ユカリの書 第2話 オバケ屋敷でのユカリ ― 1 ―
怖い。解説以上。
「うひゃー、見てよアレ。人の首が木にぶら下がってるよぉ」
ビクッ!?
「まだ入っていないのに、この建物の外見だけで楽しめるのは凄いですね」
「あ、見てよ。これ血の足跡じゃね?」
「ひぃっ!?」
健が言った地面を見てしまったら、私の足元にも血の跡があるじゃないかっ!
私はお姉様の背中にひっついて顔を埋めて何も見ない様にする。
「これじゃ花音とユカリちゃんが逆ね」
「ユカリさんがここまでオバケが苦手とは思いませんでしたよ」
「う、うるさいっ!」
「でもメタモルバトルではゴースト系と戦っても大丈夫なんだよねぇ」
「え? それならこう言うのも怖がる事はないのではありませんか?」
「バトルでは人間が変身してると分かってるし、明るい場所で戦うから大丈夫なんだってよ」
「それでしたらこれから出会うオバケ屋敷のオバケだって人間ですよ」
「ユカリ姉ちゃんは、本物を見ちまったんだよな」
「や、やめてっ! 健っ! その話はダメっ!」
「ユカリ姉ちゃんがまだ家に来る前の話なんだけど」
「ダメっ! そんな話をしたら来ちゃうからっ!」
「黒堂組との交戦で殺された幽霊が出たんだとさ」
「言わないでよおおおおぉぉぉぉーーーーっ!!」
私の叫び声に、周りに居た人たちも何だと思ってこちらを見てしまう。
「大丈夫だよユカリちゃん。きっと幻だったんだから。ねっ」
幻であればよかったっ! 幻であればよかったっ! 幻で――――った。
「その幽霊は黒堂組と敵対関係にあった組長とそっくりだったんだって。その幽霊がユカリ姉ちゃんの家に現れたんだとさ。ユカリ姉ちゃんもその幽霊に追いかけられたんだって」
来ないで来ないで来ないで来ないでっ!
「オマエラノセイデシンダ。そう何度も繰り返して壁まですり抜けてくる。ユカリ姉ちゃんが泣き叫ぶ声を聞いたお父さんや手下もやってきて、その幽霊へ組織をあげて戦ったんだ」
「誰かのイタズラではありませんか?」
「それが全く攻撃が通らなかったんだって。ゴースト系にもそれが出来る技があるにはあるけれど、1時間も闘ってようやく気が付いたんだ。メタモルフォーゼが全然解除されないそれが、本物の幽霊だったと。黒堂組全員が恐怖でパニックになって家から飛び出して、近くの神社に全員で向かったんだって。そして家と組みの物全員をお払いしてもらったんだってさ」
「んー、1時間経ってもメタモルフォーゼが解けなかった……。謎ですね」
「ユカリちゃん。大丈夫?」
もうダメだ……。
「んー……。聴いている限りは作り話にしか思えないのですが……。このユカリさんの反応から見ると本当っぽいですし……」
「実は私もユカリちゃんのお父さんに会った時にこの事を訪ねて見たんだけど。一切その話をしてくれなかったわ。話しを聴いた途端にすごい形相で、神棚にお祈りとか組の者全員を使ってあっちこっちに塩を巻きだしたりとか、酷く怯えていたわね」
「すごかったねぇ。私もそれを見てお相撲さんの塩まきみたいで面白かったから、一緒になって塩を巻いてあげたよ。面白かったよ~」
「ほ、本当の話ですか?」
「…………」
お姉様とお母様が見あってから苦笑いする。
「得体の知れないのは苦手。対戦相手がちゃんとゴーストになった事を確認すれば、普通にぶっとばせる。攻撃が通るし倒せるから。だけど訳がわからない状態で来られると怖い。さらに倒せないヤツは怖い。どうしようもなくなる相手が嫌だ」
私はここぞとばかりに話しだす。
「だから行きたくない。あの中には私が人だと確認してないオバケがいっぱいいる。その中にもし本物がいたら嫌だっ! 私は行きたくないっ!」
「ダメ」
お姉様が即答したぁーーーーっ!
「私のように、怖い物は克服しなきゃダメだよ。逃げてたらダメなんだから」
「い、イヤッ! ムリっ! こればかりはご勘弁っ!」
「ダーメ。涼さんが言ってた事が本当だったら、これはユカリちゃんにとって最大の弱点じゃん。治さなきゃダメだよ。無理やりにでも治さなきゃ」
兄さんっ! お姉様に何を吹き込んだんだっ!
「次のお客様、どうぞ」
ひぃっ!? もうそこまで来てしまったのかっ!
健、斎藤が係員の案内でバラバラの入口に入っていく。
「さぁ、行こうよユカリちゃん。大丈夫。私が側にいて上げるからね」
「イヤっ! 無理っ! 私はここから撤退するっ!」
逃げ出そうとした途端、お姉様にしっかり抱きしめられて持ち上げられてしまった。
「放してぇーっ!」
「涼さん式、荒治療だよぉーっ!」
兄さんのバカァアアアアアッ!!
「あの、すみません。余り周りのお客様のご迷惑となるようでしたら、お断りしております」
そう係員が私たちへ注意する。
「あ、ごめんなさい。ユカリちゃん。大人しくしなきゃ、めっ!」
「暴れていれば入れないと見たっ! だったら私は暴れてやるっ! そうすれば助か……」
ガシッ!
「ユカリちゃん」
お母様が私の頭を両手でガッシリ掴んで、強制的に顔と顔を向かい合わせた。
「もし暴れたりして迷惑かけるような行為をしたら、これから毎日ホラー関係の物を家中に置いて増やしていくわね」
な、なんだと?
「おぉ、それいいね。家がオバケ屋敷になるなんて、毎日アトラクションを楽しめるじゃん。本物のオバケも来てくれるかもね! 私、ユカリちゃんが出会ったオバケってものに、1度会ってみたいもん」
勘弁してください。
「いいわね?」
「……はい」
退路は断たれた。
もう何もかも全部、兄さんが悪い。
あんな酷いことした罰を私が変わりに受ける羽目になってるんだ。
後で覚悟しておけっ! 兄さんっ!
忠告し終わったお母様は、お父様とは別れて入口へ入っていった。夫婦だけれど、一緒のペアにはならないのか……。
私はお姉様と唯一のペアを組んで、みんなとは違う入口へと入った。