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【揺花草子。】(1)  作者: 篠木雪平
第1話『指先の星』
7/30

〈7〉

「見て見て〜阿部さんっ!」

 快活に笑いながらブリジットがぼくを呼ぶ。

 カフェでひとしきり落ち着きを取り戻した後、ぼくらは再び、そして今度こそ、今日のぼくらの主目的である『ブリジットの女子力アップ』のための買い物に勤しむ事にした。

 通路の両端に並ぶ多くのアパレルショップをあっちこっち行ったり来たりしながら目利きに忙しいブリジット。

 大河ドラマにも出演した某有名女優がCMをやってる所謂森系?女子が好みそうなブランドのショップで何やら彼女の感性にビビっと来るモノを感じ取ったらしい。

 普段のブリジットのファッションから判断し、彼女が好きそうな服の傾向はそこそこに見当がつく。

 最近街で良く見かけるショーパン姿は勿論の事、キュロット、ハーパン、7分丈、ロングパンツに至るまで、あらゆる長さのパンツスタイルをブリジットがしているのをぼくは一度も見かけた事がない。彼女は根っからのスカート派なのだ。

 とは言え、あざとさ重視のブロンドツインテと言う絶対の特性に反し、ミニスカニーソと言ったいかにもテンプレ感満点のスタイルも彼女はほとんどしない。そもそもブリジットはあまり脚を出すのが好きではないらしく、普段は膝丈から膝下程度の長さのスカートやワンピ姿が多い。ふわっとした生地のチュニックや軽さのあるカーディガンなど、何て言うんですか、エアリーなって言うんですか、そう言うスタイルが多く、(スカートの長さは別として)比較的男ウケの良いファッションと言えるだろう。

 尤も、寒い時期に良く穿いているレギンスに関しては、世の男子の評価は二分される事だろうけれども。

 そんな彼女が今試着しているのは、ミント系の色合いを基調にした小花柄やゆるふわなAラインが可愛らしいチュニックに膝丈の黒のインナーワンピを合わせたスタイルだ。チュニックに膝丈スカートと言うのは少し珍しい組み合わせかと思うが、裾のレースが年齢の割にフェミニンな雰囲気を醸し出しており、不思議と良く似合っている。

 くるくると回りながら姿見に映った自分を確認するブリジット。すごく嬉しそうだ。とりあえずこれはお買い上げと言う事らしい。

 今度は一転、白のカットソーにピンクのギンガムチェックのワンピ、花柄シュシュで髪をまとめたとことんガーリーなファッション。

 これも一式お買い上げ。

 加えてネックレスやストールなどのアクセサリーのセレクトにも余念が無い。

 どんどん財布が軽くなる。お金に羽根が生えたなんて悠長な話じゃない。もうJAXAの皆さんが視察に来かねないレベルの推進力を生むロケットエンジンを搭載している勢いだ。

 もうどうとでもなれだ。さよなら諭吉先生。絶望はしないでおくけれども。

「彼氏さんからのプレゼントですか? 羨ましいですね。」

 20代前半ほどと思われる店員の女性がぼくにお釣りを手渡しながら微笑みかける。

 ブリジットは早くも他のショップを覗きに行っていてもう姿は見えない。支払いをする所は見ていて欲しくないのでそれはそれで有難いのであるが。

「すごく可愛い彼女さんですね。」

 営業スマイルと言ってはちょっと失礼に当たるレベルの、本当に穏和で優しい笑顔を見せる店員の女性。その口調にお世辞や嘘っぽい軽薄さは感じられない。日に何10人ものお客さんと会話を交わし見立てをするのであろうこの店員さんのような人の目から見てもブリジットはやはり美少女に見えるのだろうか。

 そして少なくともこの店員さんには、ぼくとブリジットは金銭の介在によって成り立つ擬似的な親子関係と言う風には見られてはいないようだ。もちろん彼女の真意を読み取る術など無いのであるから、彼女の言葉がどこまで本心かは判らない。

 なので、

「・・・いや、まぁ、彼女じゃないんですけど。」

 と、弁解するのもやめておく事にした。


 ショップの紙袋を提げながら、通路の角の先に消えて行ったブリジットの後を追う。

 2つめの角を曲がってもブリジットの姿が見つからない。途端にぼくの心に凄まじい勢いで不安が襲い掛かる。

 ざらつく心を必死で宥めながら周りをキョロキョロしていると、

「わあ、すごく良くお似合いですよ! とても可愛いです!」

「ホントですか? 良かった〜!」

 背後のショップの店員さんの上気した言葉に重なって耳慣れた声が聞こえて来た。

 振り返ると、試着室の前でブリジットが鏡に自分の姿を映しているのが目に入った。その店内には先程までのナチュラル系な雰囲気のショップとは幾分様相の異なる彩色の強めな服が数多く並んでいる。

 小さく安堵の息をつきながらブリジットに近づいて行く。

 夏を先取り!とでも言わんばかりの幾重にも織り込まれたシフォン生地が軽やかで華やかなノースリーブの花柄マキシワンピ。

 長いブロンドの髪は敢えて下ろしてリボンの可愛らしいつばの大きな麦わら帽子を被り、足元はリゾート感満点のグラディエーターサンダル。

 ブリジットはそんな装いを身に纏っていた。

 もう海辺で戯れるお嬢様感ハンパない。ミニチュアダックスフントあたりを追いかけながら白い砂浜をひとしきり走ってもらいたい。

 いや、むしろ避暑地を訪れた高原のお嬢様だろうか。吹き抜ける風に慌てて帽子を押さえる様とかすごく絵になりそうだ。

 どちらにしても、今ぼくの目の前で実に可愛らしいファッションに身を包むブリジットは、ちょっと大袈裟に言えばティーンズ雑誌の読モかと見紛うような、と言うかもうなんなら充分スーパースターと言っても良いんじゃないかと思えるほどに可憐で清楚で愛らしく、思わず目を奪われ呆然としてしまう程度にはとても魅力的だ。

「あっ、ねえねえ、阿部さん阿部さんっ!」

 ぼくを呼ぶブリジットの嬉しそうな声ではっと我に返る。

「な・・・なに?」

 問い掛けに応じたぼくに、不意にブリジットはくるっと背を向ける。ボリューム感のあるワンピースの裾がふわっと広がった。

 ブリジットはこちらに背中を見せたまま、首から上だけを回して肩越しにぼくの方に顔を向けた。

 振り返った勢いでブリジットの長い髪が揺れる。まるで重力の存在を無視しているかのように空中に広がる亜麻色の髪。

 白い頬はほんの少しだけ赤みが差し、薄紅の唇は小さく微笑みを象る。

 年相応の少女性の中に仄かに覗く大人びた色。

 流し目にぼくを見つめる翠玉の大きな双眸は不思議とぼくの視線を奪ったまま離さない。

 ──こ・これは、男として、褒め言葉のひとつも投げかけておくべきか。

「う・うん・・・良く似合って・・・」

 言い慣れない科白を捻り出そうとして思いの外もごもごした口調になってしまったぼくの声に被せるように、ブリジットが言う。

「ほらほら! シャフ度!」

 ニッと笑うブリジット。

 どんなに可憐に見えても。

 どんなに可愛らしいファッションに身を包んでも。

「──なに房監督だよ。」

 呆れながら息を落として肩を竦めてみせたぼくに、楽しそうに顔をほころばすブリジット。

 ──こう言うところがあるから、この子は、もう本当にしょーもない。

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