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幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』  作者: 夏月左桜
奇譚九幕 暗雲低迷
34/89

其之一 四番隊

 近藤が、一番隊と三番隊を連れて伏見藩邸へやって来たのは、和奈達が出た数刻後の事だった。

 和奈の事を訪ねられた大久保は、一字一句違えず武市に答えたままの言葉を口にし、藩邸の検分を済ませた土方らに何を言うでもなく、無言で藩邸を追い出したのである。

「相変わらず嫌な奴だ、あの大久保って野郎」

 赤井も同感だった。

 応対に直接出て来た大久保は、顔色も変えず焦ることも終始しなかった。口を開いたのも、近藤への返答と検分を申し出た時の、好きにしたまえ、のたった二回だけだった。

「土方、野郎はなしだ。幕府だけでなく朝廷にも顔が聞く人間だ。新撰組の態度一つで、会津藩に迷惑が及んでは困る」

「解ってるさ! だから大人しく引き下がって来たんじゃねぇか!」

 片足を引きずりながら歩く土方は、押さえ切れない怒りをどこにどう向けていいのか判らないようだった。

「薩摩藩邸の検分を許可してもらっただけでも、良しとしなければならん」

「この分じゃ、二本松の方も空振りだろうな」

 西郷が逗留してるとの事で、検分が出来るかどうか怪しかった。

「例の浪士集団、薩摩じゃねぇかって俺は確信してる」

「推測で動くなよ、歳三。相手が相手だなんだ。浪士に当たると同じ方法取ったら、その首刎ねられるぞ」

 百も承知していた。だからだ、なにか証拠になるものを探さなくてはならないのに、一々伊東の邪魔が入って来るのだ。薩摩藩邸への見張りの件も近藤と同じく突っ撥ねられていた。

「気にくわねぇ」

 回りくどいのは好きではなかったが、幕臣を抱える薩摩相手では頭を使うしかないのである。


 慶応二年二月に入り、大坂城入りしていた将軍徳川家茂は、第二次長州征伐を発令。大目付永井尚志を訊問使として長州に派遣し、その返答により処分案を確定させ、老中小笠原長行に内容を伝達した後最後通牒を行うと決めた。

 その発令により、会津藩から新撰組へも長州再征伐参加の命が届いており、近藤はすぐに屯所に居た組長らを集めた。

「我々紀州藩と共に芸州口から長州へ進軍する。あくまで別働隊として、紀州藩の補佐をせよとの命だ」

 土方達は、眼光炯炯(がんこうけいけい)とした双眸を近藤に向け、きっと口を結んだ。

「出立は五月。土方、それまでに同行させる隊士を選抜しておいてくれ。あと、伊東さんもこれに同行する」

「なに言ってやがる!」

 土方の我慢は限界に近いように思えた。が、近藤は松平公の命によるものだからと、いきり立った男を収めにかかる。

「武力執行の前に、大目付である永井主水正尚志殿が訊問使として向かう。これに伊東さんと私、監察方篠原が随行する。それに合わせて新撰組も芸州入りとなる」

「あんたは解るが、なんで伊東までだ!」

「俺に聞かんでくれ。松平殿が直々に指名してこられたのだ、仕方あるまい」

 最近、伊東の名前が出る度に土方は切れてしまっていた。

「会津藩直々なんて、一体どんな手使ったんだ?」

 原田はそこが気になったらしい。

「水戸藩にも精通していると聞く。道場主だった頃から交流を持っていたらしい」

 会津に水戸。たかが道場主というだけで、交流は持てても政策の一端にまで関与できるものではない。伊東はなんらかの策を講じて、官僚に渡りをつけているとしか考えられなかった。

「これは決定なんだ、いいな土方」

 松平の命とあっては、さすがの土方もそれ以上の藩論はできなかった。

「承知!」


 何時間竹刀を振っているのだろうか。

 肩はもう悲鳴を上げていた。振り下ろした腕は震え、上段に戻すのにも痛みが腕に肩に走る。

 入って来た土方に止められ、赤井は手から竹刀を落とした。

「そんな無茶して上手くなりゃ、隊士全員にさせているってのに」

 言われるまでもなく解っている事だが、胸のもやもやに居ても立ってもいられなかったのだ。

「俺、土方さんから見て、どんくらいの腕なんすかね」

 稽古場の端に座り、そう聞いてみる。

「並みの隊士よりは腕が立つ、今はそんなところか。筋は良いし才もある。けど、一つ足りないもんがおまえにはある」

「足りない? 気迫、とかですか?」

「気迫か。気迫だけであんだけの剣を振るえるもんじゃない。よっぽどいい師範に出くわしたか・・・おい、村木の太刀筋、 神道無念流か?」

「楠くんと同じかって問いなら、違うと思います。ちゃんと見てなかったのでなんとも」

 心形刀流でもなかった。

「薬丸自顕流でも、ないか」

 だとしたら薩摩との関連が一つ消える。

「長州征伐に参加する隊士を選出しなくてはならん」

「いよいよですか」

「おまえ、来るか?」

「え? 戦争・・・ですか?」

「怖いならやめとけ。びびって剣も持てないようじゃ、長州の奴らに斬られて死ぬのがおちだ」

 長州。桂がいる国。

「まだ時間はある。行くつもりなら大石に稽古を頼め。あいつは沖田や斉藤と張り合える、いい稽古になるだろさ」

 人斬りなのだ、相当の腕前ということは判っていた。

 立ち上がった土方は、稽古場に掛けられている【誠】の旗を見やった。

「おまえに足りないものは志だ。心に決めた目的を信じ、己の誠を貫き通す。それがおまえには無い。だから剣に違いが出る・・・今のおまえは村木の足元にも及んでねぇ」

 そう言って土方は稽古場から出て行った。

 心に決めた目的、か。あいつは、皆を守るのが己の誠と考えたのかな。

「あ、居た居た」

 稽古場にひっよこり顔をだした塚本は、竹刀を抱えて座り込んでいる赤井の横へとやって来た。

「なんですか?」

「ほら、おまえに手紙だ」

「は? 俺に?」

「悪いが中身は調べさせてもらってある。ああ、おまえのだけじゃないぞ。屯所に来る手紙は全部近藤さんか土方さんが見る」

 差し出された手紙を受け取り、裏を見る。

 才谷梅太郎、とそこには書かれていた。

(て、おい! いくら偽名でも危ないじゃないか!)

 つくづく龍馬と言う人間が解らなくなってきた。

 手紙を開け中に目を通す。

【何でも思い切ってやってみることだ。どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様、骨となって一生を終えるのだから、何の志も無く、ぐずぐずして日を送るは大馬鹿者のすることだ 】

 両手を斬られた龍馬からの手紙。代筆だろうが、今の自分の状況を近くで見ていたような言葉に、目頭が熱くなり手で目を覆った。

「おいおい、そんなに感激する手紙か!?」

「なんか、背中押されたようで・・・俺・・・」

 敵対という言葉は恐らく龍馬の心にはないのだろう。敵であれ仲間であれ、恩情を持って接するのが坂本龍馬なのだ。

 赤井は立ち上がると稽古場から駆け出した。

「お、おい!?」

 ぐずぐずして日を送るのは大馬鹿者のすること。確かに、そうだ。何のために新撰組に来た。土方の言葉に納得したのではないのか。

【俺達は政に携わっている人間としてこの町の、国の未来を守るために命を賭けている】

 土方はそう言った。

【わしらが正しく、新撰組が正しくないとは言わん。どちらも皆何かを守るために必死になっちゅうき信じた道を進めばええ 】

 龍馬もそう言った!

「土方さん!」

 断りもなく障子を開けながら飛び込んで来た赤井に、土方は机の上から視線を上げて振り返った。

「征伐隊に入れて下さい。それまでに、もっと稽古積んどくんで!」

 頭を下げて懇願する赤井に驚く。

「いきなりどうしたってんだ?」

「お願いします!」

 手に文を握り締め、命一杯言葉に力を込めて頭を下げる男に土方は苦笑を漏らした。

「面、上げろ。男がそう易々と頭下げるもんじゃない」

「いえ。俺が頭を下げるのは今なんです、そう思います」

「やれやれ。で、なんで腹括ったんだ?」

 赤井は手にした手紙を差し出した。

「・・・なんか言われたか」

 受け取った手紙に目を通す。

「ほう。大馬鹿者になりたくなかった訳か」

「はい」

「だがな、人に言われたから動くんじゃ、意味ねぇぞ?」

「言われたからではありません。俺、もっとちゃんと考えるべきだったんです自分のこと。それなのに他人ばっかり気にして・・・悔いて・・・悔いてばっかりで・・・だから、思ったまま行動しようって決めたんです、新撰組の一人として!」

「んで、腹括って戦場へ行くってか?」

「俺は、多分、土方歳三に惚れてここへ来た」

「気色の悪いことを言うな!」

「あ、いや・・・男として、です。そっちの気はありません絶対に!」

「あったりめぇだ! そっちなんざ言われたら本気で追い出すぞ!」

 女ならいざ知らず、男から惚れたなんて言葉は聞きたくないと土方は首筋を摩った。

「おまえが目的見つけたってんなら、隊には加えてやる。せいぜい殺されんよう腕を磨いておけ」

「はい!」

 松原が切腹になった時、決意を固めたはずなのに気づかない内にまた迷っていた。それを龍馬に見透かされた思いだった。

 戻れるのか、どうしたらいいのかと不安で足を竦めているより、新撰組の土方という男と共に進めばいい。行き詰ったらまた悩んで、その時に進むべき道を選びとって行けばいい、後悔しないために。

 赤井はその足で大石の居る自室へと向かった。


 三月に入り、鹿児島入りする前に西郷の勧めもあって、小松邸において龍馬はお龍との祝言を上げた。

 質素な式ではあったが、西郷が仲人となり、大久保、小松、吉井が列席し、恙無く終った。

「吉之助も酔狂なものだ」

 縁側で寄り添う二人の背中を見ながら、酒を口にしている西郷に大久保は言った。

「こげん時世じゃっでだ、利通。こげん時世じゃっで、選び取らねばならん。生に赴くか、死に赴くか」

「ふん。坂本くんの奔放さなんぞ、相方を作るごときで止められるものか」

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ者は始末に困う。こん始末に困う人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬ」

「結局、己のためか。まあ、それも良かろう。ひと時の幸せ、存分に噛み締めてもらおうではないか」

 陸海軍の拡張を進言する目的と龍馬の負傷治療のため、小松、西郷、吉井は京を出て大坂から鹿児島へと出立した。


 屯所の稽古場は血気盛んな隊士で溢れていた。

 征伐隊の選出が行われるせいもあるが、松原を欠いた四番隊組長の選別もあって、選ばれたいと競う者が多いのだ。

「あんたが変なことまで持ち出すから」

「いいじゃないか。士気向上にもなるし、隊士の腕を一律に上げる機会はそうないんだ」

「そりゃあ、そうだろうがな」

「それに歳三の眼鏡に適った奴の腕も、驚くほど上がったじゃないか」

 征伐隊に志願したあの日から、確かに赤井の太刀筋が変わっていた。無謀な稽古をしている訳でもなく、本来持っている資質を大石が上手く引き出した、という感じだった。

「もともと筋は悪くない。ふらふらとしてた分、剣に迷いが生じてただけだろうよ」

「どうだ、ここらで組長格とやらせてみては?」

「・・・あんた、まさか奴に四番隊の頭張らせるつもりか?」

「松原の事もあるだろう。自分が原因で切腹沙汰になった、と赤井くんは思っているようだし、その後釜に付かせれば、十分責任を果たしてくれると思うんだがなあ」

「原田を四番に回せばいいだろうが」

「それがな、俺は十番隊だと言ってあっさり断られたよ」

 当初精忠浪士組に居た者が組長として振り分けられたが、腕の差は関係なかった。新撰組として名を改めた時、近藤は隊に格付けを行おうとしたが、沖田と斉藤は思い入れがあると言って隊を動かなかっため、現在も格付けはされていない。

「ったく」

 困るはずなのに、土方の顔には笑みが浮かんでいた。

「それじゃあ進めてくれるか、歳三」

「結局俺がするんだよな」

「頼りにしているさ」

 ポン! と肩を叩いて近藤は稽古場を出て行った。

「仕方ないな。おい! おまえら!」

 土方は、四番隊組長選抜のため稽古試合を行うと隊士達に告げ、夜から見廻りに出る隊も含め稽古場へと集められた。

 【誠】の旗を背に、沖田ら組長が立った。

「我はと思う奴は進み出ろ」

 いざそう言われると、互いに顔を見合わせたり、肘で隣の隊士をこづいたりで、自ら進み出る隊士は居なかった。

「おめぇら、さっきまでの勢いはどこいったんだ!」

「土方さん、これじゃ埒が明かないよ。こっちから指名してみたら?」

 藤堂は楽しそうだったが、手を上げて進み出て来た男の登場で、笑っていられなくなってしまった。

「で、一つ聞いていいか? なんで参謀のあんたが手を上げるんだ!」

「参謀と言えど、組長になる資格はあると思ったまでです」

「俺はいいぜ」

 鼻の下を擦りながら永倉が出て来る。

「・・・好きにしろ、ったく」

 伊東の北辰刀流道場主の肩書きは伊達ではなかった。沖田と斉藤から一本取れずとも、永倉相手に同等の力を見せ、後の組長達からはあっけなく一本を取ってしまったのだ。土方も実力を認めざるを得ない。

「では、私が四番隊組長でいいんですよね?」

 両手をパンと叩いてから、伊東は稽古場の端に座り込んだ。

 土方はまだだと言って、赤井を呼んだ。

「俺、組長にならなくていいですよ!」

「ほう、ならなくて、か」

「あ、いや、そう言うことじゃなくて」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、とっとと行ってこい!」

 土方に背中を目一杯の力で押され、稽古場の中央に躍り出る。

「じゃあ、ここは僕が」

 そう出て来たのは沖田だった。

「それ、無理ですって」

 竹刀を合わせる前から結果は見えている。

「土方さん、僕と斉藤くん、永倉さんの三人でいいんじゃないですか?」

「沖田さん! それ俺に死ねって言ってます!?」

 新撰組最強と言われる剣士四人の内、三人を相手にするのは無理を通り越して無謀と言えるのだ。

「ご希望なら」

 にっこりと沖田は笑うが、冗談では済みそうになかった。組長になりたいわけじゃないのに、殺されるなんてたまったものではない。

「沖田、てめぇはすっこんでろ。斉藤!」

「なんで僕じゃ駄目なんですか!」

「赤井は稽古でおまえの太刀を見てるからな。伊東さんが一本取れなかった斉藤に、少しでも竹刀掠らせたら四番隊をおまえに任せる。いいですね、伊東さん」

「勿論! それだけ有能なら、志士の剣客相手にも引けはとらぬでしょうし、文句はありませんよ」

 沖田はぶつくさ言いながら後ろへと下がった。

「永倉もいいか?」

「俺はどっちでも」

「他に異論ある奴はいねぇな!?」

 土方に異を唱える度胸なんて、隊士にはないですよと沖田が呆れて言う。

「うっせえよ。んじゃ決まりだな。初めていいぞ!」

 斉藤から一本でも取れたら、桂にも気負いせず立ち向かえるかも知れない。

 伊東の言葉だけが頭一杯に広がった。

 ぐっ、と竹刀を握る。剣気に飲まれたらそこで終わりだ、一瞬の隙は自分の死に繋がるのだ。

 斉藤は平突きの構えを取った。

 新撰組隊士はすべて中段から平突きの構えになる。一撃必殺を考えたものだが、万が一交わされても、そのまま横薙ぎの攻撃に転じれる二段構えになり、新撰組特有のものだった。

 赤井が中段に構えたのを見て斉藤が床を蹴っり、両手で突き出した竹刀を片手で更に伸ばして来た。   

 ガシュッーッ!

 立てた竹刀を斉藤の竹刀の内側へと滑らせ、外へ思いっきり弾く。そのまま左へ弾いた反動を殺すことなく、体を合わせて回転させ斉藤の脇腹へと打ち込んだ。

 斉藤は左足に全体重を乗せて後ろへ避けたが、少し遅れた利き足目掛けて右から竹刀が振られて来る。

 当たったと思ったが、斉藤の右足は左へと逃れ、赤井の竹刀が空を斬った。

「くそったれ!」

 後ろへ下がる訳にはいかない、突きの間合いを与えてはだめだ。突きには突き、と赤井は体勢を立て直す前に腹へ竹刀ごと突っ込んだ。

 だが斉藤は体を半身ずらしただけでそれを交わし、赤井の背中に竹刀を振り下ろした。

「ぐはっ!」

 激痛とともに床へ叩きつけられる。

「やっぱり無理だったかあ」

 胡坐をかいて座る藤堂が残念そうに言う。

「あっけなかったな」

 原田が当然だという顔をしつつ、横に居る沖田を見た。

「何言ってるんだ。結構頑張ったじゃないか、赤井くんは」

 沖田は真顔で稽古場の真ん中を見ていた。

「どう思う? 斉藤」

 咳をしながら四つん這いになっている赤井の腕を掴み、斉藤は立たせてやる。

「真剣での斬り合いは、敵がこう来たらそれをこうして、という技は出来るものではなく、夢中になって斬り合うだけだ。それをこいつは解ってる」

 赤井から離れると、斉藤は利き足の袴をたくり寄せた。

「当たらずとも、剣気でここまでできるなら大したものかと思いますが」

 足の(すね)から脹脛(ふくらはぎ)にかけて、赤く薄っすらとした筋が残っている。

「なんとか、って程度だがな」

 永倉は拗ねている沖田の横で言った。

「おい赤井! おまえ今日から四番隊の頭張れよ! 他の奴もそれでいいな!?」

「はーい」

 興味なさ気に沖田と永倉が手をあげ、藤堂はうんうんと頷き、ほかの組長も片手を上げた。

「と言うことだ。さっきも確認したが、伊東さん、異論はないよな?」

「ええ、感服しました。赤井くんの修練の賜物ですもの、異論などあろうはずがございません」 

 勝手に話しが纏まって行くのを見て、赤井が割って入る。

「大石さんとか、他に適役いるじゃないですか!」

「おまえでいいんだよ、阿呆。剣が長けてるってだけで、簡単に頭張れるんならこんな苦労してねぇ。それによ、四番隊は松原が居た隊だ、解るよな?」

「あ・・・」

 おまえには責任があるんだと、言われた気分だった。

「他の組長格も入れ替える! 二番隊組長永倉から伊東甲子太郎、五番隊組長武田から尾形俊太郎、九番隊組長鈴木から永倉新八、他は変更なし! 武田と鈴木は伍長格でそのままの隊に所属とする! 異論、もしくは俺こそって奴が居るなら俺に言って来い! 以上、解散!」

 頃合を見計らったのか、近藤が稽古場へと戻って来た。

「気合が入ってるなあ歳三」

 目を閉じて拳を握る土方。

「近藤さん、一発殴っていいか?」

「いやいや、それは勘弁してくれ。俺が言うより、おまえが言う方が効き目あるだろう?」

「確かに、鬼の副長に逆らおうって隊士は居ませんもんね」

 沖田はやはり面白くないようだった。赤井と遣りたかったのだろう。

「機嫌直せ。おまえに相手させたら、本気で殺しちまいそうだったからな」

「よく解ってますね」

 まだ赤井への疑念は捨てきれていないらしい沖田は、殺すまで行かなくても喉骨の一つは折るだろう。斉藤にしたのは、太刀筋を見られているという理由よりも、そっちの理由の方が大きかったのだ。


 どっと疲れてしまった赤井は、部屋に戻ると大の字になって寝っ転がった。そこへ大石が入ってくる。

「聞いたぜ修吾郎! おめぇ出世したんだってな!」

 自分の事のように大石は喜んでいた。

「どこ行ってたんですか。それに出世って・・・松原さんの隊とあっちゃ、引き受けない訳にいきませんよ」

「そうか。おまえなりのけじめ、ってとこか」

「けじめと言うか。あんな事になってなかったら、新撰組のためにこれからずっと頑張ってた方です。だから、松原さんの分も、俺、頑張ってみようかって」

 大石は寝ている赤井の脇腹をくすぐり出す。

「あはははははっ・・・・ひゃめて・・もう・・・・あははははっ」

 ひとしきり楽しんだ大石は、腹を抱えたまま息を切ってる赤井の頭をガシッと掴んだ。

「斉藤に掠り傷つけただけでも褒めてやる。俺としちゃあ、おまえが居なくって見廻りが淋しくなるがな。稽古はこれまで通りつけてやるから、まあ頑張れや」

 そう言いながら掴んだ頭を押して赤井を倒すと、大石が赤井の荷物を集め始めた。

「なにすんですか!」

「阿呆、組長格は個室だろうが! 松原さんの使ってた部屋へ移りやがれ」

「ここでいいです!」

「いい訳ないだろう」

 新撰組幹部の幹部は、局長・副長・副長助勤・監察方・勘定方である。組長は、副長助勤の通称として使われている。

 土方と近藤に部屋は大石とでいいと頼みに行ったが、馬鹿かと言われて許可を貰えず、結局松原が使っていた部屋へと移されてしまった。

「か・・・幹部って・・・」

 平隊士から行き成り組長になって幹部扱いされた赤井は、とにかく暫くの間はうろたえるだけとなった。

 そんな赤井を見かねた近藤は、自室に呼んで一振りの刀を差し出した。

「松原が使っていた【加州住藤島友重】だ。刃毀れは直させているから、使ってやってくれないか」

「遺品ですよね? 国許に送らなくていいんですか?」

「播磨国小野藩の藩士とまでは判っているんだが、脱藩していて身内が特定できんのだ」

「 そう・・・なんですか・・・」

 死の知らせさえ届けられない身の上だった松原。最後にすまんと言いながら見せた笑みを思い出す。

「預からせて頂きます、松原さんの想いと一緒に」

「うん。そうしてやってくれ。それから、隊士が何を言おうと、君の組長昇格は土方の独断ではなく、伊東さんや他の組長も認めてのものだ。そのつもりで隊士達を引っ張って行ってくれると助かる」

「俺なりに、努力してみます」

 置かれた剣を取り、赤井は一礼して近藤の部屋を後にした。


 四月一日。

 長州征伐のための軍行録が回廊に貼り出された。

 組長近藤、副長土方、軍奉行伊東、小銃頭沖田と永倉と伍長四人、大銃頭藤堂、赤井と伍長一人、槍頭斉藤、井上と伍長三人、小荷駄奉行原田と伍長一人、そして志願した平隊士百七十三名の名前が書かれている。

「赤井さん藤堂さんとかあ」

 四番隊の林慎太郎が赤井の肩越しに顔を覗かせた。

「おい! 吃驚するだろそんなとこから!」

「へへっ」

 照れ笑いしつつ、肩に顎を乗せる。

 赤井より二つ下だったが、剣の腕は確かだった。長州の間者、荒木田左馬之助を粛清した経歴も持っている。

「そりゃ、俺達の組長さんだ、名連ねてもおかしくないよな?」

 同じく四番隊の伊藤鉄五郎が、反対の肩に顎を乗せてきた。

「それ、わざとやってませんか、鉄さん」

「赤井くんもその敬語やめてくれたらな。たった一つ年上ってだけで、あんたは俺達の組長なんだからさぁ、こうもっと威張ってりゃいいんだよ」

 組長に就任して直ぐ、近藤は全隊の隊士入れ替えを行い、赤井の四番隊には近い年齢の隊士を集めてくれていた。そのまま残る事を希望した隊士もおり、その一人が伊藤だった。

「・・・無理っす」

「なら文句言わないの」

 なんだかんだで、赤井はいつもこの二人と馬鹿騒ぎをするようになっていた。

「馴染んでるじゃないか」

 その様子を近藤が嬉しそうに見ていた。

「あんたがいらん配慮したお陰だろうが」

「歳三も反対しなかったじゃないか」

「ちっ! それよか、谷が怒鳴り込んで来たって?」

「あれを貼りだしてすぐな。えらい剣幕で入って来たよ。弟の万太郎が名を連ねているのに、自分の名前がなく、なぜ新参者の赤井は出ているんだとな」

「あんたが周平を養子なんざするから、力もないくせに威張り散らすんじゃねぇか」

「それを言ってくれるなよ」

「斉藤が激怒した時、止めるのにどんだけ苦労したか、忘れてねぇよな?」

 近藤が遊郭に隊士達を連れて行った時、新選組には見かけほど強い隊士が居ないから、いつも自分が先頭に立たされると谷が愚痴を漏らし、それを後日隊士から聞いた斉藤が谷に斬り掛かろうとしたのを止めた事があるのだ。

 その後も、斉藤といざこざを起こし、谷が近藤に噛み付いた事があった。

 隊士の切腹に谷が介錯人となった時の事である。谷が何度も仕損じるのを見かね、検視役で添っていた斉藤がその首を落としたのだ。それが不服だと、近藤に難癖をつけて来たのである。

 切腹する者に余計な苦痛を与えないため、介錯を務める者には剣の腕が求められる。その腕がなかったからと土方は怒鳴ったが、斉藤が邪魔をしたと譲らない谷との間で揉め事になったのだ。それ以来、斉藤、土方と谷は一触即発の状態を保っている。

「斉藤は正しい判断をしたと思うぜ、俺は」

「ああ。それは解っている。検視役と介錯を交代させるべきだったと反省してる」

「あんたが反省なんざするな」

 土方は貼り紙を見ている谷の姿を、赤井の後ろに見つける。

「ちと用事思い出したから、行ってくる」

「・・・だがな」

「俺は俺のやり方を通させてもらう、新撰組のためにな」

 土方はそう言うと、振り出した雨を見上げた。

 近藤はふぅ、とため息をついて隊士の処へと歩いて行く。

「あ、局長!」

 一団が二手に分かれて、近藤が通れる間を作った。

「志願してくれた皆には心から感謝する。勿論、残って京の警備に当たる者にも同じだ。あと一ヶ月、それぞれ仕事と稽古に励んでくれ」

 はい! と一声が上がる中、谷の姿はいつの間にかなくなり、土方の姿も消えていた。


 雨が次第にきつくなり、視界がぼやける程になっている。

「本降りだな」

 近藤は自室の戸を開けたまま、外を眺めていた。

 しばらくして、雨音の中に喧囂(けんごう)が聞こえきた。隊士達の騒ぎに、近藤は肩を落として部屋を出た。

「なにを騒いでいるんだ」

 姿を見せた近藤の処へ一人の隊士が駆け寄った。

「局長! 祇園社で、遺体が見つかったと報せが!」

「辻斬りでも出たか?」

「新撰組の人間と言う事なんですが!」

「・・・土方はどうした?」

 響動めきが怒る中、人ごみを掻き分けて土方が出て来た。

「ここに居る。篠原! 行って確かめて来い! 他のもんはがたがた騒がず部屋に行ってろ!」

 篠原が踵を返し走り出して行く。

「歳三」

「雨だ・・・近藤さんは出るなよ」

 そう言い、土方は両袖に手を入れ、雨に煙る境内を見やった。


 西本願寺の門を出た処で、篠原はずぶ濡れになって帰って来た斉藤と出くわした。

「斉藤さん!」

「どうした?」

「隊士が斬られたと!」

「・・・俺も行く」

 二人は御前通を東本願寺まで進み、左に折れて四条通を右へ真っ直ぐ走って行く。

 やがて綾小路薩摩邸が見え、それを横目に四条大橋を超えると祇園社が見えて来た。近づくと人だかりが見え、篠原は町人らを突き飛ばしその中へ駆け込んだ。

「! 谷さん!」

 見廻りの当番でもない谷が、羽織を着て血溜まの中に倒れていた。

「谷さん!」

 上半身を抱えて息を確かめるが、すでに谷はなんの反応も示さなかった。

「抜刀すらしてないとは」

 剣は抜かれることなく主の腰に収まっているのを見て、篠原は怪訝そうに眉を顰めた。

 斉藤は動揺するでももなく、町人達にその場から立ち去れと言葉をかけて回っている。

「胸を一突きか・・・」

 左肋骨と鳩尾の間から、雨を受けて血が地面へと流れている。

「屯所へ運びます」

「かなりの手練の仕業だ。しかもこの傷口は左突きのもの・・・・・・斉藤くんと同じだが?」

 ずぶ濡れで屯所へ帰って来た斉藤。正確に突き刺されたであろう谷の胸の傷。

「やめて下さい、同じと言うのは」

 その言葉の裏に込められた殺気に、篠原はそれ以上なにも言葉を発せられなかった。


 谷を抱えた篠原と斉藤が屯所へと戻って来ると、弟の周平と万太郎が亡骸の側に駆け寄り、泣きながら膝を崩した。

「すまねえな、篠原。おい、谷さんを奥へ運べ。原田は隊連れて聞き込みに行け」

 弟二人が谷を抱えて回廊から中へと入って行き、原田は隊士に号令をかけると屯所を出て行く。

「土方さん」

 横に立った篠原に詳細を問質すでもなく、ただご苦労だったと一言声を掛け、顔を合わせることなく奥へと入って行った。

 土方は知っているのだと、篠原はただその場に立ち尽くすしかなかった。


 谷の死について【七番組頭谷三十郎儀、祗園石段下に於て頓死相遂げ候】と、近藤は会津藩に報告を上げた。



士の道は義より大なるはなし。義は勇に因りて行われ、勇は義に因りて長ず。

                          「士規七則」吉田松陰

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■登場人物前半 ■登場人物後半 ■役職 ■参考資料 ■本小説と史実の相違

  幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』 イメージソング
『Recollection』ambition song by Alternative Letter
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