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【揺花草子。】(1)  作者: 篠木雪平
第1話『指先の星』
3/30

〈3〉

 先ほどの通り雨の余波か、地下道の床はまだ少し濡れている。

 市内中心部にあるJR駅を中心にそこそこの規模の地下通路が多方面に延びているが、地下街らしい地下街の存在しないこの街では地下道は飽くまで連絡通路でしかなく、基本的に人々は各々の目的地に向けて足早に過ぎ去って行くばかりだ。

「あっちゃぁ〜・・・」

 プリペイドカードを地下鉄の改札に通そうとした時、不意にブリジットが顔をしかめる。

「ゴメン、切符買って来るね。」

 そう言って軽い駆け足で券売機に向かうブリジット。どうやらプリペイドカードの残高が足りなかったらしい。

 この街の地下鉄や市バスでは全国的に採用が進んでいる鉄道系ICカードが使えず、切符や定期券を別とすれば市交通局が発行する磁気式のプリペイドカードを使用しなければならない。

 目下絶賛建設中の東西線の開業に先駆け鉄道系カード互換のICカードを採用する計画らしいが、何せ市交通局の厳しい台所事情、市民広報もあまり進んでいる感じはしないし、果たして計画通り実現するかどうかは予断を許さない。

「えっと・・・」

 普段足を運ばない方面への移動、ブリジットは券売機の上に掲げられている運賃案内を見上げながら目的の駅を探している。

 ぼくは少し離れた改札前からその姿をぼんやりと見つめていた。

 こうして傍目に見ると確かに彼女が人々の視線を集める理由も良く解る。彼女の立ち居振る舞いは強烈に目立つと言うわけでは決してないが、彼女を中心とした半径数メートルはまるで画像処理ソフトでフィルタを掛けたのじゃないかと錯覚するような不思議な空気感が広がっている。例えるなら『フィルター』→『フィルターギャラリー』→『変形』→『光彩拡散』的な。

 と、

「Do you need any help?」

 不意にブリジットに話しかける女性の姿。

 肩に掛からないくらいのボブカットの、7分丈のベージュのパンツと白いブラウスが良く似合うこざっぱりとした印象の若い女性だ。

 同年代の女の子と較べても小柄なブリジットとは頭ひとつ分近く背が高い。歳の頃は20歳ほどだろうか。恐らくは学生だろう。

 その後も女性は2、3言、流暢な、そしてすこぶる教科書的な英語でブリジットに声を掛けている。その穏和に微笑む優しい表情には、歩き慣れない日本の地方都市で困っている外国人の少女を一市民として助けてあげたいと言う実に見上げた信念めいたものが満ち溢れていて大層眩しい。画像処理ソフトで言えば『レイヤー効果』→『光彩(外側)』的な。

 年上のお姉さんに突然話しかけられ、ブリジットは目に見えてわたわたしている。普段余り見ない表情なのでちょっと面白い。

「Where would you like to go?」

 英会話入門に出て来そうなフレーズを投げかけられたブリジットは、おどおどと視線を左右に泳がせながら、蚊の鳴くような声で応える。

「あ〜・・・その・・・に、日本語でおk」

 その女性のがっかりとした顔と言ったら無かった。


「だいたいさぁ、外国人と見るや英語で話しかけるってのはどうかと思うよ?」

 1番線ホームで電車を待ちながらブリジットが頬を膨らませる。

 腹が立つのは分からないでもないが、危険ですのでホームドアを叩くのはおやめ下さいお客様。まだ割と新しいんでそれ。

 この街では外国人、特に欧米人を見かける機会は決して多くない。それはつまり、程度の差は大いにあれども、多くの市民が外国人に慣れていないと言う事でもある。ブリジットのように(少なくとも外見は)純度100%の外国人にはやはり我々日本人には見えない苦労もあるのだろうし、何かと特別視される事も少なくないのだろう。

「外国人がみんな英語理解できるなんて日本人の思い込みだよ! こっちはフランス人だっつーのさ! 英語なんか話せないよ!」

「イヤきみフランス語も話せないだろ。」

 電車の到着を伝える女声の英語アナウンスを耳の端で聞きながらそう言ったら、憤懣やるかたない表情でブリジットがバシバシ叩いて来る。

 これは少々理不尽に過ぎやしないだろうか。


「だからさ〜、最初は『なるほどなるほど。ショーパン穿いてると穿いてないとで区別すればいいのね〜』なんて気楽なコト考えてたわけ。」

 南行きの地下鉄車両は土曜日の午後と言うこの時間でも比較的空いている。6人掛けのシートの端にぼくと並んで腰を落ち着けたブリジットはさっきまでのふくれっ面はもう何処へやらで、文字通り遠足の小学生みたいな上機嫌な表情だ。

「途中のアイスのくだりとかさぁ、カエルのバッジ取り合うシーンとかさぁ、もうすっごいニヨニヨしながら観てたわけさ。なのにBパート後半からちょっと流れ変わったなって思ったら、終盤急激にアレだもんさぁ・・・。」

 表情を沈ませるブリジット。実に感受性の鋭い子である。

「ホントもう、あの話数は全力でSAN値ピンチだったよ・・・。」

「違う作品混じってるぞ。」

 周りの乗客は「この外国人の女の子は一体何を言っているんだ?」と言いたげな顔をして訝しげにブリジットをちらちら見ている。

 確かに一般の方々からしたら相当に意味不明な単語が飛び交っているような気がする。

「うん・・・言いたい事はとても良く解るしぼくとしてもきみの意見には全力で同意なんだけど・・・」

 善良な一般市民の皆さんホントすいません。この子ホントもうどうしようもないレベルのアニオタなんでどうぞ生ぬくい目で見守りつつスルーして頂けると幸甚です。

「あんまり大っきな声でそう言うハナシしない方が良いかな・・・。」

 空気を読んで窘めておいた。

 車内の風紀を守るジャッジメントですの。

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