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人を殺したことがない盗賊

作者: らいとてん

薄暗い森の中、黒の瞳に黒の髪を持つ少女は首を傾げた。


「ねえ」

「なんだ?」


問いかけられた男が、己の腰ほどの背丈の少女を抱き上げる。


「どうして私を殺さなかったの?」


幼い口調に似合わぬ随分と物騒な台詞に男は暫し絶句した。


***


少女は子供とは思えぬほど聡かった。


彼らが出会ったのは、やはり薄暗い森の中だった。

男の血に塗れた剣を見つめる彼女の瞳は絶望の黒に染まっていた。


人形めいた無機質な表情の少女だった。

だが、男が何の気まぐれか彼女を保護し、寝床を与え、温かい食事を共にとるうちに、

彼女は次第に『人』の顔をするようになった。


今では庇護者へと幼子が向けるにふさわしいただ澄んだ黒色の瞳が彼を見つめている。

物騒な質問にぎょっとした彼は、少女の瞳の中に浮かぶ純粋な疑問の色を見て、いつもの発作ではなかったとほっとした。


この少女は、時たま世界に絶望する。

その時、彼女の口からはおびただしい質問があふれる。


「どうして」「なぜ」「わからないの」「どうすれば」「いったい」……


これまで数々の疑問をぶつけられてきたが、彼は一つとしてまとも答えられたことが無かった。

そして、その度に、何か一つでも良いから答えを思いついてやれぬかと延々と悩むことになるのだ。

だが、どうやら今回の問いかけは、ただの好奇心から来た軽い質問らしい。

少女の命がかかった問いを、軽いと見なして良いかは疑問だが。

コレなら簡単だ。

彼は口を開こうとした。


「いい加減にしてください!」

「そうです! もう全員のしたんですから! 早くずらがりましょう!」


部下達の抗議の声にふとを見渡せば、気絶した男達が辺り一面に転がっている。


実は、少女の問いかけを受けた時、男は戦闘中であった。

男は無意識のうちに見事な剣捌きで敵を倒していたのだ。

のんきに少女と会話している場合ではないと部下達の目が訴える。


もともと、彼らは少女を連れてくるのに反対だったのだ。

曰く――

「そんなことして怪我でもしたらどうするんだ」

「お嫁に行けなくなってしまうわよ」

「あのようなものを見せると、心の傷になるかもしれんのぉ」

「怯えたら可哀想です」

「教育上宜しくないかと」


なんというか、「戦闘の邪魔になる」と言わないあたり、どこかずれていた。

今回の襲撃の作戦会議でも、主な内容はいかに少女を守るかであった。


襲撃自体の方法は、「少女保護原則」が決まった後に議論したが、

「適当で」

「野生の勘で」

「なるようになります」

「人生思いどおりに行くなどと思ってはいかん。あれは儂が……」

「もう夜遅いし、明日の襲撃に備えて、もう寝ましょう。」

「まて、儂の話を……」

そこで少女が欠伸をしたため、全員一致で「よゐ子は早く寝ましょう」のお手本を示すためにも、解散することとなったのだった。


少女は随分と肝が据わっていた。

戦力にこそならなかったが、決して足手まといにはならなかった。

それは彼女と喋る余裕まである彼らの実力のおかげでもあったのだが。


「帰ったら教えてやる」

短く少女に囁くと、彼は声を張り上げた。

「よし! 引き上げるぞ!」

おうっ! と部下達の雄叫びが森の中に木霊した。


「ねえ」

「なんだ?」

「質問の答は?」


男は切り株の上に座っている少女を見た。

「俺が、今、何をしているか分かるか?」


「畑を耕しているね」


そこで男は鍬を置き、少女にもう一度尋ねた。

「俺の仕事はなんだと思う?」


「盗賊」


「え――!」


突然、後ろの茂みから少年の叫び声がして少女は目を丸くして振り返る。

見れば、男の部下が懐から笛を取り出し、何かを合図している。

澄んだ音が晴れ渡った空に響く。

すると、ぞろぞろと男の部下達が集まってきた。


「なんですの?」

「ほいほい」

「今、忙しいんだ。さっさと用件を言え」


騒ぎに怯え男に抱きついた少女を、少年が興奮した様子で指差して彼らに言った。

「ぼ、僕たち。と、盗賊だと思われてたみたい」

全員が、ぎょっとした表情で少女を見る。

そして異口同音に否定し始めた。


「それは誤解です」

「違いますわ」

「こんないたいけな老人に、そんなことが出来るもんかい」

「違う」


そのまま、ぎゃあぎゃあとそれぞれが主張を続ける。

一斉にしゃべられて少女は誰が何を言っているのか分からなかった。

溜息をついた男がすっと手を挙げれば人々は口を閉じた。

静まり返った畑で男は簡潔に少女に真実を述べる。


「俺らは……農民だ」


「うそ!」


少女が叫ぶ。

「だって、初めてあったとき、血まみれの剣を……」

「ああ。熊を倒した後だったからな」

「熊?」

そうそう、と男は頷く。

「肉が出た日があっただろう」

そう言えばここに来た翌日に肉が出た気がすると少女は呟いた。

「あれがその熊だ」

男はその毛皮を、次に町に行ったときに売るつもりだった。

そうすれば、男の小さい頃の服を着ている少女にもう少しまともな物を着させてやれるだろう。

「で、でも、何度も色々な人達を襲撃してた」

「あれが盗賊だ」

「……え? 本当に?」

今度こそ絶句した少女に、他の者達が一斉に頷いた。


「あいつら、俺らの畑を荒らすからな」

「女子供に悪さしようともしましたわね」

「いたいけな老人に酷いことをしようともしおってなぁ」


口々に、盗賊達の悪行を彼らは語った。

最後にまとめるのはやはり男だった。


「いたいけな老人はともかく、迷惑をしていたのは確かだった。だから懲らしめただけだ」

「なんじゃと!」


だが、少女はまだ納得できないという顔つきだった。

だって、と少女は言う。

「盗賊より農民が強いなんて、変じゃない?」

だが周りの人々は首を振る。


「逆」

「あいつらが弱いのよ」

「ウチの大将の方が頭良いですよね」

「武器と知恵さえあれば、あのような者達は熊より簡単に倒すことが出来ます」


じゃあ、と少女が自信なげにつぶやく。

「人を殺したことがない盗賊って……」

「ああ、昨日俺たちが倒した奴らだな」

「殺さないというより、殺せないの方が正しいのぅ」


だから、と男が言う。


「俺は、お前を殺さなかったのではない。最初から殺すつもりが無かった」


俺は善良な農民なのだから、と男は続ける。

頭を抱えた少女に、男が珍しくからかうような声で言う。


「納得したか? 竜族どの?」


ぎょっとした顔の少女に男は告げた。


「ああ、知っていた」

「まず、農民の手とは違った」

「肉も食べ慣れた様子でしたし」

「振る舞いや話し方からいって、都の竜族、しかも、かなり高位の御方じゃろう」

「思うに、都からの査察官と言ったところだろ。俺らはあの盗賊達を訴えた覚えはないが、多分、旅人あたりが『人殺しをしない盗賊』なんて、面白半分に都で噂でも流したんじゃないのか?」


少女は、呆気にとられた様子だった。

だが、その表情はみるみる険しくなり、さっと農民達から離れて身構える。

「どういうつもりだ。私の正体に気づいていながら、どうして何も言わなかった」

子供とは思えぬ殺気を放つ少女に、臆することなく男は言った。


「秘密なんだろ?」


子供の秘密基地を見て見ぬふりをする大人の表情だった。


「可愛かったしね」

「わしの話し相手もしてくれたしなぁ」


「まあ、気を悪くしたんだったら、謝る。すまなかった」

男は真面目な表情で頭を下げる。

少女は、そんな彼らの緊張感のなさに毒気を抜かれ、構えていた剣を下げた。

男は、そんな少女に笑いかけた。


「俺たちの村にいたいと言っただろう? そして俺は、好きなだけいろと答えた。一度言った言葉は覆さないことにしているんだ」


己の理解の範疇を超えた事態に、どうすれば良いのか分からないという表情の少女に農民達は笑いかける。


「ようこそ、我らが村へ。都の竜族殿」

「都の方をもてなすものは何もありませんけれど、ゆっくりしていってくださいね」

「よくぞ来られた」

「また遊ぼうよ。秘密基地、全部案内していませんから」


口々に歓迎の言葉を述べて農民達は去っていった。

男は再び畑を耕し始める。

少女は暫く迷っていたが、ふうと溜息をつくと、少し大人びた表情で笑い、また切り株の上に座った。


そして、『男と少女を見守り隊』の今日の当番であった少年もまた、再び草むらに隠れたのであった。



多分、人生で2番目ぐらいに書いた短編が出てきたので掲載してみました。

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