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 ロマンティックの欠片もなかったよなあ、と思い返す度に思う。


 それでも時間が経てば経つほどにその記憶はじわじわと染み入るように頭を、心を侵してくるようだった。


『俺は、その“同然”という言葉を取り払ってもっと君の近くへと置いてもらえる人間にはなり得ないか?』


 その言葉が蘇るたびに頬どころか耳まで熱くなり、正気を呼び覚ます刺激の強い酸味を欲する自分がいた。


 そんな状態で原稿が捗るはずもなく、エナは無意味に鉛筆で原稿の隅をグリグリと突き刺す。

 黒く煤ける原稿の隅はグジャグジャの黒点が浮かぶ。


 そのうちに心を侵すような回想に耐えきれなくなって、そのまま熱い顔を机に伏せる。


 ダメだ。何も手につかない。


 何せエナにとっては前世を含めて初めてのことなのだ。

 男性にプロポーズをされる、ということが。

 ましてやあのように見目の麗しい男性にプロポーズをされるなど、思っても見なかった。


 前世でどれだけの徳を積んだのか。そんな徳など積んだ覚えなどまるでないのだが。


 悔しいのがこちらがこれほどまでにあの時のことで頭がいっぱいになって何も手につかず、ひとりでずっと照れて落ち着かない気持ちでソワソワしているというのに、向こうは今までと何ひとつ変わっていないということだ。


 あの時のプロポーズなどまるで夢だったかのようにエナへの態度はいつも通りだし、仕事のペースも落とさずに今日も領地にひとりで帰っていった。帰ってくるのはまた三日後だと言う。

 物語のような甘い展開もなければ、ほんの少しの距離感も変わらない。


 と、ここまで考えて、エナははたとあの時のプロポーズに「好き」という言葉がまったく含まれていなかったことに思い当たった。

 彼は「“家族”にしてもらいたい」とは言ったが、エナのことを「好き」だとは言わなかったし、求愛とは言っていたがどういう愛なのかは一切言わなかった。


 あれ、これってもしかしてひとりで意識している自分が馬鹿なのではないか。


「って、バカ! だったらややこしいことすな! 何やねん、心臓を捧げるとか意味わからんことほざきよってからに!」


 鉛筆を机に叩きつけて憤る。

 カン、と机の上で跳ねた鉛筆はそのまま弾んで床に転がる。


 けれどもエナはそれに構うことはできず、両手で顔を覆うように頭を抱えて天を仰いだ。


「あぁぁああああ、もうーーーーー……っ!」


 彼の本心がどこにあるのかがわからない。

 彼が実際に何をどう思ってあのような行動に出たのかがわからない。


 けれども彼の行動は間違いなく自分に意識をさせ、自分の心を侵してしまった。

 自分でもちょろすぎるとは思う。男性免疫がとことんないことを恨めしく思う。


 とても悔しく思う。

 ーー悔しく思うほど、彼の言葉は途方もなく嬉しかった。


 だから彼に会えない時間がほんのり寂しく思う。


 エナは、すっかり恋に溺れていた。

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