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幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』  作者: 夏月左桜
奇譚十幕 挙国一致
38/89

其之一 屋代島の戦い

 幕艦の進行を知った芸州は急遽長州へ報せを出し、下関に戻っていた高杉の元にも届けられた。

「二十二か。報告より多いな」

 山縣は机に地図を広げて、とんとんと島の上を叩く。

「門司で挟み撃ちを考えての航路と取っていいと思うが、芸州勢への加勢、門司での挟み撃ち。どちらも避けたいものになる」

 周防と芸州の藩境にて戦闘になるのを見越し、海から歩兵部隊を投入してくる可能性もある。

「隊の配置はこのままでいいだろう。今は戦力分散を避けるしかない」

 その言葉に山縣は唸るしかない。

 既に芸州と石州にはそれぞれ隊が陣を構えている。高杉に隊を動かす気がないのは、編成を考え直し、それを隊に伝えて動かす時間がないからだ。それは山縣も良く解っていはいるのだが。

「防衛を地元民兵で固めたのは早計だったな」

 芸州、石州、下関本土での戦闘を重視した為の采配だった。進行中の海軍が万が一、屋代島へと攻撃を開始しても、弾薬の消費を考え長期戦にはならないと踏んだのだ。だが二十二隻が来ているとなると、一、二隻を投じて屋代島へ攻め込んでも大きな消費には結びつかない。そうなった時、民兵で組織された兵では、訓練された幕兵に対応し切れるものではない。

「今言ったところで始まらん。柳井に駐留してる大野に伝達をしてくれ、屋代島へ渡れと。俺も丙寅丸で出る」

「は!? おい、高杉。一隻で幕府海軍を相手にする気じゃないだろうな?」

 そう聞きつつ、きっとこの男はそうだと言うに決まっていると、山縣は半ば諦めながら聞いてみた。

「そうだ!」

「やっぱり・・・」

「丙寅丸の機動力と、最新の砲塔の威力を測っておきたい」

「まったく。何もこんな時に調べに行く必要はないだろうが」

「高杉さんの無茶は今に始まった事じゃないですよ」

 報国隊の原田が話しに加わって来た。

「俺達も向かいますか?」

「いや、ここの数は減らしたくない。死にに行くわけじゃないから心配するな」

「死ぬつもり、と言ったらそこの柱に縄で括りつけてやれたのに」

 山縣は本気の様だ。

「なにぃ!?」

「もういいから、行きたいならとっとと行って来い」

「すまんな山縣。しばらく留守を頼む!」

「ああ、任せてくれ」

 こうして高杉は、手に入れた丙寅丸にて下関から屋代島へと出航して行った。


 島への上陸は、屋代島北東部にある久賀岸壁からだった。

 海上からの砲撃があった後、上陸した洋式歩兵部隊は、応戦に出た民兵隊を難なく退け圧制のまま進軍を進めていた。

 逃れてきた民兵は、歩兵部隊を鎮圧せんと、東三浦にて急遽結成された集義隊により救出された。

 頭取桜井慎平は、集まった百二十名隊士を二分させた。一つを北海岸沿いから久賀へ向かわせ、残り六十名で西海岸回りで南部から北上、征長軍を挟む形の作戦に出た。

 しかし、上陸して来た征長軍の数は桜井達の予想を遥かに上回っており、久賀へ先に到着した隊は、戦闘を開始して間もなく苦戦を強いられる事になる。南部から回っている援軍が到着したとて、到底巻き返す事などできそうになもなかった。

「どんだけ居るんだ!」

 久賀村から続々と出て来る幕兵を見て、兵士の士気が落ち始めている。

「上陸してくる兵数が予測できんぞ!」

「予測できたとしても、蟻の大群を止めるにはこちらの数が少な過ぎる」

 このままでは全滅も余儀なくされると、桜井は民兵に久賀から東三浦へ下がれと命令を出した。集義隊は民兵の盾として陣取り、幕兵を相手に死闘を繰り広げている。

「防ぎきれん!」

 それは桜井とて解り切っていた。

「民兵は!?」

「足並みなんか揃うものか!」

「止むを得まいか。我々も一旦退くと全員に通達してくれ」

 桜井は民兵や庶民を集め、久賀より撤退を開始した。

 一方、南下して来た集義隊は、島の南東にある安下庄から上陸した松山藩兵と交戦になっていた。その数二千余り。対する六十名の集義隊では戦闘にすらならず、これを撤退させた。

 だが松山藩兵は久賀の征長軍へと向うことなく、近隣の集落へ雪崩れ込んだのだ。

 村に入った兵士達は、戦に参加していない庶民に対し剣を振り上げる。

「手向かう者は全て斬れ!」

 逃げ惑う者を捕まえてはその懐に剣を突き刺し、女子と見ると家屋へ連れ込み暴行を加えた後、首を刎ねた。その後物資を略奪すると、その足を別の村へと向け同じ所業を繰り返して行く。それは戦闘と言うより、虐殺と呼べる行為に他ならなかった。


 松山藩の無差別とも言える襲撃を知った桜井は、報せを芸州へ急遽走らせた。このまま見過ごすなどできなかったのだ。

「好き放題しやがって!!」

 民兵をそのまま後退させると、隊士を連れて桜井は安下庄へと下った。


 屋代島占拠の報せは久賀と安下庄両方から、周防国と芸州国の藩境で陣を構える山田市之允の隊へと届けられた。

 海上からの攻撃に加え、歩兵隊上陸を聞きどうするべきかと石川に問い尋ねる。

「独断だが、鋭武隊と浩武隊を屋代島へ向かわせる。民兵が参加しているんだ、高杉が居たら同じ指示を出す。伝令をすぐ高杉へ出せ」

「展開してる部隊と合流し、征長軍を追い返せればいいんだがな」

 武市は地面に島の簡単な地図を書くと、久賀での全隊防衛を説く。軍艦は久賀沖に集中しており、上陸の中心となっている。ならば海岸に征長軍を集められれば軍艦からの砲撃は止む。味方に当たれば戦力を欠く事になるからだ。

「その後は堀くん達の戦術に任せるしかない」

「果たして、四百で戦局を変えれるのか疑問だが、ここはやるしかない!」

 堀は抱えていた腕を解く。

「市勇隊も行く。数でなんとかしようと言うよりも、地を見て作戦を考えるだけだ。それが我ら長州軍だからな」

 佐々木はそう言うと踵を返し走り出して行った。

「さすが長州の(つわもの)揃いだ。高杉くんが居なくともちゃんと何を成すべきか理解している」

「負けてられんからな!」

 そう言って、出るぞ、と堀が立ち上がり品川も自分の隊へと戻って行った。

「陸が手薄となるが・・・石州隊に連絡して、伊藤の部隊をこっちへ回してもらうとするか」

「進軍してくる数さえ判れば、石川くんと山田くんの隊だけで戦術を考えられるのだが」

「京を出たのは十万、途中諸藩が加わり高杉の予想ではその数十五万から十六万。小倉へ集まる征長軍が一番多いと考えているが、三等分したとしても一方五万強の計算になる。その内どれだけが屋代島に回ったかだが」

「長州の強みは過去の戦争経験が有るという事だ。征長軍の武器も大半が旧式銃かゲベール、こちらはミニエーがある。それらを統合して考えれば、例え五万が相手だろうと戦術如何では勝ちに転じれる」

 芸州入りしたとて、ここに幕兵が到達するまではまだ日がある。三隊千名と火力の使い方で攻防は可能だと武市は続けた。

「戦術の組み立てに、手馴れていますね」

 一度は土佐勤王党の頭として倒幕を志したのだ、戦術論の一つや二つは持ち合わせている。とは言えなかったので、苦笑を見せるしかない。

「まずは征長軍が屋代島で行った非道を、近隣国へと伝えさせよう」

 いつの間にか各隊の指示と戦術を練って行く武市を見て、和奈はこれまで知らなかった武市の一面を垣間見ると共に、参謀にとなぜ桂が武市を抱え込んだのかその理由を知る事ができた。

「石州、芸州が動いてくれれば願ったりなんですが」

「それは運に任せるしかあるまい。動かずとも、この進軍はもはや私闘以外の何者でもないと吹聴できる」

 そうする事で、幕府が掲げる大義名分を崩しに掛かれるのだ。

「なにが義か仁かも知らん奴らの好きにはさせん」

 あるだけの馬を使い、鋭武隊・市勇隊・浩武隊は小瀬川から南下し、神代に着くと筆崎へ渡る経路で屋代島へと入って行った。


 高杉から命令を受け、屋代島に最もに近い柳井に駐留していた奇兵隊大野隊は、筆崎から上陸して海岸沿いを南へと下っていた。

 進軍していた集義隊にその報告が届くと、桜井は隊を止めて援軍が到着するのを待つ事にした。ここで足を進めても、被害が拡大するのは目に見えている。それならば奇兵隊と合流する方がまだ勝機はあると考えたのだ。

 幕兵を警戒しながら野営していた集義隊の元へ、黒づくめの一団が現れた。

 桜井達は一瞬迎撃の態勢に入ったが、大野が名乗りを上げたので味方と解り、安堵の息を漏らしながら出迎えに走った。

「伝令を筆崎と田ノ尻鼻へやってくれ。援軍が到着したら久賀へ行ってくれと伝えさせるんだ。俺達はこのまま安下庄の松山兵を叩く」

「承知した」

 洋装部隊を見回し、桜井は驚嘆の色を浮かべている。笠から靴の先、金具に至るまでで全て黒で統一されていたのだ。異様に見えるのは仕方がない。

 大野は持参していたミニエー銃、ゲベール銃を扱える者に手渡して行く。

「屋代島を征長軍から奪還するぞ!」

 その叫び声と共に、奇兵隊を先頭に進軍が開始され、大野は安下庄湾に停泊している幕艦を奪取しようと、奇兵隊の一部をそちらへ向かわせた。


 突如、闇に銃声が響き渡る。

 これに驚いたのは松山藩兵の方だった。

 二回目の銃声を合図に、木立の中から黒い集団が現れたかと思うと、火を囲んでいた松山藩兵に発砲を繰り返したのだ。

 敵兵が闇討ちを仕掛けて来たのだと知った時には、すでに奇兵隊が斬り込んで来ており、応戦する間も与えられず撤退を強いられたのである。

「くそが!」

 幕兵が撤退した後、村を歩き回り生存者を確認していた大野は、その悲惨なまでの光景を目にてしそう吐き捨てた。

 木に吊り下げられた幾つもの死体には、剣が突き刺さったまま放置され、暴行を受けた殺されたであろう女子が、全裸で無造作に置き捨てられている。

「これが人間のする事かっ!」

「酷いってもんじゃない」

 そう言い、桜井は生存者が居ない事を大野に告げた。

「子供も老人も皆・・・容赦なく全員殺されています」

 死体となっている者は兵士でもなく、民兵のように剣を向けた者でもない。皆ただの農民

なのだ。大野でなくともその惨状を見れば怒りを覚えていただろう。

「人を人として見ず物扱いにする所業に反吐がでる! 人の上に立つ者のする事とは思えん!」

 大野は木から死体を下ろさせて他の死体と共に集めさせると、人目に晒されぬようむしろを被せさせた。

「こうなったら皆殺しだ! 人道から外れた輩どもから我らが土地を取り戻す!」

 大野の声は、村に響き渡るのではないかという程大きなものだった。


 安下庄湾へ向かった奇兵隊は、乗り込んだ漁船の灯を消して幕艦へと接近していた。

 艦からの砲撃は止んでおり、甲板に行き来する幕兵の姿がちらちらと見え隠れしている。今縄梯子を取り付けたとしても、上から狙い撃ちにされるのは必至である。

 どう乗り込むか思案していると、幕兵が慌てて剣を抜いて反対側へ消えたのが見えた。続いて奇声が起こると剣戟が聞こえて来る。

 奇兵隊は意を決し、真鍮の手すりに縄梯子の先端を放り投げると乗艦を開始した。

 手すりから甲板を覗き込んだ先では、すでにどこかの隊と幕兵の戦闘が始まっている。見慣れない洋服姿の男達が幕兵へと斬り掛かっている中、一人が奇兵隊に気付いて欄干へと駆け寄って来た。

「どこの隊だ!?」

「我らは長軍と共に征長軍を討つため、馳せ参じて来た!」

「味方ではないのか!?」

「俺は石川清之助。加勢に来たと言った! 詳しい説明はあと! とにかく、この艦を奪取する。ご助力願いたい!」

 そう叫んで斬り合う中へ戻って行く中岡の背中を見て、状況を掴み切れないまま、梯子を登った奇兵隊もその中へと飛び込んで行く。

「指揮官を探せ!」

 中岡の号令で、奇兵隊も陸援隊と共にに動き出す。

 そして一刻も経たたない頃、船内に居たこの艦の指揮官が連れて来られると、奇兵隊によってその首を落とされた。

 艦を占拠した中岡は、生き残った幕兵を乗って来た船に移し終えると、法師岬を回る海路で田ノ尻沖へと向かえと命令を出した。

「あまりにもあっけなかったな」

 谷はそう言うが、その全身は血まみれになっている。

「奇兵隊が来てくれて有利となったんだ。俺達だけではまだ落とせず時間も掛かっているさ」

 中岡は、改めて奇兵隊の動きに感服を覚えた。指揮が行き届かないまでも、個々の役割をちゃんと認識して動いている。志願して来た者ばかりを集めた隊なだけはある。

 陸援隊隊士に征長軍の旗印を下ろさせた中岡は、にこにこ顔でそこに長州の旗印を掲げた。

「これで長州から攻撃される事はないだろうな」

「しかし征長軍に艦奪取がばれるぞ?」

 谷は風にはためく旗を見上げた。

「ようは長州と合流できるまで見つからなければいいの!」

「はあ~。そこまでしか考えてなかった、という事だよな?」

「艦を持って行けば、誰かしら使う人が居るじゃないか。長州海軍は多分下関に集結してるだろうし、余分が有って困る事はないに決まってる!」

 中岡らは、薩摩へ向かう途中の航路で幕艦の進軍を知り、乗り合わせていた陸援隊を屋代島南部の平郡島近くで降ろしてもらうい、そこから漁船で屋代島へ向かった。その途中、この艦が停泊しているのを見つけたのだ。一隻だけだし、どうせ参戦するなら奪い取っておこうかと、闇に乗じて攻め込んだのだ。

「これで当分乾さんの話しを聞かなくて済む」

 蒸気船から降りた中岡が、心底嬉しそうに呟いたのを思い出して谷は噴出してしまった。確かに、あの調子で一日中側に居られたらたまったものではない。

「さあて、こっからがいよいよ本番だ」

「奇兵隊が居るから、間違っても撃たれたりせんよな?」

 谷は蒸気船で言った事を繰り返した。


 集義隊と合流した佐々木達は、桜井が寄越した伝令から戦況を聞いていた。

「沖に停泊してるのは二十一隻。艦からの砲撃はそう多くありません」

「味方を避けて撃てる砲手なんておらん」

 堀は、確かにそんな奴が居たら神だ、と笑って品川の背中を叩いた。

「一万五千は推定か?」

「展開している幕兵を見積もっただけで、確認した訳ではありません」

「未確定要素だな。安下庄から久賀を目指していた松山藩は?」

「二千と言ったところかと。私も実際見て来たわけではないので、正確な数は不明です」

「沖合いに居る艦隊から、歩兵部隊がすべて降りているのは確かだろうな」

「銃兵も居りますが、すべて旧式か良くてゲベールのままです」

「報告ご苦労だった」

 まず休憩しろと、堀は男を自隊に連れて行くと、食事を用意を頼んで戻って来た。

「柳井の奇兵隊はそのまま南から来ると見ていいな」

「ああ。桜井が考えていた挟み撃ちができそうだ」

 地面に書いた島に武市が示した進路を書き、それに大野隊の進路を書き加えると久賀海岸にばつ印を付け、堀は一度確認する様に一同を見渡した。

「じゃあ南下している隊には、そのまま進軍せよと伝令を出すぞ?」

「頼む。大野隊の参戦があるなら心強い」

「問題はその後だが、まずはそこまで局面を持って行く」

「その後の事は堀さんに任せた!」

 品川の言葉に堀は戸惑いを隠せなかったが、自分達の強みは臨機応変に動ける事だ。それが征長軍との違いでもある。ならば、と立ち上がった堀は、目下の課題へ向け全隊に号令を出した。


 下関から丙寅丸で屋代島を目指していた高杉は、屋代島北西に在る笠佐島沖で一隻の幕艦と遭遇した。一瞬緊張が艦全体に走ったが、帆柱の先端に長州藩の旗印が掲げられている事に気き、臨戦態勢のまま接近させた。近づくと甲板で旗を振る中岡を見つけ、丙寅丸を平行させたのである。

 中岡が丙寅丸やって来ると、高杉は大笑いしながらそれを出迎えた。

「まさか、軍艦一隻手土産にして来るとは思わなかったぞ!」

「成り行きでこうなって。同じ目的で来てた奇兵隊が来たお陰で、損害は出さずに持ってこれました」

「しかし、なんでまたそんな所にいたんだ?」

「新撰組が京から出立したと聞いて居ても立ってもいられず、陸海に分けて参加すべく動いたんです。俺達は薩摩行きの蒸気船に乗って来たんですが、幕艦を沖合いに見つけてつい降りちゃいました」

 へへっ、と笑う中岡。海上でつい降りる奴はお前しかおらん、と思いっきり受けている高杉。何も突っ込めない谷。そしてそれを取り巻いている隊士達。

「でも本当に助かりました。どうやって参戦するか悩んでたんですよ」

「すまん。印の事は聞いていたが、周知させるには時間がなかった」

「いいえ! それは覚悟してました。で、俺はこのまま参戦していいんですよね?」

「一向に構わん。軍艦が手土産だ、追い返す訳にもいくまい? だが陸の方はどうするんだ?」

「報せが長州軍に届いている、と祈っておきます」

「そうか。陣を構えるのは石川達だ。間に合わずとも状況は把握してくれるはずだ」

 そうであってほしいと心から願う。

「船速を上げるぞ」

 奇兵隊から屋代島の詳細を聞き、安下庄のところで高杉の目の色が変わった。無論、中岡も顔を顰めるしかない。

「陸は三隊に任せ、俺達は海上の軍艦に的を絞る。石川は旗を征長軍の物に戻して先行しろ。その影に 丙寅丸が隠れる形で幕艦に接近し攻撃を開始する。戦闘が始まったらちゃんと旗を取り替えろよ」

「って、俺が指揮執るんですか!?」

「阿呆、お前が最初に軍艦に乗り込んだんだろうが。それに航海戦術くらい習ってるだろう!」

「それ海援隊ですよ高杉さん・・・」

「どっちだっていい! 舵取りせんでも指揮はできる!」

「解りました! だから怒鳴らないで下さい!」

「お前も怒鳴るな!」

「いいから作戦に入ろう」

 呆れ顔の谷が二人に静かに言うと、ばつが悪そうに高杉が頭を掻いた。

「最大船速を維持したまま二手に分かれ、左右から一隻につき三発づつ機関動力部を狙って撃つ。止まらずに次の艦にも同じく攻撃を掛けていく。おい、砲手に狙い外したら戦が終るまで飯抜きだと伝えて来い!」

 近くの隊士にそう命令すると、隊士は慌てて船内に駆け足で飛び込んで行った。

「飯抜きは辛そう」

 相変わらず無茶を言うと中岡は思ったが、そんな高杉だからこそこれまで戦果を上げて来たのだ。隊士をどう鼓舞し動かすかその術を心得ている男なのである。

「丙寅丸の機動力、存分に味わってもらおう」


 安下庄から久賀へ回ってきた長州軍と、田ノ尻鼻から回ってきた長州軍に挟まれる形となった征長軍は、すでに逃げ場所を失っていた。沖に停泊する幕艦からの砲撃も止んでいる。

「さて、ここからが問題だ」

 そう言った矢先、佐々木は沖から聞こえる砲撃音に気付いた。

「なんだ?」

 沖を見ると、幕艦から火の手が上がっている。そしてまた砲撃音が鳴り響き、別の艦からも火の手が上がるのが見えた。

「援軍か!?」

「援軍って・・・門司が手薄になるだろうが!」

 次々と火の手が上がって行くのを見ながら、海上の軍艦を気にしなくていいのならば、陸地だけに専念できると堀は言った。

 その砲撃は幕兵にも大きな動揺を与えたらしく、やがて怒声が聞こえてきた。

「行くか」

 堀が言う。

「行くべきだな」

 佐々木がにやりと返す。

「三隊に分かれ三方へ進軍する。銃兵は隊から外れて同様に三隊へ分かれろ。射程距離まで来たら停止し、固まってる幕兵に的を絞って銃撃を開始。味方撃つんじゃないぞ!」

「こりゃあ敗戦に持ち込めんな!」

 堀の言葉に、佐々木はその頭へ拳を振り下ろした。

「当たり前だ!」

 殴られた堀は痛さを堪えながら合図を出した。それを受けて剣を手にした者達が山の斜面を駆け下りて行く。

 銃兵は有る程度の位置まで来ると隊列を組み、味方の援護をしつつ、幕兵に狙いを定め一斉掃射を開始した。

 大野隊も、堀の部隊に圧されて後退して来る幕兵に銃を掃射させ、銃から逃れようと走り出す幕兵を隊士が追撃して行く。

 銃での攻撃と機動力に物を言わせた長州兵を前に、すでに数の差は問題では無くなりつつあった。戦術の転換とそれに伴う個々の動きの速さは、これまでに幾度もの戦争を経験して来た長州ならではものだ。幕兵との違いは戦術だけではなく、使用している武器の性能にも有る。旧式の火縄銃やゲベールの銃弾装填は遅く、一発を込める間にミニエーは三発の装填が可能なのだ。機動力を左右する武具の違いも幕兵が遅れを取る要因となっている。身軽な洋式軍服で動き回れる長州兵に対し、幕兵は動きずらい甲冑なのだ。それに加えて昔ながらの兵法しか知らぬでは、到底今の長州軍に太刀打ちできるものではなかった。

 幕艦からの援護もなく挟み撃ちとなった幕兵は、沖合いで炎上する艦へ帰還する術を失い、次第に降伏を始めて行ったのである。


 高杉と中岡の駆る艦二隻の奇襲によって、二十一隻の征長海軍は壊滅へと追い込まれていた。まさかたった二隻で夜襲を掛けられるとは思っておらず、艦隊の間を縫うように進んで来る丙寅丸を見つけて砲撃を加えても、不慣れな砲手は狙いを定め切れなかった。

 一隻、一隻と後部の機関部に砲弾を受け、離脱する事も不可能となった艦はただの鉄の固まりへと変貌したのである。

 そんな中、被弾しながらも直撃を免れた富士山丸は、敵砲を掻い潜り安芸灘から離脱に成功すると、四国方面へ迂回する航路から小倉に集結しつつある自軍を目指したのである。


 総勢二万の幕府海軍は、民兵を含めた僅か千程の長州軍を相手に敗走した。


 島内陸に逃げ散った征長軍残党の掃討を行いたいと、大野率いる隊は奪還後の屋代島に残った。

 芸州から援軍に来た三隊と丙寅丸は、それぞれの持ち場へと引き返して行った。

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