ユカリの書 第2話 優しさ ― 5 ―
かなり疲れたので、私は休憩を入れる事にする。
「The Gate of different」
ウィッチフィールドも解いて、私は壁際まで行って座りこんだ。
「休憩にするの? 私も疲れちゃったよ。あ、麦茶飲む?」
そう言った花音は、家からもってきたヤカンを手にとって、コップ2つに麦茶を注いでいく。
どうしてこうも私が答えを発する前に、行動を起こすかな……。質問する意味がない。
でも、私も喉が渇いているので、遠慮なくもらう事にした。
「はい」
「……」
私は無言で受け取ると、グビグビッと少しずつ飲む。
「ユカリちゃんって食べてた時もそうだけど、リス見たいでカワイイ飲み方するね」
「ごぶっ!?」
急に変な事を言うので喉を詰まらせた! 器官に入ったっ! くるしっ!?
「ごほっ! ごほっ!」
「だ、大丈夫っ!? ほら、トントン!」
私の背中を叩いてくる花音。
「へ、平気。やめて……」
そう言うと花音はやめた。
はぁ……。いきなりリス見たいでカワイイだなんて……。ふざけた事を言う。
だったら、ワイルドに飲んでやろうじゃないか。
私は腰に手を当てて、一気に麦茶を傾けた。
ボタボタボタボタッ!
しかし、やはり飲みきれない麦茶が、口の端から溢れてこぼれおちる。
「うぐっ! ごふっ!? ぐふっ!」
慌てて飲もうとするが、喉に通ってくれなくて苦しい。
……くっ、なんで私の喉はこうも細いし体が小さいのだろう。
「わぁっ!? 大変っ! ふかないとっ!」
そう言った花音はタオルを手に取ると、私の衣服を拭き始めた。
「ぐあふぁっ!? や、やべぼろぉろぉろぉっ!」
花音に片手で対抗する私。
「もぉ、そんなに慌てて飲まなくても、麦茶はいっぱい持ってきたから大丈夫だよ。私の分も上げるからぁ」
コップの中身がなくなると、私はコップおいて口元を袖で拭いた。
「もぉ、女の子なんだからそんなふうに拭いちゃ駄目。ほら、ハンカチ」
そう言ってポケットからハンカチを出してさしだしてくる。
「もう拭いたからいい」
私はそれを無視した。
「むぅー」
花音はふくれっつらになった。
「反抗期な女の子はぁ、こうだぁーっ!」
そう言うと花音は私に急に抱きついてきた。
「うわっ!?」
「それそれそれそれっ!」
私のわき腹をコチョコチョと擦り始めた。
「ひっ!? いやっ!? あっ! ああぁっ!? ひぃっ! やめっ! ひゃぁーっ!? いやぁーっ! あはっ! あっ、あぁーっ!」
ちょっ、なんて言うくすぐったさっ! こんなの初めてだった。
これがくすぐりなのか。今までされた事が無かったが、これほどの苦行だったなんて!
今までそんな光景を見た事があった時に、なんでそんな変に悶えてるんだ気持ち悪い、と思ってきたがこれは我慢なんてできない。
私も悶えないように我慢しようとしても、体が勝手に拒絶反応が出て、変な動きと声が出てきてしまう。
「あははーっ、ユカリちゃん。ここ相当弱いんだねぇ」
「ひあっ! や、やめ……って! もう、こうっ! ひぃいっ! 降参っ! 駄目ぇっ! だめぇーっ!」
花音は私から手を離した。
私はその場に崩れ落ちた。立ってなんかいられない。
体を丸めて、今もまだ余韻が残る体をさすって宥める。
この技は反則すぎる。
この弱点は、今後必死に守って行かなければ……。
「次は足の裏なんてどうかなぁ」
そう言って足を掴んで来る花音。
あ、悪魔めっ!
「お、お願いっ! もう辞めて! 言う事聞きますっ! お願いっ!」
それでも足の裏を1回、指先ですぅーっと縦に這う様に動かした花音。
「ひぃいああああぁうぅぅっ!?」
身の毛もよだつくすぐったさが、頭の上までぶるぶると伝わってくる。
「足の裏も弱点っと」
うぅ、もう駄目だ……。花音に弱点を見つけられていく……。
しかし花音はそれ以上はくすぐる事はしなかった。
「それじゃ、次は私に仕返ししていいよぉ」
そう言うと花音は足をこちらに放り出した。
「な、何?」
仕返ししていいって……。急に何を言ってるんだこの人は……。
「どうしたのぉ? どこでも好きな場所をくすぐってもいいんだよぉ。仕返しできないと悔しいでしょぉ」
そう言って挑発してくる花音。
……良いだろう。さっきの屈辱の仕返ししてやるっ!
私はまず最初にやられたわき腹を責める事にした。
「あはっ! あはははっ! く、くすぐいったいよぉーっ! ひゃぅっ! そ、その触り方反則ぅっ! いやぁっ! あ、あんっ! あははっ!」
くっくっくっ、苦しめっ!
私が味わった苦しみの倍は味あわせて上げるから!
そして足も含めてしばらくくすぐり続けて、私が疲れた頃に止めた。
「はぁ……はぁ……はひっ……、す、すごかった……よ……」
花音は床にべったり倒れこんで、肩を震わせて息を上げている。
……何やってんだろう私って。
疲れたから休憩していたのに、休憩になってない。疲れた。
「ふぅ……、ふふっ、楽しかった? ユカリちゃん」
「た、たのしく……はぁ……なんか……ふぅ……ない……はぁ……」
「普段、こんな風に友達と遊んだ事ないでしょ」
「それは……」
友達と遊ぶなんて事はした事が無い。友達なんて私にはいない。
下っ端なら沢山いるけれど、こんなふざけ合いなんてしない。
「ユカリちゃんも、みんなと仲良くすれば友達ができて、こうして毎日が楽しいよぉ」
「べ、別に私は友達なんていらない……」
「本当にぃ?」
「いらないったらいらないっ! 下僕で十分だ!」
私は大声を上げて否定した。
友達なんていたところで役に立たない。私に従う下っ端こそ、最も必要な物なんだ。
「じゃぁ、暴力振ったりして言う事を聞くシモベが欲しいのなら、私を殴って」
「え?」
「私を殴って従わせてよ。それでユカリちゃんが楽しくて、必要なら事なのなら」
そう言って花音は自分の頬を突き出す。
「ほら、殴ってよ」
ずいずいっと私に近づいて、殴られようとする。
「い、今殴ったところで面白くない」
「殴れば楽しいって言ったのユカリちゃんじゃん!」
「別に楽しいなんて言ってないっ!」
「私を殴って忠実なシモベにする事が、ユカリちゃんが望んだ事なんでしょ! あの時見たいに早く殴ってよっ!」
Mなのかこの人は……。本当によくわからない人だ。
殴らないと引き下がらないと思ったので、私は軽くではあるが花音の顔をはたいた。
「なんでグーで殴らなかったの。それに前みたいに強くない。本気で殴って!」
「オマエはMか?」
「痛いのなんて大嫌いだよ。でも、相手が傷付いているなら、私もそれと同じくらいに傷つくんだもん。ユカリちゃんが傷付いている分、私は殴られるんだからっ! ユカリちゃんが可愛そうなんだよっ!」
私が傷ついている……。ふざけた事を言いやがって。
私は別に今のままで良い。私が可愛そうとか何見下してやがる……。
「殴ってよっ!」
「う、うるさいっ!」
ふりかぶってグーで花音を殴った。
バキッ!
花音は殴られた頬を手でさする。殴られた場所は、赤く染まって腫れていた。
殴られたにも関わらず、花音の表情は優しい顔をしていた。
うっ……。
なんで笑っていられる? 私に見せる恐怖の顔、怒りの顔を何故しない。なんでそんな表情がこの人にはできるんだ。
「どう? 気分がいい? まだ気分が晴れなかったら、殴っていいからね」
「ふざけないでっ!」
また同じように殴った。それでも同じ顔をしてくる。
理解できない。なんだこの人は……。
「うっ……、うざいっ! うざいっ! うざいーっ!」
私は花音を押し倒してその上に馬乗りになり、何度も殴った。
なんども殴られて、ぐったりする花音。
もう、これくらいすれば良いだろうと、私は殴る事を一端止める。
「い、痛い……ね。こんなに苦しんで……いたんだ……。可愛そうだよ……。ユカリちゃんが……可愛そうだよ」
鼻血さえ出しているのにも関わらず、花音は私に優しい笑みを絶やさない。
ゾクリッ!
「うっ、うわああああぁぁぁぁぁっ!!」
私は立ちあがって、道場を裸足のまま全速力で出て行った。




