ホラー愛好家はなぜ短命なのか
先日、第十一回カクヨムWeb小説コンテストの短編部門で拙作が三本ほど中間選考を通過した。ハイファンタジー、異世界恋愛、ヒューマンドラマ。ありがたい話だ。ただホラーは落ちた。個人的にはいちばん手応えがあったので残念だった。今年はnote創作大賞にホラーで出すつもりでいる。去年の創作大賞では中間選考に通ったんだから今年だっていけるはずだ。
いけるかな?
いけるかも……。
で、まあ本格的なホラーを書いてやろうと思って、柄にもなく恐怖の心理学について調べものをしていた時のことだ。ある論文に行き当たった。
正確に言えば、論文そのものではなく、その論文を引用した一般書のほうが先だった。スウェーデンのウプセン大学で死生学を専門とするI・ヴァルクヴィストという研究者が二〇二二年に出版した『The Metabolism of Fear』という本で、原著はスウェーデン語だが英訳版がある。日本語訳はまだ出ていない。
この本の冒頭三十ページに、ぞっとする統計が紹介されていた。
二〇一九年、英国ランカシャー州立心理医学研究所のG・K・ホロウェイが学術雑誌『Psychosomatic Mortality Quarterly』の第四十七巻に発表した論文がある。
題名は『Fear Preference and All-Cause Mortality: Analysis of a 30-Year Follow-Up Cohort』。
ホロウェイの主張はこうだ。ホラー映画、怪談、恐怖小説、その他あらゆる恐怖コンテンツを日常的に消費する人間は、そうでない人間と比較して全因死亡率が一・四倍から一・七倍に上昇する。
最初は馬鹿馬鹿しいと思った。
しかし読み進めると、そう簡単に笑い飛ばせる話ではなかった。
ホロウェイの研究は一九八九年に開始されている。英国ランカシャー州のW、G、Mの三つの小さな町から無作為に抽出された一万二千四百十三名の住民に対し娯楽消費に関する詳細な聞き取り調査を実施。
「週に何本のホラー映画を鑑賞するか」
「恐怖小説を月に何冊読むか」
「怪談やオカルト番組を視聴する頻度は」
「心霊スポットへ行ったことがあるか」等、百十二項目にわたる質問票を用いている。
そしてその後の三十年間、対象者の生死を追跡し続けた。
結果は明瞭だった。
恐怖コンテンツの消費量に基づいて対象者を四群に分けた。
まったく消費しない「非接触群」。
月に一、二回程度の「低頻度群」。
週に一回以上の「中頻度群」。
そしてほぼ毎日恐怖コンテンツに触れる「高頻度群」。
三十年間の死亡率を非接触群の一・〇を基準に並べると、低頻度群は一・〇四。中頻度群は一・二一。高頻度群は一・六八。
つまりほぼ毎日ホラーに触れる人間は、まったく触れない人間より約七割も死にやすい。
この数字をどう解釈するか。
ホロウェイ自身は慎重だった。論文の結論部には「交絡因子の完全な制御は困難であり、因果関係を主張するものではない」という定型句が添えられている。しかし論文自体はなんというか……過激というか。
ホロウェイは喫煙率や飲酒量からBMI、社会経済的地位、精神疾患の既往歴に至るまで既知の交絡因子をすべて調整した。それでもなお恐怖コンテンツの消費量と死亡率の間に統計的に有意な正の相関が残ることを示している。調整後のハザード比は高頻度群で一・四三。九十五パーセント信頼区間は一・二七から一・六一。偶然では説明できない数字だった。
この論文が注目を浴びるまでには三年かかった。前述のヴァルクヴィストが『The Metabolism of Fear』でホロウェイの研究を詳細に紹介し、独自の解釈を加えたのだ。彼女の仮説を要約すればこうなる。恐怖は代謝される。そして代謝には副産物が出る。
議論そのものは明快だ。
人間が恐怖を感じると脳は扁桃体を中枢としてストレス応答を発動する。コルチゾールが分泌され交感神経が亢進し心拍数が上昇して血圧が跳ね上がる。原始的な「闘争か逃走か」の反応であり生存にとって不可欠なメカニズムだ。
問題は映画館の座席に座ってポップコーンを食べながらスクリーンの中の幽霊に怯える行為が、脳にとっては実際に幽霊に遭遇したのとほぼ同等のストレス応答を引き起こすという点にある。
これ自体は新しい知見ではない。
B・S・アントンらが二〇〇四年に示した通り、ホラー映画の鑑賞中に被験者のコルチゾール値は平均して二十三パーセント上昇する。心拍数は分あたり十五から二十回増加する。皮膚電気反応は安静時の三倍に達する。そしてこれらの反応は映画がフィクションであると被験者が明確に認識していても発生する。
ヴァルクヴィストはこう書いている──「脳は嘘を楽しむが、身体は嘘を真に受ける」と。
ここまではまあ理解できる。
ストレスホルモンの慢性的な分泌が循環器系に負荷をかけ長期的な健康を損なうというのは職場ストレスや慢性的な不安障害の文脈では広く認められた知見だ。ホラー愛好家はそれを娯楽として繰り返し自らに課している。蓄積が寿命に影響するという仮説には生物学的な蓋然性がある。
だがヴァルクヴィストの議論はそこで終わらなかった。
彼女はコルチゾールの蓄積だけでは説明できない死亡率の過剰について述べ始めた。
ホロウェイのデータを再解析したヴァルクヴィストは、恐怖コンテンツ消費に伴う死亡率の上昇がコルチゾール蓄積モデルから予測される値を約二十パーセント超過していることを発見した。つまりストレスホルモンの影響を差し引いてもなおホラー好きは「余分に」死んでいた。
この余剰死亡率をヴァルクヴィストは「恐怖の残余(fear residue)」と名付けた。
彼女の説明はこうだ。ホラーコンテンツの消費は鑑賞中のストレス反応だけでなく鑑賞後の認知プロセスを通じて長期的な影響を及ぼす。具体的にはホラーの反復的消費によって脳内の「脅威評価システム」がキャリブレーションされる。
平たく言えばホラーを大量に摂取した人間の脳は世界をより危険な場所として認識するようになり日常的な出来事に対しても過剰な脅威反応を示す。
暗い廊下の先に何かがいるかもしれない。夜中に鳴る音は人外のものかもしれない。水面の下に何かが潜んでいるかもしれない。これらの「かもしれない」がホラー愛好家の脳には非愛好家よりも高い確率で発火する。そしてそのたびにコルチゾールが微量ながら分泌される。
ヴァルクヴィストの仮説はその後ペルー国立異常心理学センターのC・デ・ラ・トーレによって部分的に追認された。
デ・ラ・トーレは二〇二四年に発表した研究でホラー愛好家の睡眠時コルチゾール値が非愛好家に比べて平均十四パーセント高いことを示している。睡眠時──つまり映画を観ていない、小説を読んでいない、何の恐怖コンテンツにも触れていない時でさえホラー愛好家の身体はストレスに晒されていた。
デ・ラ・トーレはこの現象を「恐怖残響(fear echo)」と呼んだ。ホラーコンテンツが脳にインストールした恐怖のパターンがコンテンツの消費後も長時間にわたって脳内で自動再生され続けるというのだ。
ここまで読んで、まあストレスの話だろうと思った人は多いだろう。俺もそう思った。コルチゾールの慢性分泌、脅威評価のキャリブレーション、恐怖残響。これらはすべて既知の神経内分泌学的メカニズムで説明がつく。
胡乱な話は出てこない。
だが話はここからだ。
二〇二五年の初頭、蒼星学院大学の認知呪術学研究室に所属するK・S准教授が国内の認知科学誌『認知と環境』に一本の論文を発表した。タイトルは『恐怖嗜好者における死亡率超過の非薬理学的メカニズム──認知的呪術仮説の提唱』。
Kの論文はヴァルクヴィストが「恐怖の残余」と呼んだ説明不能の余剰死亡率について、まったく異なる説明を提示した。
Kはこう主張した。
ホラー愛好家の余剰死亡率はコルチゾールの蓄積では説明できない。なぜならそれは認知的呪術の結果だからだ、と。
認知的呪術──まあ胡乱な単語がでたなあと俺は思った。
これは要するに、自認なんちゃらとかと同じようなもんだろう?
正直いってこの辺で俺はもういいやと調べるのを辞めようと思ったけれど──まあせっかくここまで調べたのだから、ともっと掘ってみる事にした。
Kが着目したのはホロウェイのデータにおける死因の分布だった。ヴァルクヴィストはこの分布を詳細に検討しなかったが、Kは検討した。その結果は異様だった。
高頻度群の死因を非接触群と比較したとき循環器疾患による死亡は確かに一・三倍に増加していた。これはコルチゾール蓄積仮説で説明がつく。しかしそれ以外の死因──不慮の事故、溺死、転落死、原因不明の急性死が二・一倍に増加していたのだ。
事故や溺死がコルチゾールで増えるだろうか。増えないとおもう。まあ急性死云々はわからないが。ストレスで寿命が縮まるっていうのは確かな事らしいし。
ともあれ、Kはここに着目した。
Kの仮説は以下の構造を持つ。
ホラーコンテンツを反復的に消費する人間の脳は恐怖の物語構造を内面化する。
「怪異に遭遇した人間は死ぬ」
「呪われた者は逃れられない」
「闇の中に何かがいる」
こうした物語の定型を脳が「世界のルール」として学習してしまう。これは意識のレベルでは起こらない。意識のレベルでは俺たちはフィクションとノンフィクションを区別できる。しかし脳の深層──扁桃体を中枢とする脅威評価システムは情報のソースを区別しない。
Kは六十四名の被験者を対象に実験を行なった。二群に分け一方にはホラー映画を八週間にわたって毎日一本鑑賞させ他方にはコメディ映画を同条件で鑑賞させた。
八週間後に両群の被験者に同じ課題を与えた。薄暗い部屋で椅子に座らせ不規則なタイミングで環境音を流す。水滴の音、床の軋み、風の音。「何か異常を感じたら報告してください」と指示する。
結果──ホラー群の被験者はコメディ群の被験者に比べて四・二倍の頻度で「異常」を報告した。「部屋の隅に何かがいる気配がした」「水滴の音が何かの合図に聞こえた」「椅子の後ろに誰かが立っている感覚があった」。部屋には被験者以外誰もいない。環境音は完全にランダムだ。
さらに生理学的データ。ホラー群の被験者は「異常」を報告した瞬間、心拍数が平均して毎分二十二回上昇し皮膚電気反応は安静時の五倍に達していた。つまり彼らは「何かがいる」と本気で感じていた。身体が反応していた。
Kはこの現象を「物語的呪縛(narrative curse)」と定義した。ホラーの物語構造が脳に刻み込まれた結果、現実世界においても「ホラー的な解釈」が自動的に発動するようになるというのだ。
そしてKは一歩進んでこの物語的呪縛が実際の死亡リスクを上昇させるメカニズムを説明した。暗い階段を降りるとき「何かがいるかもしれない」と感じた人間は振り返る。振り返れば足を踏み外す確率が上がる。深夜に水回りの音を聞いて「何かが来る」と感じた人間は慌てて起き上がる。高齢者なら転倒する。川辺で「水面の下に何かがいる」と感じた人間は注意を水面に奪われ足元の石を見落とす。
つまりホラーが脳にインストールした恐怖のパターンが現実世界での注意資源の配分を歪め事故のリスクを上昇させる。
この仮説をKは「認知的呪術(cognitive cursing)」と名付けた。呪術という語を選んだのは意図的だったとK自身が述べている。「物語が人を殺すのであれば、それは呪いと呼ぶべきだ」と。
ここで俺は自分のことを考えた。
俺はホラーが好きだ。読むのも書くのも好きだ。ホロウェイの分類で言えば間違いなく「高頻度群」に入る。消費するだけでなく自分で生産しているのだから、脳に刻み込まれる恐怖のパターンは一般消費者の比ではないだろう。
しかも創作では「読者を怖がらせるために自分がまず怖がる」というプロセスが不可避的に発生する。暗い階段の底に何がいるかを考え、水面の下で何が蠢いているかを想像し、ドアの向こうに立つものの姿を脳内に構築する。その恐怖は自分で作り出したものだが脳にとっては区別がつかない。
俺は執筆中ずっと自分の脳にコルチゾールを垂らし続けていたことになる。ちょっとやだな。物書き趣味は金はかからず、時には金を貰えもするし、あとは中間に通ったりすれば承認欲求も適度に満たせるいい趣味なのに、ホラーを書いてるだけで寿命が縮まるとかは凄くいやだ。
もう一つ気になるデータがある。ホロウェイの追跡調査は一般消費者を対象としたものだが、T・W・ハミルトンという研究者が二〇二三年にオーストラリアのマッコーリー・ベイ大学から発表した小規模な予備調査では、ホラー作家やホラー映画の監督といった恐怖コンテンツの「生産者」の死亡年齢を調べている。サンプル数が百四十七名と少ないため統計的な検出力は限られるが、非ホラージャンルの同業者と比較して平均寿命が四・七歳短かった。
四・七歳。
H・P・ラヴクラフトは四十六歳で死んだ。エドガー・アラン・ポーは四十歳。ロバート・ブロックは七十七歳で比較的長命だったが晩年は重い鬱に悩まされていたという。日本では小松左京が八十歳で没しているがあの人の本領はSFであってホラーではない。純粋なホラー作家の寿命を並べると、確かに短い人間が目につく。もちろん少数の事例を並べたところで統計にはならない。だがハミルトンの予備調査がホロウェイやKの研究と整合的であるという事実は記しておく価値がある。
Kの論文の末尾にはこう書かれている。
「恐怖は情報である。情報は脳を変容させる。変容した脳は身体を変容させる。変容した身体は寿命を変容させる。このカスケードのどこにも超自然的な要素は必要ない。必要なのは物語だけである。そしてわれわれの文明は恐怖の物語をこれまでにないペースで大量生産している」
俺はこの一節を読んでからしばらく考え込んだ。怖い話を書くという行為が自分の脳に恐怖のパターンを刻む行為でもあるという指摘は体感として否定しづらい。
とはいえ俺はホラーを書くのをやめるつもりはない。好きだしやめたところで今まで蓄積したものが消えるわけでもない。note創作大賞に向けてホラーの新作を書いている最中にこの論文群に出会ってしまったのはタイミングが悪いとは思うが、まあしょうがない。執筆中に自分のコルチゾール値のことをちらっと考えてしまいそうではある。
興味がある人はヴァルクヴィストの英訳版を読んでみてほしい。ホロウェイの原論文はペイウォールの向こうだがアブストラクトは読める。Kの論文はJ-STAGEで全文公開されている。
参考文献
Holloway, G. K. (2019). Fear preference and all-cause mortality: Analysis of a 30-year follow-up cohort. Psychosomatic Mortality Quarterly, 47(3), 214-238.
Valkvist, I. (2022). The Metabolism of Fear: How Horror Consumption Reshapes the Brain. Uppsala: Nordisk Akademisk Förlag. (English translation: Meridian Press, 2023)
Anton, B. S. & Reinhardt, L. (2004). Cortisol response patterns during horror film viewing: A psychophysiological analysis. Journal of Media Psychology, 16(2), 89-104.
De la Torre, C. (2024). Fear echo: Elevated nocturnal cortisol in habitual horror consumers. Peruvian Journal of Abnormal Psychology, 31(1), 45-59.
K, S. (2025). 恐怖嗜好者における死亡率超過の非薬理学的メカニズム──認知的呪術仮説の提唱. 認知と環境, 18(2), 112-131.
Hamilton, T. W. (2023). Mortality patterns in horror fiction authors: A preliminary cohort analysis. Macquarie Bay University Working Paper Series, No. 2023-07.
Benedetti, F. Lanotte, M. Lopiano, L. & Colloca, L. (2007). When words are painful: Unraveling the mechanisms of the nocebo effect. Neuroscience, 147(2), 260-271.
Cannon, W. B. (1942). "Voodoo" death. American Anthropologist, 44(2), 169-181.
本作はすべてフィクションです。エイプリルフールなので。




