正月企画「鍋」
白菜、きのこ、豆腐、醤油ベースの汁にそれらを入れ、旨み用に鶏肉を入れる。これで基本の材料は揃った。後は……
年明けての一月二日。この日は大学時代の悪友たちと一堂に会す日でもある。
同じ学部だった俺含めて四人。大学一年の頃より毎年の恒例行事だ。もう十年にもなるのか。
卒業した今は市内外に就職したが、帰省に合わせ集合する。
場所は決まって俺の部屋。
大学入学と同時に一人暮らしを始めた俺の部屋は、溜まり場所として好都合だったからだ。
一人暮らしには不釣り合いな十号の土鍋を、カセットコンロの上に載せ、箸やコップの用意をする。時計を見るとそろそろみんな集まる時間だ。
呼び鈴が鳴り、まず一人。
「おーす。ビール入れとくな」
こいつは必ず十分前に現れるやつだ。どこで待ち合わせしても、必ず。学生時代から全く変わらない。
ビール担当。
続けて、日本酒担当がやってきた。時間丁度。
五分遅れて肉担当が来る。
酒を並べ、鍋が煮える頃になって甘味担当がようやく到着した。こいつは自分で菓子を作るのが趣味で、かといって他に披露する相手もいないらしく、毎回手製の菓子を持ってくるので担当としたのだ。
「おいおい俺が来るまでちょっと待てよ」
「おめーいつもおせーじゃん」
「ふはは。馬鹿め、今日はいつもより三十分早いわ!」
「ククク……ほんとはな、一時間お前だけ早く時間言ってるのだアホめ!」
いつもの下りはいつも通りやり遂げ、ようやく全員がそろった。
「じゃ恒例の、やりますか」
おもむろに立ち上がり、それぞれがテキパキと準備を始める。
照明のスイッチを切り、カーテンをきっちり閉め、真っ暗な部屋となる。
唯一、カセットコンロの青い光が揺らめくだけだ。
そしてそれぞれが一年ぶりに施した鍋を、ともに食べる瞬間がやってきた。
「よーし、投入!」
ちゃぽん、ちゃぽん。
そしていくばくかの時間が経ち、煮えた頃。
俺たちはそれぞれが取り皿と箸を持って戦闘態勢に入る。
「互いの友情に万歳ィィィー!」
いただきます、の代わりに全員が高らかに声を上げる。
青臭いが、初回に言ったセリフがお決まりの言葉となっているのだ。
鍋に箸がいくつも潜り、それぞれの獲物を皿に取り上げる。
そして。
「ぐふっ! お、おい! 誰だイクラ入れたの!」
「ボ、ボソボゾ……ううっ、これはひょっとして数の子か」
「甘い……甘いよ! 豆? 煮豆??」
「崩れる……そしてやたら甘……あんこ? 饅頭か!?」
――そう。
俺たちの恒例行事は『闇鍋』だ。
必ず食べられるものをという唯一のルールをもとに、それぞれが持ち寄って鍋に投入する。
マシュマロ、チョコなどは溶けてしまうし可愛いものだが、虫などゲテモノが被った年は地獄を見た。
それでも懲りずに、毎年闇鍋をする。
俺はこの時間がこの上なく幸せだった。
変わらぬ友情。言わずとも察する空気。
だから、それを変えてしまうかもしれないのが怖い。
とても、怖い。
俺は、就職先で深雪と出会った。もう付き合いは三年になる。
俺の押し切りで、ようやく彼女になってもらえたのだ。
先月のクリスマスに結婚を申し込んだ。
彼女の地元も同じ市内で、明日……彼女の実家に挨拶に行くことになっていた。
緊張はしている。
しかし。
この男だけの会が、来年以降開催できないかもしれないのが嫌だ。
俺だけの都合で、歩調が乱れるのが嫌だ。
この空気を壊すのが、嫌だ。
「……おい、鶏肉だけだよな? これ魚っぽいんだ。マトモだな」
「でかい昆布もある。普通すぎる」
「ちょ、でかい! なんだこれなんだこれ……って! エビか!? 伊勢海老ぽい!」
「イカくせーけど固い……スルメ?」
いつもの基本鍋には入っていないはずの、まともな食材。
「おい……みんな聞いてほしいことがあるんだ」
俺は、意を決して口を開く。
しかし、それに割り込んだ声が上がった。
「俺も、この機会に言いたいことがある」
「なんだお前もか」
「全員?」
青白い光を真ん中に囲んだそれぞれが、息をそろそろと吐き出した。
今年は、みんな心に何かを持ってやってきた。
それは、始まりの終わりなのか。
それは、終わりの始まりなのか。
くつくつと、鍋が煮える音だけが静けさを切る。
「じゃあさ、いっぺんに言おうぜ」
「お、おう」
自分が壊してしまうかもしれないのが辛い。
今年で最後になってしまいそうなのが辛い。
絞るように出した自分の声は、自分の声じゃないようだった。
「じゃあ、せーの、でいいか?」
一旦、カセットコンロの火を止め、皆が箸を置く。
時計の秒針が、カミソリの刃のように部屋の空気を切りつけた。
「せーの!」
『俺、結婚することになった!』
……しん、と静まり返る部屋。
「え」
「え」
「ええ?」
「ちょ」
誰が言った。いや、俺が言った。違う。正しくは――俺も、言った。
「全員かよ」
一言一句違わず、口を揃えて飛び出た言葉は「結婚」だった。
つまり話を合わすとこれだ。
結局のところ、全員が同じように悩み、同じように告白した。
ただそれだけのことだ。
「じゃ、来年どーすんだ」
闇鍋について彼女に聞いたことがあるが、面白そうだけど嫌だ、と拒否された経緯がある。
それに、これは俺たち四人だけの楽しみでありたい。
しかし家族となるなら歩調を合わせたい……どうする?
「別に家族ぐるみで集まればいんじゃね?」
「でも鍋が……」
「それはそれで、男だけで夜中にやればいーじゃんか」
「なるほど」
「年に一度の楽しみは譲れない」
「よーし、意見は一致だ! じゃ、もう一回乾杯だ!」
「互いの友情に万歳ィィィー!」
再びお決まりのセリフを口々に叫び、鍋へと箸を伸ばした。
よく確かめれば、皆が持ち寄った食材それぞれ、縁起のいいものばかりだった。
一気に気が楽になった俺たちは、彼女には聞かせられない腹を割った話をした。
せめて結婚式の日取りは一か月ずらすよう調整しよう、祝儀の値段は揃えよう、など。
いや、もっと下世話な話もあったが、男四人気心知れあった仲だから言えるのだ。
毎年、同じような会話をし、同じような思い出話をし、同じように笑う。
学生時代の友人は、一生ものだという。
日は変わるかもしれない。
時間も変わるかもしれない。
けれど友情だけは変わらずに。
これからも、この先も。