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【揺花草子。】(1)  作者: 篠木雪平
第1話『指先の星』
8/30

〈8〉

 結局なんだかんだ言って両手がブティックのショッパーでいっぱいいっぱいになるぐらいの買い物をする事になった。

 もうこれは普通にブリジットの買い物に付き合っただけなんじゃないか、途中から女子力アップとかもう関係無くなって来てないか、と言う疑問が愚問すぎるレベルで脳裏を支配しつつあったが、まぁブリジットが楽しそうなので良しとする事にする。

 何と言う大人な思考だろうか。ブリジットの女子力を磨く計画の副産物としてぼくの大人力がものすごい勢いで磨かれている恰好だ。これは棚ボタにしても出来過ぎだ。

 つまりはそんぐらいに思わなければやってられない程に大変な1日だったと言う事である。


 ララガ(本当にこの言い方は一般的なのか?)から連絡通路を抜けて再びモール側へ戻って来る我々。

 ブリジットは相変わらずあちこち目移りしながら歩いているが、ショップを覗き見る距離が先程までと較べて明らかに遠い。さすがに彼女ももうこれ以上何かを買おうと言うつもりは無いらしい。

 ではあるが、

「あっ、ねえねえ阿部さん、プリ撮ろうよ!」

 少年少女で賑わう狭いゲーセンの横を通り掛かった時、思い出したようにブリジットが声を上げた。

「えぇ〜・・・」

 躊躇いがちに漏らすぼく。

「最近のプリってすごいんだよ〜? 瞳をでっかくしたり肌を美白にしてくれたりするんだよ?」

「きみは最初から瞳は大きいし人種レベルで美白だろ。」

 白雪の如き肌が自慢の見目麗しき金髪碧眼の欧米人が何をか言わんや、である。

「って言うかさ・・・。一緒に買い物とか遊びとか来て、そんで2人でプリとかって、なんか恥ずかしいって言うか、こそばゆくないですか・・・? いかにも感この上無いって言うかさ・・・・。」

 視線をあちらこちらに泳がせながらぼそぼそとそう進言する。

 もちろんその程度でお姫様が引く筈も無い。

「いーからいーから! ホラ、撮るよ〜!」

 気付いたらオッサンには未踏のあの謎の暖簾の中に引っ張り込まれていた。


「ホラホラ阿部さんっ! ポーズっ!」

「えぇっ!? なになにどんなん!?」

 わたわたしている間に何度目かのシャッター音がブース内に響く。

「ダメだよ〜阿部さん! もっとキビキビ動いてよ〜! ホラ次ピース!」

「ちょっ! 全然ついてけてないよぼく!?」

 何と言うかもう右往左往感ハンパ無い。何でこんなに忙しないのコレ?

「もう! そんなコト言ってる間にラスト1枚だよ! 最後はとびきりのキメ顔でね!!」

「えっ!? もう!?」

 全力で戸惑うぼくを嘲笑うかのようにシャッターが切られる。今ぼく絶対半目だった。

 しかしまぁ、撮影自体は何とか終了。

 なぜか知らないがものすごい汗をかいたしものすごい疲れた。


「おぉ〜! 意外に良く撮れてるじゃ〜ん!」

 ホントにそう思ってるのか甚だ疑問と言わざるを得ない科白を吐くブリジット。

 加工するまでもなく完璧に可愛い少女の背後で無駄に瞳がデカく脚がすらっと伸びたオッサンがダブルピースしたりてへぺろしたり両手でハートを模ったりしている、実に名状し難いキモいものが錬成された。この歳にして新たな黒歴史が誕生するとは。何と言う黒歴史製造機。

「でも阿部さんちょっとカオ怖いね? しかもなんか妙に遠い。なんだか背後霊かスタンドみたいだもん。スタンド名『ダークブルー・アベサン』ってカンジだもん。」

「あんな半魚人ヅラなの!? マヌケは見つかったようだぜとか言われちゃうの!?」

 全身カットで躊躇無くDIOのポーズをビシッと完璧に決めてる子には言われたくない。


 1年で最も日が長い時期とは言え、時計の針は既に夕方を指している。

 荷物も多いし、暗くなる前にお家に戻れるように帰すのが男の甲斐性と言うヤツではないだろうか。

 何となしに途切れがちな会話にそろそろ撤収ムードが漂い始めて来ている。少しだけブリジットがそわそわしているように感じた。

「あ・あの・さ、阿部さん?」

「ん? どうかした?」

 地下鉄連絡通路へ向かう角を曲がったところでブリジットが少し躊躇いがちに言う。

「ちょ・・・ちょっと・・・お花を摘みに・・・」

「あぁ、うん・・・。」

「ちょっと、そこのベンチで待っててくれるかなぁ?」

「あー・・・」

 何とも言えない返答を重ねるぼく。

 普段ならば「うん、じゃあ綺麗な花を摘んどいで。」とでも言う所だが、先程の事もあり、正直ブリジット1人にするのは若干不安がある。

 ぼくのその考えを敏感に察したブリジットは、

「もう、阿部さん空気読んでっ! 変態さんかっ!」

 わざとらしく拗ねるような口調で言う。

 そして、

「──大丈夫だよ。すぐ戻って来るから。」

 優しい微笑みを浮かべてみせた。

「イワイチョウとかミヤマキンポウゲとか摘んで来るだけだから。」

「高山植物!! それは摘んだら逮捕される類いの花だからね!?」

 ぼくのツッコミを笑って聞き流しながら、ブリジットは手をひらひらと振って角の向こうに消えて行った。


 一般論だが、男がキジを撃つのに掛かる時間と女性が花を摘むのに掛かる時間とを較べた場合、多くの例に於いて後者の方が長いものだろう。もちろん学術的な調査を行った結果は寡聞にして聞かないので、これは飽くまでぼくの主観や経験あるいは貧困な想像力やもっと貧困な知識に依存する推論に過ぎないが、通路の角にブリジットが消えて行った後から経過した時間を鑑みればその推論は大いに当たっていたと確信するに足る。

 平たく言えばブリジットは全然戻って来ない。

 ぼくの焦燥感とは裏腹に、手持ちのスマホの時間表示は一向に数字が上がらない。もはやぼくの周りを支配する時はその歩みをやめてしまったのかとすら思うほどだ。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものでは断じてない、もっとこう、世界を支配するような力がぼくを襲っているのではないか。

 あるいはスマホの中のアンドロイドさんが主であるぼくに反旗を翻す決断をしたのだろうか。ロボット3原則を勉強して出直して来いとどやしつけたくなる。

 こっちから迎えに行こうかとも思い立ったその時、

「ゴメンゴメン、時間掛かっちゃった!」

 息を弾ませながらようやくブリジットが戻って来た。ほっと一安心。

「エーデルワイスしか咲いてなかったよ〜!」

「日本に自生してないよね!?」

 悪戯っぽく、だがちょっとだけバツの悪そうにそう笑うブリジットの表情に、不思議とぼくの口元も緩んでいるようだった。

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