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幕末奇譚 『志士 狂桜の宴』  作者: 夏月左桜
奇譚六幕 鳩首凝議
25/89

其之四 宵春

さつきやみ あやめわかたぬ浮世の中に なくは私とほととぎす

                           桂小五郎



 時は移り往き、季節は春。


 今年は讖緯(しんい)による甲子の年は変乱の多い年に当たる。実際、禁門の変や情勢不安など、多くの災異が起こっていた。が、改元については災異がなくても行う慣わしとなっていたため、協議は前年より始まっていた。

 将軍徳川家茂は朝廷に対し、明天皇の意向に全て従うという意見書を提出し、幕府だけで朝廷に奏上する御所で行われる儀式を、家茂は江戸幕府始まって以来初めて諸藩代表に公開したのだ。諸藩に対し、幕府が朝廷を蔑ろにしていない事を示す家茂の思惑も含まれていた。

 そして元治二年四月七日、元号が慶応に改元された。


 改元の日の二日前、大坂から戻った龍馬は、西郷が上洛していると大久保から聞き、京にある吉井邸を訪れていた。

「初めまして。私は薩摩藩大目付吉井仁左衛門と申します」

「同じく薩摩藩、村田新八です」

「拙者は土佐藩の坂本龍馬と申します。今度西郷殿に対してお頼みしたい事があり、推参仕りました」

「坂本くんには似合わんから、そう堅苦しゅせじよか」

 吉井の横に座る西郷は、畏まって挨拶を述べる龍馬が立派な武士に見えると思いつつ、声を掛けた。

「久しぶりやか西郷さん。それなら遠慮なくそうさせて頂きゆう。まっこと捕まらんお人やき、ようよう会う事ができちゅうよ」

「おいも色々と忙しか身だ。時間を作れずすまんと思っとう」

 龍馬は吉井の傍らで、そわそわしている男に視線を向ける。

「なき土方まで、ここに居るがか?」

「手短に言うと、大宰府へ行った時に慎太が同行したいと来たぜよ。そん時に吉井さんも居ってのう。まぁ、ほがなこがなでここに厄介になっちゅう」

 解りやすいのか難いのかと、龍馬は呆れてしまった。

「ほがな事を聞きに来たがかや?」

「ああ、そうじゃそうじゃ。是非とも聞いてもらいたい事があるがで、こうして馳せ参じた次第ぜよ」

「長州との和解の件ぜよ?」

 土方の言葉に、ぽかんと口を開ける龍馬。

「おんし、なんでそれを知っちゅうんだ!?」

「頭ん中が壊れてしもうたちゃのか。さっき慎太と一緒だったとゆうたばかりやか。わしと吉井さんで、西郷さんにその話しをしよった所じゃったが」

 龍馬はそれなら話が早いと笑い声を上げてから、真剣な顔で西郷と吉井に再度薩長の和解について懇願した。

「一蔵からも聞いとう。で、坂本くんは本気でおいに長州との和解を進めろと言うんなあ?」

「本気も本気。このまま行けば、いずれこの国は夷人に乗っ取られてしまう。夷国にゃ日本にない沢山の物がある。武器にしたち、船にしたちじゃ。馬関に来ちょった艦隊は凄いと聞いたぜよ。今ここで、藩政二代藩として在った両国が、犬猿の仲を通すのは国の一大事と思いゆう」

 龍馬の言いたい事は西郷とて解らぬものではなかった。大久保にも背中を叩かれ、吉井の家に避難して来たら、今度は土方と吉井にも長州との和解を切り出されていたのだ。そこにまた龍馬の登場である。

「おまえ達皆で、猾策しじぁんほいならんのか? こうも同じ日に、同じ話しで詰め寄られうとは思いもしなかった」

「いやいや。ほりゃあ気の回しすぎぜよ。そればあみんな、両国の和解を願って止まないって事ぜよ」

 そう龍馬が言った後、バタバタと駆け足の音が響いて障子が開くと、息を切らせた中岡が部屋に飛び込んで来たので、西郷の顔に疑いの色が浮かんだのは言うまでもない。

「おう、なにをそがーにほたえちゅうがか慎太郎は」

「西郷さん、失礼します!」

「もう失礼しちゅうやか」

「ほらみろ。やはい何か示し合わせてんと、こうも人が集まう訳んだろう。しかも皆、和解の件で動き回っとう奴ばかいほいならんか」

 西郷は半ば諦め気味で、中岡を加えた四人に屈託のない笑いを見せた。

【幾数多の者が、命を張って志を遂げようとしている】

 大久保の言った言葉が脳裏に浮かんだ。まことその通りだと思った。ここに集まる者以外にも、両国の和解を推し進めようと帆走している者も居るのだろう。

「おはんらの言いたい事はゆうと解った。長州との話し合いの件、こん西郷受けてもよか」

 その言葉に、四人の動きが一瞬止まった。

「しょうまっこと、受けて頂けるんなが!」

 龍馬が姿勢を正すと、その後ろに中岡も座った。

「男が一旦口に出したものは、曲げうわけにいかん。坂本くんの話しもゆうと解うとこいだ。長州と手を組むのは、薩摩にとっても攘夷を進むう上で欠かせなかちゅうこつは、百も承知しじぁ。それに、最近の幕府の動きも得心が行かん事ばっかいだ。京でも大坂でも新撰組が大手振って、幕府の御命と人を斬っとう。もし夷国に攻め込まれでもしたら、坂本くんの言うごと、こん国は潰れてしまうと懸念しじぁ。長州が出て来うと言うのならば、坂本くんに任せう」

「ありがとうございます!」

 畳に額を擦り付けるように、龍馬は頭を命一杯下げた。

「よし!」

 声を張り上げて吉井が立ち上がった。

「何をいきない大声出して」

 西郷も坂本も面食らっている。

「酒を持って来よう。酒盛りだ酒盛り! 中岡、手伝え!」

「やっぱり俺なんですよね・・・」

 吉井にごちゃごちゃ言うなと怒られながら、中岡は後を付いて行った。

「これで肩の荷が下りたぜよ」

 こきこきと肩を鳴らす龍馬に、まだ終ってないと西郷が笑みを向ける。

「坂本くんには、これからまだ働いてもらわなくてはならん。ここで肩の荷を下ろさすっ訳にな行かんぞ」

「あはははははっ。解っちゅうが。頼まれ事の一つが片付いたから、ちっくとくらいの間は下ろさせてもらいたいやか」


 吉井達が酒を運んで来ると、その夜は遅くまで宴会となってしまった。

 散散飲み捲くった後、寺田屋に戻ろうとした龍馬に吉井が滞在を勧めてくれた。龍馬はこれを快く受けたが、寺田屋に荷物もあると一旦戻って行ってしまった。

 西郷も勤めが残っていると帰ってしまったので、後に残された者は何も気兼ねする事もなくなり、吉井も進めるものだから更に酒をあおる事になってしまった。

「どうせお龍さんに会いに行ったんだよ」

 ほろ酔いの中岡が恨めしそうに呟いた。

「お、坂本さんのこれか?」

 村田が小指を立てる。

「そうそう、これこれ」

 笑いながら中岡も小指を立てた。

「一段落したと思って、女子の尻追いかけちょるようでは、先行きが心配ぜよ」

 追いかける尻があるのはいいと、中岡が淋しそうに肩を落とした。

「おんしはどうなんじゃ。誰ちゃあおりゃあせんのか?」

「居たらここでくだ巻いてないで、出てってますよ」

 女子の話しはもういいと、さらに酒を飲む中岡を、その後土方が快方する事となってしまった。



 会談の同意を得た龍馬は、西郷と家老小松帯刀と共に蒸気船で薩摩へと向かった。

 小松が同行する目的は長州との会談もあったが、幕府が長州再征伐に動き出した際、出兵をさせないよう藩論の方針を統一させるためでもあった。

 西郷が薩摩へ帰国するのを知り、龍馬に藩論決定の証人役も申し付けての同行である。西郷とて、本音は和解会談よりその事に重きを置いていた。

 幕府機関である神戸海軍操練所の解散により、行き場を失くした塾生を勝の依頼で薩摩は庇護した。小松はその塾生が持つ航海に関する専門知識に目を付けたのだ。そして勝との繋がりがある龍馬に、表立っては貿易会社としての私設海軍を、薩摩が資金援助する形で創設させたのである。塾生をそのまま雲散霧消させてしまうより、手元に置いておきたいがための出資であった。

 龍馬にとっても、その申し入れに損はなかく、塾生が路頭に迷わずに済む上、海外と折衝ができる舞台が持てると一石二鳥の含みもあり引き受けたのである。

 この蒸気船にも、元塾生だった海援隊隊士らが乗り込んでいる。

「頭も切らるる上、行動力もある。まこと面白い士じゃ 」

 小松は龍馬の印象をそう言ったが、ただじっとできない男なだけですと、西郷は返した。

「そなたとは、質をば違える衆生であると、そう申す事であろう 」

 五月一日に薩摩へ着いた西郷は、小松と共に藩庁へ向かうと、情勢を官僚に報告し、長州再征伐への出兵命令を拒否する方向で藩論を纏めてしまった。


 龍馬は、西郷が手配した薩摩藩士の児玉直右衛門が案内役となり、十六日に龍馬は大宰府へと出立。薩摩街道を北上し、薩摩街道と長崎街道が合流する田代から黒崎へ着くと、唐津街道に入って松浦から伊万里へ向かって五月二十三日には無事大宰府に到着した。

 児玉の紹介で、今度は五卿の警護を担当していた渋谷彦助に会うと、早速龍馬は五公卿との謁見を願い出た。その申し出を三條らは快く承諾したが、他にも謁見等が入っているため、日を改めて来るよう龍馬に告げたのである。


 二日後、迎えに来た児玉と共に龍馬は五公卿の元を訪れた。

「拙者は土佐者、坂本龍馬と申します。こが度は、下者が拙者のお願いをば聞き届けて頂き、誠にありがとう御座います」

「面を上げられよ。余は三條實美。こちらに居られるのは東久世通禧殿だ。後が三名は、用ありきにて無礼しめて頂いておる。そちが噂は、土方や吉井にて聞き及びて候。面白い士であると思い、ひとたび会りて見たもうであると思うておった」

「重畳のお言葉、至極光栄に御座います」

「して、如何様な事にて参いられた」

「早々にて申し訳ございませぬが、こが度、薩摩と長州との和議をする場をば設けたい所存にて、公卿殿がご説を聞きたく参上仕りました。薩長が今日の如く隔離して居ては、とても大業を成することは叶いますまい。互いに是までの行掛りに拘ってばかりではなく、提携をして大に国事に尽さねばならぬと思っております。是につきまして、三條殿、東久世殿はいかがお存念になられるか、恐れ多くも伺いたき所存にございまする」

 三條は東久世と顔を合わせた。

「容易に和議であると申すが、そちの申した如く事は、過去に遡りて複雑極まりないもの。其れをば承知にて、和議をば図りたいと申すのか?」

「御意」

「確やに、説をば交わす事あるともせず、ただいがみ合りて在るがは愚が骨頂であると云える。故に、難儀困難極まる和議となろうが、出来るならば叶えたし事であると思うておる」

「有り難きお言葉。坂本龍馬、こが身を賭けて両国が和議に所望たし旨、此処に三條殿と東久世殿にお契り申し上げまする」

「なれど、土佐が士が如何ほどにすらば、こが大事をば成そうと存念つくのか。のう、三條殿」

「まこと、いと面白い士だ。この世、いかが動くか楽しくなり申して参った。隠匿(いんとく)に堕ちた身であるとは云え、使える処あるならば、この三條を使うがよいと申し付ける」

「何と仰るか、三條殿!」

 三条の言葉に驚いたのは東久世の方だった。

「なんぞ腹に隠し持つ士より、この士が者の方が偉輩(いはい)也。眼を見らば判る。坂本殿に苦言を呈し致す、心してこれより掛からよ。敵は牙を隠し近くに潜んでおる故、努々それを忘るる事なかれ」

「三條殿にこうまで申させるとは。まこと、そなたは偉輩やも知れぬな。余も楽しみになり申もうした」

 龍馬は改めて二人に感謝の意を込め、頭を下げた。



 多忙な日々を送っていた桂の元に、龍馬が薩摩へ着いて後に出した手紙が届いた。

 それに目を通し、会談日時を問う手紙だと高杉に見せた。

「やっとか」

「どうだか。僕はまだ安心はしていない。前回も袖を振られているんだ。いくら坂本くんが同行して薩摩に着いたとは言え、一抹の不安は拭い去れるものではない」

「しかし行かない訳にはいくまい?」

「日時を決めるためだけに、大宰府まで行けるものか」

 風呂から戻った和奈は、食事を取るため広間に戻って来た。すでにご飯を頬張っているはずの高杉が、珍しく箸も手にせずに話し込んでいたので、どうしたのかと聞いた。

「ちょうどいい役所が来たじゃないか」

 その一言に、桂もそれは名案だと賛成した。

 そこへ見廻りから戻って来た武市と以蔵も加わった。

 桂は、毛利公へ武市と以蔵の身分付の嘆願をし、許可を得たと二人に伝える。

「身分など、この身にはもう不要なものです」

「そうはいかん。これで終りと、引っ込まれては困るからな。小五郎と相談してだ、首に縄を付けておくことにした」

 自分の首の前で手を回す。

「なんて言い方をするんだ。すまないね桂木くん。だが、理屈としてはそう言うことだ。上士だった桂木くんには申し訳ないが、長州では本藩の中士に当たる大組遠近附士(おちこしふし)になる。これが精一杯だった。岩村くんは藩士として正式に許可を貰ったからさのつもりで居てほしい」

 焦っている以蔵に、もう君は人斬りではないのだから諦めろと桂は言った。

 一つ聞きたい事があると、武市は居住まいを正す。

「毛利殿に許可を頂いたと申されたが、いくら桂さんの陳情であろうと、無名の者をいきなり役職を与えるなどとは思えない。いかなる理由をもって嘆願されたのか、お教え願いたい」

「君が案ずる事ではないのだが。官位を剥奪(はくだつ)されたとは言え長州藩藩主。その立場の保証と藩の体制強化、戦術の転換を受け入れて頂いたついでに、君達の功績を晋作から伝えさせたまで。身元については一切問質す必要はないとも、申し上げてね」

「それで許可を出したのは毛利殿だし、身元の保証は藩庁の政務座最高責任者がしている。問題はない」

 つまり、桂と高杉は藩主である毛利を脅したのだ。

「お二方は、やる事が大胆過ぎる」

 武市はそれ以上、理由を聞く気が失せてしまった。基準で物事を考えていては、この先到底この二人と渡り合うことは不可能だと理解したのだ。

「それで早速だが、初仕事がある。大宰府に来ている坂本くんに会いに行ってもらいたい」

「龍馬が大宰府に? では、西郷さんとの件か」

「ああ。会談の日時を知らせてほしいと言って来た。何分、僕も晋作も手が一杯でね。頼まれてくれるだろうか」

「承知した。桂さんはもはや藩の主導を執る立場、命令で結構と申し上げる」

「そう言って頂けると気が楽になる。では、和太郎もそれでいいね?」

 なにがどうなっているのか、和奈にはさっぱり理解できなかった。

「まったく状況が判らないので桂木さんに従います」

「いい子だ。僕は山口に移るから、晋作は後で来きてくれ。同行は佐世くんと所くんを選んでおいた。僕の指定した日で良ければ知らせを寄越してほしい」

「解りました」

 そうして、和奈と武市は大宰府へ向かう事になった。

「酒だ、酒持って来い!」

 障子を開けてそう叫ぶと、半刻も経たない内に目の前に膳と酒が並んだ。

 上機嫌で晩酌を始めた高杉は銚子二本を空け終えると、後ろの三味線に手を伸ばした。

「高杉さん、三味線弾けるんですか?」

「あ? そういや、聞かせた事なかったな」

「はい!」

「なら、よく聞いとけ」

 音を調弦して、(ばち)を持つと一の玄を弾く。続いて心地よい三味の旋律が流れ出し、合わせて高杉の声が唄い出した。


~ 逢うたその日の心になって 逢わぬその日も暮らしたい


  恋に焦がれて()く蝉よりも ()かぬ蛍が身を焦がす


  三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい


  酒に酔うては眠れるものを 恋に酔うては眠られぬ ~


「どうだ、解ったか?」

 唄が終り、すごい、と感嘆しながら手を叩く和奈に聞いた。

「えっと、恋の歌かなと言うのは解りました」

 いきなり大きな声で笑い始めた桂に、突っ込みを入れかけた高杉も、聞き入っていた武市も驚いてしまった。

「おまえ・・・和太郎がそれを解れば・・・・桂木くんは・・・苦労していないだろうに」

 腹を抱えて笑いながら、桂はなんとか言葉を口に出した。

都々逸(どどいつ)の解釈はそう難しいと思わないが、私が書く絵の意味すら読み解けないんだ、無理もない」

「絵でもか・・・って、いつまで笑ってるんだ?」

「だって、晋作が悪い・・・もう、腹が捩れて痛いよ」

 せっかく唄ってやったのにと酒を煽る高杉を横目に、ようやく笑いを治めた桂は、三味線を高杉から取ると弾き始めた。

 高音過ぎず低音すぎない柔らかい桂の声が、音に乗って行く。


 ~ 撥を持つ手に 今日火吹き竹 なれぬ勝手の忙しさ


   どうせ互いの身は錆び刀 切るに切られぬ くされ縁


   面白いときゃお前とふたり 苦労するときゃわしゃひとり

   

   苦労する身は何いとわねど 苦労し甲斐のあるように ~


「だあぁぁ! おまえ唄まで小言になってるじゃないか!」

 今度は桂木が笑う番になったが、やはり和奈にはなんとなくしか解らなかった。 

「こいつに恋歌を悟れと言うのが無理なんだ。ですが、なぜ先生が苦労するんですか?」

 さっきから何か考え込んでいた以蔵が口を開いた。

「・・・ここにも、鈍い奴が居たな」

 高杉はどうしたものかと武市を見る。

「どの道、俺はすでに変態扱いされているんだ、気にするまでもない」

「先生!?」

「そうは行かないだろう。岩村くんにもちゃんと伝えておくべきだと思うが?」

 武市は少し考えた後、和奈を見やってから以蔵に向き直ると、こいつは女子だ、と告げた。

「は?」

「は、じゃない。和太郎は桂さんの配慮によって男として居た、と言っているんだ」

「はぁ!? 女!? こいつが!!?」

 縮こまった和奈を前に、以蔵は大声を上げで驚いた。

「大きい声を出すな馬鹿者」

「ちょと待て! 俺は女に一本取られかけたのか!?」

 どうやら、その事をずっと気にしていた様だ。

「ああ、そう言う事になるな」

 一転、今度は酷く落ち込んでしまう以蔵に武市は呆れるしかなかった。

「おまえと慎太郎以外は気付いていた。己の修行不足と思え」

「女にしちゃ腕が立つからな。岩村、これはここだけにしろ、奇兵隊に知れたら収集が付かんからな。石川なんか事ある度に和太郎の話しを持ち出すんだ。女と知れてみろ、桂木さんに斬られるのは間違いない。それだけは困る」

「・・・って、ええ!? 先生、まさかこいつを?」

「おまえに報告する義務があるのか?」

「いえ・・・ありません」

「ならば聞くな」

「和太郎並に馬鹿だな」

 高杉の頭に拳を振り下ろした桂は、そろそろお開きにしようと腰を上げた。

「明日も早いんだ、桂木くん達も休まさなければならないだろう?」

 こうして、一人いじける高杉を残し、四人は広間を出て部屋へと戻った。


 翌日、夜も明きらぬうちに二人は所と佐世を伴い出立した。

 以蔵は一緒に行くと言い張ったが、奇兵隊への参加も決まりやる事があると高杉に言われ、しぶしぶ見送る側になった。


 春と言えど、まだ風は肌寒く感じられる。

 萩から萩往環へ入った一行は、途中の宿所で食事を摂る以外は道草せず歩いたため、陽が落ちる頃には山口宿へ着くことができた。

「久しぶりだな、龍馬に会うのは。大津を発って以来だから半年になるか」

 食事を済ませて、和奈は困り果てていた。

「はい・・・そうですね」

 部屋の空きが二つしかなく、武市と同じ部屋になってしまって、無意識に武市から距離を取って座わっている。

「やれやれ。取って食おうとは思っていないから、そんなに困った顔をするな」

 と言われても、やはり緊張してしまうのだから仕方がない。

「桂さんとは、楽しい夜を過ごしたのだろうが」

 少し膨れっ面を見せる武市。そんな表情など今までになく、和奈はさらに困ってしまった。

「ち、違います。ただ普通に話しをして寝ただけです」

「身内とは言え、桂さんも男なんだがな。あの容姿では、まあ無理もないか」

 桂と武市では、和奈の中の位置づけが違う。男性だと言われても、同じようには行かないのだ。

「すいません」

「ふむ。だが、このまま何もせずと言うのも、それはそれで勿体ない気がするのも確かだ」

 そう言った武市は、背筋を伸ばしてしまった和奈の腕を取ると思いっ切り引き寄せた。

「た・・・武市さん」

「その名は使うな、馬鹿者が」

 焦って口走ってしまい、しまったと手を口に当てる。

「しばらく、このままで」

 腕の中に抱えられ、吐息が髪にかかる。

「初めて会ってからもうすぐ一年が経つ。早いものだ。所在なげにおろおろとしていたおまえが懐かしくもある。今は立派な剣客になっている、とは言え心許ないが」

「・・・立派ではありません。綾鷹を頂いた時から剣に頼る事でしか、自分のすべき事を見出せませんでした。いえ、今も、はっきりとは解っていないのかも。ただ・・・」

「ただ?」

「生意気ですが、皆が目指すものを僕は守りたいと思った。それがどんなに危険なのか十分解っています。でも、そうしたいんです」

 抱えられた腕に力が入った。

「困ったものだ。だが、俺達が望む事は簡単に成しえるものではない。辿りつく前に、誰かが死ぬかも知れぬ・・・俺が死ぬ事になるかも知れぬ」

 俯いてたいた和奈の顔が上を向く。

「おまえが死ぬ事になるやも知れぬのだ。柱に括りつけてでも置いておきたいが、それではおまえの心を殺すことになる。さてはて、俺はどうすべきなのだろうな」

 胸元を握り、小刻みに震えているその手を武市の手が優しく包んだ。


~ 二世も三世も添おうと言わぬ、この世で添えさえすればいい ~


「桂木さん・・・」

「そろそろ、俺の名前も呼んで欲しいのだがな」

 和奈の唇に、武市はそっと自分の唇を重ねた。

「今宵はここで我慢してやる」

 固まったままの和奈の耳元で、武市は優しくそう呟いた。

「さあ、明日も歩き詰めになるんだ、体を休ませておけ」

 並べられた布団の一つに潜り込んだが、武市の息遣いが聞こえ、眠れぬ夜になってしまった。

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