~蒼遼伝4~
蒼遼が本営を後にして幕舎に戻る途中、一人の女性が馬の世話をしていた。韓遂の娘・韓玲であった。彼女は、父・韓遂の頼みで蒼遼の属する馬超軍に従軍していた。
「韓玲殿か。」
蒼遼が声を掛けると、韓玲は振り向き会釈をした。
「蒼遼様でしたか。私に、何か御用でしょうか?」
「ああ、そなたに聞きたいことがあってな。」
そう言うと、蒼遼は自分の馬を引いてきた。
「立ち話より、馬に乗って散歩しながら話そう。そなたも、その方が良かろう。」
「かしこまりました。お気遣いありがとうございます。」
二人は馬に跨ると、陣地内を周るように馬をゆっくり進めた。少し間を置いて蒼遼が口を開いた。
「韓玲殿、最初から疑問に思っていた故単刀直入に聞くが、なぜお父上の韓遂殿はそなたをこの戦に従軍させたのだろうか?」
すると、韓玲は少し考えたあと答えた。
「一つは父が言っていたように、私自身の意思です。戦場に出てみたいと言っていたのは本当ですから。ただ父が私を従軍することを許可した理由は他にもあります。それは、幼いころに亡くなった母と同じようにしたい、と思ったのではないでしょうか?」
「亡きお母様と同じように…?」
「はい。私の母は、騎馬民族・羌の出身です。羌族は幼き頃から男女関係なく馬に乗っていた、と父から聞いたことがあります。また、有事の際に自分の身を守れるよう、ある程度の武術は教えられていたようです。」
「なるほど。韓遂殿は、亡き奥方様の生き方を尊重するために韓玲殿を戦場に送った、というわけですか。」
「そうだと思います。しかし、もう一つ思い当たる理由があります。」
「もう一つの理由…それは?」
すると韓玲は、少し恥ずかしそうな表情をしながら言った。
「実は私、武芸が人一倍強いみたいで…。私の武がどの程度通用するか見てみたいのでしょう。もう一つは、私には男兄弟がおりません。お父様は私に武功を立てさせるため、戦場に送り出したのでしょう。あたかも、息子代わりにするかのように…。」
「そういうことでしたか。…それにしても、韓玲殿の武芸はそれ程のものなのですか?」
「どれくらいかはわかりません。ただ、父は馬岱様ぐらいあるとからかってくるんです…。」
「馬岱殿並み?それが仮に本当でしたら中々ですよ。並みの男子よりも強いかもしれません。」
韓玲は、顔を真っ赤にして語気を強めて言った。
「でも…、武芸が強いと言っても私だって女です!武芸が並みの男性より強いことをからかわなくったって…。」
そこまで言ったところで、韓鈴はハッとして蒼遼に謝罪した。
「も、申し訳ありません!蒼遼様にこのような愚痴を言ってしまうとは…。」
蒼遼は笑顔で首を振った。
「大丈夫ですよ、韓玲殿。あなたがそう思うのももっともですから…。でも韓玲殿、人には人それぞれの生き方があります。韓玲殿も周りに左右されずに自分なりの生き方を探してみは良いんじゃないでしょうか?」
そうこうしている内に、陣地を一周して先ほどの厩舎の前に来た。
「今日は、話に付き合ってくれてありがとう。明日の戦、共に戦い抜こう。」
そう言うと、蒼遼は馬から降りて自分の幕舎に向かった。韓玲は、その後ろ姿をずっと見つめていた。