~蒼遼伝3~
蒼遼は小高い丘の上で冀州と幷州を結ぶ要所、壺関を眺めていた。そんな彼の周りでは、着々と自陣の設営が進められていた。
今、蒼遼が眺めている壺関には、今回戦う敵が立て籠っていた。
その敵総大将の名は高幹。彼は官渡の戦いで曹操と争った袁紹の甥である。先の戦の敗戦後、一時期は曹操に降っていたが、今また反旗を翻して壺関で防御態勢を取っていた。
蒼遼が壺関を眺めていると、後ろから声を掛けられた。蒼遼が振り返ると、声の主は馬岱であった。
「蒼遼殿、従兄上がお呼びです。恐らく、軍議の準備が出来たのかと。」
蒼遼は頷くと、馬岱の後に付いていった。
蒼遼と馬岱が幕舎に着くと、すでに馬超が机の左側に、龐悳が机の右側に座っていた。そして、机の奥には見慣れない人物が座っていた。
「来たか、士叡。この方は鍾繇殿、曹操殿の配下でこの戦の総大将だ。」
「鍾繇と申します。蒼遼殿と馬岱殿のことは、すでに馬超殿からお聞きしています。以後、お見知りおきのほどを…。」
鍾繇は、入ってきた二人に軽く会釈をすると、机上の地図を指して説明した。
「では、現在の戦況を説明させていただきます。敵総大将は、袁紹の甥である高幹。高幹自身は壺関に籠り、表で守備しているのは、武将の郭援の部隊のみです。しかし…。」
鍾繇は、眉をしかめた。
「壺関は、三方を山に囲まれているため、守り易く攻めにくい場所となっています。また、城門を守っている郭援は、武に長じた男。我が軍も、何回か攻めているのですが思うような戦果が出ていない、というのが現状です。」
現に曹操軍は、この前に曹洪を高幹討伐に向かわせたが、郭援に敗れていた。
「そこで、どうすればこの局面を打破できるか、皆さんにお伺いしたいのです。」
「なるほどな…。」
馬超は、地図をしばらく見ると言った。
「この郭援隊を潰さない限り、壺関を攻めることは出来ない。かといって、力押しで押し込むだけでは郭援の部隊のみならず、壺関内の敵とも一度に戦うことになり味方の損害も大きくなってしまう。さて、どうしたものか…。」
馬超のとなりで地形図を眺めていた蒼遼はあることに気が付き、進み出て言った。
「馬超殿、僭越ながら私が案を述べてもよろしいでしょうか?」
「うむ、今の我が涼州軍の中では、お前が一番知に長けている。お前が気付いたことが、この戦の攻略に役立つかもしれん。鍾繇殿、よろしいか?」
鍾繇は頷いた。
「ええ、ぜひ言っていただきたい。」
「それでは、述べさせていただきます。」
蒼遼は一呼吸置くと、地形図に目を落とした。
「壺関を攻めるには、確かに郭援隊は邪魔です。しかし、壊滅させようと考えると先の戦の二の舞になってしまう。そこで、囮部隊を使って郭援隊を関門から引き離すのがいいと考えます。」
そう言うと、蒼遼は軍隊に見立てた木片を、指さして言った。
「郭援隊は、前の戦の勝利で勢いに乗っています。そこを利用し、歩兵部隊で偽退却を仕掛け郭援隊を関門から引き離します。十分離れたところで、騎馬隊がその虚を突きます。そして、郭援隊が騎馬隊の突撃で混乱している間に攻城兵器で、壺関を破るのです。」
すると、傍らで座っていた龐悳が口を開いた。
「なるほど、その案ならば壺関を突破できるかもしれん。問題は、最初の囮役であろう。」
「そうです。龐悳殿のおっしゃる通り、この後退する部隊が重要になります。そこで、鍾繇殿にお訊ねしたいのですが…。」
蒼遼は、鍾繇の方を向いて言った。
「我が涼州軍のほとんどは、後退が苦手な騎馬隊です。そこで、囮役を精強との誉れ高い曹操軍の歩兵部隊にお願いしたいのです。現在、駐屯している将軍で、守りや後退が得意な者はいらっしゃいますか?」
鍾繇は、やや思案して答えた。
「我が軍に、満寵という者がいる。彼の者なら、本作戦の後退役に適任です。今から、ここにお呼びしましょう。少々お待ちを。」
やや暫くして満寵が軍営に到着した。
「お待たせいたしました。私は満寵、字を伯寧と申します。鍾繇殿から、私の力が必要だと言われましたが…。」
「はい、今回の作戦では満寵殿のお力が必要なのです。それでは、作戦の詳しい内容を説明します。」
蒼遼は、地図上の木片を動かしながら、説明を始めた。
「まず、先発隊の満寵殿が郭援隊と当たります。その後、機を見て少しずつ後退するのです。さすれば、相手は前の戦と同様に追撃を掛けるため、突出してくるでしょう。敵の突出してきたところに、馬超殿と龐悳殿の騎馬隊が左右から郭援隊を攻撃し、敵を撹乱させます。騎馬隊と時を同じくして鍾繇殿の攻城部隊と、それを守る馬岱殿の弓騎兵と歩兵の混成部隊も進撃し、郭援隊が混乱している隙に壺関に迫り、城門を破る。このような作戦でいきます。」
「蒼遼殿の作戦、よく分かりました。各々、異論はありませんか?」
鍾繇の問いに、全員は一応に「諾!」と答えた。
「それでは、本日の軍議はこれで解散となります。開戦は明日、勝利で飾れるよう、各々よろしくお願いいたします。」
軍議解散後、蒼遼は満寵に向かって言った。
「この作戦、満寵殿が鍵となります。何卒、この若輩が提案した作戦の成就に力をお貸しください。」
満寵は拱手していった。
「蒼遼殿、若輩とはとんでもない。見事な作戦だと、感服しております。この満寵、必ずやこの大任を成功させましょう。」
蒼遼は、笑顔で頷いた。