦い勝利した大神の強さが評判となり、私たち側が卑劣な攻撃を行っていたと真実を逆さまに変えられて、悪人にされてしまった。
真実は広まる事がなく、大きな話題にならなかった。
全ての情報を自分たちの都合のいいように書き換え、この国の多くの人たちは大神家の実態を知らない。
その者たちは、大神は偉くて立派な、日本の最強の竜使い一家と教え込まれている。
本当の大神を知る者は、国民全体で考えると一割もいないのではないか?
私も現実を目の前にして、ようやく大神と言う存在は邪悪な存在だと知った。
大神の本当の姿を知ったものが大きな反感デモを起こすと、すぐに警察に捕まえられて刑務所に送られて、一生出れなくなる。
軍隊や警察を操り、恐怖による支配を引く大神に逆らえる力を持つ勢力が殆どいない。
大神に逆らう者たちは、ことごとく潰されていったのだ。
どうしてこんな国になったんだ?
絶対に許せない。私は大神家に復讐を必ず果たす。
そしてこの国を大神家の魔の手から救いたい。
大神……。この恨みの全て、私の刀で竜の逆鱗へ突き立ててやるからっ!




