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幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』  作者: 夏月左桜
奇譚十一幕 屍山血河
42/89

其之一 石州口の戦い

 扇原関門から多田川沿いを益田へ入った大村は、稲積山と万葉山の間に位置する机崎神社で止まると隊を集めた。兵士の体を休め、作戦を練るためである。

「まずは敵の様子を見てくる。私が戻るまで皆は体を休めていてくれ」

「一人では危険です」

 所も共に行くと行ったが、指揮を執る者が欠けてはと断られてしまった。

「まだ若い者には負けぬさ」

 関門では負傷者が出るどころが、敵となるべき相手が一人であり全員無傷だった。これから攻めに入る為には好都合であるが、体力の回復も考えなければ長期戦を生き抜く事ができない。

 益田に陣を置く浜田藩が炊く火の色が眼下にある。格好の目印となる火の位置を確かめると稲積山山頂から戻ると、山陰街道から進軍してくる佐世に伝令を走らせた。

 机崎神社の更に先にある妙義寺へ本陣を敷いた大村は、振武隊・膺懲(ようちょう)隊を札の辻から大橋を渡り進ませ、育英隊七十五名と八十五名の狙撃隊を、万福寺に近い堀川橋対岸に待機させた。

 山陰街道から進んでくる干城隊と斉武隊は、北側の勝達寺方面より敵陣に入る手筈となっていた。

 南北から攻め込み、退路を福山藩屯所へ取れるよう開けさせたのである。

「寄せ集めの藩兵だ。訓練された指揮系統など持っていないだろう。ここは、我らに分がある」

「分があるって言っても、兵の数は段違いですよ」

「だからこそ、戦略、と言うものがあるんだ」

 この大村の策は功を奏した。

 長州軍がいきなり攻め込んで来たのもあるが、大村の推測した通り指揮系統はまったく機能しておらず、挟まれる形となった敵陣が包囲の薄い福山藩屯所方面へと押しやられたのである。

 逃れて来た浜田・福山藩が堀川橋を超えると、伏兵となっていた狙撃隊と育英隊が攻撃を仕掛けた。そこへ大村と佐世らの追撃が加わり、両藩は十分な戦いを繰り広げる事無く壊滅に追い込まれたのである。


 その勢いのまま、益田城を陥落させた長州軍は、浜田城下へと足を進めた。


 西国街道を、京へと向かう一団が居た。

「くそっ!」

 新撰組である。

 芸州口での戦闘で、敗北に近い撤退を強いられた征長軍は休戦を申し出て、一時休戦となった。それにより、新撰組にも京への帰国命令が下ったのである。

「今更だが、撤兵の条件執行をもっと強制してたら、軍政改革なんざできなかだろろうに」

 武力恭順を掲げ、密かに戦争を見越した軍政が行われているのは確かだ。でなければ最新の銃器を揃える事などできはしない。

 加えて西洋式の戦術と、地の利を生かした長州ならではの展開。そして過去の四国連合との戦と内乱の経験。これまでに幕府が経験した事のない状況を、長州は逆手に取り自分達の力として組み入れたのだ。どうあがいても、旧兵法を宝の様に守り続ける今の幕軍では勝ち目の無い戦だった。

 身内の不出来を今嘆いたところで遅い。

 幕兵の在り片に対する苛立ちより、一番の苛立ちは和奈達が居たと言うことだ。薩摩との繋がりがあると疑っていたが、まさか長州軍と共に居るとは思いも寄らなかったのだ。

(長州藩士だと言いやがった)

 薩摩藩へと戻って行った者が長州藩士だった。それはもう一年以上もまえから、両藩が何かしら裏で動いていたと言う事になるのである。

「ちっ! 気にいらねぇ」

「そう、かりかりしないで下さいよ」

 沖田は発作も今は治まり、顔色は悪いものの、旅をする分には支障が無い体力なら取り戻していた。

「斉藤を帰したのは失敗だったな。おまえと永倉、斉藤が居りゃあもうちっとましな戦いができたってのに」

「あの四人が居ると判っていれば、の話ですよ、それ」

「いちいち頭に来る奴だな!」

 手負いとなったのは新撰組で、和奈が銃弾に倒れたと言っても、他の三人には傷さえ与えていない。それが土方にとっては腹立たしいのだろう。

「しかし、あれは何だったってんだ?」

「それは僕も考えてました」

 明らかに和奈の様子はおかしかった。

 狂気を超えた人間など存在するのか?

「土方さん」

 二人の所へ赤井が後ろから駆け寄って来た。

「どうした」

「永倉さんの容態が悪過ぎます。どこかで宿をとった方がいいですよ」

 芸州を出てからろくな所で夜を明かしていない。深手を負った永倉にとっては辛いどころの話しではないだろう。

 備後に入った土方は三原宿で宿をとり、医者を捜させ、傷がひどい者を運ばせた。

 その夜。

 旅籠屋二階の窓から外を眺めていた土方の所へ、島田魁がやって来た。

「永倉は?」

「はい。傷の手当てをしてもらって部屋に運びました。でも熱が高くて、直ぐに動かすのは無理かと」

「仕方ねぇな。島田、悪いが永倉とここに残ってくれ。あと、藤堂を呼んで来てくれねぇか?」

 島田は承知しましたと部屋を出て行き、しばらくたって呼ばれた藤堂が姿を見せる。

「近藤さんに伝えといてくれ。俺は芸州へ戻る」

「はっ!? ちょっと土方さん。まさか副長自ら脱走宣言すか!?」

「馬鹿言うんじゃねぇ! 誰が脱走するって言ったよ!? 今近藤さんに伝えろと言ったばかりだろうが!」

 怒鳴られても藤堂は引き下がらない。京へ戻れと命を受けているのだ。その命に背いて芸州に戻る事は命令を破ると言う事なのである。

「命? 会津藩からの命なんざ俺達は受けちゃいねぇ。紀州藩の奴が出した命令なんざ聞く必要はねぇんだよ」

「いくらなんでも無茶言い過ぎっすよ」

「うるせい。近藤さんには会津へ掛け合うよう頼んでくれ。名目は・・・国事探訪とでもしておけ。目的はと聞かれたら、長州と薩摩の繋がりだとでも言え。両藩と維新志士どもの繋がりが解れば、一気に薩摩へ乗り込める」

「やっぱ、その線が濃いすっか?」

「寺田屋襲撃で捕り逃がした志士四名が長州に居たんだ。それに長州は最新の銃を持ってやがった。国外との貿易の禁止に武器も入ってる中、そんな代物を手に入れるなんざ、どっかが手引きでもしないと無理だろうが」

 そのどっかが、薩摩なのだ。

「でも幕臣には西郷が居るんすよ?」

「その幕臣様は、今回出兵を拒否したじゃねぇか」

 ガリっと親指の爪を噛む。

「あ・・・まさか、あの乱入してきた浪士って、薩摩の兵っすか!?」

「てめぇが見たんだろうが。統制されてたって言ったのもおまえだよな」

「そりゃそうっすけど・・・解りました。近藤さんにはそう伝えます。けど、後の事は責任もてませんよ、俺」

「おまえに切腹なんざさせねぇから、余計な心配すんな」

「せ・・・切腹って」

「ぐたぐだ言ってねぇでとっとと組長連中に伝えて来い。隊士に余計な心配をさせんようにとな」

「もう何も言いませんよ。じゃ、すぐ伝えてきます」

 部屋を出かけた藤堂は、戸口で一旦止まると半身を返した。

「土方さん」

「まだなんかあんのか?」

「死なんじゃ駄目っすよ」

「・・・・・・この俺がそう簡単にくだばってたまるかよ」

「あの変なのが居るんです、心配ぐらいさせて下さい」

 そう言うと、藤堂はぴしゃりと襖を閉めてしまった。

「変な奴か」

 あの日、初めて会った時からなぜか気になっている相手だ。まさか一年足らずで自分と互角に剣を交えるまでに腕を磨くとは、今でも信じきれない。さらに変貌を見せたあの太刀捌き。

「奴は一体何者なんだ?」

 この時土方は気付かなかった。赤井にも、同じをものを感じて声を掛けたと言う事に。


 翌日。

 島田は永倉は付き添い、熱が下がるまで逗留する事になり、他の隊士は京へ戻るため三原宿を発った。

 上洛組みと別れ、新撰組の羽織を脱いだ四人が来た道を戻って行っていた。

「なんで、てめぇまで来るんだよ」

「嫌だなあ。この僕を置いて行くつもりだったんですか?」

「大人しく帰ってりゃあいいのに」

 動ける間は沖田の我儘を許してやるほかはない。

 この男の体はや病魔に蝕まれ、本人の意思とは関係なくその体からすべての力を奪ってしまうだろう。そうなれば、嫌でもその手から剣を放さなければならなくなる。そうなった時に沖田がどうなってしまうのか、土方には予想がついていたのだ。ならば、悔いが残らぬよう、今は動かしてやるしかない。

「副長に一番隊と四番隊の組長に監察片。これだけ居れば、脱走なんて馬鹿な事を伊東さんも言わないでしょう?」

「その名なんざ口にするな! くそっ。伊東ってつく奴全部斬りたくなっちまう」

 これは京に戻ったら一騒動起こるなと、横に居た大石と目が合いった赤井は苦笑い見せた。


 山が多い石見国浜田に城と城下が造られたのは、江戸初期になってからであった。

 幕府はこの城を築く事により、外様藩に対する最前線の牙城としたのである。

 その浜田城下に、長州軍が迫っていた。

 二十五歳になる武聰は、鏡山と高尾山に陣を置き、両軍を連携させて進軍して来る長州軍へ攻撃を仕掛ける算段を執っていた。

 その布陣が解っていたのか、大村は隊を分断させず、一方へ攻め込む策を執り高尾山へと向かっていた。

「なんでここで正攻法なんですか?」

 佐世は先頭に立ち、前を見据えたまま進む大村の背中に問いかけた。

「浜田藩主は松平公だ。奇襲で攻め入るよりも、堂々と正面から攻めて勝つ事にここでの戦に意義が生まれる」

 ほう、と感嘆の声を漏らす。

「武士のなんとかってやつですか」

「武士の心意気があるならば、負けても私は潔しとする」

「ちょっと大村さん! なに戦う前から不吉な事言ってるんですか!」

 井上もこれには参ったようである。

「あはははっ。すまんすまん」

「すまんで済みませんよ」

「そう言うな。覚悟を口にしたまでだ。味方に損害を出させるわけには行かぬだろう? 益田よりも兵数が多いこの地で、隊を分散させて叩くよりも、一丸となって一個づつ叩いて行く方が良いのだよ」

 高尾山に布陣している浜田藩の位置を偵察させた大村は、その陣を半円に取り囲むように砲台を配置させた。

「さあ、行くぞ」

「おう!!」

 大村の合図と共に砲塔が火を吹き、長州軍は一気に高尾山の敵陣へと雪崩れ込んだ。

 これに驚いたのは浜田藩兵である。

 山間を縦横無尽に走り回る長州軍に翻弄され、銃撃と砲撃が加わり戦意を奮い立たせるどころか、退却を始めてしまったのである。

「時代錯誤の兵法なんか、おれ達に通用するもんじゃないと知れ!」

 逃げ惑う者と向かってくる者が入り乱れる中、長州軍は敵兵を少しづつ追い上げて行った。

 高尾山を逃げ出した浜田藩兵は、もう一つの陣がある鏡山へと逃げたのである。大村が執った一つずつ撃破の策を、敵自らが動いて進めてくれたのである。

「このまま一気に鏡山へ行くぞ」

 勢いに乗った兵士の戦意を此処で殺がさせないため、鏡山の陣形を整えさす間を与えないため、大村はそのまま敵陣へと向かった。

 鏡山の陣へと逃れて来た藩兵の報告を聞き、作戦を立てる暇もなく砲弾が頭上へと落ちて来た。

 陣のところかしこに砲を撃ち込まれる中、突入してきた長州軍と乱戦となったのだが、これまた指揮が各人に行き届く前に崩されてしまった。

 砲撃が収まると、銃撃が取って代わり、弾丸を掻い潜るように長州軍が動き回り敵兵へと刃を振り下ろして行く。

「手向かう者は容赦せん!」

 芸州での戦と同じく、重い甲冑の武士では、足軽な長州軍の動きには付いていけない。連続して撃ち込まれる銃撃に浮き足だし、敵兵を狙撃するにも、浜田藩兵の銃では対応しきれるものではなかった。

 反対に、長州各隊の連携は途切れることが無い。伝令が戦場を走り、戦況を読む大村に逐一集められて行く。そしてその都度新しい指示が出されるのだ。

 浜田藩兵は、その予測のとれない動きに対応する術を持たなかった。得意とする山間での戦いと言う事もあったが、銃器の差や情報伝達の差も両者に大きな差を生じさせている。

 退却の声が上がったのは、長州軍が攻め込んで一刻も経たずの事だった。

 病臥中だと言う事もあり戦に参戦できなかった武聰は、高尾山に続いて、鏡山での敗戦ほ聞き、紆余曲折の末、自ら城に火を放ったのである。

 そして、燃える城を後に、武聰は松江城(島根県松江市殿町)へと逃れた。


「雲州からの援軍がきになるところですね」

 佐世は、炎に包まれる浜田城を見上げでそう呟いた。

「なに、決して雲州や他の藩から無闇に応援などが来るものではない。この戦の元となった事情を知るならば、援軍など許すはずもなかろう」


 六月十八日。

 こうして長州軍は益田城を落とした後、浜田城をも陥落させた。



 石州口で交戦が始まった頃、傷が癒えた龍馬の乗るユニオン号が赤間関へと寄港した。

 小倉口での戦を前に、作戦会議を開いている高杉の所へ龍馬が現れる。

「傷はもういいのか?」

 京での襲撃後、坂本達の状況は人伝でしか聞いていなかった。

「なんともないきね。この通りぴんぴん元気に生きちゅうがよ」

 そう屈託なく笑う龍馬に、高杉も白い歯を見せて笑いを返す。

「そのまま大久保さんの処へ居座るのかと思っていたが、いい(もの)と一緒に来てくれたもんだ」

「ユニオン号か? おまさん、何を考えちゅうんなが?」

「聞きたいか!?」

 にやりと笑う高杉の顔を見て、龍馬は口を尖らせ言った。

「・・・嫌な予感しかしやーせん」

「あはははっ。坂本さんの感もなかなかのもんだな! 率直に言う。ユニオン号で参戦してくれ!」

「やっぱりそう来たがか」

「ふん! このくそ忙しい時に軍艦に乗って来たってことは、少しはその気があったって事だろう?」

「いや、まっこと高杉くんには参るぜよ」

「貸しを作ったのはその為だ。まさかその貸しで、手負いとなるとは思っていなかったがな。まあ、それはそれ、これはこれだ」

 高杉の言う貸しとは、龍馬の持っていた銃の事である。

 上海に渡った時、高杉は1854年にウィンチェスター社のウェッソンが開発し製造された【スミス・アンド・ウェッソン・レボルバー】32口径の銃を何丁か手に入れた。

 その一つを京に出向いた際、龍馬に見せた高杉は、興味津々の龍馬に土産だと手渡していたのだ。

 その使いどころが寺田屋での騒動で、剣を受ける事に使われるとは考えて居なかったのだが。

「其の件はさておき。坂本さんにも加わってもらうぞ、作戦会議!」

 バンバンと背中を叩くと、肩に手を回して逃げれんぞとばかりに龍馬を皆の処と連れて行った。


 芸州に続く石州での長州軍の勝利に、幕府は大慌ての事態となった。後が無くなった幕府は、百隻からなる艦隊を小倉へと集結させたのである。

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