〈2〉
午前中に降った雨の雫がもどかしいぐらいの間隔を空けて屋根のひさしからぽたぽたと零れる。
玄関のチャイムを鳴らしてひと呼吸置き、ドアノブを引いてみる。
おずおずと中を覗き込んでみると、
「──やあ、来たね。待ってたよ。」
見慣れた帽子が出迎えてくれた。
「相手の子はもう来てるよ。」
短い廊下の突き当たりの重そうなドアを開いた先はリビングのような部屋・・・と言うには少しばかり無骨すぎる。
デスクの上には小さなミキシングコンソールと数台のパソコンやモニタ、壁には幾本かのケーブルがだらんと掛けられ、何本かのマイクスタンドも無造作に置かれている。
正面の壁はガラス張りになっていて、向こうにはテーブルとイスが数脚、テーブルの上にはマイクが備えられていた。
向こうが録音ブースで、こちらがミキシングルームと言うことか。
ちゃんとした録音スタジオ・・・と言うと少し言い過ぎか。中学校や高校の放送室よりは多少立派、ぐらいが適切な評価だろうか。
こちら側の部屋の片隅には打合せスペースを兼ねているであろうテーブルとソファ。
それと。
「っ──」
室内に入って来たぼくの姿に気付いてハッとした様子で立ち上がる1人の少女。
風も無いのにやわらかく揺れているかのようなふわふわのブロンドの髪を可愛らしいリボンで2つに結っている。透き通る大きな翠玉の瞳。少し緊張しているのか、やや赤みの差した頬が乳白色の肌に良く映える。
立ち上がった拍子にパッと裾が広がったボリューム感のあるワンピースが良く似合っていた。
「・・・ほら、初対面なんだから挨拶のひとつもしなよ。」
後ろから帽子に小突かれて不意に我に返る。
「あー・・・」
リアクションに困りながら曖昧な表情をしていたに違いであろうぼく。
改めて少女の姿を見つめ直す。少し不安げな表情でワンピースの胸元を指先で無意識にいじっている少女。緊張している時の癖なのだろうか。視線もあちこち漂っていて落ち着きがない。
小柄で華奢な体つき。服装や相貌から判断するに、年の頃は10代半ばと言ったところか。
と言うかそれ以前に、どう見ても外国人です。
「えーっと・・・ナ・ナイストゥーミーチュー。」
全力でカタコトイングリッシュを披露する。新しき地平線の彼方より目覚めろぼくの中のマイク・デービス。妹のナンシーでも良いけど。でも兄貴のフレッドはなんか嫌だ。
「・・・あははっ」
少しだけ決まりが悪そうに、少女が笑みを零した。場の空気が少しだけ弛緩したように感じる。
少女はぼくにまっすぐ向き直り、ニコッと微笑んで語りかける。
「日本語でおk。」
・・・ハイ?
複数の意味でハイ?
「ぼく英語できないから。」
「・・・ハイ?」
最低4つ以上の意味でハイ?
「な? ビックリしたろ?」
帽子がニヤニヤしながらそう問いかける。
そりゃもうビックリもしますさ。辛うじて『悪いイミで。』ではなかったけれども。
「阿部さんですよね、お話聞いてました。自分探しの旅の途中なんですよね? 主に自宅で。」
ハイ悪いイミでした。
「ちょっ・・・ごめん、一旦ごめん。いろいろごめん。いっこいっこ整理させてもらって良いかな?」
「うん、いいですよ。狭いとこだけど気にしないでくつろいで。」
「それきみが言うんだ!?」
疑問がまたひとつ増えました。




