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部屋の扉が控えめにノックされる。
「入れ」
明日に備えた軽い事務作業を片付け、就寝の準備をしていたレオニスは短く告げる。
いつもの薬と水を侍女が持ってきたと思ったのだ。
だが、
「し、失礼します」
レオニスの予想と反して扉をそっと押し開けて入ってきたのはエナだった。
彼女がワインボトルとふたつのグラスが乗った盆を携えて、挙動不審に視線を泳がせながらおずおずと部屋に踏み入ってくる。
「レオニス様に晩酌をお届けしてほしいと頼まれまして」
「酒? 俺は別に酒は……」
エナの言葉にレオニスは怪訝に眉をひそめ、それからふたつのグラスに意図を察して口を噤んだ。
言葉の代わりにため息を落とし、彼女の手からワインボトルの乗った盆を受け取る。
「あ……と、その、届けたので、私はここで」
「エナ」
エナは酒を渡したらしどろもどろに去ろうとするので、レオニスは彼女を呼び止めた。
途端にエナはレオニスを振り返って困ったように眉を下げる。
立ち去ろうとした時点でわかっていたが、彼女の今の顔でこの酒が彼女の駆け引きではなく、使用人か誰かの方の差金なのだと理解した。
「君は酒は飲めるか?」
「え?」
「飲めるのなら、一杯だけ付き合っていけ」
盆を机に下ろし、ワインボトルを開ける。
戸惑ってうろたえるエナに構わずボトルの中のワインをグラスに注ぎ入れ、エナにソファに座るように促す。
戸惑いつつもエナは促されるままにソファにちょこんと腰かけ、渡されたワイングラスをおずおずと受け取った。
レオニスももうひとつのグラスにワインを注ぎ、それからソファに座るエナを振り返る。
エナが困ったように眉尻を下げたまま、レオニスを見ている。
そんな彼女にワインを飲むように促して、自身もワインに口をつける。
赤ワインの芳醇な香りが鼻から抜け、遅れて甘いアルコールが舌を焼くように舌の上を通り抜ける。
少し度数の高いワインのようだった。
景気づけのためだろうとはいえ、度数の高さにレオニスは軽く眉を寄せながらもエナを見る。
彼女もレオニスに倣ってワインに口をつけ、こくりと喉を動かして一口したところだった。
無言の時間がしばらく続く。
互いに切り出す話を見つけられず、一口、二口とワインを口にしては互いの出方を伺うばかり。
むずむずとする落ち着かない時間ばかりが過ぎていき、ふとレオニスは手元のワイングラスに注がれた酒が半分ほどに目減りしていることに気がついた。
そのことに思わず顔が歪む。
度数の高い酒を短時間にそこまで飲んでいたことを自覚すれば、体の内側から火照る熱も自覚して襟元に軽く指先を引っ掛ける。
そこをくつろげて熱を逃したく思うも、傍らにいるエナの存在に自制が働く。
見れば、彼女もちびりちびりとワインを飲んでいたが、やがてこの空気に耐えきれなくなったのかぐっとワイングラスを傾けて残りをひと息に飲み干した。
「ごちそうさまでした!」
エナは空になったワイングラスをレオニスの方へと突き出すようにして差し出してくる。
「……ああ」
レオニスはそのグラスを受け取り、机の上の盆に乗せる。
「大変美味しゅうございました。さすがはレオニス様の飲まれるお酒ですね。つるっと行っちゃう、これは危ないお酒ですね!」
エナは今まで黙っていた反動と言わんばかりに早口でそう捲し立てる。
ほんのり顔が赤いのは酒のせいか。
「レオニス様もほどほどになさってくださいね。お酒って飲みすぎると怖いですからね! というわけで、私はこれでお暇を……っ」
と、エナが立ちあがろうとする。
だが急に度数の高い酒を一気に飲み干して立ち上がったためか、その足元がぐらついた。




