ユカリの書 第2話 優しさ ― 4 ―
結局、私は腹の空き様に負けて、朝食まで一緒に食べてしまった。
アレは美味しかったぁ……。
絶妙な塩加減のシャケ、ふっくら炊きあがったごはんが良く進んだ。
玉ねぎの甘みが体にしみる豆腐とニンジンの味噌汁なんて、ついおかわりしてしまった。
あのふんわりとした卵焼きの触感もよかったなぁ……。
家じゃ弁当と外食ばかりだったし、家庭のご飯なんて初めて食べたなぁ。
うっ……、私はすでに餌付けされてしまったのか。お昼ご飯は何かなと期待してしまった。
こんな気分を晴らすかのように、私は己のメタモルフォーゼの鍛錬を続けた。
杏里に鍛錬する事を認めてもらい、使う分だけのミックスジュースと武器を返してもらった。
場所は小野寺家にあった道場。桜咲小学校の体育館ぐらいは広さがある。
外で鍛錬してもよかったが、晴れすぎるのがムカつくので、屋根がある道場があるならとそこを使う事にした。
私はミックスジュースを格闘家にして、武器の型の練習をしている。今は棒術の型のおさらいをしている。
私は棒を床に突き刺し、体をひねってその反動で宙を高く舞う。
落下するのと同時に棒を回転させた遠心力の勢いと共に、ダミー人形に棒を叩きつける。
バシンッ!
っと言う大きな音と共に、ダミー人形はバウンドして3メートルは跳ねあがった。
小柄な私だが、こうする事によって相当の威力を生み出せる。
そしてダミー人形が宙に浮いている間に、棒で急所に6連続叩きこみ、トドメに体を回転させて蹴りを入れた。
ダミー人形はズサァーと床を滑り、花音の足元で止まった。
「うわぁ、カッコいいよ! 今の動きすごい! もう1回見たいよ」
邪魔だから付いてこないでと言ったのに、全く聞いてくれない。
「動いてない獲物なんて、この程度楽にできる」
いつもなら舎弟を使って練習相手にしているが、その相手になる人がいない。
せっかくの鍛錬も、味気が無い……。
「ユカリちゃんは小柄だから、攻撃した時にその反動が自分に思いっきり影響が出てるね。次の動作が遅れがちだよぉ。今のもう1回見て、もう少し改善する場所探した方がいいんだよ」
その言葉にカチンと来た。
「何を知ったかのように言って」
「じゃぁ、今のを録画して自分の動きを見て研究してみようよぉ。絶対に着地した時にふらついてるからぁ」
「…………」
そう言えばこの花音は、私の組の大人を同時に複数相手をしても倒し、あの父でさえ倒した。
一体何が花音の力なんだ?
「……花音は誰から戦い方を教わった?」
「え? 私は3歳の時に木花師匠って方に戦い方を教わったんだよ」
「えっ? えぇっ!?」
木花師匠だって! あの有名なっ!
その人は数多くの人たちのメタモルファイターの才能を開花させた名の知れた教師。
彼に掛かればその者が持つ力を限界まで引き出し、誰もが彼に教わりたいと弟子入り志願する者が多い。
しかし、気まぐれな人であり、自分が見定めた者にしか教えない。その教わる期間も教育費もまちまちだ。
そして3年前、私の兄はメタモルフォーゼの才能を見定められて、今も木花師匠の元で鍛錬を続けている。
何度か兄さんは私に会いに来てくれて、自分が教わった事を私に教えてくれるが、本当に兄さんは強くなった。信じられない程に……。
そんな兄さんを強くした人に花音は昔、教わっていた……。
なら、あの強さも納得ができる。
「1年間だけだったけど、とても楽しかったよぉ。今もたまに会いに行ってるよ」
私だって教わりたい。そして強くなりたい。
私も木花師匠に直接出会って、兄さんからも弟子入りの志願の協力をしてくれたが、結局断られた。
私には才能がないのかと問うたが、答えはしなかった。
力が無いなんて信じたくない。私は強くなりたい。
それが今後、黒堂組を私の物にする為に、全てを支配するのに必要な力を欲しいのに……。
「……勝負して」
「え? じょうぶ? そうだね。木花師匠って冷たい滝に打たれてたのに、全く風邪引か……」
「ボケはいいっ! 私と勝負しろっ!」
「え? 戦うの? いいよぉ」
何にも疑問も持たないで、私からの挑戦状を受ける花音。
ムカつく。
私は教わる事が出来ず、何故こんなぽやぽやとした花音が教わる。
血の繋がりがある兄さんが認められたのに、私は駄目。
何がいけない? 私は1人で鍛錬し続けて、こんなにも強くなった。
今でも分かる。私はまだまだ強くなれる。
この強さを何故、木花師匠は開花させてくれない。
私は木花師匠が育てたコイツを倒して、自分の強さが本物だと言う事を示してやりたい。
花音は自分のバックからミックスジュースを取り出すと、それを飲んだ。
その姿は黒堂組を襲った時と同じ、チャイナドレスを着た姿になっていた。
鉄手甲をはめて、体術の格闘していた。服装は防具によって変わるだけだから、今の私と同じ格闘家タイプだろう。
私は自分の持つ武器の棒をカバンの中にしまい、刀を取り出し腰に下げた。
私が最も得意とする武器だ。
「よろしくお願いしますっ!」
花音はお辞儀をすると構え始める。
するとさっきまでぽやぽやっとしていた雰囲気が一瞬で変わり、ひたすら戦いへと集中する戦闘オーラが、私の肌にビリビリ威圧してくる。
これだ……。あの黒堂組を襲った時と同じ、今までと全く違う雰囲気が違う。とても真剣で、本物の強さが感じ取れる。
勝てるのか? あの父を倒した相手だ。私でさえ父に敵わないのに……。
私がどう戦いを進めて行くか考えていると、花音の姿が一瞬揺らぐ。
これは見た事があるっ!
私は瞬時に刀を周りへ振りまわした。
すると正面に見えている花音が、その花音とは違う花音が真横から急に現れた。
「うわっとっ!?」
私の刀をさっと飛んで避けた。
「はっ!」
蹴りが私の顔面へ迫ってくる。
「くぅっ!?」
私は紙一重で首を曲げて避ける。
「せいっ!」
「あっ!?」
花音は避けられた足を引っこめる事なく、膝を曲げると私の首へ巻きつけた。
「よいしょーっ!」
体をひねる花音。首がグリグリとしめつけながら引っ張られる。
力に耐える事が出来ずに、そのまま体を持っていかれて床へ叩きつけられた。
「ぐっ!」
「えへへー、どうだぁっ!」
ひょいっと飛びあがって立ち上がった花音は、シュッシュッと蹴りの練習をしている。
私は刀をたてて、それにしがみつくように起き上がる。
あの1回だけで、相当なダメージを受けた。なんて言う馬鹿力だ。
子供だと思って油断した下っ端が、これだけの強さで投げられていたら、それはもう太刀打ちできないな。
「けど、最初の私の残像をかわすなんて思わなかったよぉ。びっくりさせようって思ったのに失敗しちゃった」
黒堂組に襲いかかった時には、この技は出してない。
私がこの技を見た事があるのは、兄さんが使っていたのを知っているからだ。
そうだ。花音の技の型は兄さんが教えてくれた技と同じところが多々ある。あの飛び蹴りからの首絞めだって、兄さんが教えてくれた技の一つにある。
だったら、動きを読んでカウンターを入れればいけるかもしれない。
私は刀を構え直して、兄さんから教わった技を自分で後でアレンジした、自己流の技で挑む。
これなら相手も気づかないだろう。
「まだやる? それじゃ、とっておきのを見せて上げるね」
そう言うと花音は私に向かって駆け寄ってきた。
何でくる? とっておきとはなんだ?
その動きを慎重に見定めて、相手の出方を窺った。
相手は私の得意な間合いに入ってきた。
今なら攻撃をこちらから仕掛けたいところだ。
しかし、それを避けられて相手からカウンターを受けたらひとたまりもない。
攻撃せずに相手の出方を待つ。そのとっておきには隙が大きく出来るはずだ。
チャンスを待とう。
「はっ!」
相手のパンチを私は後ろに下がりながら避けた。
「やっ! せいやっ!」
その後も繰り出されるパンチやキックを、刀で受け止めたりかわし続ける。
やはりこの動きは兄さんが教えてくれた動きとそっくりだ。
後はその時の大きな隙をついてカウンターを仕掛けたい。
しかし相手の動きはとても速く、こちらが防戦をしいていなければ、あっという間にその連続攻撃をかわしきれずにやられる。
早く大きく隙が出来る動きがくれば……。
……とっておきを見せると言っていたが、まだそれらしいものが出てきてない。相手も絶好の機会をうかがっているのだろう。
なら、それを出させてやる。
私は手に持つ刀の柄を軽く持ち、相手の攻撃に当てる。すると刀は宙に舞い上がった。
「あっ……」
「隙ありっ! いくよぉーっ!」
私の防御が解けたと見た花音は、私に両手を向けて構えた。
この技は知っている。
動きを読んだ私は瞬時に行動に移した。
「気功爆炎波っ!」
その瞬間、私が立っている一帯が光り輝き出す。
ドカーンっ!
っと大きな音と共に、その周りが大爆発した。
「えへへーっ! どうだぁ!」
「やあああああぁぁぁぁぁっ!!」
「えっ!?」
花音は頭上を見ると、刀を持った私が天井から降りてくるのを見た。
私は花音が気功爆炎波の構えを取る瞬間、残像を残して上空へ飛んだ。
私だって兄さんから教わったから、同じ格闘家タイプなのでそれくらい使える。
宙へ放り出された刀を掴み、全体重を乗せて降下しながら、刀を突き出した。
花音は私がする事を見て、慌てて避けようとするがもう遅い。
私の刀は花音の左肩を見事に射止め、腹部にまで貫いた。
「うぐっ!?」
その瞬間、花音の体が煙に包まれてメタモルフォーゼの変身が解けた。
私は地面に転がっている刀を手に持って、振りまして鞘へと納める。やはりこれが1番私の手に馴染む。
私は勝てた。あの黒堂組を全員倒し、そして父でさえ破った花音に。
「ふぇー、負けちゃったよ。どうやって急に上からきたのぉ? 私しっかり当てたと思ったんんだけどなぁ」
「ふんっ」
私は刀を居合抜きして歯先を花音の顔先ギリギリで止めた。
「もう私はオマエらに従わない。私はオマエより強い。黒堂組の汚名も秘密にしてもらい、私は家に帰る」
「え? なんで? 駄目だよ、帰っちゃったら」
私の刀に臆した様子もなく、勝手に手で刃を払ってどける。
「帰ったら秘密を全部言っちゃうよ」
「だから内緒にしろ。私はオマエに勝った」
「負けたけど、別に秘密にする理由なんてないよね」
「えっ……」
「別に私がユカリちゃんに負けた事を周りに言われても、別に構わないもん。私にデメリットないし。それに、次は負けないからね」
た、確かに……。
私はため息をついて、刀を腕に付けているマジックリングにしまった。
まぁ、あの花音を倒せただけでもいい。今までたまっていたうっぷんが晴れた気分はある。
変身解除薬をマジックリングから取り出して、口に放り込んだ。
変身が解けると共に着ていた服もマジックリングで入れ替わり、私服に戻る。
かなり疲れたので、私は休憩を入れる事にする。




