表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/84

75

「奥様、こちらが今週の予定になります」


 そう言って世話役の侍女が差し出したスケジュールにエナは遠くの方見た。


 わかってはいたが、今週もギチギチだ。

 前年の社交シーズンでは結婚式に向けて体調や体格を戻すことを最優先でほとんど予定は入れずにヲタ活、もといマンガの原稿や裁縫に専念していた。


 けれども今年はマリーナやアクアヴァリー侯爵夫人の伝手を頼り、本格的な社交をしなくてはならない。


 すべてはベルトゥリー伯爵領で始まる新規事業のためだ。

 ルルのため、レオニスの妹を奪った病の根絶のために始まった事業は今、薬草園の拡張や患者を収容する診療所の建設を始めたばかりのところだが、これらを長期的に維持するには資金を集めなくてはならない。


 冬にあった事件の慰謝料と口止め料を兼ねた事業の支援金がトライウィール辺境伯家から届けられているものの、それだけではもちろん足りない。


 故にベルトゥリー伯爵であるエナが自ら考案した絞り染めを持って社交界に営業をかけなくてはならないのだ。


 本当はこんなことをしたくはなかった。

 営業職なんて前世では嫌厭して決して選ばなかった職種だ。とぼやきたくはなるが、泣き言を言ってはいられない。


 レオニスも可能な限りは同伴してくれるし、エナ以上にレオニスの方が忙しいのだ。


 彼は絞り染めの布を商会の流通に乗せ、営業をかけ、チャリティーのイベントを企画してはその采配をし、合間を縫っては領地に戻って事業の様子を確認したり医者や患者をかき集めたりしている。

 今までの商会の仕事や孤児院の運営の手助けも当然のようにこなしながらだ。


 いくら鉄道があるとはいえ王都とベルトゥリー伯爵領の往復は大変だろうに。


(……ああ、でも領地に行くのはルルちゃんの顔を見たいからでもあるのか)


 そんな労力もささやかだと思えるくらいに、レオニスにとってルルは可愛い我が子なのだろう。


 単身赴任のお父さんのようで微笑ましい反面、親子という形を見せられるとほんの少しモヤモヤする。

 抱え込んだ後継者問題というものがどうしてもチラつくからだ。


 レオニスは言った。父親が誰であれ、ベルトゥリー伯爵家の正統な血筋であるエナが生む子が正統な後継者なのだと。

 その言葉は翻せばエナが子を生まねばならないのだ。


 子供を生む偉業など、前世では放棄していたためにしたことがないものだ。

 それどころかそれ以前の相手を作る段階からしたことがない。


 前世では恋愛(そんなもの)などなくとも娯楽が溢れていたし、女ひとりでも十分に生きていける社会が構築されていた。

 “子供を生んで一人前”みたいな価値観もあることにはあったけれども、そんなものは昔ながらの枕詞がついたもの。少子高齢化などと社会問題も声高に叫ばれてはいたけれど、いち個人にとっては他人事の問題だったのだ。


 だがけれども、この世界は違う。


 エナが持っているものは大きくて、きちんと継承しなければたくさんの人に迷惑がかかる。

 だから真面目に子供のことを考えなくてはならないのだけれども。


「……………はあ」

「本日は午後にアクアヴァリー侯爵夫人主催の茶会があるのみです。お昼まではどうぞお好きなことをなさってください」


 エナのため息を過密スケジュールによるものと勘違いした侍女にエナはハッと我に返った。


 取り繕うように「じゃあ原稿やろっかな」と言うと、彼女は「では一時間後にお茶をお持ちします」と告げて一礼をして部屋を後にした。


 その背を見送り、それからエナはもう一度ため息をつく。


 やらなくてはいけないことは山積みだ。

 でも子供のことも後回しにはできない。


 何故なら後回しにしたが最後、重い腰はいつまでも動かないことをエナはわかっているからだ。


 前世でも恋人を作らなかったことを今更ながらに後悔するなんて思いもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ