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幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』  作者: 夏月左桜
奇譚十四幕 脚下照顧
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其之三 死の足音

「軍艦奉行がこの時期に大坂を出たか」

 大石から話しを聞いた土方は、勝が赤井を連れて行った事よりも、矢掛まで来ていたことを訝しんだ。

 小倉が落ちたとは言っても、まだ幕軍と長州の戦が終った訳ではない。その中で奉行の遠方行きなど、重要な理由がなければ認められるものではない。

「なんで赤井の奴は話さなかった?」

 これまで、軍艦奉行ほどの地位を持つ者と知り合いなどと、少しも口にしたためしがない。疑われた時ですら、勝の名前を出さなかった。それを口にしておけば、身元の保証は約束されたも同然であり、長日の軟禁とはならなかったのだ。

 長州に狙われた原因は、そこにあるのか、とも考えてみるが、勝と知り合いだからという理由では納得できない。

「会津藩へは届けを出したから、戻っても脱走扱いにはなにませんね」

 涼しげな顔で、土方と大石のやり取りを眺めていた沖田が言った。

「残念だったな、総司」

「やだなあ、僕は別に、赤井くんを斬れない、なんて思ってませんよ?」

「思ってるじゃねぇか」

 だが、背後に勝が居るとなると、沖田とてそう易々と手を出す事は出来ない。出したが最後、新撰組が取り潰しになる事態となるのは目に見えている。

「今更どうのこうの言っても後の祭りだ。幕臣が連れてったなら仕方ねぇだろう」

「そうですね。それより、まず目先の問題をなんとかしないと」

 赤井のことに感けている場合ではない。

「何かあったんですか?」

「最近、伊東さんの動きが妙なんだ。隊内でなにやら動いているみたいなんだけど、はっきり、これ、と言った情報がつかめなくてね」

「伊東さんが?」

「斉藤を付けてる。何か掴んだら報せにくるだろうから、総司、おまえは変な横槍入れるなよ」

「分かってます」

 参謀職に付き、二番隊組長を兼務している伊東は、自分の意に応ずる者を隊士として配属させるようになった。無論、土方は反対したのだが、近藤は参謀の申し出だし、反対する理由がないと推し切られてしまっている。

「こそこそと動き回るのが好きな奴ですよね」

 新撰組内の風紀が乱れると、隊士の暮らしにまで口を出すようにもなっている。

「後ろ盾ができましたよ、って言ってるも同じでしょう、あれ」

 家老永井尚志(ながい なおむね)との接触がいい礼である。芸州から京へ戻った伊東は、なにかしらと、永井のところへ出向くようになっていたのだ。

 かつての新撰組の影が揺らぎ始めている。煮え湯を飲まされる相手ではないが、それだに腹立たしさは一層強くなる。

「近藤さんのところへ行ってくる」

 険しい顔のまま、土方は立ち上がった。



「なぜ・・・」

 桂の発せられた声は、それまでとうって変わって弱わく響いた。

「失礼仕ります」

 そう言って襖を開けたのが高杉だったからだ。

「おまえさんかい」

 えっ、と高杉を見る桂。

「先だっては、夜分遅くに失礼致しました」

 そう頭を下げた高杉に眉間を寄せた。

「どう言うことだい?」

 勝と赤井が来ていると、高杉から報告を受けてはいたが、会ったとは聞いていなかったのだ。

「なに、思うところがあっただけだ、気にするな」

「そんな勝手なことを!」

「ああ、もう! おまえは一つ一つ細かすぎる!」

「まあまあ。折角来てくんすったんだ、喧嘩はなしにしましょうや」

 ごめん、と頭を下げ、高杉は桂と和奈の間に胡坐をかいて座った。

「すまん、話しは大方聞かせてもらった」

 そうして、赤井の顔を見る。

「こいつは俺と違って、多様な事を捉え、何が必要で不要かを考え策を講じる。時にはそれが冷たい行動だと周りには映る。確かに我儘は俺より格段上だし、妬みも僻みもちゃんと持つ普通の男なんだが」

「なんだい、その説明の仕方は」

「友人の事をよく理解しなすっていなさる」

 勝はすごく嬉しそうだった。友情、という心の交わりが勝は好きなのだ。

「ええ。こいつは俺にとって掛け替えのない友ですから」

 顎を引いた桂の頬が赤く染まる。

「こりゃあいい。いい相方をお持ちになったね、広戸さん」

「手に負えない気苦労を、勝殿は解っていらっしゃらないから、そう言えるんですよ」

「おまえ、いい事を言った俺に、それか!?」

「はいはい。感激で涙がでそうだよ」

 皮肉たっぷりだが、あながち嘘ではない。涙を浮かべた顔を見られないよう、目を閉じた桂はしばらく顔を逸らした。

「出て来る気はなかった、と思ったんだが?」

「そのつもりでしたが、そうも言っておれなくなりましたので」

 恐らく、和奈の事に話が及んだからだろうと、桂はため息を吐く。

「こいつが赤井をと、思ったのはただ一つ、国の安泰を遅らせまいと考えたからと、俺は考えています」

「広戸さんは、修吾郎が未来の事を新撰組の誰ぞに話すのではないかと、そう思った」

「・・・ええ。それが幕府に流れれば、我が長州に対し、それ相応の対策を事前に取れますから」

「口外しないと、約束しました」

「だが事実、君は勝殿に話した。これは間違いない」

 そう言われれば、反論は出来ない。勝の人柄を考えてと言っても、桂にしてみれば言い訳にしか聞こえないだろう。

「勝さんだからです。新撰組の誰にも、この話しはしてませんし、今後もするつもりはありません」

「おまえさんがそうしたように、こいつもおいらを信じてくれただけさね」

「人を見る眼はあったと、そこは認めましょう」

「どうだい。修吾郎はここで他には口外しないと言ったんだ。勝海舟の名に免じて、以後の追伐は無しに願えないかい?」

「しかし、幕臣として幕府の今後を考えるならば、勝殿のお心が変わらないと言う保証はございません」

「よしてくんな。おいらはおまえさん方と約束すると言ったんだぜ? 例え修吾郎が幕府の存亡に有利な情報を持っていたとして、それを聞き出して献上するなんざ、そんな恥さらしな真似はできないよ」

 龍馬がこの男に対して、並々ならぬ敬意を抱いている理由がなんとなく判る。幕臣には珍しい人物だ。

「考えが変わったと、先ほど申し上げました。その言葉どおり、何かしらの手を講じる事はありません」

「そうかい。なら安心しておくよ。おい、修吾郎。おまえさんも一旦は引きな。納められねぇ想いもあるだろうが、それはおまえさんだけじゃない、ここに居る皆、そうなんだからよ」

 だからと、簡単には納得は出来ない。新撰組の先を考えると、桂と大久保は少なくとも生きていてもらっては困るのだ。

「そうですかと、志を変えれるものではありません」

「駄目だねぇ。だからおまえさんはもっと勉強が必要なんだ。この件はおいらが預かる。いいな、修吾郎」

 赤井の後ろに勝が付く事を喜べたものではないが、それで危惧していた事態を回避できるなら仕方ないと、桂は方の力を抜いた。

「こっちは片付いた。あとはそちらさんだけだが、良かったら理由を聞かせてくれねぇかい?」

「勝殿を煩わせる問題ではありません」

 様子を見守っていた高杉が手を膝に打ち付けた。

「こいつは頭が堅くて、自分一人で事を片付けようと奔走する性質です」

 負担を少しでも取り除こうと、望東尼(ぼうとに)に和奈の話しをしたのも、その一端だ。

「だめだよ」

「おまえは黙っとけって。勝殿は個人としてここに座って居る、そうさっき明言されたんだ。それなら、俺達も個人として勝殿に話しを聞いてもらって、なにかしらの光明を見つけ出す術もあるんじゃないか?」

「しかし・・・」

「お判りの様に、一のり問題を十に膨らませて悩むのです。それがいい所でもあるのですが、俺としては安心できるものではありません」

 ああ、まただ。高杉は桂の事を考えて、友の反感を買おうとも、その立場が楽なればと想い動いている。

 吉田松陰の話しを交え、高杉は和奈の身の上に起こっている不思議な現象を、解り易く勝に語って聞かせた。


 狂気? あの戦場で見た村木は、確かに人には見えなかったが。

 赤井も驚くばかりだ。村木の魂に吉田松陰の魂が住むなどと、まして、そんな事態になっているなどと知る機会もなかった。

 ならば、と、赤井は自分の抱いた疑問に、その話しを重ねてみた。錬兵館で、和奈に哀しげな顔で迷うなといった朔月に、桂の魂が住んでいたとしたら? それなら、和奈が幕末に飛ばされる事を知っていたとしても不思議はなくなる。

 そうに違いないと、赤井は確信した。


「おいらに聞かせてくれたのは感謝するんだが、広戸さんが言うように、こうだと解決してしまえる内容じゃないな」

 そうでしょう、と、高杉を睨みつつ桂は言った。

「そう、怒るな」

「怒ってはいないよ。おまえの短絡的な言動は、今に始まった事ではないじゃないからね」

「短絡的!? おい、それはつまり、俺が馬鹿だって事だろうが!」

「言い直さなくても、その通りなんだからそっと胸にしまってくれると助かる」

 武市が噴出し、和奈も笑うまいと必死にこらえるものだから、高杉は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

「心の中に仕舞っておくよ。力になれなくて申し訳ない。だが、一つ」

 勝は和奈の方を向くと、にっこりと笑った。

 その笑みを見て、龍馬に似ている人だと和奈は思った。

「自分の心と真剣に向き合ってみな。まずはそっからだと思うよ。理なんざ探ったところで、自分の心音すら解らないんじゃ、いつまで経っても答えなんかでやしない」

 その言葉に相好を崩す高杉。

「似たようなことを、言われました。自分を知ることで自分を理解しなければならないと」

「ほう。おまえさんは、いい人と会う事に恵まれていなさるようだねぇ」

「はい、そう思います。ですが、自分の内にある狂気が、周りの人に刃を向けないかと・・・そればかり考えてしまうんです」

 一度、大津で和奈はその刃を桂に向けてしまっている。

「守るべき人を傷つけてしまう恐れは、狂気のあるなしに関係はないよ」

「あります! 僕のは、違うんです!」

「そう思うなら、自分を恐れる前に自分を知るこった。それができねぇなんざ言わずにおくんだよ? 誰しも皆、心の中で様様な事に葛藤し続けて生きているんだ。そっから逃げ出してはいけねぇよ」

 膝の上に置かれた手が握り締められる。

「修吾郎とて同じ、いや、おいら達もだ、そうだよねぇ広戸さん」

「ええ・・・そうですね」

「人生ってもんは難しいんだ。難しいから必死に生きなくっちゃあならねぇ。放り出すのは簡単だ、考えるのを止めたら済む話しだからね。それで良しとする者になるか、ならねぇかは自分次第なんだよ」

 悔いのない人生を送るためではなく、死という人生の最後にたどり着くまでに、悔いのない時を送るためなのだと、勝は言う。

 その言葉に肩を反応させたのは、高杉一人だった。

「さて、冷めちまったが、膳の上のものを片付けるとするかい」

「折角酒が出てるのに、飲まずに居るのはもったいないぞ」

 おっ、と笑った勝が高杉に猪口を差し出し、受取った高杉が注がれる酒を口へと運ぶ。

「沈んだり浮いたりだが-」

 酒を飲み干した高杉の動きが止まったのを見て、桂も言葉を止めた。

「晋作?」

 その手から猪口が落ちた。

 這うようにして部屋の隅へ行った高杉は、壁に手をくと激しい咳に体を曲げた。

「晋作!」

「高杉さん!」

 走り寄った桂は背中を摩り、和奈は懐から手拭いを出して高杉の口を押さえる。

「おまえさん・・・肺を・・・」

 この時になってようやく、高杉が労咳を患う身なのだと勝は知った。

「肺?」

 赤井も、その咳の仕方は知っていた。そう、沖田と同じ咳なのだ。

「肺って・・・」

 結核。

 その言葉が赤井の脳裏に浮かぶ。

「無茶をし過ぎなんだ!」

 怒鳴る桂に反論すら出来ず、大量の吐血と共に高杉はその場へと倒れた。

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