〈5〉
「──ちょっと、待っててくれる?」
映画館フロアから店舗フロアに戻って来て、またあちこちぶらぶらしたあと、いくつかのショップで細々と色々買った。
アクセサリーとか化粧品とかマニキュアとか、そういう細々したものであるが、お値段的には決して細々もしていない。
なんだかんだで出費がかさんで来ているので、ここらでちょっと補充に走らねばならない。
とは言え、そう言う事をブリジットにはあからさまには言えないので。
「キジを撃ってくる。」
「鳴かなきゃ撃たれなくて済むのにねぇ。」
「そしたらぼくの膀胱が泣くよ。悪い意味で。」
「あはは、そりゃ大変だ。粗相する前に行って来なよ。」
こんな会話が成り立つ10代半ばの外国人少女ってどんなんだよ。と苦笑しながらブリジットを残して小走りに駆け出した。
尤も向かう先はトイレではないし、無論野山でもない。
たくさんの家族連れで賑わうフードコート奥のキャッシュサービスコーナーの列に並ぶ。
土曜日の午後、列はそれなりに混んでおり、ぼくの順番が回ってくるには少し時間が掛かりそうだ。
幸いにも今日のブリジットはなんだかだいぶ機嫌が良いようなので、5分10分ならきっと大人しく待っていてくれるだろう。
まぁでも、多分、戻るや否や、「遅いよ〜! どんだけ大っきいキジ撃ってたのさ! クック先生でも狩りに行ってたの?」なんて言われるに違いないだろうが・・・。
そんな下らない事を考えながら機械から吐き出された数人の諭吉先生を財布に投入し、急ぎブリジットを待たせていた場所に戻る。
先程上がって来た地下鉄連絡通路入口に程近いベンチで、ショッキングピンクの外装のギャルいアイテムばかり取り扱っているらしき派手派手しいショップのそばだ。あの派手さの前にはさすがのブリジットもそれほど目立たなくなるレベルである。
さすがにそんなギャルいアイテムにはブリジットは興味を示さないだろうし、手持ち無沙汰感たっぷりにケータイでもいじってるだろうか。そして「ツレの膀胱が部位破壊なう」とか呟いているだろうか。
そう思いながら通路の角を曲がると、余りにも意外な光景が目に入った。
「いいじゃんかなぁ〜!」
「行こうぜホラ!」
絵に描いたようなチャラいニイちゃん2人がやけに大きな声で笑い合いながらブリジットの前に立っている。
歳の頃は高校生と言ったところか。一方はスポーツでもやってそうな浅黒の大男、もう一方はブリジットのそれとは似ても似つかない下品な金髪のピアスの少年だ。
「俺らヒマなんさ〜! なな、腹減ってね?」
「さっきたこ焼き食ってたろうが!」
「育ち盛りだからな!」
「まだデカくなる気なのかよオメー!」
若者たちはそう肩を叩き合ってまた大声で笑う。周囲の人々が顔をしかめながら歩き去って行くぐらいには軽く周りの迷惑だ。
「モジャ毛の探偵がヒゲの魔神と甘い物早食い対決するっつー面白い映画やってるんだけどさ、一緒に行かね?」
「オメー何言ってんだよモジャ毛の探偵が糸ようじとかカーナビとか言いながら文久3年に四国目指してお遍路する映画だっつーの!」
そんなチャランポランな映画なら探偵にはバーで大人しくしていてもらいたい。
・・・と言うか、そんな呑気な事を言っている場合じゃない。
若者2人に囲まれ、ブリジットは明らかに戸惑っている。むしろ怯えていると言って良い表情だ。
さっき地下鉄に乗る時に年上のお姉さんに突然話しかけられた時の戸惑いとは質が違う。元から小さな身体をさらに縮こまらせているせいで、まるで叱られた子供のように小さく見える。ろくに声も出せていないようだ。
どう贔屓目に見ても偶然友達に出会ったと言う雰囲気ではない。第一ブリジットは友達が少ない。いや知らんけど。
──とりあえず、名前は呼ばない方が良いと思った。
「ごめんごめん、お待たせ。トイレ混んでてさあ。」
出来るだけ快活な笑顔で、若者たちとブリジットの間に割り込む。
ぼくの姿に気づいた瞬間、ブリジットの表情にこの上ない安心感が広がったように見えた。
「あれ、どうしたの? 知り合い?」
余裕たっぷりを装って若者たちに視線を移す。声が震えてはいないだろうか。
「あ? 誰やオメー」
浅黒が持ち前の低い声で威嚇しながら見下ろしてくる。金髪ピアスの視線にも激しい怒気が宿っているのが判る。
落ち着け少年ども。と言うかツレが居るって分かったら素直に引け。と言うか引いて下さいお願いします。
乏しい大人力を総動員して必死で繰り出す作り笑顔が剥がれ落ちないうちに場を収めたいと考えていたその矢先、
「・・・パパ・・・」
ブリジットが消え入りそうな声で囁いた。
パ・・・パパですか!? まさかのパパですか!?
名前を呼ばない方が良いだろうと言う意図を敏感に察してくれたのは有難いけれども、よりによってパパですか!? お兄ちゃんとかじゃダメだったんですか!? 出来れば血が繋がってない方の!
パパと呼ばれた(彼らにしてみれば)オッサンの突然の登場に、さすがに若者たちも鼻白んだ様子だ。どう言う意味の「パパ」と解釈したかはその困惑の表情から読み取る事は出来ない。
2、3言恨み節のようなものを小声で残して、若者たちはそそくさと立ち去って行った。
その背中が通路の角に消えて行くのを見送ってから、小さく、だが深い息を落とす。
運が無かったな若者ども。大人ナメんな。
大人としてダメな科白を心の中で呟く。
特段誇らしい何かを成した訳ではないが、少しだけ気分が良くなってしまう程度にはダメな大人だ。