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2013年1月企画

正月企画「鍋」

作者: 妄想部

 白菜、きのこ、豆腐、醤油ベースの汁にそれらを入れ、旨み用に鶏肉を入れる。これで基本の材料は揃った。後は……


 年明けての一月二日。この日は大学時代の悪友たちと一堂に会す日でもある。

 同じ学部だった俺含めて四人。大学一年の頃より毎年の恒例行事だ。もう十年にもなるのか。

 卒業した今は市内外に就職したが、帰省に合わせ集合する。

 場所は決まって俺の部屋。

 大学入学と同時に一人暮らしを始めた俺の部屋は、溜まり場所として好都合だったからだ。


 一人暮らしには不釣り合いな十号の土鍋を、カセットコンロの上に載せ、箸やコップの用意をする。時計を見るとそろそろみんな集まる時間だ。

 呼び鈴が鳴り、まず一人。

「おーす。ビール入れとくな」

 こいつは必ず十分前に現れるやつだ。どこで待ち合わせしても、必ず。学生時代から全く変わらない。

 ビール担当。

 続けて、日本酒担当がやってきた。時間丁度。

 五分遅れて肉担当が来る。

 酒を並べ、鍋が煮える頃になって甘味担当がようやく到着した。こいつは自分で菓子を作るのが趣味で、かといって他に披露する相手もいないらしく、毎回手製の菓子を持ってくるので担当としたのだ。

「おいおい俺が来るまでちょっと待てよ」

「おめーいつもおせーじゃん」

「ふはは。馬鹿め、今日はいつもより三十分早いわ!」

「ククク……ほんとはな、一時間お前だけ早く時間言ってるのだアホめ!」

 いつもの下りはいつも通りやり遂げ、ようやく全員がそろった。

「じゃ恒例の、やりますか」

 おもむろに立ち上がり、それぞれがテキパキと準備を始める。

 照明のスイッチを切り、カーテンをきっちり閉め、真っ暗な部屋となる。

 唯一、カセットコンロの青い光が揺らめくだけだ。

 そしてそれぞれが一年ぶりに施した鍋を、ともに食べる瞬間がやってきた。

「よーし、投入!」

 ちゃぽん、ちゃぽん。

 そしていくばくかの時間が経ち、煮えた頃。

 俺たちはそれぞれが取り皿と箸を持って戦闘態勢に入る。

「互いの友情に万歳ィィィー!」

 いただきます、の代わりに全員が高らかに声を上げる。

 青臭いが、初回に言ったセリフがお決まりの言葉となっているのだ。

 鍋に箸がいくつも潜り、それぞれの獲物を皿に取り上げる。

 そして。

「ぐふっ! お、おい! 誰だイクラ入れたの!」

「ボ、ボソボゾ……ううっ、これはひょっとして数の子か」

「甘い……甘いよ! 豆? 煮豆??」

「崩れる……そしてやたら甘……あんこ? 饅頭か!?」

 ――そう。

 俺たちの恒例行事は『闇鍋』だ。

 必ず食べられるものをという唯一のルールをもとに、それぞれが持ち寄って鍋に投入する。

 マシュマロ、チョコなどは溶けてしまうし可愛いものだが、虫などゲテモノが被った年は地獄を見た。

 それでも懲りずに、毎年闇鍋をする。

 俺はこの時間がこの上なく幸せだった。

 変わらぬ友情。言わずとも察する空気。

 だから、それを変えてしまうかもしれないのが怖い。

 とても、怖い。


 俺は、就職先で深雪と出会った。もう付き合いは三年になる。

 俺の押し切りで、ようやく彼女になってもらえたのだ。

 先月のクリスマスに結婚を申し込んだ。

 彼女の地元も同じ市内で、明日……彼女の実家に挨拶に行くことになっていた。

 緊張はしている。

 しかし。

 この男だけの会が、来年以降開催できないかもしれないのが嫌だ。

 俺だけの都合で、歩調が乱れるのが嫌だ。

 この空気を壊すのが、嫌だ。

「……おい、鶏肉だけだよな? これ魚っぽいんだ。マトモだな」

「でかい昆布もある。普通すぎる」

「ちょ、でかい! なんだこれなんだこれ……って! エビか!? 伊勢海老ぽい!」

「イカくせーけど固い……スルメ?」

 いつもの基本鍋には入っていないはずの、まともな食材。

「おい……みんな聞いてほしいことがあるんだ」

 俺は、意を決して口を開く。

 しかし、それに割り込んだ声が上がった。

「俺も、この機会に言いたいことがある」

「なんだお前もか」

「全員?」

 青白い光を真ん中に囲んだそれぞれが、息をそろそろと吐き出した。

 今年は、みんな心に何かを持ってやってきた。

 それは、始まりの終わりなのか。

 それは、終わりの始まりなのか。

 くつくつと、鍋が煮える音だけが静けさを切る。

「じゃあさ、いっぺんに言おうぜ」

「お、おう」

 自分が壊してしまうかもしれないのが辛い。

 今年で最後になってしまいそうなのが辛い。

 絞るように出した自分の声は、自分の声じゃないようだった。

「じゃあ、せーの、でいいか?」

 一旦、カセットコンロの火を止め、皆が箸を置く。

 時計の秒針が、カミソリの刃のように部屋の空気を切りつけた。


「せーの!」







 『俺、結婚することになった!』






 ……しん、と静まり返る部屋。

「え」

「え」

「ええ?」

「ちょ」

 誰が言った。いや、俺が言った。違う。正しくは――俺も、言った。

「全員かよ」

 一言一句違わず、口を揃えて飛び出た言葉は「結婚」だった。

 

 つまり話を合わすとこれだ。

 結局のところ、全員が同じように悩み、同じように告白した。

 ただそれだけのことだ。

「じゃ、来年どーすんだ」

 闇鍋について彼女に聞いたことがあるが、面白そうだけど嫌だ、と拒否された経緯がある。

 それに、これは俺たち四人だけの楽しみでありたい。

 しかし家族となるなら歩調を合わせたい……どうする?

「別に家族ぐるみで集まればいんじゃね?」

「でも鍋が……」

「それはそれで、男だけで夜中にやればいーじゃんか」

「なるほど」

「年に一度の楽しみは譲れない」

「よーし、意見は一致だ! じゃ、もう一回乾杯だ!」

「互いの友情に万歳ィィィー!」

 再びお決まりのセリフを口々に叫び、鍋へと箸を伸ばした。

 よく確かめれば、皆が持ち寄った食材それぞれ、縁起のいいものばかりだった。

 一気に気が楽になった俺たちは、彼女には聞かせられない腹を割った話をした。

 せめて結婚式の日取りは一か月ずらすよう調整しよう、祝儀の値段は揃えよう、など。

 いや、もっと下世話な話もあったが、男四人気心知れあった仲だから言えるのだ。


 毎年、同じような会話をし、同じような思い出話をし、同じように笑う。

 学生時代の友人は、一生ものだという。

 日は変わるかもしれない。

 時間も変わるかもしれない。

 けれど友情だけは変わらずに。


 これからも、この先も。

 



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