其之一 第三の狐
慶応三年二月。
京を発った伊東は、水戸藩宇田兵衛の名を使い道中を進み、赤間関を経て九州へ渡ると、大宰府天満宮の参道沿いに建てられた松屋へ入った。
この松屋は薩摩藩の勤王志士や浪士達の定宿となっており、三條らと会う際には主人松屋孫兵衛が仲立ちとなり、双方の伝達を引き受けていた。
松屋は醤油醸造をする傍ら宿を営み、五卿が大宰府へ移される際の宿ともなり、薩摩落ちした月照上人もこの松屋に身を置き、「ことの葉の花をあるじに旅ねする この松かげを千代も忘れじ」の和歌を残している。
薩摩藩が贔屓とする松屋と軒を連ねて建つ大野屋は、長州藩士の定宿である。薩長が犬猿となってからも、五卿の元へ訪れる志士達はこの両家に逗留し、桂や大久保ら幹部の意思とは関わりなく時世を論じる場所として使っていた。
龍馬と白石邸に逗留していた中岡も、伊東が大宰府へ渡るとの情報を白石から得て、一度会い真意を確かめたいとこの大野屋に入り、三條の許を訪れていた。
「今この時期に新撰組幹部が動こうとはのぅ」
「薩摩より、新撰組の動きに変化があるとは聞いていました。長州征伐によって幕府の権威回復へ動くかとも思ったんですが」
「会津藩主松平殿の辞職申し出で、立場を危惧しての西下でもあるまい」
「ええ。ついては僭越ながら、この中岡慎太郎にも同席する許可を頂きたく拝謁をお願いした次第で」
三條は一も二もなくこの申し出を許可した。
「ありがたい」
「岩倉卿も倒幕の意向を固めたと聞く。無論、その裏で薩摩が動いておるは確かであろう。して、土佐はどうするのじゃ?」
「参政である後藤殿と、すでに倒幕をと旗揚げしている乾殿と佐々木殿が動かれております。同じく参政の福岡孝弟殿の要請を受け、薩摩の西郷さんが土佐へ渡られます」
ほう、と、扇子持った手で口元を隠した三條は、なにやら思い悩む顔で視線を落とした。
「土佐の大殿は、一筋縄では説得し切れぬお方ではないか?」
「・・・それについては、否、とは申し上げられません」
中岡の危惧はそこなのである。
「中岡、そちを前に言うのも心苦しいが、土佐の動向、今後注意を怠るでないぞ」
「心得ております」
返事を今か今かと待ちわびていた伊東は、引見の知らせが届くと、すぐさま裃と羽織袴に着替え延寿王院へと足を運んだ。
聖人君子たる容貌を兼ね備えた伊東と、中岡が始めて会ったのはこの時である。
「引見を賜り、心より恐悦至極と存じます」
三條の下手に座る中岡を見た伊東は、内密に陳情しい事があるので人払いをしてほしいと願い出た。
「これに控えるは余の随臣じゃ。他は下がらせておるゆえ、気兼ねは無用と申し伝える」
上げられた伊東の顔が、下段の端に座す中岡へ向く。
一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた伊東だったが、一転して笑みを浮かべると朗々とした声で語り始めた。
「恐れながら申し上げます。私は勤王の志を芯とし、朝廷の今後を憂いこの地へ参りました」
宇田兵衛は変名で、新撰組参謀伊東甲子太郎である事。新撰組に入るに至った経緯を説明し、近藤たちとは攘夷という点で結びつきがあるものの、勤王派である自分とは意を違える相手であると、新撰組における自分との矛盾点を説いた。
「新撰組と申せば、市中警護の勤めは納得すれど、洛中に於いて志士らを狩る集団ではないか。斯様な者らを束ねる参謀職にあるそなたが、何ゆえ大宰府へと来られた」
「京の守護に就いておりますとは言え、闇雲に幕府の敵と志士を斬る所業に、私は納得して居らぬ所存と申し上げます。本来、京に残留する事となりました折、公武合体に基いて攘夷断行の助力をする目的を掲げたはず。それが今日、その攘夷もままならず、京守護職の庇護の下に、不逞浪士ばかりでなく攘夷を志とする者達を問答無用と斬り捨てて居るのは事実。しかし、新撰組と名を掲げる者すべてが、現状を良しとはしておりませぬ。ゆえに私は、隊内の風紀、思想を変革すべく尽力して参りましたが、力及ばず今日に至っております」
「参謀の力をもってしても、新撰組の意向を替えられぬと申すか」
「局長はさておき、厄介となりますのが副長職に就いております土方歳三と申す者にございます。例え局長をこちら側へ引き込む事に成功しても、必ずやこの土方が邪魔にと出てまいりましょう」
会津藩だけでなく、膝を交える各藩の要人と相席し、意見を交わすうちに近藤の態度が変化し始めた。煽てられれば煽てられただけその気に名なってしまうのが近藤の短所であり、長所であるのを、伊東は見逃さなかった。論をだせば嬉々として話しに乗ってくる。論を以って説けば動く男というのは、市中を駆け回るより、幕臣達との時勢を語る方を優先させている近藤をを見れば確かと言えた。
思案に暮れていたところに、松平容保の辞職願いである。これを好機と捉えた伊東は、新撰組の制圧に動こうかと考えたのだが、土方がいてはどんな理由を出されて切腹を切り出されるか知れたものではないと、二の足を踏んでいた。
そして伊東は、一つの賭けに出たのである。
「不逞浪士の狼藉が後を絶たぬのは確か。京の守護は必要でありましょう。ならば」
と、伊東は膝を一つ突き出した。
「それとは別に、勤王を掲げる同志を以って、朝廷の御守護に就きたい所存にございます」
「朝廷の守護とな?」
意外な言葉に、三條は思わず中岡へついと視線を向けた。無論、中岡本人も、伊東の言葉に驚いている。
「はっ。御所周辺の警備は見廻り組が付いておりますが、これとて幕府配下の組織であります。朝廷からの命と、幕府を無視して動く道理を持ち合わせてはおりませぬ」
「ふむ」
「今の私の理念とするのは、一和同心、国内皆兵、開国による強国樹立にございます。公議による朝廷中心の政体を作り、日本を強国となす。ゆえに、勅命で動ける組織の設立は必要不可欠と考えました」
新撰組が荒れるぞと言った大久保の言葉の真意を、中岡はこの時漸く知る事となった。
薩摩とこの伊東は、なんらかの接点を持っている。でなければ薩摩藩の定宿に、新撰組幹部が入れるはずもない。松屋主人が逗留を拒んでいないのは、それ相応の手引きあったからに他ならないのだ。
(新撰組幹部に食い入るなんて、大久保さん、やる事が大胆すぎるでしょ)
間者ならば薩摩だけでなく、長州や芸州、土佐も潜り込ませているが、幹部となると話しは別になる。まして薩摩藩はまだ幕府寄りなのだ。幹部に接触し、事が露見すれば薩摩も朝敵と、会津藩によって政界から締め出される危険性がある。
「ここへ参ったのは、斯様な事をわざわざ述べるためではなかろう?」
「御陵を守護し、幕府の命ではなく朝廷の命によって動く組織を作り上げるため、御陵警護の勅命を賜るよう、お力添えを頂きたい所存ゆえ参りました」
京を追われた三條に、裏工作を頼みに来た、と伊東は堂々と言い放ったのだ。
しかし、と中岡は伊東を疑心の目で見ざるを得ない。朝廷への裏工作ならば、在京している反佐幕派の公卿に渡りを付けるほうが早いと思える。それをわざわざ大宰府まで足を伸ばし、蟄居の身となっている三條へ頼みに来た。
「そちの言い分は、余もよく解った。だが、良しとここで手を差し出す事は叶わぬ。論議を経て後、追って沙汰を出すゆえ、暫く大宰府にて羽を伸ばすが良かろう」
新撰組幹部が幕府に背を向け、朝廷に組したいなどと、これまでになかった事である。三條は即断を下すのは得策でないと考えた。
「はっ。私も色々な者と論議を交わしたいと思っておりました。そちらの随臣の方ともこれ然り」
にっこりと笑みを浮かべた伊東に、ある人物と同じ臭いを感じた中岡は、内心大きなため息を吐いた。
意識を失ったままの高杉を動かすわけにもゆかぬと、望東尼に看護を頼み、佐世を桂の元へ走らせた武市は、別室で眠る和奈の傍に座っていた。
なぜ赤井と斬り合うことになったのか、その場に居なかったので望東尼も佐世も解らないと言った。
「しかし、沖田の名で来るとはな」
偽名でなく沖田として赤井が来たのは、本人が手形を使えなかったからだと判る。沖田の容態もまた、悪いとみえた。
あの咳。と、武市は労咳の症状の一つであるそれを思い起こす。沖田も高杉と同じ病を患っている。
「あの様子では、刀をもてなくなった時、どうなることやら」
今は沖田の心配をしている場合ではない。
和奈が土方らを見て"変貌"したのなら、目を覚まして問質しても記憶に残っていない可能性がある。当事者となった赤井か土方に聞きたくとも、追い出した後ではそれも出来なかった。
「もっと早くに、刀を取り上げておくべきだった」
そう言っても後の祭りにしかならない。しかも、和奈は赤井の腕を斬り落としてしまっている。その事実を知れば、割り切っていると口にしていても、どんな反応を見せるか解ったものではないのだ。
加えて高杉の様態の悪さがある。
(あれだけ吐血しては・・・)
このまま意識が戻らず、この世を去る可能性とて皆無ではない。
幕府の征伐が失敗に終り、薩長が連なり動き出そうという時期になって、高杉という人材を失った後の危機感が武市の脳裏を掠める。
高杉もそれを十分理解しており、和奈に志を託すと言ったのではないか。
(馬鹿な)
それは有りえない。いくら松陰の魂が宿っているかも知れないと言っても、他の者が納得するはずもない。反対に、松陰に対する冒涜だと騒ぎ出す者がでる恐れがある。
「くくっ」
笑いともならない声が口を出る。
剣術の事は武市が責任もって考える。そう龍馬達に言った自分を呆れるしかない。考えても考えても答えなど出で来ない。理が武市の知る常識から逸してしまっている。
「ん・・・」
布団の中で和奈の体が動いた。
「気がついたか?」
ゆっくりと開かれた眼を覗き込む。
「あれ・・・桂木さん?」
「なぜ居るのか、か? 佐世くんが村木殿に伝言を託していた。それを俺が受取ったからだ」
佐世と馬を駆り、小郡へとやって来た。それから・・・。
「赤井くんが居て、土方さんも居て・・・」
布団が真っ赤な血に染まり、その中に倒れていた高杉の姿が目の前に浮ぶ。
「高杉さんは!?」
「望東尼殿が看ておられる。起きれるか?」
「じゃあ、無事なんですね!?」
「ああ。斬られたわけじゃない。刀傷はどこにもなかった」
「赤井くんが・・・斬ったんじゃない・・・そう、なんだ・・・なんで、赤井くん達がここに・・・」
「道に迷い、ここへ来たのは偶然だったとしか解らん」
「二人は?」
「目的が高杉くんではなさそうだったのでな、すぐに追い出した」
そうですか。と答える和奈は少し俯くと、布団の上に乗せた手を固く握り締めた。
「己を制し力を己の物と成せ。大久保さんはそう言いました。なのに、自分の力を制するどころか、我を忘れて刀を振るっている・・・私は・・・赤井くんの腕を・・・っ!」
両手で顔を覆い、肩を震わせ嗚咽を堪える和奈の背中を、武市は胸へと抱え込んだ。
「覚えていたか」
こくりと首だけが動く。
変貌したのではない。血に塗れた高杉を見て、和奈は赤井が斬ったとそう判断し、赤井に向けて刀を抜いたのだ。
「新撰組と俺達の関係を考えれば、おまえの取った行動は仕方がないと言えよう」
「でも・・・腕が・・・」
「刀を手にした時から、斬るか斬られるかの狭間を生きる事になる。腕や足だけでなく、己が首を斬られる覚悟をしておかなければならん。今回は奴の腕だったが、この次はおまえの腕がなくなるかも知れん。あの男も、それは十分承知しているはずだ」
それでも、剣士にとっての腕は命とも言える。片腕で刀を扱うのは容易いことではないと、和奈にもよく解っていた。
「袂を分かっている相手だと、仕方ないと受け入れてくれ」
優しく語りかけるように耳元で囁いた武市は、その首筋に顔を埋めると今一度、和奈の体を強く抱きしめた。
小郡宿に着いた土方は、医者を求めて駆け回り、やっと一件の町医者の家を聞き出し駆け込んでいた。
「残念ながら、お持ちになられた腕をつける医術は、私にはございません」
さらしに包まれた腕を差し出された土方は、悔しそうに半分血に染まったそれを受取った。
「止血と、傷口の化膿を抑える薬を塗っておきました。応急処置をされていたのは良かった。もし斬ったままの状態で来られていたら、肩口から腕を斬り落とす事になりましたよ」
痛み止めを処方すると、頭を下げた土方の肩を叩いた後、部屋から出で行った。
座敷の上で、額に脂汗を浮べ、時々苦悶の声を上げる赤井の側へと座る。
「巡り合わせが悪かったな」
因縁という言葉で繋がれた間柄であると、笑うしかない。
こうなっては伊東を追うどころの話ではない。
「くそっ、村木さえ来なけりゃな」
恐らく高杉とは、話をするだけに終っていただろうと土方は思う。今回の目的は志士ではなく伊東だ。それに高杉を捕縛しても突き出す先が長州領では、返って己の身が危険となる。長州を出たとしても、芸州だ。長州についた藩だけにそこも無理となれば、あとは四国へ渡るか、兵庫あたりまで連れて行くしか術は無いのだ。
「当分ここから動けねえか」
持っている路銀も治療代を払うほどの余裕はない。となれば金銭を工面する必要がある。
脇差を抜き、刀の柄を外してから鐔を外した土方は、赤井の事を頼むついでに、錺り職の居る簪屋がないかと医者に尋ねた。
「三原屋まで行けば、あった記憶が。ああ、でも確りと在るとは申せませんが」
「ここは津市じゃないのか」
本陣は三原屋がある下郷津市で、ここは脇本陣となっている茶屋の在る東津町だと医者は説明した。
文久三年八月十九日の事。
長州が赤間関において、米国所属の商船を砲撃する事件が起り、幕府はこの砲撃の責任を詰問するため、幕臣中根市之丞ら門責使として赤間関へ使わせた。
門責使の来訪を知った緒隊士に属する者達が、三原屋に停泊していた中根らを急襲し、留守にしていた中根は難を逃れ、随行していた鈴木八五郎ら三名は刃に倒れた。襲撃を知った中根は、海路を使って江戸へ戻る事を考え中ノ関へと逃げたが、二日後になって隊士達に見つかり暗殺されしまった。
後に起こる第一次長州征伐の要因の一つとなった事件である。
「簪屋と申されると、ああ、その手の物を?」
握られた鍔を目ざとく見つけたのだ。
「医者にかかろうとは思ってなかったんでな、持ち合わせが無い。これを売れば足しになるかと思ったんだが」
「ならば、わざわざ津市へ行かれることはありません。それを御代として頂いておきますよ」
「なんの価値もつかねぇ鍔かも知れんのにか?」
「その時は運が悪かったと、今後の教訓に致しますよ」
この申し出に、桂に赤井が斬られた後、治療代も請求しなかった医者の事を思い出した。あの医者が長州人なら、この国の医者は気前良しでお人よしばかりだなと、土方は持っていた鍔を医者へと差出した。
腕を組み、涼しげな顔の伊東は、落ち着かない様子で座る中岡の前に座していた。
「やれやれ。そう気張られてしまったら、できる話しもできないでしょう?」
「・・・・・」
目の前に座るのは新撰組幹部なのだ。いくら土方達と思想が相異なると言っても、その事実は無くならないのである。
「私はね、今の新撰組を良しとは考えてはいないんですよ。御門がおられる京の都の治安を守るのは大義。新撰組がその大義の下で京を守るのならばなにを憂う事もないのだが、実情は君の知って居る様に、尊攘を掲げた志士達の捕縛だ」
「新撰組幹部であるあなたが、この度大宰府へ来た由はわかりました。ですが、これまでを考えると、そうですか、ではお話しを伺いますとは申し上げられません」
「君の言いたい事は重々承知している。だが、私がここに居る事実を少しは考えてもらいたいねぇ」
松屋に居る事実。
(もう、大久保さんてば、一言でもいいから教えておいてくんなかったのかなあ)
伊東と渡りをつけているなどと、例え中岡が相手だとしても大久保にとっては腹を割って話すわけには行かないだろう。中岡の口から桂に漏れる事になれば、ややこしいどころか、長州から反感を招きかねない事態になるのだ。
「私は水戸出身でね。敬天愛人の想いは心の奥底に染みこんでいる」
中岡は言葉の意味を測りかねた。
「幕府は朝廷があってのもの。君達もそう思っているだろう? だからなんだよ、私が新撰組という組織にほとほと困っているのは。ああ、いや、幹部には、だね」
「あなたの真意が俺にはわかりません」
「んー、困ったねぇ」
それは中岡も同じ気持ちだった。
「私が述べた言葉に偽りはない。新撰組が会津藩と共に幕府存亡の片棒を担ぐのであれば、志を曲げてされに追従する義理などないと言っているんだけどね」
「ぶっちゃけましたね・・・」
「ああ、そうだね。うん。これは困った」
にっこりと笑う伊東を見て、絶対に困ってなどいないと中岡は呆れるしかない。
「だから、私は三條公を頼りに京を出て来た。すでに意志を違えた新撰組と共に心中する気など有りはしない。土方くんと君達を比べれば、重きは君達にある。しかし、武力に訴える術を良しと受け入れてはしない」
武力を以ってと望む中岡にすれば、伊東はやはり異を違える人間であるのだ。
「然りと雖も、時にはこれまた必要でもあると思う所存ゆえ、そう難しい顔はなしにしたまえ」
「はぁ・・・」
「このまま幕府が力を保つのは無理至極であろう。時局の変転を悟りきれず、幕府の命と人を斬る所業に落ちるは愚の骨頂と言うもの。武士でない者に国事を考えよと説いても無駄と私は悟った。武士が偉いと言うのではないよ? 掃溜めに蹴落としてやりたい者もいるからね」
「掃溜めって・・・」
「政に関わるのであれば、時を見る才も必要だ。町人にも百姓にも勿論そういった才ある者もいる。が、その者達が国事に意見を申し述べる世ではないのも、これまた現の理」
「伊東さんが考えるところは、つまり」
「ふふっ。皆まで言わずとも、私の腹を読める男であると、聞き及んでいるんだよ、中岡くん」
(大久保さんったら!)
「誰にですか、とは怖くて聞きたくもありませんが、伊東さんがそのつもりで動かれるのであれば、三條殿と共に尽力させて頂きます」
「物分りが良くて助かるよ。あの男に君の爪の垢でも煎じて飲ませてたい気分だ」
絶対に土方は飲むまいと苦笑せざるを得ない。
「では、漏れぬよう細心を払って周旋にご助力させて頂きます」
「これは三條公と君だけに留めておいてくれたまえ」
「承知仕りました」
松屋に留まり、大宰府に滞在しているほかの志士達とも国事を論じ、朝廷への根回しについて、力を尽くすとの言葉を三條より引き出した伊東は、晴れ晴れとした顔で京へと戻って行った。