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幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』  作者: 夏月左桜
奇譚七幕 紫電一閃
28/89

其之三 刺客

 勅命がまだ下りていないにも関わらず、新撰組にも長州再征伐への参加命令が下り、近藤は隊士達にその報告を行っていた。

「既に幕府は兵をこの京と大坂に駐屯させている。我々も会津藩と共に参加する事になったので、皆そのつもりで居てくれ」

 北集会所の中央に設けられた広間で、近藤は声を大にしてそう告げた。

「今度は退散なんかないだろうな」

 先の征伐では京すら出れなかった。永倉の言葉は誰もが抱いている懸念だ。

「本腰を入れて朝廷に勅許を出すよう迫っている。長州が降伏条件を全て実行しない限り、戦争になることは間違いない。皆も命令が下りると思って気を引き締めておいてくれ」

 大きな掛け声と共に、隊士の間に活力が戻って行く。


 武士を目指し新撰組に入って来た者にとって、治安の取り締まりと、志士の捜索だけの毎日は単調過ぎていた。

「武士のあり方は、戦争に出ると言う事ではないんだがなあ」

 部屋に戻った近藤は、目の前に座る土方に苦笑した。

「しかたねぇさ。元々武家出の奴なんざ限られてる。ああなりたい、こうなりたいと集まって来た奴らに、忠義だ礼儀だと言っても聞きゃしねぇよ。それより、坂本が京に入ったって情報がある」

「奴さんも動いてるか。で、潜伏先は割り出せたのか?」

「いや。今捜させているところだ」

「そうか。出兵前に首でも取れたら、さらに士気が上がるってもんだが」

「その出兵だが、沖田の奴はどうするつもりなんだ?」

「行くと言うなら連れて行く。あれも、そうしたいだろう」

「あんたがそう言うなら俺は何も言わねぇ。じゃ、ちょと沖田の所に顔出してその旨伝えてくる」

「ああ。それまで無理はせず体を休めとけと伝えてくれ」


 ここ最近、見廻りにも出ていないからか、血色は良くなり咳は収まっている様だった。食欲も戻っているが、完治したのではない。

「総司、入るぞ」

 沖田は三色団子を片手に、壁に背をもたれて座って居た。

「おまえ、そんだけ甘いもん食ったら胃がもたれるだろうが」

 脇に置かれた三皿を見つけ、呆れ気味に座り込む。

「そんな事ないですよ。頭を動かすには甘いものが一番。あれ? 前にも言いませんでしたっけ?」

「うるさい」

 最後の一個を食べ終えると、脇の更に串を置く。

「今度はおまえも来ていいとさ。ちゃんと近藤さんから許可は貰った」

「置いて行かれるんじゃないかと、はらはらしてました」

 本当に嬉しそうな笑顔をすると、土方は苦笑した。この男も武士なのだ。前線に出ていけないのは辛いだろう。

「薩摩も動向も気になるところへ、坂本の京入り。やっぱ繋がってるとみていいか」

「証拠があったら入れるんですけどね。あ、薩摩で思い出した。ほら、土方さんが気になってる村木って奴、先日会いましたよ」

「村木? ああ、あいつか。で、何処で会った?」

「甘味屋です」

 嬉しそうに沖田は言った。

「彼も甘いものが好きみたいですね。僕も暇だったから、二人で団子食べてたんです」

「おまえなあ。てか、この一年近く一度も姿見てねぇのに、この状況で登場か? こりゃあ、なんかあるな」

「やっぱりそう思います? 僕も考えてたんですよ」

 壁から離れて足を組み直す。

「何で後付けなかった?」

「付けようと思っていたら、土方さんに呼び戻されました」

 ちっ、と舌打ちする。

「剣も変わっていたな。僕を見て少し剣気出したんです、直ぐ消しちゃいましたけどね。坂本と繋がりがある線、ほぼ間違いないと思いますよ」

「ほう。ちったあ腕が立つ様になってるといいんだがな。斬るならある程度手ごたえのある奴がいいからな」

「もう、土方さんの獲物になってますね。駄目そうなら、遠慮なく僕に譲って下さい。岡田とやってみたかったのに、恋しい相手はもう墓の中なんですから」

 たった一年で俺に敵うかと怒鳴りながら、土方は出て行った。

「・・・・・・ごほっ! ごほっ!」

 気付かれないように布で口を塞ぎ、胸を押さえて蹲る。

「くっそっ!」

 口から外した布に、うっすらと血が染み付いていた。


 赤井にとって夜中の見廻りは楽ではなかった。随分暗闇にも慣れたつもりなのだが、一々暗がりが気になり、気配を読む事を忘れ顔を向けてしまう。

「落ち着きがない奴だなあ」

 そう大石に何度言われたことか。

 今日は三日月。

 月の無い夜よりはまだ楽に歩けるが、心許ないのは変わらない。

 三条通りから誓願寺の裏を回り、高瀬川沿いを四条方面へ進んで行くその後ろを、一つの影が追っていた。


 田中新兵衛は至難に暮れていた。相手は八人。多い数ではないが相手は新撰組だ。沖田の姿がなくても、同じく人斬りとして名を連ねる大石の存在は厄介なのだ。標的とする赤井は隊の中央で、一気に飛び込めない難しい位置に居る。

 橋の側まで来た時、細い路地から頭巾を被った男達がいきなり新撰組の前に飛び出した。

「!?」

 隊士がばらけ、赤井の背中が見える。

「貴様ら何者だ! 新撰組と知っての狼藉だろうな!」

 大石が叫んで、赤井も間を取ると剣を構えた。

 男達もそれに習うように全員が剣を抜く。

 突然の来客に驚きながらも、状況の好転に隙を伺う。頭巾の男達は十人。自分一人が紛れたとしても、怪しまれることなく赤井に近づける。

 懐から頭巾を取り出して被ると、斬り合いが始まった中へと身を躍らせた。


 後ろに回り込んで来た男に向け、赤井は横薙を払った。

 飛び散る血肉が顔面にびしゃりと張り付き、嫌な臭いとともに、どろりとした液体が頬を滑り落ちていく。

「ぼやっとしてるんじゃねぇ!」

 大石の声に足元へ視線を落とすが、倒れているはずの男が居なくなっている。

「横だ!」

 言われて横を向くと、腹を押さえた男の右腕が左から伸びて来た。

 ギン!

 脇差を抜いて剣を止めると、右肘を後ろに命一杯引いてから相手の懐へ突き出した。

「あぐっ!」

 男は赤井の肩を掴むと、苦痛に歪んだ表情でずるずると下へずり落ちて行く。

 手足が震えてるのが解った。

 初めて人を斬った時、和奈もこんな気持ちだったのだろうかと、場にはそぐわない事を考えた。


 赤井の周りに空間が出来ている。飛び込んで行くのは今と走り出しかけた新兵衛は、路地から別の影が飛び出して来たのに気付き、足を止めた。その影は迷う事なく赤井に向かっていたのだ。

 相手の数が少なくなり、再度近づけば新撰組も自分に気付いて刃を向け来るだろう。突然の来客は新兵衛にとって厄介者になってしまった。

(ちっ!)

 新兵衛は、気配を消しながら近くの物陰に身を隠した。


 新撰組は三人の隊士が地面に伏している。相手も同数が殺られているため、数の差は変わりない。

「くそがっ!」

 間合いの取り方、太刀捌きからして手練れの剣客だ。思うように剣を振るえず、大石が次第に苛立ちを膨らませていくのが解る。

「なんなんだ、こいつら!」

 隊士を確認しようと顔を振った先で、赤井へと走り寄る男を見つけたのだろう。大石が体の向きを変えた。

「赤井、後ろだ!」

 発っせられるその声と同時に、男は赤井の肩から脇腹へと剣を走らせた。

「ぐっ-!」

 痛みで力が一気に抜け、手元から剣がずり落ちかけている。が、赤井は足を踏ん張り、柄を握して男へと視線を向けた。

 剣を上段に構え直した男は、反撃する力を失った赤井の右肩へと振り下ろした。

「がっ!」

 手から剣が離れ、赤井がその場へ倒れて行く。男はさらに剣を突き立てようと手を上げた。

「待て、この野郎!」

 建物の影から幾人かその場に駆け込んできた。


 別の隊が剣戟の音を聞きつけて来たに違いない。これではもう動くことは不可能と、新兵衛は状況の行く末を見るしかなくなってしまった。


 長身の男が走り寄り、赤井に斬りかかろうとしていた男の背後を切り裂く。

「ぐっ!」

「原田さん!」

 十番隊か。原田に大石では尚更分が悪い。

 背中を斬られた男し剣を杖にして、よろよろとした足取りで体を回すと原田へと剣を向けた。

「このくそ野郎が!」

 だが、原田相手に傷を負った身では太刀打ちすることはできない。そして原田が躊躇なく、男に二度三度と剣を振り下ろした。

「何がどうなってる、大石!」

「俺に聞かないでくれ!」

 十番隊の到着でなんとか相手を切り伏せた大石は、倒れた赤井の所へと駆け寄って行く。

「くそ! 赤井! しっかりしろ!」

 倒れている赤井の耳元で、肩を揺らしながら大石が生死を確認するよう叫ぶ。

「お・・・いし・・・さん・・・」


 赤井の手が動くのが見えた。どうやら息はあるようだ。抱き起こされた肩からは出血が酷く、羽織の半分が黒く見えた。最初に斬られた胸より、それは酷いように思えた。


 止血しようと大石が羽織を脱ぎ、体を抱えたその肩口に羽織を巻いていく。

「誰か運ぶのを手伝え!」

 一応の処置を済ませた大石は、後ろに居た隊士に赤井を任せた。そして側に来た原田に現状を説明している。


 もう、この場所に留まるのは危険と、新兵衛は気配を悟られぬよう、路地の闇へと姿を溶け込ませて行った。


「不意打ちを喰らった」

 悔しそうに顔を歪める大石は、沖田のかわりに一番隊を纏めている立場だ。不意打ちとは言え、出した死人の数は責任の数と思えた。

「誰なんだ、こいつらは」

「だから俺に聞かんでくれ!」

 相手を全部殺したとは言っても、こちらにも四人の犠牲が出てしまい、赤井を含む数名が重軽傷という最悪の状況になってしまっている。 

 原田が大石の肩を一度叩き、うつ伏せで息絶えている男の体をひっくり返して頭巾を剥いだ。

「おい、大石。こいつを見てみろ!」

 二人の背後から、塚本もその場を覗き込んで唖然とした。

「楠!?」

「冗談じゃねぇぞ! 脱走した奴から斬られるなんざぁ! てめぇら、そっちはどうだ!?」

 慌てるように他の男の頭巾を取り、顔を確認していく。

「他はどれも知らん顔だ!」

 大石は悔しそうに倒れている男の腹を蹴った。

「首を晒しとけ。こいつ以外、どうせ雇われた浪人だろうがな」

 使い古した着物に、不似合いな真新しい頭巾。原田にはどう見ても、使い捨てに集められた者にしか見えなかった。

「土方さんにどやされるな、これじゃ」

「闇討ちにこの人数だ。仕方ないがな。大方、見廻りの経路は楠が教えたんだろう」

「しかしよぅ。浪人風情にしちゃあ腕が立ち過ぎるぜ。そんな奴らを楠個人が集められるか? 長州が、金に糸目をつけず集めたとしか思えねぇ」

 息絶えた隊士の体を持ち上げながら、大石は悪態をつき続けた。

「こんな大立ち回りをやらかして長州に何の得がある? 楠が桂と一緒に居た所を見たが、あの女が桂って確証はまだ無いんだ」

「土方さんはそう見てるがな。原田さんも見たんだろう?」

「暗闇だ、判別なぞできん」

 確かにあの女の剣捌きは並の腕じゃない。脇差一本だけ土方を抑えたのだ、桂だと言われたほうがしっくりとくる。

「とにかく、長州でなかったとしても、そいつが絡んでる確率は高けぇ」

 よっこらせと、二人目の遺体を脇に抱え、大石はその場から歩いて行った。

「もう一人居たようだが、消えたか」

 楠を斬った時、一瞬背後に視線を感じたが、すでにその主はここから消えてしまったようだ。

「とにかく、この場を片付けて帰るぞ」

 原田は隊士に指示を出し、騒ぎに集まり始めた町人達を追い払うと、倒れている楠の首を切り落とした。



 赤井の生死を確認してから引き上げたかったが、援軍が加わってはなす術はない。あの様子だと相当深手に思えるが、止めを刺すまでに至らなかったのでは助かる確率は増える。

 辺りに気を配りつつ、大久保の元へと戻った新兵衛は、赤井の殺害に失敗した事を告げた。

「長州だと? 意外な横槍だな、それは」

 楠と言う男が、桂が新撰組に潜り込ませていた長州の間者であるのは、すでに調べを付けてあった。

「桂くんの指示だとすると、同じ懸念を持った。そういう事になるな」

「生死を見届けれず、申し訳ありません」

 声は低くかった。命じられた任務を遂行できなかったのだ、それが一番悔やまれるのだろう。

「まあいい。だが、見廻り中を狙うとはおまえらしくないな」

「はっ。新撰組に警戒感が増しており、事を焦りました」

「どうやら幕府は、新撰組にも長州再征伐への命令を出したようだからな、仕方あるまい。新兵衛、いまは様子を見ろ、当分手出しはならん。西本願寺にでも潜り込む手もあるが、それではこちらの危険も増す。あやつがそのまま死んでくれるかも知んしな。それが一番楽なのだが」

「新しい屯所の間取りを、もう少し詳しく調べておきます」

「調査に動くのはいいが、早まって事を起こすな。おまえが死んでは元も子もないぞ?」

「心得ております」

 新兵衛の気配が消えると、大久保は手にした玉露を口に運んだ。

「抜け目無い男だ。長州と手を結んでおくのは、裏でも動き易いと言う事か」

 桂とは策を講じる手段も似通っていると、微笑を浮かべた。

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