ユウの書 第1話 咆哮の黄炎竜 ― 1 ―
春。始業式も終わり、桜も散ってしまった4月の後半。
入学したての1年生が新品のランドセルを背負って、ちょこちょこ動きまわって元気よく登校する姿も、もう見慣れたくらい。
僕も3年前はあんな感じで自分より背の高い人たちを見上げて、無邪気に走り回っていたんだよな。
そんな僕は、小学4年生。
少し大人になったと背伸びしたくなる年頃で、下級生にちょっとお兄さんぶったりしている変わった子供だ。
今日も自分の家でもあるお店のオープンカフェ『ゆるやか時間』のオープンテラスで、登校する前のゆったりとした時間を過ごしている。
テーブルの上に置かれた紅茶を啜りながら、優雅に過ごしている。子供がやってる光景には見えないなこりゃ。
この店は都会にありながら大きな森の中にある店だ。
周りには木々が青々と茂り、穏やかな風が奏でる音楽に小鳥が歌い、葉の隙間から溢れる木漏れ日が、美しいグラデーションを彩る。
こんな素敵な空間を独り占めしている僕は、とても贅沢者だよなぁ。
木花 祐定。この変わった名前が僕の名前なんだ。友情の意味から取って、友達がいっぱいできるようにと言う思いで付けたって、両親が言った。
そのかいあってか、僕は友達は多い方だと思う。
おっと、アレは……。
店の前の道は学校への通学路でもあるので、向こうから友達がやってきた。
「おはようっ!」
「おはよう、ユウくん。今日もノンビリしているね」
「今日は暖かいからまったり~だよ。吏子ちゃんは部活ガンバってね」
彼女は今年に別のクラスになっちゃった友達の、羽澄 吏子ちゃん。
見た目は僕よりお姉さんと思いきや、僕と同じ小学生4年生。
そのあり得ない程のプロポーションを持っている為、学校内でも有名な女の子の1人だ。
なんと胸囲がFカップもあるとかで、よくそれで男子にからかわれていたりして、かわいそうな子だ。よくそれで虐められているところを僕と幼馴染の女の子と一緒に守っている。
でも僕が別のクラスになってしまってからは、あんまり守る事が出来なくなってしまっている。大丈夫だろうか?
吏子ちゃんはあんな体型なのにも関わらず肩つりスカートにランドセルを背負って、学校の方へ行ってしまった。
んー、相変わらず危ないよな。色々と格好が……。
でも、本人が子供服を着たがっているからな。
あのプロポーションだからグラビアモデルの仕事をやっている。その為に大人な服ばかりを着る為に本人は子供でいたい気持ちで、子供服を敢えて着るようにしている。
ホント難儀で色々と困ってる事が沢山ある可愛そうな子だから、助けてあげないとな。
しかしアレだなぁ……。今年はちょっと大変な状態なんだよ。
なんとクラス替えで今まで作った友達が全員、別のクラスになっちゃった事なんだ。
なんでも僕のクラスは、成績が優秀な人と家が裕福なお金持ちの子たちで集められた特級組と言われるところだ。
有名塾に通っていたり、家庭教師が居る勉強ばかりな子が多い。
放課後に遊ぼうと思っていても、勉強で忙しいと言う事で中々付き合いも取れない。
それに性格的に相性が悪い人が多いんだよな。
キザっぽい人もいるし、自分より劣る人を見下す人がいたりと、仲良くしようと持ちかけても蹴り返してくるような人たちばかりだ。
さらに言えば、なんか男子生徒が主に僕に対してとても冷たい。なんでだろ?
はぁ……。ちょっと成績が去年よかったからっても、このクラスに入りたくなかったなぁ。
「ユウくん。また溜息ついてる……」
「うわっ! 母さんっ!」
いつの間にか横に居て、僕の顔を覗き込んでいた母さん。
木花 結姫。このゆるやか時間の店長でもある。
この辺りじゃ知らない人はいないと言われる美人で、僕の自慢の母さんである。
母さんに会いに、遠くから店に訪れてくる常連の方もいるくらいだ。
「ねぇ。どうしたの? 最近、溜息ついてばっかりなんだから。学校でイジメにでもあったの? 悩みがあるならちゃんとお母さんに相談してね」
母さんは僕の手をぎゅっと握って、上目づかいで悲しそうに語りかけてくる。
うぅ、その表情で訴え掛けられると弱い。
でも、母さんには絶対に心配かけたくないし、迷惑をかけたくない。
父さんは海外出張が多く、年に何回かくらいしか家に帰ってこない。
その為、殆ど母子家庭で僕を育ててくれた母さん。
毎日、店の切り盛りから家の事、そして僕の面倒まで見てとても忙しそうにしている。
だからせめて僕の事だけでも負担は掛けたくない。
「だ、大丈夫だよ。なんでもないから。ただ、えっと……。勉強がね。大変で。頭が良いクラスに入っちゃったから、難しくって」
「そうなのね。んー、せっかく特級組になれたけれど……。やっぱり難しいのね」
母さんが難しそうな顔をしている。
あぁ……、母さんも父さんも、特級組になった時、とても喜んでくれたのにな……。
「ユウくんに元気がなくなるのなら無理しないでね。母さんも先生に言って、ユウくんを普通のクラスに戻してくれるように言うから」
「い、いや。いいってば……。それじゃなんかかっこ悪い気がするよ。結局、お前には無理なクラスなんだってアイツらに馬鹿にされるからさ」
「やっぱりっ! クラスメイトに馬鹿にされているのね? 特に大神グループにっ!」
しまったっ!
「いやっ! 違うからっ! クラスの人たちは良い人だよっ! ただ、そう思われたら嫌だなって思っただけで……っ!」
「大変っ! お母さんがその子達にお母さんが説教してあげるっ! 人の上に人は作らずっ! 男女平等、十人十色。頭が良いも悪いも、運動が出来るも出来ないも、人それぞれが同じじゃない。その人が持つ1つの可能性には、他の人が馬鹿に出来ない力があるのよ。その人の特徴、身分や見た目だけの優劣は付けちゃダメなんだから。そんな優劣だけで人を見て育ったら、新しい可能性を見失っちゃうのよ」
またこの説教か。この説教は、よく父さんも言う。っと言うよりは、父さんからの受け売りみたいなものだな。
父さんの仕事は簡単に言えば格闘技の育成なんだ。
世界中に可能性を秘めた人を、立派に育成すると言う変わった仕事で、子供から大人までジャンルを問わずに、力を秘めた人たちを見つけ出しては修行させている。
父さんの名は世界的にも有名で、何十人もの天才を世に送り出している。
世界各地から父さんの修行を受けたいとのオファーが絶えない。それゆえに、父さんは世界各地へ飛んで行っている。
「それに大神なんかに関わってたら大変な目にあわされるのよ。そんな子たちを救って上げないと……」
「だ、大丈夫だって。ただ、まだクラスに馴染めてないだけだって。ほら、アレだよ。全員、初めての顔だから、まだ互いに何も知らないからさ」
「そう……? んー、わかったわ。でもね。本当に嫌な事されたらちゃんとお母さんに言ってね。そう言うイジメをする子たちも、今からちゃんと教えてあげないと、将来悲しい大人になっちゃうんだからね」
「うん……。わかったよ」
「ちゃんと言うのよ。ふぅ……。お母さん戻るわね。そろそろ良い感じに焼けたかしら」
母さんはそう言うと、エプロンをきゅっとしめ直して店の中へ戻っていく。
店からは甘いお菓子の香りが漂ってくる。お店で出すケーキのスポンジを焼いてる時間なんだよな。
「……はぁ。今年は本当に大変になりそうだな」
僕は深いため息をついて、ティーカップに残っている紅茶をぐいっと全部飲みほした。
ティーカップに新たなアツアツの紅茶を注ぎ入れようと手を伸ばした。が、その手を伸ばした先を見ると女の子が2人立っていた。
「おはよう。ユウ」
「おっ、おはよう」
僕が座るテーブルにやってきたのは、門川 李奈。李奈とは生まれた時からの付き合いがある幼馴染だ。
母さんと李奈のお母さんは、昔から友達で家も近所にある。
その為、門川家と一緒に旅行に行ったりする家族ぐるみの仲でもある。
「おはようございます」
そして李奈の隣にちょこんと居たのは妹の杏子ちゃん。僕の2歳年下の2年生だ。
家族ぐるみの付き合いからか、杏子ちゃんとは兄妹の様な関係になっていて、僕の事をお兄ちゃんと言って慕ってきてくれる。
朝の登校は決まって李奈たちがお店に来て、焼き立てのスコーンとお茶を一杯飲んでから学校に行くと言うのが日課になっている。
李奈たちは、いつもの席へと座っていく。
「すぐに用意するから待ってて」
僕は店の中へ入って行き、李奈たちが使う専用のティーカップを温蔵庫から取りだして持っていく。
紅茶と言うのは高温で飲むのが美味しいのだ。
だからティーカップに紅茶を注ぐ時、ティーカップ自体が冷たいと、せっかく暖かく注いだ紅茶も冷めてしまう。
お店のティーカップを持っていく様子に、ボールにクリームを泡立てていた母さんが話しかけてくる。
「前田さんから頂いたお土産のかりんとうそば、李奈ちゃんたちにも出して上げなさい」
「ん、そうだね」
かりんとうそばは、そば粉から作ったかりんとうで、僕が好きなお菓子だ。
普通のかりんとうと違って細長く、そして甘すぎず素朴な味がする。
トカニシ村はそばの名産地。
月一で田舎の両親のもとに帰る前田さんが、いつも僕にへと沢山買って来てくれる。
李奈達のところへ戻り、ティーカップを並べていく。
「あ、かりんとうそばだ」
「いっぱいあるからおすそ分けだよ」
僕はポットからカップへ紅茶を注いていく。これは必ず僕がやる事だ。
紅茶の入れ方だけでも味が変わるのだ。
母さんから何度も入れ方を教わって覚え、今ではお客様の前でも手伝いの時に入れて上げられるくらいにまで上達した。
「お兄ちゃんの紅茶は、ほわっとした感じがして美味しいの」
杏子ちゃんが紅茶を一口飲んで、顔がほころぶ。
「ねぇ、今日の放課後、ヒドリノ丘街まで遊びに行かない?」
「んー? 別に良いけど、何しに行くんだ?」
「今流行ってるドリペンちゃんのぬいぐるみや携帯ストラップ、キーホルダーを買いに行こうって思ってるのよ」
「あー、アレか……」
最近、学校やこの近辺の街ではドリペンちゃんと言う、ペンギンをモデルにしたマスコットが人気が出ている。
隣街にあるドリームペンシルと言う大型ショッピングモールのマスコットキャラだ。
1年前にオープンしたモールで、そのドリペンちゃんも最近出て来たマスコットキャラクターだった。それがカワイイと有名となってグッズは大売れだ。
それらはそのモールで独占販売している為、買いに行かないと手に入らない。
「なんか予定とかあるの?」
「いや、別になんも約束もしてないし。家に帰ったらお店の手伝いするくらいだから」
母さん的には、僕には友達と遊んできてほしい事を優先する。
僕がしょっちゅうお店の手伝いをしていると、母さんが逆に僕に対して気を遣いだしてくるので、遊び大目、たまに手伝うくらいがちょうど良いくらいだ。
「んじゃ決定ね。ユウはなんか買い物とかしないの? せっかくドリペンに行くのに」
「んー……。材料探しでもしようかな」
「相変わらずね。でも、あのモールの材料はどれも良い物ばかりよね」
「でも、とても新鮮で質がいいの」
そうだ。母さんになんか買って来て欲しい物があるか、ついでに聞いておこう。
「昨日見た、ドリペンちゃんの大きなぬいぐるみ欲しいね。お姉ちゃん」
「しょうがないでしょ。アタシたちのお小遣いでは、キーホルダーや小さいぬいぐるみぐらいが限界よ」
「その大きなぬいぐるみって、どのくらい大きいんだ?」
「ワタシより大きいの。このテーブルくらいの大きさもあるの」
「でかっ! どこにそんなの置いておくつもりだよ」
「まず値段的に買えないわよ。1万2000円もするのよ」
「高いな……」
「ワタシのお小遣い3000円だから、えっと……。さんしじゅうに……で、月4回分もするの……」
「ん? 割り算できるのか?」
「出来るの。0を3つ消してから、12割る3でしょ。さんしじゅうにだから4だよね。当たってるよね?」
「当たってるよ。杏子ちゃん2年生だよな……。割り算って僕ら去年の3年生で習ったよな」
「アタシと一緒に勉強しているうちに覚えちゃったのよ」
「へぇ、頭良いな杏子ちゃん。もしかしたら3年生になる時は、特級組になるかもね」
「えへへ~♪ 九九の段も全部言えるの!」
杏子ちゃんだけれど、これぞとばかりは誇らしげに言う。
「なんかアタシの知能を杏子に全部吸収されてる気分だわ」
「ははっ。でも李奈だって成績は悪くないだろ」
「今度、お兄ちゃんにもお勉強見てもらいたいの。お兄ちゃん頭良いから」
「んー、いいよ。教えてあげるよ」
「アタシも教えて欲しいわ。どうしたらそんな頭良くなるのかを……」
「じゃぁ、まずは授業中寝ない事だよ」
「うぐっ! あ、アレは体育疲れで仕方ないのよ」
「李奈は体育を本気でいつもやるからなぁ」
李奈は運動神経が良いし、動く方が好きなタイプだ。
でも、クラブ活動には所属してない。
何かを決められて運動するより、自由に気ままに運動したいと良く言う。
しばらく昨日見た番組などの他愛の無い話をした後、時計を見ると登校する時間になった。
「さて、そろそろ行くか」
僕がそう言うと皆、カップの残りを全部飲んでオボンの上に乗っけていく。それを持って僕はお店へ入る。
僕はティーカップを片づけるところで、母さんに聞いた。
「ねぇ、母さん。今日の放課後、ドリペンへ遊びに行こうと思ってるんだけど、なんか買っておきたいのある? ついでに買ってくるけど」
「ドリペンに? んー、そうねぇ……。まだ、必要と思う物は浮かばないから、後でメールするわね」
ささっと洗い物を終わらせて、教科書の入ったランドセルを肩に掛ける。
「ん、それじゃ。行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
僕たちは並んで歩き、会話の続きを話をしながら茶の木小学校へ向かった。