ユカリの書 第1話 ヤクザの娘 ― 4 ―
「ドコの組織の奴らだっ!」
「違いますっ! 組織じゃないんですっ! 小学生の子供が屋敷に侵入して、暴れ回っているんですっ!」
「小学生の子供だとっ!?」
えぇっ!? なんだそれ?
「子供ってさっきユカリへ尋ねに来た……」
「小野寺 花音。そんな名前の者、私は知らない」
「まて。小野寺だ? その小野寺と言えば、桜ヶ丘街では有名な名家の名字だな」
「そう? 私は知らないけど」
状況が状況なので、私たちの闘いは中止になったな。
私は起き上がると服の汚れを払いながら部屋を出ようとした。
「ドコへ行く?」
「ソイツが何者か調べてくる」
「待てっ! ユカリっ!」
その制止の言葉を聴かずに部屋を出て行った。
確かに遠くから闘いの騒音がする。その方に向かって行った。
「ぐぁあああああああーーーーーーっ!!」
「ぎゃあああああああーーーーーーっ!!」
男たちの悲鳴が響き渡っている。
その声が近くなり、廊下の角を曲った。
ビュンッ!
「うわっ!?」
もの凄い勢いで私の目の前を、大理石で出来たライオンが吹っ飛んで行った。
壁にぶつかり砕け散ると、バラバラになったカケラが光出して1ヵ所に集まり、元の人の姿となった。
「原田っ!?」
「お、お嬢っ……。無様なところを見せちまったぜ……」
それは黒堂組でもナンバー1の強さを誇る切り込み隊長を務めている原田だった。
この人が負けるだとっ?
私は吹っ飛んで来た方を見た。
「ん? あーっ! ユカリちゃん見っけっ!」
「コイツ……っ!」
赤いチャイナドレスを着て、トコトコ廊下を走ってこっちにやってきたのは、今朝、クラスに乱入して来て私に抱きついてきたヤツだった。
まさかこんな子供相手に、18歳の原田が負けるのか? 私も勝てないのに……。
基本的にメタモルフォーゼの運動能力的に考えると、大人である程強いのは当たり前だ。
特に17歳の若さから30代前半辺りが、1番限界まで極められる時期だ。
しかしたまに子供の中で、大人顔負けの強さを持つ者も稀に居る。
今朝のあの無様な姿を晒したヤツが、その稀な強さを持つ子供だったって言う事なのか?
「ねねっ、ユカリちゃんのお父さんてドコに居るのかな? 私と勝負してほしいんだけど」
「おいオマエ。何の用だ? このヤクザの社会に、オマエみたいな子供が何をしに来た」
「それはね。ユカリちゃんを私の家で預かる為の交渉をしに来たんだよ?」
え……?
「だからここに来た理由は何だと聴いているんだ! 真面目に答えろっ!」
意味不明な答えだったので、もう1度質問を繰り返してしまった。
「だーかーらー、ユカリちゃんを貰いにきたの」
「ちょ……。待て。なんだそれ? オマエはそんな理由で、こんな場所に載り込んで来て、コイツらを倒してきたって言うのかっ!?」
信じられないっ! なんだその理由はっ! ふざけ過ぎているっ!
「私はね。ユカリちゃんを助けたくて来たの。こんなところに住んでいたら、ユカリちゃんは不幸な人生を送っちゃうからね。だからユカリちゃんを貰いにきたんだよ」
「そ……そんな。馬鹿かオマエはっ!」
こんな私を助けたいだとっ! しかもヤクザの家に載り込んで、あまつさえ私を奪いに来たとか。
あり得ない。なんなんだこの女はっ!
「だからね。ユカリちゃんのお父さんと話しをしたいんだけど。連れて行ってほしいんだ。この人たちじゃ連れて行ってと言ってるのに、戦いに来るばかりなんだもん」
「お嬢。下がっていてくれ。ここは俺が引きとめておくから、組長のところにこの事情を話してきてくれっ!」
原田は再び立ち上がると、ポケットからミックスジュースを取り出して飲んだ。
今度の姿は大理石で出来たガーゴイルだった。
「さっき見たいにはいかねーぞこの野郎っ! ガキ相手に本気出さなかっただけだっ! 武器を使ってやろうじゃねぇかゴルァっ!」
そう言うとマジックリングからショットガンを取り出して撃ち始めた。
ダァンッ!
「やぁっ!」
女は飛んでくる弾に向かって手を向けると、手の先が光り出した。
バシンッ!
はじけ飛ばされる音と共に、銃弾がその場にポロポロと落ちて行く。
アレは格闘家タイプのメタモルフォーゼに見られる、ブロッキングと言う技だ。
ブロッキングを使われると、銃弾であろうが勢いを止められてしまう。
使うのが難しい技だが、アイツは楽々と使いこなしたな。本当に相当の使い手か……。
「クソォッ! お嬢っ! 早く組長へっ!」
確かにこの状況はマズイ。
「わかったっ! 原田っ! 己の勤めはっ!」
「命燃やしつくすまでやり遂げろっ! うぉおおおおおーーーーっ!!」
原田は手榴弾を手に持つと、その安全ピンを外して突撃していった。
「うそっ!? ちょっと待ってよそれは無――――っ!?」
ドガーーーーンッ!!!
私はその場を原田に任せて、父の居る部屋まで戻った。
「オヤジっ!」
組長室に入ると、元の姿に戻った父がモニターを前にして真剣な顔をしていた。
「あああぁぁぁーーーーっ!? 原田アニキがやられちまったーーーーっ!?」
ここに報告しに入ってきた下っ端が、モニターの前で頭を抱えて唸っていた。
原田は元の姿に戻って力無く倒れていた。
「く、組長っ! どうするんすかっ! このままじゃ黒堂組全員やられちまいますっ!」
「ユカリ。アイツは何の目的でこの場所に来たかを話したのか?」
いつになく険しい表情の父が訪ねて来た。
「……フザケタ話しだけど。私をさらいに来たと言っている」
「ユカリを?」
「今朝、あの女が私の元に来て、可愛そうだとか、助けてあげるだとか言っていた。アレを本気でするつもり……のようだ」
自分で言っても本当によくわからない事だ。
「そんな理由で、この黒堂組の者が倒されているのか? 子供相手に手下全員がやられるなんて事、黒堂組の歴史にあってはならない事実だぞ」
そうだな。もしこの事実が世間に明るみになれば、なめられるな。
黒堂組に協力的な者も、配下の者も離れて行き、黒堂組の力は衰える事は間違いない。
「……直々にこの俺が相手してやる」
「オヤジが?」
「あぁ、ソイツをここまで連れてこい」
「いっ!? マ、マジっすかっ!? 逃げないんすかっ!」
「子供相手に逃げ出したなどとそんな恥は、あの世に行ってご先祖たちに顔向けできるかっ! さっさと連れて来いっ!」
「わ、わかりましたっ!」
下っ端が部屋から慌てて出て行く。
「……アイツは一体何者なんだ?」
「小野寺と言ったな。多分だが、この桜ヶ丘街では有名な名家の子だな。昔、この桜ヶ丘街の発展に大いに貢献した一家だ。昔はこの土地一帯を領土にしていた戦国時代の地方将軍の血筋だ。1855年に起きた暗黒時代で力を大分失ったが、未だに名の知れた家だ」
暗黒時代。
それは1855年1月15日に起きて25年間にも及ぶ日本で起きた戦争と侵略の歴史。
平和な日本に岩の悪魔団と言う、ミックスジュースを悪の力に使い、世界征服を企む組織がやってきた。
その世界征服の最初の要とする場所を日本と決め、街や村を襲い、恐怖と暴力にて支配していき、日本全土を壊滅へと追いやった。
ヤツらが使うミックスジュースは、その当時の日本では見た事も無いような巨大さの岩石の巨人兵を使っていた。
多くの人たちがヤツらの進行を止めようと闘いを挑んだが、その圧倒的な強さと敵の多さに、なすすべなくやられていった。
そして経ったの8年間で日本全土は、ヤツらに全て侵略されてしまった。
それから17年間。ヤツらによる政治が造られ、人々は奴隷の様な生活を強いられて、彼らの欲望のままに使われる事となる。
しかしその17年間でついに英雄が立ち上がったのだ。
ある1人の竜使いの少年が岩の悪魔団に立ち向かい、たった1人で何百人にも及ぶ岩石の巨人兵を粉砕し、組織のボスを倒し壊滅させた。
無類無敵の強さを持つ竜使いの少年が長きに渡る悪の統治から日本を救ったのだ。
その名は大神 十条蒔。僅か17歳の少年だった。
彼が英雄として立ち上がった日から大神時代と呼ばれ、それから大神家を中心として政治が新たに造られ、日本復興へと進んで行った。
そして現在の2011年。
未だに大神家の力は圧倒的で、日本最強の竜使いとして英雄の様に祭られ、政治の中心的な存在として君臨している。
「失礼しますっ!」
そんな考え事をしていると、下っ端が問題の小野寺を連れて来た。