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幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』  作者: 夏月左桜
奇譚二十ニ幕 大政奉還
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其之三 大事之前の小事2

「どこまでもふざけた野郎だ」

 不快と言わんばかりに眉間に皺を寄せ、親指の爪を噛む永倉を横目に原田が呟いた。

 大宰府へ出立する前、伊東が斉藤一、藤堂平助、鈴木三樹三郎ら十一名と連名にて、長州寛大処分について老中板倉勝静に建白書を出していたことを知った新撰組幹部の面を連ね、脇に置いてあった鞘を握りしめ、今や飛び出さんばかりの形相で集まっていた。

「ほんと、他人の神経を逆撫でするのが好きな男だな、伊東の野郎は」

「一々腹を立てんじゃねぇよ」

 会津藩預かりとなっている新撰組と思想を異にするこの建白に、真っ先に怒りを露わにするのが副長土方のはずだった。が、今回はいきり立つ組員をなだめる側になっている。

「どうしたんです、熱でもあるんですか土方さん」

 そっと土方の顔を永倉が覗き込む。

「どうもしねえさ」

 纏わりついてきた蠅を払うよに、永倉の前でで手を振る。

「建白書には斉藤と藤堂の名前もあったんですよ?」

「だからどうだってんだ?」

「どう・・・って言われても、なあ」

 永倉、原田が顔を見合わせ肩をすくめた。

「新撰組はこれまで長州のやつらを捕縛してきたじゃないですか。いや、今も朝敵となったままの長州だ、見つけりゃ捕縛に走りますぜ」

「あたりめぇだ。会津の殿様からの指示が出ない限り、長州だろうと薩摩だろうと不貞な輩を取り締まるのが俺たちの仕事だ。仕事なんだから、とっとと見回りに出かけて来い」

「・・・うぃーっす」

 重くなった腰を上げた土方は、何か言いだけな原田の肩を叩いて立たせる。

「薩摩藩邸回る奴にはとくに注意させろ」

「出入りっすよね」

「他にあるか?」

「いや・・・んじゃ行ってきます」

 ピシャリと障子か閉まる音を聞いて土方は深いため息を吐いた。

「ばらばらだなあ、俺たち」

 武蔵野の田舎で武士の真似事をして騒いでいた時分を懐かしく思う。

 山南が持ってきた将軍警護の仕事。

 皆が皆、その先にあるだろう輝かしい日々に心躍らせていた。

 発端となった山南が切腹し、沖田が病に倒れ、藤堂も斉藤も袂を分かち、一番要である局長までも幕府重鎮の屋敷に入り浸り屯所を空ける事が多くなっている。

「近藤さんよ、何をしたかったんだろうな俺たち」

 何をして行くんだろうな、俺たちは。

 幕府の長州征伐以降、追いかけていた勤皇志士に対し各方面から擁護する声が上る一方、取締りだと市中を闊歩する新撰組への風当たりは以前にも増して強くなっている。

「薩摩の動きが怪しいって時に」

 町民からの密告もとんと少なくなり、逆に密偵が藩邸周りにいると告げ口される始末なのである。

「嫌な流れだぜ」

 落ち着かない気持ちをなんとか宥めようと、土方は懐から使い慣れた句帖を取り出した。


 八月二十一日。

「挙兵の算段についてはすでに長州の使者に伝えてある」

 大久保はやつれ気味の顔で、安芸より上京してきた安芸藩家老辻維岳(いがく)と面会していた。

「薩摩と長州は武力倒幕の方向で意見の一致を確かめた。ついては、芸州にもこれに賛同してもらい、藩主浅野長訓(ながみち)様の太鼓判をもらいたい」

 辻は真顔を少し崩し、口元に笑みを浮かべると一度こくりと頷いた。

「それならば心配には及びません。前回の会合の後より、我が芸州は薩摩長州と足並みを揃えて動くことに異論はなく、そのつもりで私も京に参っております」

「心強いな」

「しかし」

 と、辻は笑みを消して大久保を見返した。

「心配の種は土佐です。いまだ山内様は参政殿の意見に同意していないと聞きます」

「左様。土佐の動向については逐一報告が入るよう手配しているが、我々が望む進展はまだない」

「・・・坂本さんの口車に巧く乗せられた、ということにならんでしょうな」

「ない、とは保障できん。ただ確かなのはあの男の真意が武力倒幕ではない、と言うことだけだ」

「ならば、土佐もと考えて動くほうが得策ではありませんか」

「幕府に圧力をかけるのに、土佐も必要と思って坂本君の意見に乗った私が浅はかだったのかも知れんな」

「ふむ」

「だからと急いでは事を仕損じる。土佐の動きもう少し見て、それで藩論が定まらねば薩芸の二藩で建白を」

「承知仕った。私どもも定期的に連絡は入れさせていただきます」

 辻が大久保の所を訪れた五日後、薩長は出兵について協定を取り交わし、さらに芸州を含めた三藩での出兵を決定、三藩盟約を結んだ。


 蒸し暑い風が京の町に居座り、毎日のように加茂川辺りには町人や武家の者まで身分を問わず涼を求めて集まって来る。季節が生み出す熱気だけでなく、理由は分からずとも漂ってくるぴりぴりとした空気も町人の間に不快感を蔓延させていた。

 品川がやって来るまでまだ時間がある。

 長州帰藩の準備を整え終えた桂は、和奈と武市を自室に呼び寄せた。

「決して独断で動かないこと。坂本くんとの面会は断念すること。この二つを守ると約束してもらう」

 部屋に入って座すなりそう言われた和奈はすぐさま返答ができなかった。

「これを違えた時は、藩命をもって帰藩させるから心して置くように」

「藩命って」

「従わなければ捕縛し、桂木くん共々牢に入ってもらう」

「えっえ!」

「自信がないなら即座に萩へ連れ帰る」

「ひどいですよ、それ」

「ひどいものか。自分の、いや、桂木くんの立場、長州の立場を真剣に考えるなら解りましたと承諾できるはずだ。違うかい?」

「違いません」

「なら約束できるだろう」

 桂を援護に出たのは和奈の横に座る武市だ。

「小松殿の屋敷から出た件もあるからね。さあ、どうする?」

「・・・約束、します」

 下を向いたままそう答えた和奈に顔を上げてちゃんと目を見て約束しろと桂が言う。

「約束します」

「桂木くん。これを表に出さぬのが一番だが、我らにとって好ましくない悪い状況なのは否めない。猫の手も借りたくなる時が来たらどうするかは君の判断に任せる」

「何かあったので?」

「中川宮が大久保さんの探索を命じたそうだ」

「追っ手がついたと?」

「手配は回ってない。薩摩の動向を探るためだろう。我ら長州を京から追い出すために結託した相手が不穏な動きを漂わせているんだ、警戒してもおかしくはない」

「土佐との会合も漏れているか」

「どうだろうね。未だ足並みを揃えない土佐だ。我らと幕府、どちらに転んでも痛くないよう動いているのは確かだろう。我らとの会合が漏れている心配は低いだろうが、最悪の事態は考えておかねばならない。だからおまえに好き勝手動かれては困るのだ」

 再度念押しされた和奈は、しっかりと桂の目を見て答えた。

「約束しました。もう違えません」

「一度口にした言の葉は取り消せない。約束を違えた後、どのような言い訳で繕ったとしても言い逃れにしかならない。自分の言動を感情に任せるのは―」

 感情で動かないとここで約束させたところで、和奈が居なくなれば無意味である。和奈と武市二人も長州へ戻したいが、市中警護が強化され京から出るのは至極困難となってはそうも言えない。

「愚者のすることと覚えておきなさい」

「はい」

「愚者も千慮に一得ありと言う」

 桂が眉間をさらに狭めた。

「これまでの愚行の一端を、君も担っていた事を忘れないでくれたまえ」

「返す言葉もない」

 そう笑って目を閉じる武市に、怒り顔だった桂は肩の力を抜いた。

「二人の帰藩については薩摩にも依頼しておくから、手配ができるまでくれぐれも慎重に行動してくれ」

「承知した」

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  幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』 イメージソング
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