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「まさか転生してまで現代日本みたいな悩みを持つことになるとは思わんかったよね」

「どこの世界にもあるものなんですねえ、そういうお話」


 エナの言葉にマリーナがそう答え、紅茶をすする。


 エナはかつての転生前へと思いを馳せる。

 かつての日本に生きていた頃、親戚に言われたのは「結婚はまだか」だった。

 今はそれを一歩進めて「子供はまだか」になるとは。


「マリーナさんは今年結婚だったっけ?」

「そうだったんですけれど、実は少し延期になりましたの。最近、王太后様が鬼籍に入られたでしょう? 王国全体が喪に服している状態で結婚式を催すわけにはいかなくて」

「ああー、それは残念。マリーナさんのウェディングドレス姿、見たかったのになあ」

「延期になっただけなので、また改めてご招待させていただきますわ」


 マリーナがおっとりと微笑む。

 頬に手を当てて小首を傾げて微笑むだけでなんと可憐なことか。


 エナが眼福眼福とニヨニヨ笑いながら紅茶を一口した時、


「そういうのはさておき、どうなのですか、エナ様は」

「どうって」

「ウィスタリア男爵に愛人を作っていいだなんておっしゃられて、モヤモヤしたように見受けられましたので」


 おっとり微笑むマリーナの瞳がどこか猛禽類のようにギラリと光ったような気がした。


 彼女の瞳を前に、エナは思わず押し黙った。

 これは、いつもレスターに悲鳴をあげさせられているマリーナを笑って見ているエナへの意趣返しと見た。

 下手な返答をすれば間違いなく彼女にニヤニヤニヨニヨされるやつ。


「……モヤモヤしたっていうか……まあ、モヤモヤはしたんだろうけど、恋愛方向のモヤモヤかっていうとどうなんでしょうと言いますか。だってレオニス様とキスしたいか、子供作りたかったかっていうと全然そういうわけではないし」

「本当に?」

「無理ですね。多分私、爆発四散します」

「ええ〜? それって嫌悪感があるとかには聞こえませんけれども〜?」


 マリーナの声がもうニヤニヤニヨニヨしている。

 なんだったら表情もペカペカの笑顔だ。


 けれどもそんな彼女に何ひとつ反論ができなくて、エナはぐ、と悔しさに拳を握った。


 何故って本当に嫌悪感があるのかないのか自分でもわからなかったからだ。


 無理は無理だ。でもそれがマイナスの感情かと問われると、難しい。

 何せレオニスは自他共に認めるイケメンなのだ。

 あれほどの顔の良い男に仮に迫られたらコロッと絆される自信しかない。


 だが逆に積極的にそういう仲になりたいかと問われると、そういうわけでもない。と思う。

 エナだって乙女だ。前世で三十余年喪女をやってきて諦念はあるものの、現世はまだ十代後半の小娘。

 どうせするなら好き合った人に操を差し出したい。


 で、当のレオニスはどうかと言えば、そうなる未来が見えない。

 最近、少し「あれ?」と思うような出来事はあったかもしれないが、それでも一番最初の出来事が大分尾を引いている。


『君を愛することはない』


 今更翻されたらエナは間違いなく「はああああ? 最初に言ったアレ何だったんですぅ?」とカチキレる。

 何かある度に延々と引き合いに出して擦り続ける自信しかない。


 乙女心とは難しいものなのだ。


 マリーナがニコニコニコニコと肌艶の良い笑顔を浮かべている。

 説明をすればするほどに墓穴を掘っているような気がして、エナはそこで黙ることにした。


「エナ様が素直に認めるのが難しいお年頃なのは理解いたしましたわ。ふふふ、それはそれで青い春。面白……いえ、素敵だと思いますわ。ええ、ええ」

「今はっきり面白いって言ったの聞こえたかんな」


 けれども黙ったところでマリーナの笑顔は消せない。


「まあ、これから社交シーズンです。色々と規模は縮小しておりますが、茶会に夜会と色んな催しが王都では開かれますわ。ウィスタリア男爵も遅れているだけで、後から王都にいらっしゃるのでしょう? これから二人でお出かけされて、仲をじっくり深めていくのもよろしいと思いますわ」

「ソーデスネー」


 ニヨニヨ顔のマリーナにエナは棒読みでそう返した。


「ーー……で、私の方はもういいとして、マリーナさんの方はどうなの?」


 そう問えばマリーナは曖昧な表情で視線をカップに落とした。


 その表情がそう来るよね、と語っている。

 エナもいじられた以上、いじくり返してやるつもりでジッとマリーナを真っ直ぐ見据えた。

 マリーナの視線が次第にウロウロと動き、


「……まあ、いつも通りと言えばいつも通りです」


 と観念したように吐いた。


「レスター様は相変わらずですわ。結婚式が延期になってしょぼくれて、慰めるのに少々難儀いたしました」

「愛されてるねえ」

「…………ええ、まあ、はい」


 エナの言葉にマリーナが落ち着きなくティーカップのふちをなぞる。

 彼女の陶器のように真っ白でまっさらな頬がほんのり赤く染まっているのがまた愛らしく微笑ましい。


「マリーナさんところは子供に困らなさそうですねえ」

「や、やめてください……! 結婚してからが恐ろしい……!」


 さらなる追撃をかませば、マリーナはそう悲鳴を上げるのだった。

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