~蒼遼伝~
2人の青年が木槍を持って向かい合っていた。
1人は修練服に身を包んでいた。槍の持ち方は少しぎこちない感じだが、今まで修練をしてきた痕がその腕に残っている。顔は柔和な表情をしているが、その目には力と輝きがあり、真面目な印象を受ける。身体は細く将としてはまだ頼りないが、その素質はところどころに表れている。
青年の名は蒼遼、字を士叡という。彼は故郷の徐州を離れた後、涼州に赴き馬騰軍に兵士として加わっていたが、1人の武将に見出されてその側仕えとなった。
その武将が蒼遼と向かい合っているもう一人の青年である。彼は馬超、字を孟起といい馬騰の嫡男である。
馬超は、蒼遼に比べて少し派手な格好をしており、彼と比べると一瞬軽そうな印象を受ける。しかし、その槍はしっかりと握られ隙がなく、そして静かな闘志を讃えていた。端正な顔立ちで、細身だが締まった身体をしており、若いが武将としての気品さが感じられる。
蒼遼は一瞬の間をおいた後、馬超に向けて木槍を上段から振り下ろした。馬超は己の木槍でそれを受け止めて弾いた後、蒼遼に向かってなぎ払うように木槍を振り回した。蒼遼は何とか後ろに飛び退いてそれを避けた。そして、なぎ払った後で無防備になっている馬超の腰を目がけて木槍を突いた。しかし、馬超はなぎ払った勢いで回りながら蒼遼とすれ違う様に木槍を避け、背後に周りその背中を突いた。
蒼遼は、歪んだ表情をして片膝をついた。
「くっ…。」
起き上がろうとする蒼遼を馬超が制した。
「士叡、もうじき暗くなる。今日はここまでにして戻ろう。」
「いえ馬超殿、もう少し相手を…。」
「士叡、お前が初めてここに来た時よりも槍の腕は上達しているし、その努力も認める。だが、お前は真面目ゆえに頑張りすぎるところがある。疲れていては勝てる戦にも勝てん。休むことも重要だぞ。」
そう言って馬超は馬に乗り、蒼遼にも目で馬に乗るように促した。
仕方なく、蒼遼もそれに従い自らの馬に跨った。蒼遼が騎乗するのを見届けた馬超は、馬腹を蹴って駆けだした。蒼遼もピタリと後に続いた。
修練からの帰路、ふと蒼遼は故郷の徐州がある中原に思いを馳せていた。
この頃、中原では徐州を占拠していた呂布が曹操と劉備の連合軍に倒されていた。また、幽州の公孫瓉を倒した袁紹が河北での主権を確立、曹操と袁紹の衝突は避けられない状況になっていた。
蒼遼は、故郷周辺の動向が気になり隣りを駆けている馬超に問いかけた。
「馬超殿、中原では何か変化がありましたか?」
馬超は正面を見据えたままで言った。
「そういえば昨日、伝令から士叡の故郷・徐州の情報が入っていたな。」
「徐州は呂布が倒れた後、曹操の支配下に入ったと聞いていますが…。」
「あぁ、つい最近まではな。士叡、お前が初めて俺の側仕えになったとき、劉備の世話になっていたと言っていたな。」
「はい。」
「その劉備が曹操の命で袁術を倒した後、徐州でその曹操に対して反旗を翻したそうだ。今、徐州は曹操ではなく再び劉備が主となっている。」
「そうですか、劉備様が…。」
そうこうしている間に、馬超の館の前に着いた。馬を降りた蒼遼に向かって馬超が言った。
「俺は涼州を出たことがないから分らないが、やはり故郷は懐かしいものか?」
馬超の問いに対して蒼遼は、故郷の徐州があるであろう方向を見た。
「私は故郷を離れて四年が経ちますが、やはり今でも故郷を懐かしく思います。家族や友との思い出もありますから。」
「士叡、お前は俺の側仕えではあるが、父上直属の配下ではない。もし、故郷が心配であるなら、戻っても構わないが…。」
馬超は蒼遼を気遣って言ったが、蒼遼は首を横に振った。
「私には故郷を出る際に約束を交わした二人の友がいます。互いに一人前になったら会おう、と。その約束を果たせずして、故郷に帰ることはできません。」
馬超の馬を厩舎に繋ぎとめ、戻ってきた蒼遼に再び問いかけた。
「ならば士叡、お前が考える一人前とは何だ?」
「私は参謀として計略を練れば味方の勝利を引き寄せ、将として軍を率いれば味方の戦局を有利に導くことのできる…。そのような、知勇を兼ね備えた将軍になったときに、私は一人前になれたと感じることができると思います。」
そう言うと、蒼遼は馬超の前で片膝をついた。
「馬超殿、今後もご指導の程よろしくお願いします。」
馬超は腕を組むと言った。
「立て、士叡、お前の目標が聞けて良かった。槍の修練が一通り終わったら、用兵術も教えよう。これには実践も伴ってくる。厳しくなるが付いてこれるな?」
「どんな試練でも乗り越えてみせます!」
「頼もしい、それでこそ俺が目を付けた男だ。そして、知略のことだが…。」
馬超は少し目線を落とし、思案しながら言った。
「俺は知略に関しては少し疎い。だから知略に関しては、成公英殿を紹介しよう。成公英殿は、涼州では知略に定評があることで有名だからな。」
「わざわざそこまでしていただけるとは、ありがとうございます。」
「なに、お前を兵士から抜擢したのだ。その才を伸ばしてやるのは当然だ。それに、ゆくゆくはお前に俺の側近となってほしいと考えている。俺の側近としてふさわしい男になってくれないとな。」
「ありがたきお言葉。馬超殿の期待に添えるよう、精進いたします。」
蒼遼の言葉を聞いた馬超は頷き、
「うむ。ではまた明日、今日と同じ時間に会おう。」
そういうと、馬超は自身の館に入って行った。
蒼遼は馬超の後姿を見送ると、自らも自身の屋敷へ帰っていった。
初の小説投稿です。
これからも、書いていく予定なのでよろしくお願いしますm(_ _)m