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【揺花草子。】(1)  作者: 篠木雪平
第3話『Reserved.』
16/30

〈Side B〉

「でも右投げ左打ちです。バッティングフォームは振り子打法ね。」

「某鈴木さんかよ!!」

「フリーキックは左で蹴るよ。ペナルティエリア前45度はぼくの角度だよ。」

「代表に欲しい!!」


 いつものスタジオ。

 いつもの休憩時間。

 いつもの馬鹿馬鹿しい会話。


「そんで3トーンサンバーストカラーのジャズベのレフティモデルを愛用しています。」

「エリザベス!!」


 いつもの、阿部さんの左隣。

 いつもの、阿部さんのツッコミ。


「きみが安定の大概っぷりなもんだからちょっと喉が渇いちゃったよ・・・。大声出し過ぎた・・・」

「収録の時もそんぐらいやる気出して欲しいよ。」

「いや出してるよね!? けっこう汗だくで頑張ってるよねぼく!?」

「まぁ阿部さんがそう思うんならそうなんだろうね。阿部さんの中ではね。」

「黒ブリジット!?」


 阿部さんは、ホントに、拾って欲しいように拾ってくれるなぁ。


「とにかく・・・3本目の前にちょっと飲み物買って来るよ。お茶無くなったし・・・」


 そう言いながら阿部さんが席を立ちます。

 ホントお疲れ。ゴメンね阿部さんぼくのせいで。まぁ謝るだけで反省はしないけども。


「あっ、じゃあついでにお使いお願いして良いかな?」


 作業中だった『中の人』が不意に振り返って阿部さんにそう訊きました。


「いや外の自販機行くだけですよ?」

「誰かさんが現場入るなりエナジードリンクブチ撒けて床がベタベタだからウェットティッシュ買って来て欲しいんだけど。床に翼を授ける気かよ。」

「っっっ」


 阿部さん悔しそう。まぁそれも自業自得だよね。


「お茶は二リットルのペットで三本ぐらい買って来て。それとシャー芯と消しゴム、あとルーズリーフもお願い。それに乾電池も。」

「そんなん言うならもう自分で買いに行って下さいよ。」

「まぁまぁ、そう言うなって。お釣りはお駄賃にして良いからさ。」

「小学生かぼくは。」


 言いながら漱石先生を数枚ほど受け取る阿部さん。


「ブリジットもついてってあげて。」

「はーいっ」


 言われてぼくも立ち上がります。

 いかにも「別にひとりでも良いのに・・・」と言いたげな阿部さんの表情には気付かないふりをして。


 スタジオの入っているビルを出たら、最寄りのコンビニまではほんの数10メートル。

 たったそれだけの距離の、短いお散歩。

 阿部さんはいつものように、ぼくの右側を歩いてます。


 ぼくの右隣は阿部さんの指定席。

 ぼくは、左利きだから。


 ──気付いてないはずないじゃん。


 そう言う、ホントにどーでも良いちっちゃい優しさ。

 優しさって言うのも微妙なぐらいの気遣いのようなもの。

 ・・・阿部さん。実はね。ぼくね。


 ──けっこう、お気に入りだよ。

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